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第九章 自分にかけた呪いの話

第2話 新年の食事会

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 二〇二一年一月二十四日、日曜日の昼。

 総一郎そういちろうから「新年の食事会をしましょう」と誘われ、日和ひより碧真あおし鬼降魔きごうまの本家を訪れた。

「あけましておめでとうございます!」
「はい。おめでとうございます。本日はお越し頂き、ありがとうございます」
 元気に挨拶する日和に、総一郎もニコリと笑みを返す。
 
 部屋の中央に置かれた大きな座卓の上には、馬刺しや舟盛り、蟹や天ぷらや寿司などが並んでいる。宝石のようにキラキラと輝やく御馳走ごちそうに、日和の目は釘付けになった。

 総一郎の話では、じょうは家族で過ごすので食事会への参加を辞退したが、美梅みうめ咲良子さくらこは後で来るようだ。
 部屋の入口から見て中央奥の席に総一郎が座り、座卓を挟むように左右に座布団が二枚ずつ敷かれていた。
 右奥の席に碧真が座った為、日和は右手前側の席に座った。

「しかし、碧真君も来てくれるとは驚きましたね」
 総一郎が笑うと、碧真は溜め息を吐く。

「見張っておかないと、日和はすぐに面倒事に巻き込まれますからね」
「ちょっと! 勝手に人をトラブルメーカーに仕立て上げないでよ!」
「本当のことだろう? それに、元々がダメ人間の見本市なんだ。今更、呼び名が一つ増えたところで大して変わらない」
「不名誉すぎる! 碧真君だって、陰険鬼畜眼鏡、性格ネジ曲がり丸、拗ね拗ねでしょ……あとは、非モテ」
 日和の背筋に悪寒が走る。碧真が綺麗な笑みを浮かべて、左手で日和の頭を鷲掴みにした。

「どうした? 言いたい事があるなら、聞いてやるから言ってみろよ」
(言った瞬間シメられるやつだコレ!!)
 日和は救いを求めて総一郎を見る。総一郎はニコニコ笑っているだけで、碧真を止めようとしない。

「え? 総一郎さん。これ見えてますよね?」
 日和が碧真の手を指差してアピールすると、総一郎は笑顔のまま頷いた。

「ええ。仲むつまじくて何よりです」
「キラッキラの笑顔で的外れな回答をしないでください。理不尽な暴力受けているので助けてくれませんか?」
「おや? 私には、お二人が仲良くしているようにしか見えませんが?」
(ダメだ。話が通じない。切実に、この場に丈さんを召喚したい)

「総一郎様。入ってもよろしいでしょうか?」
 閉じられた襖の向こうから声が掛かる。総一郎が入室を許可すると、襖が開かれて、美梅が姿を現した。笑みを浮かべていた美梅は、日和と碧真を見た途端に顔を顰める。

へび憑き!! また日和さんに乱暴しているのね!! その汚らしい手を離しなさい!!」
「……うるさい奴が来た」
 碧真が不愉快そうな表情で悪態をつくと、美梅は更に眉を吊り上げた。

「あんたなんかが、日和さんに近づかないで!」
「俺の勝手だろうが」
 美梅は碧真を睨みつけた後、日和の左手を掴んだ。

「日和さん。私と一緒に反対側の席に座りましょう!」
「おい!」
「あんたみたいな乱暴者の隣に、日和さんを座らせられないわ。それに、この並びだと、私が咲良子と隣になるもの。不快な事は回避しなくちゃ」
 
 日和が美梅の隣に座ると、碧真と咲良子が並んで座る事になる。咲良子も碧真を嫌っているので、険悪な事態は回避出来ない。どうしようかと悩む日和の手を、美梅が急かすように引っ張った。

「日和さん。立って」
 日和が席を移動しようと腰を浮かせると、碧真に右手を掴まれた。

「駄目だ」
「ちょっと! 巳憑き! 離しなさいよ!!」
「あ゛? そっちが離せ」
 美梅と碧真が日和の手を両側から引っ張る。左右に体を揺らされたせいで畳に振動が伝い、卓上の食器がカタカタと揺れた。

「二人共やめて! せっかくの御馳走がダメになったらどうするの!?」
「自分の身よりも料理を心配するとは、日和さんらしいですね」
「だって、十数年ぶりに馬刺しが食べられるんですよ!? てか、総一郎さん! 他に何か言う事があるでしょう!?」
「まるで、大岡裁きの子争いのようですね」
「ああ、母親と名乗る二人の女性に子供の手を両側から引っ張らせて、どっちが本当の母親かを見極める話ですね。……って、違うぅっ!! この二人を止めて下さいって意味です!!」
 
「失礼するわ……って、何? 美梅、邪魔」
 咲良子が現れ、出入り口付近に立つ美梅を見て不快そうに顔を歪める。カチンと来たのか、美梅は鋭い目で咲良子を睨みつけた。

「邪魔とは失礼ね! これには、ちゃんとした理由があるのよ!」
「邪魔は邪魔……。日和!」
 日和を見つけた咲良子は、美梅を押し退けて部屋に入る。咲良子は日和の左手を両手でギュッと握り、心配そうな表情で見つめた。

「叔父様から聞いた。大変な目に遭ったって。私、凄く心配してた」
 壮太郎そうたろうから先月の出来事を聞いたのだろう。咲良子を安心させようと、日和は笑みを浮かべた。

「大丈夫。もう体調も戻っ」
 言い終わらない内に、咲良子が両手で日和の胸を鷲掴みにする。真剣な顔で胸を揉んだ後、咲良子はホッと息を吐いた。

「胸はそんなに痩せてない。Gカップおっぱいが無事で良かった」
 咲良子は日和に抱きつき、胸に頬を擦り付けて満足そうに微笑む。次々と起こる出来事に、日和は思考を放棄して黄昏たそがれた。

「日和。向こう側の席に一緒に座ろ」
「は!? ちょっと待ちなさい! 日和さんは私の隣に座るの! あんたは巳憑きの隣よ!!」
「嫌。美梅が巳と隣になればいい。お似合い」
「気持ち悪い事を言わないでよ!! ねえ! 日和さんは、私と咲良子のどちらと隣に座りたい?」
 
(私としては、誰の隣でもいいから早くご飯を食べたい。てか、どっちを選んでも険悪回避不可じゃない?)
 返答に困っていると、碧真が座卓上にある馬刺しが載った皿を指差した。

「昨日から食べたいと騒いでいただろう? この席なら、取りやすくていいんじゃないのか?」
 碧真の言うように、馬刺しを食べるのなら今いる席が一番近い。反対側の席は、日和では胃もたれしそうな油物が多かった。

「私は、この席がいいな」
「日和さん!? ちょっと、巳憑き! 私がそこに座るから退きなさいよ!!」
「いいのかよ? 俺の座った場所なんて、汚らしいんじゃないのか?」
 碧真が嘲笑混じりに言うと、美梅は悔しげな顔で黙り込んだ。

「巳、本当に嫌い」
 咲良子は嫌悪の目で碧真を一瞥いちべつした後、反対側の席に向かう。総一郎に近い左奥の席を取られそうな事に気づき、美梅も慌てて反対側の席に移動した。

「碧真君。最初から揉める事を想定して、その席に座りましたね?」
「何の事ですか?」
 はぐらかす碧真に、総一郎は苦笑する。結局、左奥の席には美梅が座る事で決着が付いたようだ。

 全員が席に着くと、総一郎が酒の入ったグラスを持ち上げる。総一郎にならって、日和と美梅と咲良子もお茶が入ったグラスを持ち上げた。

「では、今年も去年同様よろしくお願いします。乾杯」

 ようやくありつけた御馳走を、日和は上機嫌に食べ進める。

「ん! この稲荷寿司美味しい! 碧真君も好きな味だと思うよ。食べる?」
 碧真が頷いたので、日和は空の取り皿に稲荷寿司を載せて渡した。お返しのつもりなのか、碧真は日和の好きな刺身を載せた皿を差し出す。日和は礼を言って、笑顔で受け取った。

 お互いをわかっているような二人のやりとりに、美梅の顔が引き攣る。

「日和さん!? 何故、そんなに巳憑きと仲良くなってるの!?」 
「え? 一緒にいる機会が多かったからかな。最近は、仕事の時以外も一緒にお出掛けしてたし」

 先月の神関係の出来事の以降、碧真は生存確認の為に週一、二回は日和に連絡をするようになった。都合が合えば一緒に食事や遊びに出掛けているので、以前より親しくなっている。

「それは、是非詳しくお話を聞きたいですね。どんな所に一緒にお出掛けされたんですか?」
 総一郎は好奇心に満ちた目で日和と碧真を見る。日和が答えようとすると、碧真が苦い表情をしながら睨んできた。

「日和。余計な事は言うなよ」
 日和は首を傾げながらも黙る。

 美梅と咲良子は渋い表情をしながら、楽しそうに話す日和と碧真を見ていた。


 卓上の料理も随分と減ってきた頃。
 襖の向こうから、総一郎を呼ぶ声が掛かる。総一郎が返事をすると、襖が開き、屋敷で働く従業員の男性が姿を現した。男性は気まずそうに口を開く。

「当主様。とりの家の方が急遽きゅうきょ、当主様と巳の者にお会いしたいと訪ねて来たのですが、いかが致しましょうか?」

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