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パレードの馬車が大通りを進み、北西部の街区に差し掛かる。この北西部区間に、過激派の襲撃ポイントが設定されていた。
前もってパレードの進行を調べ、警備の手薄なタイミングかつ襲撃しやすく、それでいて近くに潜みやすい──そんな地点を計算していたのだ。
ロランスの手引きで大通りの両サイドにある露店ふたつを借り切っている。ボロ布を被せて資材などにカモフラージュさせ、三十人ばかりの武装した集団が身を潜めていた。
目標の地点にパレードが差し掛かる。
ボロ布に身を潜めていたダブリスが、声を殺して合図を送る。
「(良いな皆の者、頃合いだ)」
「(はっ……!)」
ダブリスは被っていたボロ布を脱ぎ捨て、長剣を抜いた。
「進めぇっ! 帝国に裁きを下すのだ‼」
「うおおおおおおーーーーーーーーーーっ!」
突如として野太い声が響き、鬨の声が上がる。
「なっ何事だ⁉」
「敵襲! 敵襲ーっ‼」
「包囲されたぞ! 殿下たちをお守りしろ‼」
「キャーーーーーーーーーーーー‼」
悲鳴と怒号が飛び交い、その場はパニックになった。逃げ惑う群衆と襲い掛かる過激派が邪魔となり、皇太子と皇女を乗せた馬車は立往生してしまう。
「殿下、こちらへ!」
「絶対に逃がすな。包囲を固めろ──皇太子と皇女は我が討つ!」
護衛の近衛兵の指示で、馬車の二階に座っていた皇太子たちは馬車の中へ身を隠す。馬車は過激派に完全に包囲されていた。
だが過激派の数が少ないと分かってきた近衛兵に、徐々にだが余裕が出てきた。この場には護衛の近衛兵が百名以上いるのだ。
戦力差は三倍以上ある──落ち着いて対処すれば、近衛兵が負けるわけがない。
しかしそんな状況にあっても過激派の戦意は衰えていなかった。この絶体絶命の状況においても、なおも自分たちが勝つと信じているように。
リーダーであるダブリスが先陣を切って突き進んだ──皇太子たちが立て籠もっている馬車へ一直線にひた走る。
「させるか!」
「逆賊め!」
当然守りを固める近衛兵に阻まれる。多対一の戦闘はその難易度が乗数的に跳ね上がる。
ダブリスは一人の近衛兵を力任せに討ち倒したものの、すぐに他数名から斬り付けられる。
歴戦の戦士であるダブリスだが、どうあがいても持っている剣は一本だ。同時に複数に斬り込まれれば、全てを防ぐ手立てはない。
あわやダブリスは呆気なく近衛兵の刃に切り刻まれ、倒れ伏────さなかった。
「なっ⁉」
「どうなっている⁉」
斬り付けた近衛兵たちは目を剥いた。
切り裂かれたはずのダブリスの腕が、肩が、腹が、足が──瞬く間に治っていくのである。
「──笑止千万! この程度で我らを止めようなどと片腹痛いわ‼ 我らは怨嗟に燃えし不死の兵ぞ‼」
わずかに残る流れ出た血の痕がなければ、近衛兵が斬り付けたことが嘘のよう──ダブリスは死に絶えるどころか、なお一層獰猛な……人とは思えぬ凄惨な笑みを浮かべた。
その様子に近衛兵は怯む。もはや自分たちの前にいる存在が、人か悪魔か分からなかった。
「傷がすぐに塞がって──コイツ『不死者』か⁉」
「似たようなモノよ! 仕える国と主君を失い、彷徨う亡霊こそが我らだ!」
斬り付けても効果がないのはダブリス以外も同じだった。過激派の男たちはいくら斬り付けても死なないのだ。
瞬く間に傷が塞がってしまう。
その事実に近衛兵たちは大きく士気を下げて弱腰になる。
勝てない。勝てるわけがない──一度そう刷り込まれて恐怖に駆られてしまえば、そう簡単に立て直すことはできない。
戦況は過激派に大きく傾いていた。
「ぐはっ……」
「だ、ダメだこんな怪物相手では──」
「フハハハハ! 逃げるウサギを射かけるが如し」
本気でこちらを殺そうと思っていない相手ほど、倒しやすい敵はいない。ダブリスは瞬く間に十を超える人数を斬り殺し、遂に馬車の目前まで迫った。馬車を守る護衛のほとんどを倒してしまったのだ。
(もうすぐだ……あと少しで我が悲願は成就される)
帝国に復讐を果たすのだ──ダブリスは酷薄な表情で馬車の扉に手をかける。
「これで詰みだ」
「──いや、まだ王手だ」
鋭く響く声と共に白刃が閃く──ポトリとダブリスが伸ばした腕が落ちる。
「むっ⁉」
あまりにも鮮やかな切り口に数舜痛みを感じるのが遅れ、ダブリスは自分が腕を斬り落とされたのだということを認識するのが遅れた。
(この剣捌き、タダ者ではないな──相当な手練れか⁉)
ダブリスは大きくで飛びさがって、闖入者を視界に納める。
かくして馬車の前に立ち塞がっていたのは、衛兵団の紋章が入ったマントを羽織った瘦せっぽっちの若い男と、戦場には不釣り合いな美貌を持つブロンドの女剣士だった。
「貴様ら何者だ!」
声を荒げるダブリスにナハトとフェリスが静かに応じる。
「──アステリオン衛兵団七番隊」
「殿下の危機を知り馳せ参じました!」
ナハトたちに続いて、現場に駆け付けた七番隊の精鋭が姿を表す。それを見て近衛兵たちが息を吹き返した。
「七番隊だっ! アステリオンの七番隊が来たぞ‼」
「諦めるな! 何としても殿下たちをお守りするのだ‼」
「──おう!」
口々に叫び互いを鼓舞する近衛兵たち──それを見てダブリスは不敵な笑みを浮かべた。
「貴様らが来ただけで、この士気の上がりよう──評判は聞いていたが、聞きしに勝るとはこの事だ。特にその男、並みの腕ではないな……面白い!」
ダブリスが言い終わるころには、ナハトに斬り落とされたダブリスが復活している。
さしものナハトもこれには驚いた。
「斬り落とした腕が──再生した⁉」
「その男だけではありません! 他の輩も傷を物ともしないのです‼」
近くにいた近衛兵が叫ぶのを聞いて、ナハトは納得した。
(斬られたところですぐに再生する身体──寡兵で皇太子と皇女暗殺などという大それた計画を実行したのは、これがあったからか……!)
斬られても即座に回復する身体──それは無敵の鎧を身に着けているのと変わらない。
「そらそらどうした──行くぞ!」
ダブリスがナハトとの距離を詰める。ナハトはその物腰から、ダブリスが強敵であるとすぐさま理解した。
「皆は近衛兵の援護! こいつとは俺がやる‼」
七番隊の部下たちに指示を飛ばし、ナハトはダブリスとの交戦に入った。
ダブリスは大男とは思えないほどの敏捷さで、一気に間合いを詰めるや否や渾身の袈裟斬りを繰り出してきた。
並みの剣士であれば問答無用で両断される。多少マシな使い手であっても受けごと押し切られるそんな必殺の一撃だ。
しかしただ速いだけ、ただ重いだけの斬撃などナハトには通用しない。特に日々の稽古でフェリスの一撃を受け流しているナハトには。
ナハトは袈裟斬りを受け流し、即座に胴を返す。
完璧な返し技だ。防御が間に合わずダブリスの胴が裂かれる──かに見えた。しかしダブリスは防御をすることなく、次の一撃──脳天への打ち下ろしを繰り出す。
「くっ!」
繰り出そうとした胴薙ぎを中断し、ナハトは上段へ刀身を跳ね上げる。間一髪、受けが間に合いナハトの頭蓋を割られることは避けられたものの、ダブリスの斬撃をまともに受け止めたナハトは、その余勢で大きく弾き飛ばされた。
「ナハト⁉」
「──大丈夫だ」
弾き飛ばされたナハトは丁寧に受け身を取り、剣先をダブリスに向けたまま立ち上がる。
(厄介だな……)
不死身の身体を利用した特攻だ。
斬られても問題がないのであれば、わざわざ相手の斬撃を防ぐ必要はない。相打ちでいい──ただ一撃入れることさえ出来れば勝ちなのだ。
ダブリスが圧倒的に優位な状態である。ダブリスは肉食獣が獲物を見る目でナハトを睨む。
「どうした、さっきまでの威勢はもう終わりか!」
「クソッ! このままではジリ貧だ──アレは一体?」
「アレは魔術だ!」
歯嚙みするナハトにフェリスが叫んだ。
「魔術⁉」
「以前、見たことがある。魔術治療院で行われている治療魔術と同じだ! この場所の過激派全員に魔術師が治癒の魔術をかけ続けているんだ‼」
「そんな事が可能なのか?」
「普通なら無理だが……しかしそうとしか考えられない」
確証はない。しかし傷が瞬く間に塞がるなどという条理から外れた光景は、魔術としか考えられないのだ。
「その通りだと仮定して──打ち破るにはどうしたらいい?」
「魔術の効力は永遠ではない。術が切れるのを待つか、それとも術者を倒すか」
「術者を倒す?」
「あのような効力の高い魔術は、ある程度近い場所から魔術師が術をかけ続けている。その術者を倒せば魔術は消えるはずだ」
ナハトは一瞬だけ考えを巡らせ、すぐに決断を下した。
「──フェリス、君はその魔術師を探せ! ここは俺が受け持つ」
「なっ──でも」
ただでさえ強敵な上に不死身の身体という圧倒的に不利な状況、この状況でフェリスが抜けてナハト一人になったら、いくらナハトといえどただでは済まないだろう。
最悪斬られて死ぬ──それほどの相手である。
しかしナハトは微塵も臆した様子を見せない。
「このままここに居ても、二人ともいつかは斬られる! なら魔術師を倒すほうに人員を割きたい。俺だけじゃない、ここにいる全員の命運がかかっている──頼めるか!」
そこまで言われたらフェリスも食い下がれない。
(一刻も早く魔術師を見つけて倒す……!)
「……分かった‼ ナハト、死ぬな!」
「死ぬ前に帰ってきてください」
静かに微笑むナハトを尻目に、フェリスはその場を後にした。
ナハトとダブリスは剣を構えて対峙する。
「貴様ひとりで我の相手をすると? 舐めるな小僧‼」
「舐めているのはどっちだろうな……!」
両者は同時に動いた──小走りに間合いを詰める。一直線に間合いを詰めるダブリスに対して、ナハトは緩急を付けた歩法で相手の目を眩ます。
ダブリスは一瞬でナハトの狙いを察した。
(間合いを読み違えれば空振りをした隙を斬る。かといって判断に迷い、固まるようであれば先んじて斬る──という肚か)
しかし条件はダブリスもナハトも同じ──間合いを読み違えた方が負ける。いや、多少読み違えたとしても、ナハトが避けられないタイミングで斬撃を繰り出せばダブリスの勝ちだ。
複雑な間合いの読み合いをしながら、両者の距離は瞬く間にゼロへ。
歴戦の戦士であるダブリスはナハトとの距離を過たずに捉え、刃圏にナハトが侵入する瞬間に剣を振り下ろした。
──だが刃が迫るその刹那、ナハトの姿が消える。
「むっ⁉」
気付けばダブリスはつんのめって転がっていた。そして走る激痛は脚から──見れば踏み込んだ右脚の脛から下がなくなっている。
「東方剣術──浮草」
水面の浮草と大地を見誤れば、後は没するのみ──ナハトは前後の動きに相手の目を慣れさせ、間合いが詰まって視界が狭まった瞬間に、低く潜りながら横へ飛び退きざまに下段を斬り払ったのだ。
結果、ダブリスはナハトの姿を見失い、踏み込んだ前脚を斬られて転ぶ羽目になったのである。
チラリとナハトはダブリスを見やる。
また傷は見る間に治っていく──それでも多少のタイムラグがあるのが見て取れた。
「皆聞けぇ! 無理に斬り合うな! 腕と脚を狙え‼ それで少しの間だが動きを押さえられる! 隊長が魔術師を倒すまでの辛抱だ! 帝都を守る気概をみせろ‼」
「「「了解‼」」」
近くで他の過激派と戦う隊士たちが力強く答える。
脚の傷が癒えたダブリスは、悠々と立ち上がった。その目には先ほどまでの過剰な自信はない──冷静かつ冷酷に、倒すべき敵を見定めている。
「面白い技を使うな……そうか貴様がアステリオンの守銭奴か」
「知っているのか」
「我らのように反帝国主義を掲げる者たちの間では、貴様の名は知れ渡っている──貴様に斬られた同志は多い」
恨みの込められた言葉を、ナハトは無言で受け流す。
ダブリスは再度構えを取った。
「これは僥倖、仇を探す手間が省けた。貴様の首、ここで落としてやろう‼」
「俺は守銭奴でケチなんだ──この首、安くはないぞ!」
三度、両者は間合いを詰めた。
前もってパレードの進行を調べ、警備の手薄なタイミングかつ襲撃しやすく、それでいて近くに潜みやすい──そんな地点を計算していたのだ。
ロランスの手引きで大通りの両サイドにある露店ふたつを借り切っている。ボロ布を被せて資材などにカモフラージュさせ、三十人ばかりの武装した集団が身を潜めていた。
目標の地点にパレードが差し掛かる。
ボロ布に身を潜めていたダブリスが、声を殺して合図を送る。
「(良いな皆の者、頃合いだ)」
「(はっ……!)」
ダブリスは被っていたボロ布を脱ぎ捨て、長剣を抜いた。
「進めぇっ! 帝国に裁きを下すのだ‼」
「うおおおおおおーーーーーーーーーーっ!」
突如として野太い声が響き、鬨の声が上がる。
「なっ何事だ⁉」
「敵襲! 敵襲ーっ‼」
「包囲されたぞ! 殿下たちをお守りしろ‼」
「キャーーーーーーーーーーーー‼」
悲鳴と怒号が飛び交い、その場はパニックになった。逃げ惑う群衆と襲い掛かる過激派が邪魔となり、皇太子と皇女を乗せた馬車は立往生してしまう。
「殿下、こちらへ!」
「絶対に逃がすな。包囲を固めろ──皇太子と皇女は我が討つ!」
護衛の近衛兵の指示で、馬車の二階に座っていた皇太子たちは馬車の中へ身を隠す。馬車は過激派に完全に包囲されていた。
だが過激派の数が少ないと分かってきた近衛兵に、徐々にだが余裕が出てきた。この場には護衛の近衛兵が百名以上いるのだ。
戦力差は三倍以上ある──落ち着いて対処すれば、近衛兵が負けるわけがない。
しかしそんな状況にあっても過激派の戦意は衰えていなかった。この絶体絶命の状況においても、なおも自分たちが勝つと信じているように。
リーダーであるダブリスが先陣を切って突き進んだ──皇太子たちが立て籠もっている馬車へ一直線にひた走る。
「させるか!」
「逆賊め!」
当然守りを固める近衛兵に阻まれる。多対一の戦闘はその難易度が乗数的に跳ね上がる。
ダブリスは一人の近衛兵を力任せに討ち倒したものの、すぐに他数名から斬り付けられる。
歴戦の戦士であるダブリスだが、どうあがいても持っている剣は一本だ。同時に複数に斬り込まれれば、全てを防ぐ手立てはない。
あわやダブリスは呆気なく近衛兵の刃に切り刻まれ、倒れ伏────さなかった。
「なっ⁉」
「どうなっている⁉」
斬り付けた近衛兵たちは目を剥いた。
切り裂かれたはずのダブリスの腕が、肩が、腹が、足が──瞬く間に治っていくのである。
「──笑止千万! この程度で我らを止めようなどと片腹痛いわ‼ 我らは怨嗟に燃えし不死の兵ぞ‼」
わずかに残る流れ出た血の痕がなければ、近衛兵が斬り付けたことが嘘のよう──ダブリスは死に絶えるどころか、なお一層獰猛な……人とは思えぬ凄惨な笑みを浮かべた。
その様子に近衛兵は怯む。もはや自分たちの前にいる存在が、人か悪魔か分からなかった。
「傷がすぐに塞がって──コイツ『不死者』か⁉」
「似たようなモノよ! 仕える国と主君を失い、彷徨う亡霊こそが我らだ!」
斬り付けても効果がないのはダブリス以外も同じだった。過激派の男たちはいくら斬り付けても死なないのだ。
瞬く間に傷が塞がってしまう。
その事実に近衛兵たちは大きく士気を下げて弱腰になる。
勝てない。勝てるわけがない──一度そう刷り込まれて恐怖に駆られてしまえば、そう簡単に立て直すことはできない。
戦況は過激派に大きく傾いていた。
「ぐはっ……」
「だ、ダメだこんな怪物相手では──」
「フハハハハ! 逃げるウサギを射かけるが如し」
本気でこちらを殺そうと思っていない相手ほど、倒しやすい敵はいない。ダブリスは瞬く間に十を超える人数を斬り殺し、遂に馬車の目前まで迫った。馬車を守る護衛のほとんどを倒してしまったのだ。
(もうすぐだ……あと少しで我が悲願は成就される)
帝国に復讐を果たすのだ──ダブリスは酷薄な表情で馬車の扉に手をかける。
「これで詰みだ」
「──いや、まだ王手だ」
鋭く響く声と共に白刃が閃く──ポトリとダブリスが伸ばした腕が落ちる。
「むっ⁉」
あまりにも鮮やかな切り口に数舜痛みを感じるのが遅れ、ダブリスは自分が腕を斬り落とされたのだということを認識するのが遅れた。
(この剣捌き、タダ者ではないな──相当な手練れか⁉)
ダブリスは大きくで飛びさがって、闖入者を視界に納める。
かくして馬車の前に立ち塞がっていたのは、衛兵団の紋章が入ったマントを羽織った瘦せっぽっちの若い男と、戦場には不釣り合いな美貌を持つブロンドの女剣士だった。
「貴様ら何者だ!」
声を荒げるダブリスにナハトとフェリスが静かに応じる。
「──アステリオン衛兵団七番隊」
「殿下の危機を知り馳せ参じました!」
ナハトたちに続いて、現場に駆け付けた七番隊の精鋭が姿を表す。それを見て近衛兵たちが息を吹き返した。
「七番隊だっ! アステリオンの七番隊が来たぞ‼」
「諦めるな! 何としても殿下たちをお守りするのだ‼」
「──おう!」
口々に叫び互いを鼓舞する近衛兵たち──それを見てダブリスは不敵な笑みを浮かべた。
「貴様らが来ただけで、この士気の上がりよう──評判は聞いていたが、聞きしに勝るとはこの事だ。特にその男、並みの腕ではないな……面白い!」
ダブリスが言い終わるころには、ナハトに斬り落とされたダブリスが復活している。
さしものナハトもこれには驚いた。
「斬り落とした腕が──再生した⁉」
「その男だけではありません! 他の輩も傷を物ともしないのです‼」
近くにいた近衛兵が叫ぶのを聞いて、ナハトは納得した。
(斬られたところですぐに再生する身体──寡兵で皇太子と皇女暗殺などという大それた計画を実行したのは、これがあったからか……!)
斬られても即座に回復する身体──それは無敵の鎧を身に着けているのと変わらない。
「そらそらどうした──行くぞ!」
ダブリスがナハトとの距離を詰める。ナハトはその物腰から、ダブリスが強敵であるとすぐさま理解した。
「皆は近衛兵の援護! こいつとは俺がやる‼」
七番隊の部下たちに指示を飛ばし、ナハトはダブリスとの交戦に入った。
ダブリスは大男とは思えないほどの敏捷さで、一気に間合いを詰めるや否や渾身の袈裟斬りを繰り出してきた。
並みの剣士であれば問答無用で両断される。多少マシな使い手であっても受けごと押し切られるそんな必殺の一撃だ。
しかしただ速いだけ、ただ重いだけの斬撃などナハトには通用しない。特に日々の稽古でフェリスの一撃を受け流しているナハトには。
ナハトは袈裟斬りを受け流し、即座に胴を返す。
完璧な返し技だ。防御が間に合わずダブリスの胴が裂かれる──かに見えた。しかしダブリスは防御をすることなく、次の一撃──脳天への打ち下ろしを繰り出す。
「くっ!」
繰り出そうとした胴薙ぎを中断し、ナハトは上段へ刀身を跳ね上げる。間一髪、受けが間に合いナハトの頭蓋を割られることは避けられたものの、ダブリスの斬撃をまともに受け止めたナハトは、その余勢で大きく弾き飛ばされた。
「ナハト⁉」
「──大丈夫だ」
弾き飛ばされたナハトは丁寧に受け身を取り、剣先をダブリスに向けたまま立ち上がる。
(厄介だな……)
不死身の身体を利用した特攻だ。
斬られても問題がないのであれば、わざわざ相手の斬撃を防ぐ必要はない。相打ちでいい──ただ一撃入れることさえ出来れば勝ちなのだ。
ダブリスが圧倒的に優位な状態である。ダブリスは肉食獣が獲物を見る目でナハトを睨む。
「どうした、さっきまでの威勢はもう終わりか!」
「クソッ! このままではジリ貧だ──アレは一体?」
「アレは魔術だ!」
歯嚙みするナハトにフェリスが叫んだ。
「魔術⁉」
「以前、見たことがある。魔術治療院で行われている治療魔術と同じだ! この場所の過激派全員に魔術師が治癒の魔術をかけ続けているんだ‼」
「そんな事が可能なのか?」
「普通なら無理だが……しかしそうとしか考えられない」
確証はない。しかし傷が瞬く間に塞がるなどという条理から外れた光景は、魔術としか考えられないのだ。
「その通りだと仮定して──打ち破るにはどうしたらいい?」
「魔術の効力は永遠ではない。術が切れるのを待つか、それとも術者を倒すか」
「術者を倒す?」
「あのような効力の高い魔術は、ある程度近い場所から魔術師が術をかけ続けている。その術者を倒せば魔術は消えるはずだ」
ナハトは一瞬だけ考えを巡らせ、すぐに決断を下した。
「──フェリス、君はその魔術師を探せ! ここは俺が受け持つ」
「なっ──でも」
ただでさえ強敵な上に不死身の身体という圧倒的に不利な状況、この状況でフェリスが抜けてナハト一人になったら、いくらナハトといえどただでは済まないだろう。
最悪斬られて死ぬ──それほどの相手である。
しかしナハトは微塵も臆した様子を見せない。
「このままここに居ても、二人ともいつかは斬られる! なら魔術師を倒すほうに人員を割きたい。俺だけじゃない、ここにいる全員の命運がかかっている──頼めるか!」
そこまで言われたらフェリスも食い下がれない。
(一刻も早く魔術師を見つけて倒す……!)
「……分かった‼ ナハト、死ぬな!」
「死ぬ前に帰ってきてください」
静かに微笑むナハトを尻目に、フェリスはその場を後にした。
ナハトとダブリスは剣を構えて対峙する。
「貴様ひとりで我の相手をすると? 舐めるな小僧‼」
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両者は同時に動いた──小走りに間合いを詰める。一直線に間合いを詰めるダブリスに対して、ナハトは緩急を付けた歩法で相手の目を眩ます。
ダブリスは一瞬でナハトの狙いを察した。
(間合いを読み違えれば空振りをした隙を斬る。かといって判断に迷い、固まるようであれば先んじて斬る──という肚か)
しかし条件はダブリスもナハトも同じ──間合いを読み違えた方が負ける。いや、多少読み違えたとしても、ナハトが避けられないタイミングで斬撃を繰り出せばダブリスの勝ちだ。
複雑な間合いの読み合いをしながら、両者の距離は瞬く間にゼロへ。
歴戦の戦士であるダブリスはナハトとの距離を過たずに捉え、刃圏にナハトが侵入する瞬間に剣を振り下ろした。
──だが刃が迫るその刹那、ナハトの姿が消える。
「むっ⁉」
気付けばダブリスはつんのめって転がっていた。そして走る激痛は脚から──見れば踏み込んだ右脚の脛から下がなくなっている。
「東方剣術──浮草」
水面の浮草と大地を見誤れば、後は没するのみ──ナハトは前後の動きに相手の目を慣れさせ、間合いが詰まって視界が狭まった瞬間に、低く潜りながら横へ飛び退きざまに下段を斬り払ったのだ。
結果、ダブリスはナハトの姿を見失い、踏み込んだ前脚を斬られて転ぶ羽目になったのである。
チラリとナハトはダブリスを見やる。
また傷は見る間に治っていく──それでも多少のタイムラグがあるのが見て取れた。
「皆聞けぇ! 無理に斬り合うな! 腕と脚を狙え‼ それで少しの間だが動きを押さえられる! 隊長が魔術師を倒すまでの辛抱だ! 帝都を守る気概をみせろ‼」
「「「了解‼」」」
近くで他の過激派と戦う隊士たちが力強く答える。
脚の傷が癒えたダブリスは、悠々と立ち上がった。その目には先ほどまでの過剰な自信はない──冷静かつ冷酷に、倒すべき敵を見定めている。
「面白い技を使うな……そうか貴様がアステリオンの守銭奴か」
「知っているのか」
「我らのように反帝国主義を掲げる者たちの間では、貴様の名は知れ渡っている──貴様に斬られた同志は多い」
恨みの込められた言葉を、ナハトは無言で受け流す。
ダブリスは再度構えを取った。
「これは僥倖、仇を探す手間が省けた。貴様の首、ここで落としてやろう‼」
「俺は守銭奴でケチなんだ──この首、安くはないぞ!」
三度、両者は間合いを詰めた。
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本作にはまだまだ改良の余地があると思っております。『ここがちょっと分かりにくいな』『ここはもっとこうした方がいいんじゃないか』等々、どのような意見でも構いませんので、コメントをいただけたらと思います。 十二田明日
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考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
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