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18.一時帰宅編①

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次に斗真が目を覚ましたのは、薄暗い場所だった。

ひどく痛む頭をおさえながら、身体を起こす。

「あぁ、目を覚ましましたか」

ゲームマスターの声がした。

思わずそちらを見ると、ここが車の中だということがわかった。

ゲームマスターが運転していたからだ。

「お前」

「ゲームマスター、野本のもと雅之まさゆきですよ」

窓には黒い何かが貼ってあり、外が何も見えない。

フロントガラスからここがどこかわかるかとも思ったが、斗真には何も見えなかった。

よくこんな中を運転できるものだと感心する。

「ゲームマスターさん」

「野本と呼んでください」

「……野本さん、どこに向かっているんですか?」

「あなたから敬語が聞けるとは思いませんでした。紗奈様にも敬語を使わなかったのに」

なんとなく癪に障る男だ。

「敬語なしでいいか?」

一応年上だからと言葉を選んでいたが、ここまで言われれば使う必要はなくなるだろう。

「お好きなように。この車は、あなたの世界へ向かっています」

「世界、というか、国とか街とかじゃないのか?」

その瞬間、ルームミラーの中の野本の顔が、一瞬でほころぶ。

「まさかそこまでわかる方がいらっしゃるとは。そうなりますね」

あっさりと認めた。

斗真は、誰からも教えられていない、ただ自分で調べた結果の推測を言っただけだったのに。

「ということは、野本さんも超能力者か?」

「えぇ。私の能力は、“転生能力”と“時間操作能力”です」

「“時間操作能力”?」

初めて聞く超能力だった。

「はい。パーラー街、超能力者の街は無理ですが、こちら側なら時間を止めることも、巻き戻すこともできます」

「じゃあ、俺がいない間は止めてるのか?」

「よくわかりましたね。その通りです」

それが聞けてよかった。

少なくとも祖母を心配させずには済んでいるらしい。

「野本さんも被験者だったんだろ。なんで超能力者なんだ?」

被験者は、超能力者のいない世界から見つけられるわけではないのか。

「紗奈様のご慈悲ですね。パーラー街で敵を作らないように、私に“転生能力”をくださいました。そして前プログラムのゲームマスターをしていた方から、“時間操作能力”を譲り受けました。意図せず、紗奈様と同じ複数の希少能力を扱う英雄になってしまったわけです」

東郷紗奈の転生能力。

その話は聞いたことがある。

東郷紗奈の弟が持っていたものだろう。

「さあ、そろそろ着きますよ」

野本がそう言った瞬間、車の動きが止まったのを感じた。

先に野本が車を降り、外側から後部座席のドアを開けてくれる。

その瞬間身を包む冷たい風に、現実を痛感した。

年中温暖な夢の国に、知らずの内に順応していたのだ。

「では、1ヶ月後の12月15日、ここでお待ちしています」

車を降りると、人通りもなければ車もない、あの横断歩道の上だった。

「あぁ、それと、これを」

野本から差し出された一枚の大きな封筒。

厚さはそれほどなく、紙が数枚入っているだけだと予想できる。

封筒の表面には『パラレルワールドへようこそ体験プログラム実行委員会』といういかにもな名前が書かれていた。

「紗奈様からです」

野本はそれだけを言って車に乗り込む。

次の瞬間、そこにはなにもなかった。

これが“時間操作能力”なのか。

横断歩道の前で、たった今もらったばかりの封筒を開いてみる。

『あなたの協力してくれそうな人間の名前と写真を入れておいたわ。どちらの世界があなたに合っているか、ゆっくり確かめて』

小さなメモに書かれたその言葉。

わからなかった。

どちらの世界が合っているか。

どういう意味だろう。

わからないまま、封筒から2枚の紙を出してみる。

『被験者05 横田タクミ 17歳』

『被験者06 高尾明日香 16歳』

2人の名前と顔写真が貼られた、履歴書のような紙だった。

この2人を見つけろ、ということだろう。

しかし、この広い日本、どこにいるかなど想像もつかない。

せめて連絡先くらいはほしかったと思いながら、顔を上げる。

横断歩道の向こうに並ぶカップルが見えた。

制服は違うが、いかにも親しそう。

横断歩道が青になる直前、斗真は気づいた。

もう一度写真を取り出し、見比べてみる。

やっぱり、この2人だ。

2人はカップルだったのか。

横断歩道が青になり、2人がゆっくりと歩きはじめる。

斗真は固まって動けなかった。

どうするべきだ?

どう声をかければいい?

この場合、どう動いても不審者だ。

2人が体験型プログラムの記憶を持っているかさえ怪しい。

もっと聞いておけばよかったと後悔している間にも、2人は近づいてくる。

斗真の隣を通り過ぎる時、

「あの」

ようやく口が動いた。

「え?」

もう戻れない。

斗真が振り返り、驚く顔の2人をとらえる。

「横田タクミさんと、高尾明日香さんですよね?」

「そうですけど……?」

不審そうに女子高生が答える。

「明日香さん、知り合い?」

男子は隣を見た。

「ううん」

「え、えっと……」

斗真は説明に迷う。

どう説明すれば、わかってくれるだろうか。

こんなところでプログラムの話なんてできない。

誰が聞くかもわからない路上だ。

戸惑って、視線を下に落とす。

手元の封筒が目に入った。

そういうことか、と東郷紗奈の意図を理解する。

「これを」

封筒の表紙を表にして差し出した。

「その名前……!」

最初に気づいたのは女子高生の方だった。

「まさか、プログラムの?」

男子の方も聞いてくる。

「少し、お話できませんか?」

我ながら自然な流れだと思った。

「ぜひ!」

やや食い気味に、女子高生が答える。

「あ、でも、ここだと話せないですよね……」

「俺たちがいつも遊んでる公園ならどうかな。人通りもないし」

「この話ができるところなら、どこでも」

斗真も自然に笑い、3人は近くの公園へ移動することになった。


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