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第九章 自分にかけた呪いの話

第5話 一目惚れ?

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 碧真あおしが目を開けると、白い空間が広がっていた。

 高校の体育館くらいの広さはある箱型の空間の中、碧真達は四畳程の大きさの黄色いタイルの上に集められていた。人がいるせいで見えないが、タイルには黒文字で何か書かれている。
 黄色いタイルの先には、二畳程の大きさのタイルが連なり、空間の中で輪の形を作っている。タイルはランダムで色が付けられ、表面には一から始まる数字が連番で書かれていた。

「碧真君達から聞いていた『名奪なと遊戯ゆうぎ』とは異なるようですが……。これは一体、何なのでしょうか?」 
 総一郎そういちろうは戸惑いながら周囲を見回す。碧真も空間の異質さに戸惑いながらも、いつでも取り出せるように銀柱ぎんちゅうに手を掛けた。

「「双六すごろく」」
 日和ひより大雅たいがが声を揃えて答える。
 碧真と総一郎が視線で問い掛けると、日和と大雅は同時に頭上を指差した。頭上から一メートルほど離れた宙に、人の頭部大のサイコロが浮いていていた。

「床にあるのがマスで、あのサイコロを使って進むんじゃないかな? 後ろのマスに『終』って書いてあるから、今いる場所から時計回りに一周してゴールだと思う」

 日和に言われて振り返ってみれば、後ろにある黄色いタイルに赤文字で『終』と書かれていた。よく見れば、今いるタイルには『始』と書かれているのが分かる。

「普通の双六なら、マスに何かイベントが書かれている筈だけど、数字しかないのが気になる。マスを踏んだ後に、イベントが浮かび上がる仕様なのかな?」

 目の前のタイルを見つめて考える大雅を、日和が食い入るように見つめていた。
 何処か嬉しそうで、何かを期待している表情。前のめりになっている事からも、大雅へ興味を持っている事が窺える。
 大雅は自分に注がれる視線に気付いたのか、日和に柔らかな笑みを返す。日和は頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯いた後、またチラリと大雅を見ていた。
 
(は?)
 碧真は思い切り顔をしかめる。どう見ても、日和が大雅に一目惚れして好意を向けているようにしか見えない。

(こんなチャラついた見た目の奴が好みなのか? そういえば、日和は壮太郎さんに過剰になついているし……)

 不快に思った碧真は、日和の手を引っ張って自分の背中の後ろへ隠す。突然の碧真の行動に、日和は「へ?」と間の抜けた声を上げた。

「え? 碧真君? 急に何?」
「他人の精神に悪影響を及ぼす恐れのあるキショい顔をしていたから、隠した方がいいと思ってな」
「精神に悪影響を及ぼす顔って何!?」
「にやけ顔で、完全に不審者だった。街中まちなかにいたら即通報するレベルだ」
「嘘っ! やばいっ!」
 日和は両手で自分の口元を押さえる。にやけていたのは自覚していたのか、顔を真っ赤にしていた。

 ますます苛ついた顔の碧真とは対照的に、総一郎は面白そうにニヤニヤと笑って見ている。大雅は嬉しそうな笑みを浮かべながら日和に近づいた。

「何? 君もしかして、俺に興味あるの? 俺、今フリーだけど、どう?」
「フリー? 無料??」
「え? 何この子、天然?」
「馬鹿なだけだ」
 碧真にけなされた日和は「何で?」と本気で訳が分からないという顔をする。恋愛経験がなさすぎるせいで、そういう思考回路が出来ていないのだろう。

「日和。大雅が好きなの? やめた方がいい。女を取っ替え引っ替えしているクズだから」
「酷いな。咲ちゃん」
「本当のことでしょう?」
「否定はしませんよ。モテちゃうから仕方ないじゃん?」
 咲良子さくらこは嫌悪の目で大雅を睨みつける。ようやく恋愛関係の話をしているのだと思い至った日和は納得した表情を浮かべた後に苦笑する。

「違うよ。私の好きなゲーム配信者の声に、よく似てるなって思って」
「配信者?」
 美梅が首を傾げると、日和はキラキラと目を輝かせて嬉しそうに頷く。

「動画アプリで、ゲーム実況の動画を配信している『回れ右』君って配信者さんがいるの。ゲームしてる時のリアクションや雑談がめちゃくちゃ面白くて、二年前からファンなんだ。大雅さんの声や話し方が右君にすっごく似ててね。右君の声が凄く好きだから、似てるってだけで何だか嬉しくなっちゃって」

 照れ笑いする日和を見て、大雅はニコリと笑う。

「へえ。それって、俺の声も良い声だって思ってくれたって事だよね? 俺と付き合えば、毎日甘い声で愛を囁いてあげるよ」
「いらんです!!」
「力強い即答!? 何で!?」

「私は右君が好きですけど、恋愛感情は皆無です。右君は私にとって、何というか……くまの○ーさんみたいな感じですかね?? それに、声が似ているってだけで人を好きになりませんよ」
「○ーさんって……」
 大雅は苦い表情を浮かべて言葉を失う。恋愛的なアプローチを完全にスルーされた大雅を、碧真は鼻で笑った。

「ね゛えっ!? 何、このコンビ!!」
「わ! ”ね゛えっ!?”の言い方まで似てる! 凄いシンクロ!」
「もうやだ! 何この天然な子!」

 騒がしい大雅達とは離れて、静音しずねは周囲を見回して表情を曇らせた。総一郎が気づいて声を掛ける。

「静音さん。どうしましたか?」
「巡の気配はするのですが、姿が見えないので……」
 
 双六らしきもの以外に、空間には何も見当たらない。『名奪リ遊戯』の『影』のような存在もおらず、ただ静かな空間が広がっているだけだ。

「何か仕掛けがないか、調べてみますか」
 総一郎はタイルの外へ足を踏み出そうとして立ち止まる。総一郎が目の前の空間を軽く拳で叩くと、コンと小さな音がした。

「壁のようなものがあるみたいですね」
 総一郎の言葉に、他の七人もタイルの外に出られないか手を伸ばす。マスの中は四方を見えない壁で囲まれているようだ。

「総一郎様。これは、閉じ込められたという事でしょうか?」
「ただ閉じ込める為に、こんな大掛かりな空間を作ると思う?」
 美梅と咲良子は眉を寄せて首を傾げた。碧真はコートの裏地から銀柱を引き抜き、総一郎を見る。

「当主。壁を破壊しますか?」
 総一郎が頷く。碧真が銀柱を投げようとした時、視界の右端で何かが揺らいだ。

 タイルで出来た輪の内側の空間が揺らぎ、蜃気楼のように人の姿が浮かび上がる。
 白いトレーナーと紺色のジーンズ姿で少し癖がある黒髪の男が、背を向けて立っていた。
 
 男は右足を軸にして体を回転させ、両手を広げてこちらを振り返る。

『ようこそ! 俺が作った世界へー……って、なんか人多くなーい?』

「巡!!」
 静音が碧真を押し退けて前に出る。静音と似た顔立ちの男は笑顔を浮かべた。
 
『あ、よかったー。静音とかけるが来てるなら問題ないや。その他の人達は誰? 喜市きいちの知り合いかなー?』

「私達は鬼降魔きごうま家の人間です。貴方が、玖魂くこんめぐるさんでお間違いないでしょうか?」
『そうでーす』
 総一郎の問いに、巡はあっけらかんと笑って答える。

「巡さん。鬼降魔喜市の事でお聞きしたい事があります」
『んー? ちょっと待ってねー』
 巡は総一郎をジッと見つめた後、プイッと顔を逸らす。

『ダーメ。お断りー。あなた、喜市の事をよく思っていないんでしょ? 俺は喜市の友達だから、あいつの不利になるような事は話さないよーだ』
 まるで、総一郎の心を読んだような言葉だ。巡はスッと目を細める。

『俺に嘘を吐くのは無意味だよ。この空間は、魂の記憶を読み解ける玖魂家の術を使っている。一秒前に思考した記憶も読めるから、俺には嘘も建前も通用しないよ』

 静音は見えない壁に手を添え、泣き出しそうな表情で巡を見つめる。

「巡。あなた、どうしてこんな所にいるの?」  
『何? あの時、ちゃんと死んだ筈なのにって言いたいの?』
 巡の言葉に、静音はビクリと肩を揺らす。俯いた静音を見て、巡は苦笑した。

『俺には心残りがあるんだ。だから、全部失う前に此処に逃げ込んだ』

「お前の目的は何だ?」
 碧真の問いに、巡はニコリと笑う。

『静音。駆。そして、おまけの皆さん。俺と一緒に遊戯をしよう!』
 
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