上 下
10 / 43

10.高尾明日香編④

しおりを挟む

「紗奈様」

長谷川リンが駆け寄って声をかける。

「早かったのね、リン。ちょうどよかったわ。明日香、一緒に来て」

東郷紗奈はリンをチラリと見て、明日香に目を向ける。

「えっ、わたし?」

「えぇ」

何が起きたのか、明日香にはわからない。

しかし、東郷紗奈が歩き出したため、

「行こ」

リンに背中を押されて、明日香も歩き出した。



連れてこられたのは、暗い森の中。

森の中には似つかわしくない、大きな門があった。

ゲームの世界の端はこうなっているのかと思う。

「明日香」

そこまで来てようやく、東郷紗奈と目が合った。

「残念だけど、ゲームは終了よ」

「……え?」

明日香は耳を疑った。

「クリアしたってこと?」

「いいえ」

当然違うことはわかっている。

自分がまだ何もしていないことは、しっかりと自覚しているから。

「じゃあ、どうして?」

「あなたは賢いから、全て教えるわ。でも、今から話すことは、誰にも言わないと約束して」

明日香は無言で頷き、東郷紗奈はそれに対して微笑んだ。



――――――
――――
――



「……わかった」

全てを聞いた明日香は、そう頷いた。

「わたしは、あちらの世界に戻ればいいのね」

「そういうこと。理解してくれて助かるわ」

明日香の答えに、東郷紗奈は頷く。

「あとは、この男が全部やってくれるわ」

東郷紗奈の言葉を合図に出てきたのは、先ほどゲームマスターと紹介された男だった。

「今聞いたこと、……理解できるかって言われたら、そう簡単には理解できないけど、軽々しく口にできることでもないと思った。だから、誰にも言わない。そこは安心して」

「えぇ。あなたを信じるわ」

東郷紗奈からのこの言葉が、明日香の心を支える。

「行きましょうか」

ゲームマスターがそう言って、明日香を促した。

ゆっくりと振り返り、彼と数歩歩く。

そして、再び振り返った。

「ねぇ」

「なにか?」

東郷紗奈たちは、まだそこにいた。

「東郷紗奈、わたしがもう一度ここに来ることはできる?」

「普通にしていれば無理ね」

予想外にもあっさりと答えてくれた。

「じゃあ、どうすればいいの?このゲームを続けていれば、またここに戻ってくることはでる?」

「……言ったでしょう。その男も、もとはあなたたちと同じ立場の人間だったの」

つまり、このゲームマスターという男に聞け、ということなのだろう。

「そっか」

明日香はそう理解した。

「じゃあ、それまでここに来ることはできないんだね」

「そうね」

寂しい。

しかし、仕方がない。

事情を聞いたせいで、まだここにいたいとわがままを言うこともできなかった。

「リン」

「……!」

まるで東郷紗奈の側近のように静かにそばに控えていた長谷川リンが、ハッと顔を上げる。

「またね」

「……うん。またね、明日香ちゃん」

その顔は寂しそうだった。

きっとどんな手を使ってでも、また会うことは不可能なのだろう。

「東郷紗奈」

続いて、東郷紗奈に声をかける。

「わたしは、また必ずここに来る。それまでにいなくなっていたら、許さないから」

「いなくなる?あなたは賢いと思っていたけど、違ったのかしら」

東郷紗奈は笑顔を浮かべた。

「わたしたち”一族”は、あなたたちよりも少しだけ長生きなのよ?」

「……そっか」

明日香は心配だった。

彼女の今の心境は計り知れない。

笑顔の裏に、どんな感情が隠れているのか。

「じゃあ、また」

明日香はようやく彼らに背中を向けた。



目を開けたら、あの横断歩道の前に立っていた。

慌ててスマートフォンで時間を確認する。

やはりというべきか、明日香の予想通り。

あの時から全く時間が進んでいない。

夢だったのか。

一瞬そう疑った。

しかし、バッグの中で、ピコンという小さな音が鳴る。

あのゲーム機だった。

『鈴野さんからフレンド申請が届きました』

まさか、長谷川リンの……。

夢じゃない。

そう確信することができた。

背後を振り返った。

たった今、と言ってもいいのだろうか。

出てきたばかりの路地。

今ならまだ間に合うかもしれない。

そう思い、路地に飛び込む。

もう銃声は聞こえない。

手遅れだったのか。

そんな時、ドンッと誰かにぶつかった。

「……あっ」

思わず後ろに一歩下がる。

「あれ?さっきの人?」

「え?」

見ると、先ほど横断歩道でぶつかった高校生だった。

「この先に用事?何もないけど」

「あ、いや……知り合い?が……」

「誰もいないよ。ここ危ないから、行こう」

しかしその高校生は、明日香の手を取って引く。

「待って……。お願い、通して!」

それでも路地の先を目指して手を伸ばすと、

「もしかして……、君、”あの人”を知ってる?」

男子高校生から聞かれた。

「え?」

思わず耳を疑う。

「……そんなわけないか、ごめん」

“あの人”が指す言葉。

それは、澤山和馬のことなのだろうか。

「パラレルワールド体験型プログラム」

明日香がそう口にすると、彼がハッと反応した。

「君も、被験者……?」

「えっ、“も”ってことは、あなたも?」

「まぁ、うん。この先にいる人のことも、知ってるんだ?」

「うん……知り合いの……婚約者?っていうのかな……」

「東郷紗奈の」

パズルのピースがはまるように、2人の記憶が重なっていく。

「死んでるよ」

「……っ」

ガンっと頭の殴られたような痛みが走った。

やはり遅かったのだ。

「仕方ないよ。行こう」

ここで自分たちが関わってはいけない。

それは、2人に共通する認識だった。

「ところでさ」

男子高校生が一瞬しゃがみ、何かを拾う。

「これ、君の?」

「あ、うん」

「俺もやってるよ」

「ほんと?!……あ」

思わず声を上げてしまった明日香が、ハッと口に手を当てる。

「ん?」

彼は優しい声音で続きを促す。

「えっと……被験者なら、わかるかな?」

そう言って、ゲームの画面を見せる。

「これ、長谷川リンのアカウントかもしれなくて」

『鈴野』という名前のアカウント。

確かだという証拠はない。

「へぇ……」

彼は興味深そうに唸った後、

「ねぇ、この後時間ある?よかったら、どっかのカフェで話さない?」

「ぜひ!」

明日香は前のめりに返事した。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

6人の皿

hinatakano
ミステリー
ペンションに集められた6人の男女。 彼らは大金を手に入れるためゲームをすることになる。

飛び立つ鳥へ、まずキスを

六弥太オロア
ミステリー
正月ショートショート。 スラムでのボーイ・ミーツ・ガールと、灰色の目立たない謎。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

常世にて僕は母をあきらめない

マロン
ミステリー
ある科学者がこの世界を誰を死なない世界に変えた。この出来事に世界は大パニック、死ななくなったことで歓喜し今後に胸躍らせるものもいれば今後のことを考え不安や絶望するものそしてとある考えに至るもの。そんな中主人公は今後に不安はないとは言えないが少なくとも死なない世界に変わったことを喜んだ。しかし、主人公にとって一番大切にしているものは家族、その一人である母が治療法のない難病にかかってしまったことで主人公は今後にどう感じどう生きてゆくのかそんな物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...