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1.終わり。

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 いつもの仕事終わり。
 満員電車に揉まれた後、香坂こうさか夕弦ゆづるは仕事での疲労が体に溜まっているのを自覚しながら家に向かって歩いていた。
 すれ違うのは同じスーツを着たサラリーマンやリュックを背負った学生等おそらく夕弦と同じく自宅へと向かっている人々だ。
 今日はまだ1週間あるうちの平日のど真ん中だ。疲れた顔をしている人が多い。
 気を抜くと口から出そうになる溜め息を飲み込みながら、夕弦は道路を横断するために歩道橋を上っていく。
 歩道橋の1番上まで階段を上り、反対の歩道へと続く階段へ進んでいくと少し前にお腹が大きく膨らみ、手に買い物袋を持った1人の女性が歩いていた。
 体型から見て、きっと妊婦だろう。お腹の大きさから見て臨月ではないだろうか。
 夕弦は疲れてぼんやりとした頭でなんとなくそう思った。
 どうやら、妊婦と及ぼしき女性は同じ方向へと向かっているようだった。
 女性は妊婦であるからか、歩みはとてもゆっくりだったため、歩道橋の階段を降り始めた所で夕弦はその女性に追いついてしまった。
 早く家には帰りたいがだからといって急ぎの用がある訳でもないので、女性を抜かすことはせずその女性の後ろについてゆっくりと階段をおりていく。
 女性が階段を4段程降りた時だった。
 男女数人の若者が同じ歩道橋の階段を上ってきて、女性とすれ違おうとした時、若者たちの中の1人の鞄が夕弦の前を歩いていた女性にぶつかった。
 それがいけなかった。
 若者達は話すのに夢中で気づいていないが、女性が鞄にぶつかったことでバランスを崩し階段から落ちそうになっていた。
 今いる位置から平らな地面まではまだ距離がある。
 ここから落ちてしまったら、女性は勿論お腹の中にいるであろう子供も危ない。
 その考えがよぎったのはきっと1秒にも満たない時間だっただろう。
 夕弦は咄嗟に女性の腕を掴み、自分と位置が入れ替わるように引いた。
 夕弦の視界の端に女性が階段に尻餅をついているのが見えた。
 ああ、よかった。
 夕弦はそう思った。だが……。

 ドシャッ

 辺りに誰かの悲鳴が響いた。
 人が駆け寄る足音や救急車と叫ぶ声も聞こえた。
 頭が痛い。いや、頭だけじゃない…体中が痛い。それに、顔に生ぬるいものが垂れている感覚がする。
 夕弦は自身の手を顔に近づけようとした……が、その手は思うように持ち上がらない。
 そこで夕弦はようやく理解した。
 自分が妊婦の女性の腕を引いたことで、代わりに自分が歩道橋の階段から落ちたのだということを。
 俺、死ぬのかな……。
 状況を理解すると寒気がするような気がしてきた。
 夕弦の視界がぼやけ、重くなった瞼が段々とおりていく。
 ごめ……ん、しょ……ぅ…た………。
 そこで夕弦の意識は途切れた。







 その後、二度と日の目を見ることなく、38歳で香坂夕弦の人生は幕を閉じたのだった。

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