上 下
17 / 39

17.一緒に暮らそう

しおりを挟む
 子供たちから返事はなくても諦めずに話しかける。
 俺から2人に何かを問いかけることはせず、俺自身のことやここがどこなのか、さっきここにいたローズさんやアンドリューさんのことなど、ここは大丈夫と思って貰えるように話し続けた。
 すると、俺に慣れたのか、最初はブルブルと震えてこっちを睨みつけていた2人だったが、徐々に震えが治まり、睨みつけるような鋭い視線が少し警戒しているようではあるが鋭さはなくなった視線に変わっていた。
 そんな2人を見て、大丈夫そうだと判断し、2人にお願いをする。

「ごめんね。ちょっとだけ近くに行ってもいいかな?」
「「⋯⋯⋯⋯」」
「2人の首についてるやつを取りたいんだ。ダメかな?」
「「⋯⋯⋯⋯」」

 2人は黙ったままだけど、お互いに視線を合わせた後小さく頷いた。
 それを見て少し安心した。そっと2人に近づく。

「ありがとう。少しだけ触れてもいいかな?」

 また2人は黙ったままだけど、頷いてくれたので「ありがとう」と言って2人の首輪に触れる。
 首輪を鑑定すると、やはり逃亡と自死防止の魔法がかけられていた。タチの悪いものは首輪を外す時に契約者以外が無理に壊そうとしたりすると首輪をしている本人が苦しむような魔法や死に至らせる魔法がかけられていることもある。でも、この子達の首輪には子どもだからかそんな魔法はかけられてはいなかった。
 まあ、どちらにせよ絶対にこの首輪は外させてもらうけどね。
 掌に魔力を込めて、首輪が壊れるようにイメージし、魔法を使う。一度眩く光った後、パキンッという音と共に2人に着いていた首輪は壊れて床に落ちた。
 床に落ちた首輪を確認し、2人の首元から手を離す。

「よかった。少しは楽になったかな?」

 2人は自分達の首元をペタペタ触りながら驚いた表情をしている。何度も視線をお互いの首元と床に落ちた首輪の間を行ったり来たりさせている。それほど、びっくりしたんだろう。
 その反応に少し微笑ましく思いながら、また怖がらせてはいけないと思って2人から少し距離をとるために後ろに下がろうとすると上着の裾を掴まれた。裾を掴まれたことで上着がピンッと伸びている。
  予想外のことにびっくりしつつ、俺の上着を掴んだまま離さない全体的に黒い毛並みのおそらく兎獣人である子を見やる。
 兎獣人の子は服を掴んだままじっと俺を見ている。

「怖くない?」
「⋯⋯⋯⋯うん」
「そばにいてもいい?」
「⋯⋯⋯いいよ」

 初めて声を出して返事をしてくれた。小さな声だったけど、確かに聞こえた。それがとても嬉しくて思わず破顔した。
 体の震えもなく、目にも警戒心はない。恐る恐るという感じではあったが本当に嬉しい。

「おにいちゃんなら⋯だいじょうぶ」
「そっか。ありがとう」
「うん」

 話してくれたので、少しずつ2人のことについて聞いてみる。

「2人のお名前教えてもらえないかな?」

 尋ねると今まで話してくれた兎獣人の子は黙り込んで下を向いてしまった。もう1人のおそらく猫の獣人である子も黙り込んだままだ。

「ごめんね。嫌だったら言わなくても大丈夫だよ」

 黙り込んでしまったのが心配でフォローするが、2人は下を向いたままだ。でも、暫くすると下を向いたままではあったが口を開いてくれた。

「⋯⋯⋯⋯⋯ぃ」
「⋯ん?」

 あまりにも小さい声で聞き取れなかったので聞き返す。

「⋯⋯⋯なまえ、ない⋯」

 兎獣人の子が震えた声で答えた。
 名前がない⋯⋯?
 その言葉を理解するのに時間がかかってしまった。
 いくら奴隷だったとはいえこの子には両親がいて、奴隷になる前に親から付けられた名前があるはずだ。
 小さいから自分の名前が分からないとかではないのか⋯⋯?
 そう考えて、違う聞き方をしてみる。

「パパやママからはなんて呼ばれてたかな?」
「⋯⋯パパ、ママ、わかんない。⋯⋯おじさんはおまえ、いってた」

 話すことはできるけど、まだ小さくて上手く説明できないのかもしれない。
 パパとママが分からないと言った。生まれて直ぐに捨てられたか売られたのか⋯?でも、赤ちゃんを奴隷商人が買うなんて話は聞いたことがない。なぜなら、赤ちゃんは一人では何もできないため誰かが育てなくてはならず、お金も時間も手間もかかってしまう。そのため、奴隷商人は赤ちゃんを買うなんてことはほとんどしない。
 可能性として考えられるのは奴隷の子どもとして生まれたこと。
 稀にいるのだ。妊娠中に奴隷となった女性や契約者の子を身篭ったまままた奴隷として売られた女性の子どもが。
 奴隷となった女性から生まれた子どもは母子共に高確率で死に至るためあまり存在しない。でも、奇跡的に生き長らえる子がいる。そんな子は生まれた時から奴隷という身分だ。親がいたとしても親も奴隷であるため親に愛されることは難しい。そうなると名前を付けてもらえることもない。
 奴隷商人も商品であっても奴隷のことをわざわざ名前で呼ぶなんてことはしない。
 だから、兎獣人の子が言っている意味としては、両親は誰なのか分からない、奴隷商人であるおじさんにはお前と呼ばれていたという所だろう。
 本当に酷い話だ。
 この子をそんな目に合わせた人達に怒りを覚えるが、静かに深呼吸して怒りの感情抑え外に出すことはしない。
 そして、猫獣人の子にも同じく尋ねる。

「君のお名前はなんていうのかな?」

 尋ねると首を左右に振り、小さく「⋯⋯ない」と答えた。

「そっか。パパとママは?」
「⋯⋯きもちわるいってうった」
「⋯パパとママが言ったの?」
「⋯ぅん⋯⋯ぼくのめ、きもちわるい」

 覚悟はしていたが、この子も辛い思いをしたみたいだ。
 話からして、両親に幼いながらも売られたのだろう。でも、目が気持ち悪いっていうのはどういうことだろう?
 猫獣人の子は会った時から前髪が長いせいで目元が隠れていて目が見えなかった。奴隷だったから髪の毛を切って貰えないことで長いのだと思っていたけど、違うのだろうか?

「目が気持ち悪いって言われたの?」
「⋯⋯うん」
「怖いかもしれないけど、俺に目を見せてもらえないかな?」

 猫獣人の子はビクリとしたが、暫くして小さく「うん」と頷いた。
 そっと手を近づけて、「触るね」と声をかけてから目を隠している前髪をかき上げた。
 前髪の下から覗いたのは、右は金色、左は青色のとても綺麗な色をしたオッドアイの瞳だった。
 思わず見とれてしまい、じっと目を見つめていると目を伏せられてしまった。残念に思いつつ前髪をかきあげていた手を離す。

「ありがとう。あまりにも綺麗で、見つめちゃってごめんね」
「⋯⋯きもちわるくないの?」
「ん?そうだね。金色の目は暗い夜を明るく照らしてくれる月みたいで、青色の目は皆を元気にしてくれる澄んだ青い空と同じでとても綺麗だよ。気持ち悪いなんて思わないよ」
「⋯⋯⋯ぉに⋯?」
「ん?」
「ほんとうに⋯?うそじゃ、ない?」
「本当に。君達に嘘はつかないよ」

 そう答えると猫獣人の子はぽろぽろと涙を流して泣いてしまった。
 それを見た兎獣人の子もつられるようにして泣き出してしまった。

「辛かったね。怖かったね。⋯もう、大丈夫だよ」

 俺は静かに2人の頭に手を伸ばして優しく頭を撫でた。


 暫く2人の頭を撫でていると、段々と落ち着いてきたのか涙は止まったみたいだ。ただ、泣いた名残りで瞳は潤んで目元が赤くなっているけど。
 2人が落ち着いたところで、2人の気持ちを聞いてみることにした。

「2人はこれからどうしたい?」
「「⋯⋯⋯?」」
「えーとね、もう2人に辛い思いをさせるようなことはしない。それは約束する。でもね、2人はまだ小さいから2人だけでは生きていくのは難しい。だから、大きくなるまでは誰か大人の人と一緒にいなきゃいけない。新しいパパとママを探して一緒に暮らしたり、後は2人と同じ子ども達がたくさんいる所で皆と一緒に暮らしていくか。⋯⋯2人はどうしたいかな?」

 今は事情があってここにいるんだろうけど、ここは冒険者ギルドだ。アンドリューさんとローズさんは仕事があるからずっとこの子達のそばにいることはできない。そうなると、冒険者ギルドにはいられない。
 大体の身寄りのない子ども達は孤児院に預けられるのが一般的だ。孤児院で生活して、成人したら孤児院を出て一人で生きていく。それがこの世界での一般的なルール。
 他の国での孤児院の扱いは酷いものだが、この国であれば国がきちんと補助金を出して身元がしっかりとした人が管理してくれているから問題はない。
 それに、孤児院で暮らしていて、途中で養子となり出ていく子もいる。
 孤児院に行くのが一番良いと思うが、そこは俺の我儘だ。もし2人が孤児院は嫌だというのならば、アンドリューさんやローズさんに協力してもらって里親を探すのもありだ。そこは、2人の気持ちを優先したい。
 そのため、2人の答えを静かに待つ。
 すると、兎獣人の子がゆっくりと恐る恐る口を開いた。

「おにいちゃんは?」
「うん?俺?」
「うん。ぼく、おにいちゃんといっしょがいい⋯」
「⋯⋯ぇ?」

 予想外の答えだった。
 驚いて思考が一瞬停止してしまった。兎獣人の子がうるうると潤んだ目で「だめ?」と聞いてきたことですぐに思考を取り戻す。

「俺と一緒に暮らしたいの?」
「うん⋯」

 猫獣人の子も兎獣人の子に賛成という様子で頷いている。
 俺と一緒に暮らしたい、か。
 正直、とても嬉しい。地球にいた頃も甥っ子を育てた経験があるが、確かに大変だったけどそれよりも楽しかった記憶がある。
 その記憶を思い出すとこの子達と一緒に暮らすのも良いなと思ってしまう。でも、地球にいた頃は子育てする親や子どもに対して色々な制度や補助があったから安心してやってこれたというのもある。
 こっちの世界にはそんな優しい制度や補助はないし、何よりこの子達は人間ではなく獣人の子。
 獣人の子は育てた経験がないし、知識もあまりない。何かあった時を考えると正直不安だ。それに、俺は今一人で冒険者として活動している。
 この子達を育てるとなったら今までのように簡単に依頼を受けたり、旅に出たりすることはできないだろう。
 何より、一緒にそばにいてあげたいと思う。小さいのに親から与えられるはずの愛情を知らずに生きてきた子達だ。たくさん愛してあげたい。
 考えれば考えるほど、不安なことはある。でも、俺は2人の気持ちを優先したい。
 そう思ったら、答えは1つしかなかった。

「わかった。2人とも俺と一緒に暮らそう」

 俺がそう答えると2人は初めて嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

今日も聖女は拳をふるう

こう7
ファンタジー
この世界オーロラルでは、12歳になると各国の各町にある教会で洗礼式が行われる。 その際、神様から聖女の称号を承ると、どんな傷も病気もあっという間に直す回復魔法を習得出来る。 そんな称号を手に入れたのは、小さな小さな村に住んでいる1人の女の子だった。 女の子はふと思う、「どんだけ怪我しても治るなら、いくらでも強い敵に突貫出来る!」。 これは、男勝りの脳筋少女アリスの物語。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。

ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。 高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。 そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。 そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。 弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。 ※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。 ※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。 Hotランキング 1位 ファンタジーランキング 1位 人気ランキング 2位 100000Pt達成!!

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

処理中です...