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第九章 自分にかけた呪いの話
第11話 碧真のラッキースケベ
しおりを挟む八ターン目、咲良子は高らかに紫札を掲げる。
「『亀サイコロ』発動。対象は私」
亀の姿をしたサイコロがひっくり返り、腹に書かれた『一』を見せる。咲良子は嬉々として、二十一マス目のご褒美マスに止まった。
日和の視界がグルリと回転する。一瞬で仰向けになった日和は、腹部と胸に違和感を覚えて視線を下ろす。着ているブラウスが異様に膨らんでいた。
「ちょっと待ってえええ!!」
日和は絶叫する。
咲良子が日和の服の中に潜り込み、胸を容赦なく両手で揉んでいた。美少女が「生乳」と繰り返し呟きながら胸を揉みしだく姿は、最早ホラーでしかない。
『なんか、ラッキースケベっていうより、しっかりスケベになったねー』
「出会って間もないけど、殴って良いかな!?」
日和は涙目で巡を怒る。
ラッキースケベをする側にならずに済んだのはいいが、される側になるのも納得出来ない。
駆は『二』を出して三十マス目の緑マスに、大雅は『三』を出して二十九マス目の赤マスに止まった。
碧真の番になったが、サイコロを睨みつけたまま止めようとしない。
「碧真君、早く! 私の番まで回してよ!」
早く咲良子から逃れたい日和は、碧真に向かって叫ぶ。碧真が苦渋の表情で唇を引き結ぶのを見て、日和はハッとした。
(そうか! 碧真君は『双子サイコロ』を持っていないから、ご褒美マスに止まるしかないんだ。今日出会ったばかりの静音さんにラッキースケベをしたら、軽蔑されるどころか、痴漢呼ばわりされちゃうじゃん!)
恋が実る前に、痴漢の烙印を押されてしまうのであれば、躊躇うのは当然だろう。
(……でも、碧真君が静音さんにラッキースケベするところは見てみたいかも)
静音には悪いが、ラッキースケベをした時の碧真のリアクションを見てみたい。慌てふためくのか、素知らぬ顔で離れるのか、ラブストーリーが始まるのか。どれも面白そうで、好奇心が湧く。
『碧真さーん。ゲームが進まないから早くー』
巡に急かされ、碧真は仕方なくサイコロを止める。碧真は『五』を出して、二十三マス目のご褒美マスに止まった。
「え?」
日和の視界が上下逆に回転する。気付けば、日和の目の前に碧真の顔があった。
クッションの上に仰向けに倒れている碧真に、日和が覆い被さるような体勢。どう見ても、日和が碧真を押し倒しているようにしか見えない。
至近距離で見つめ合ったまま固まっていた日和は、状況を理解して青ざめる。
(碧真君が、ラッキースケベをされる側なのおぉおおおおおぉっ!?)
日和の頭の中に、警察に逮捕されて裁判になった末に無職になる未来の自分の姿が、駆け足で過ぎった。
(まずい! これじゃ、完全に人生を詰む!! あ、そ、そうだ! 碧真君がセクハラだと思わなければ、罪は成立しない! 碧真君は重いとしか思っていない筈……)
一縷の望みをかけるが、碧真は少し頬を赤く染めて日和から顔を逸らした。眉間に皺を寄せて、何かに耐えるような表情に、日和は更に顔を青くする。
(こ、これは……完全にセクハラに遭って傷ついた人の表情だ!! 私の罪確定!?)
「まま、待って!! これは不可抗力で、私の意思じゃないの!! お願いだから、セクハラで訴えないで!! 無職で路頭に迷うとかシャレにならないぃ!!」
日和は碧真から離れようとするが、ゲームの力が働いているのか体勢を変える事が出来なかった。
『日和さんの番だよー』
「それどころじゃない! てか、私の番なら早く元のマスに戻して! 碧真君の記憶に残らないくらい早く!」
『それだとー、碧真さんと日和さんの順番が近いから、ご褒美も一瞬になっちゃうでしょ? せめて、サイコロを振り終わるまでは、そこで待機ねー』
「こんなの、ご褒美じゃない! 被害しか生まれてないから!! もう! ストップ!!」
サイコロを止めた瞬間、日和の意識は途切れた。
***
碧真は自分の胸の上に倒れた日和を見下ろす。
日和がサイコロで出したのは、『一回休み』だった。
『ここで「一回休み」を出すなんて、空気読めてるねー』
笑って言う巡を、碧真は横目で睨みつけた。
「お前、何か操作してないか?」
『まっさかー。偶然だよー』
碧真は溜め息を吐いた後、日和を抱き抱えて体を起こし、クッションの上に座った。腕の中にいる日和を見下ろせば、穏やかな顔で眠っている。
「ちょっと巳憑き! 日和さんから離れなさいよ!!」
「日和の乳を揉んだら許さないから」
美梅と咲良子が喚く。碧真の体は自由に動くので、日和を離してクッションの上に寝かせる事は可能だろう。
ただ、どうしても手放し難かった。
日和を抱き締めるのは一ヶ月ぶりだ。次はいつ抱き締められるのか、そもそも抱き締めることが出来るのか分からない。
胸に広がる安堵感も、満たされるような幸福感も、これ以上は手に入れられない。望むこと自体が無意味なのに、求めてしまうのは何故なのか。
自分でも儘ならない感情に、碧真は唇を噛んで俯く。
「巳憑き! 早く離しなさいってば!!」
いつまでも日和を離そうとしない碧真に、美梅が苛立つ。咲良子も剣呑な目で碧真を睨みつけていた。
『あー、離れるのは無理だよー。ご褒美マスの影響で、碧真さんは自分のターンが来るまでは、日和さんと離れられないようになっているからねー』
美梅自身もご褒美マスの影響で総一郎と一緒に寝ているからか、気まずそうな顔で黙り込んだ。
巡は碧真を見てニコリと笑う。
思考を読まれた事に不愉快さと苛立ちはあるが、望む時間を与えられた。
(ここまでなら、まだ許されるだろう)
想いを伝える訳でも無く、深い意味もないゲーム内での出来事で触れるくらいならば。
自分に言い訳をして、碧真は日和を抱きしめたまま目を閉じた。
総一郎は休みの為、静音の番になる。
静音はアイテムを温存したまま、サイコロで『三』を出して、十九マス目の赤マスに止まった。
順番が回ってきて、美梅の前から総一郎が消える。
残念そうな顔をした美梅は、サイコロで『五』を出して、二十七マス目の緑マスに止まる。美梅は、通り過ぎたご褒美マスゾーンを名残惜しそうに振り返っていた。
九ターン目。
咲良子はサイコロで『五』を出す。ご褒美マスゾーンを抜けて、二十六マス目の赤マスに止まった。
「もっと、日和の乳を堪能したかったのに……」
咲良子は不満そうな顔で呟いた。
駆が『三』、大雅が『四』を出して、同じ三十三マス目の赤マスに止まる。
「ねえ。駆さんって、静音ちゃんの恋人なんですか?」
大雅の質問に一瞬固まった後、駆は慌てて首を横に振った。大雅は上機嫌になる。
「違うんですね! それなら、俺が静音ちゃんを本気で口説いてもいいですか?」
駆は困ったように眉を下げて、小さく口を開く。
「静音お嬢様が、幸せになるのなら」
「へ? お嬢様?」
駆が静音をお嬢様呼びした事に、大雅は驚く。話が聞こえていた碧真は、駆をジッと見る。どうやら、静音と駆は、ただの幼馴染ではないようだ。
碧真の番が来た。日和が目の前から消えかけるのを見て、碧真はハッとする。
「ちょっと待て!」
巡は驚きながらも、日和を移動させるのを一旦止めた。
『なーに? 名残惜しいのかなー……って、何してんの!?』
ニヤついていた巡は、碧真が日和の両頬を思い切り抓っているのを見て、目を丸くした。
「……もういいぞ」
碧真は日和の頬から手を離して立ち上がる。碧真の思考を読み取った巡は、呆れながらも日和をクッションと共に元のマスに移動させた。
碧真はサイコロで『五』を出して、二十八マス目の緑マスに止まった。
順番が来て、日和が目を覚ます。
クッションの上から体を起こした日和は、ヒリヒリとする両頬を摩りながら首を傾げた。
「え? なんか、ほっぺ痛い??」
意識を失う直前の出来事を思い出したのか、日和は碧真を睨みつけた。
「碧真君でしょ! 私のほっぺ抓ったの!!」
「やり返しただけだ」
「それにしても、やりすぎだよ! めちゃくちゃ痛いんだけど!? 碧真君と私じゃ、力が全然違うじゃん!」
「負債には利子がつく」
「怖い! 負の取り立て屋がいる!!」
日和は「あ」と呟いた後、納得したような表情を浮かべる。
「そっか。何で私が呼ばれたのかと思ったけど、仕返しの為か」
ご褒美マスは触れたい相手が現れる。頬を抓ったおかげで、日和は碧真の狙い通りの解釈をした。
「俺が色気の無いガキに興味を持つ訳が無いだろう」
「色気は無いけど、ガキじゃない! それに、色気はいずれ出てくるよ!!」
「まだ無駄な希望を持っているのか」
「日和ちゃんは色気が欲しいの? 女の子なら、誰でも簡単に色気が出る方法があるよ」
「本当ですか!?」
大雅の言葉に、日和は目を輝かせた。
「うん。俺の元カノが割と清楚系だったんだけど、夜にベビードールを着て迫ってくれてさ。その時の色気は悩殺レベルだった。ベビードールを前に、陥落しない男はいない! 種類も豊富だから、試しに着てみたら?」
当時を回想して締まりのない顔で笑う大雅を見て、咲良子が不快そうに顔を歪めて舌打ちする。
日和と碧真は眉を寄せて首を傾げた後、二人揃ってドン引きの表情を浮かべた。
「ベビードールって、赤ちゃん人形だよね? 赤ちゃんの着ぐるみを着て、夜道で人を追いかけ回すってこと?」
「色気というより狂気しかない。特殊過ぎる趣味だな」
「違うよ! 女性下着の名称だよ!! 何で知らないの!? 君たち大人でしょ!?」
「日和が今着けている下着は十分素敵よ。パステルイエローの生地に、白い花の刺繍とレースの可愛いデザイン。谷間も綺麗な形にキープされていて、控えめに言っても最高だった」
「さ、咲良子さん!?」
身に着けている下着を詳細に語られ、日和は悲鳴混じりの声を上げる。
咲良子が勝ち誇ったドヤ顔で見てくるが、碧真は無視をした。
実は、ご褒美マスで押し倒された体勢になった時に、日和のブラウスとインナーの隙間から僅かに下着と胸が見えたのだが、言う必要はないだろう。
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