267 / 311
第八章 執着する呪いの話
第46話 縁が繋がっている奇跡
しおりを挟む「アンタ、本当に何を企んでんだよ。その体の持ち主は篤那だ。好き勝手すんな」
俐都君が鋭い目で僕を睨む。あまり機嫌が良くない僕も、冷めた目で俐都君を睨み返した。
(俐都君がいなければ、全部うまくいっていたのに……)
俐都君が目取り神を連れて来なければ、あと少しでも合流が遅れていれば、鬼降魔君は確実に死んでいた。
その上、日和ちゃんと鬼降魔君の縁を傷つけようとしたのも防がれてしまった。
散々邪魔した相棒に対して、僕は深い溜め息を吐く。
「この体は、僕の体でもあるんだよ。それに、僕が一緒にいることを望んだのは篤那君だ。君が口を出す事じゃない」
「……確かに、俺が口を出す事じゃねえ。だが、篤那に害を及ぼす奴を野放しには出来ねえ」
「僕も同じだよ。日和ちゃんの害になる鬼降魔君を野放しに出来ないから、あの二人の縁を傷つけようとしたんだ。日和ちゃんの幸せの為に、必要なことなんだよ」
「はあ? 訳わかんねえこと言ってんじゃねえよ。あの二人が互いを大事に想い合ってんのは、見て分かるだろうが」
「想い合ってない!」
僕が語気を荒げると、俐都君は驚いた顔をした。
「日和ちゃんは前と違って精神的にブレやすいから、側にいる鬼降魔君に寄りかかっているだけ。出会った順番が悪かったんだ。日和ちゃんも、僕と一緒にいれば分かる。今度こそ、僕が幸せにするんだ」
俐都君は何か言いたげな顔をしたが、僕の顔を見て言葉を飲み込んだ。
「アンタが何をしでかす気か知らねえが、俺が気に食わねえと思ったら遠慮なくぶち壊す」
「……君は僕の正体を知っていて、そんな事を言えるんだね」
「誰であろうと関係ねえ。俺は、俺の守りたいモノを守る」
僕は苦笑する。僕の願いを阻むのは、鬼降魔君ではなく、目の前にいる真っ直ぐな心と相応の力を持った相棒なのだろう。
(それでも、僕は自分の望みを叶えるよ。今世こそ、僕の手で綴ちゃんを幸せにしてみせる)
日和ちゃんの魂から綴ちゃんを呼び起こして、僕が篤那君の体の主導権を握れば。
僕は前世からの願いを叶えることが出来るのだから。
***
「おかえり」
壮太郎がニコリと笑って、四人を出迎えた。縁切り神社で少し休んだ後、四人は壮太郎のマンションへ帰って来た。
唐獅子が出したお茶を飲みながら、日和達は今までの出来事を壮太郎に話す。
話している中で、日和は自分を苦しめた存在達をボンヤリとしか覚えていない事に気づいた。
縁切刀で傷つけられた日和と現実世界の縁は切られた訳ではないので、賀援の力で修復出来た。完全に切られた縁は、神の力でも元に戻せないそうだ。
(縁切刀を悪用されたら、大変な事になるよね……)
「日和。連絡先を交換しよう」
「また神関係に巻き込まれた時の為にも、連絡を取れた方がいいからな」
篤那と俐都が携帯を取り出す。日和は眉を下げた。
「携帯は壊れちゃって、家に置きっぱなしなの」
「なら、ツンデレ君と交換しておこう。後で日和に教えてあげてくれ」
碧真は渋々ではあったが、篤那と俐都との連絡先交換に応じた。壮太郎は通信の呪具を手に取り、思案顔を浮かべる。
「問題は、篤那君と俐都君が神界にいる時だよね。このまま渡すと、チビスケとピヨ子ちゃんの場合は他の人達に奪われそうだから、性能を落とした物を作ってみるよ」
壮太郎はソファから立ち上がり、作業部屋へ移動しようとする。俐都もソファから立ち上がった。
「壮太郎さん。唐獅子さん。日和の人気を回復させる為に飯を作り置きしたいんですけど、何か使っていい食材はありますか?」
「何でも使っていいよー。本家や実家から食料が大量に送られてきて困ってたから、遠慮なく使ってくれると助かるな」
『何なら、俐都さん達も食材を持って帰って下さい』
「ありがとうございます。キッチンもお借りしますね。……日和は休んどけ」
俐都はソファから立ち上がろうした日和に気づいて止める。
「でも」
「俺が勝手にやってる事だから気にすんな」
俐都と唐獅子、ウキウキ顔の篤那もキッチンへ移動した。壮太郎が部屋を出る手前で立ち止まって、日和と碧真を振り返る。
「ピヨ子ちゃん、チビノスケ。今日も僕の家に泊まっていきな? ピヨ子ちゃん一人じゃ、まだ心細いでしょう?」
「あ……。でも、着替えが無いですし」
確かに心細いが、これ以上世話になるのは申し訳ないと思って、日和は断ろうとする。
「服なら、昨日着ていた服を洗濯するか、新しい服を姉さんに買いに行って貰えばいいよ」
「流石に、それは……」
服を買いに行ってもらうのは絶対に避けたい。洗濯できたとしても、下着の干し場所などで困るだろう。日和が悩んでいると、碧真がソファから立ち上がった。
「家に着替えを取りに行けばいいだろう? 俺も取りに行くから、ついでに寄ってやる」
碧真の服も悲惨な状態で、篤那のコートを借りていた。借りる時に心底嫌そうな顔をしていたので、早く着替えたいのだろう。日和もコートが駄目になったので、俐都のコートを借りている状態だ。
「行かないのか?」
「行くよ。ありがとう」
日和がソファから立ち上がろうとすると、碧真は当たり前のように手を差し出した。日和はふわりと笑みを浮かべて、碧真の手に自分の手を重ねる。
篤那と俐都にコートを借りて外に出る了承を得て、日和と碧真は壮太郎のマンションを出た。
先に碧真が住んでいるマンションに寄る事になった。
日和は車の中で待っていようと思ったが、一人になった時に何かあったらと面倒だと碧真に言われて、二人で部屋に入る。
「うわー。広っ」
「普通の1LDKだ」
碧真の部屋は一人暮らしにしては広かった。家具が少ない上に、装飾も無い。住んでいる人の嗜好を感じさせない部屋は、何処か寂しく感じた。
碧真はクローゼットのある寝室へ移動した。日和は大人しくリビングのソファに座って待つ。
あまり人の部屋をジロジロと見るのはよくないと思うが、手持ち無沙汰という事もあって、少し見回してしまう。デスクやパソコン、ソファと小さなキャビネットもカーテンも全て黒で統一されていた。
(すっごい真っ黒。碧真君って、黒愛好家なのかな?)
「どうした?」
着替えを済ませ、荷物を入れた鞄を持った碧真が戻ってくる。
「いや、碧真君は本当に黒が好きなんだなって思って」
部屋をマジマジと見ていた後ろめたさから、日和は少し狼狽えながら答える。
「別に好きじゃない」
「え? だって、服も部屋も黒づくめなのに?」
「黒なら血が付いても目立たないだろう」
予想外の碧真の答えに、日和は目を見開く。
血を流す事が当たり前のような言い方だと感じた。呪いの仕事をしているからということもあるのだろうが、碧真の目の奥にあった諦めの色は、昔からのことを言っているのだろう。
「行くぞ」
碧真に手を引かれて外に出る。
車に乗り込んだ日和は、チラリと碧真の横顔を見た。
(思えば、すぐに仕事を辞めるからって、私は碧真君のことを何も知ろうとしなかった)
「碧真君は、何色が好きなの?」
「別に、好きな色なんてない」
「好きな物はないの? 呪いの仕事以外の時は、何してるの?」
「何だよ、急に」
次々と質問されて、碧真は訝しげな顔になる。日和は苦笑した。
「相棒だって言っていたのに、私は碧真君のことを何も知らなかったんだなと思って。これからも一緒にいるなら、少しずつでも知っていきたいって思ったの」
碧真は僅かに目を見開いて日和を見る。日和が首を傾げると、碧真はすぐに視線を逸らして車を発進させた。
無言の時間が流れる。踏み込みすぎたかと思って、日和は気まずい気持ちになった。
赤信号で停車した時、碧真が口を開く。
「好きな物はない。呪いの仕事の時以外は、丈さんの知人に頼まれたシステム関係の仕事をしている」
碧真が素直に答えてくれた事に、日和は驚く。碧真は横目で日和をジロリと睨みつけた。
「何だよ」
「いや、凄いなって思って。エンジニアってこと?」
「ああ。主にサーバーサイドの仕事をしている」
「凄いね! でも、ちゃんとお休み取れてる? 大変じゃない?」
「別に大した事じゃない。呪いの仕事が優先だから、受注量も絞っている。つうか、日和も他の仕事をしているだろう?」
『桃次』のことを思い出して、日和の表情が曇る。
「……もう、皆は私のことを忘れちゃったし」
『桃次』の皆が日和を忘れたのは、どうにも出来ないだろう。大好きな人達と居場所を失ってしまったことが、ただ悲しかった。
暫くして、日和のマンションに辿り着く。
「ごめん。速攻で終わらせるから、ちょっと玄関で待ってて」
碧真と違って、日和の部屋は1Kだ。着替えもしたいので、碧真を玄関に残して部屋へ移動する。着替えを済ませ、リュックに手早く荷物を詰めて、廊下へ続く部屋の扉を開けた。
「お待たせ」
携帯を触っていた碧真に声を掛けると、背後から振動音が聞こえた。驚いて振り返ると、机の上に置きっぱなしにしていた日和の携帯が音を立てて振動していた。
「携帯、壊れたんじゃなかったのか?」
「その筈なんだけど……」
日和は恐る恐る部屋に戻り、充電器のコードが繋がったままの携帯を手に取る。
画面に表示された着信相手は、真矢だった。
日和は目を見開き、通話ボタンを押して電話に出る。
『日和ちゃん!?』
日和が口を開くより先に、真矢の声が届いた。声の勢いに面を喰らいながらも、日和は震える唇を開く。
「真矢さん」
『無事なの!? 今、何処にいるの!?』
真矢が焦った声で問う。
真矢は、二時間程前に急に日和のことを思い出したと言う。桃子達に仕事を任せて、日和の家に向かったが、インターホンを押しても出てこなかった。
桃子に連絡して、総一郎が何か知らないか本家に聞いてもらったところ、当主も不在だった。日和の携帯に時間を置いて何度も連絡をしながら、真矢は総一郎の出張先へ向かっている最中だった。
『怪我してない!? 何か嫌な目に遭っていない!?』
「だ、大丈夫です」
この数日で色々な事があった気がする。覚えていない部分も多いので、うまく説明しようとしても出来なかった。
『よかった。本当によかった』
真矢は涙声になりながら安堵する。日和も泣き出しそうになるのを堪えてキュッと唇を引き結んだ。
シフトでは明日は休みだったが、午後に『桃次』に顔を出すことを伝えて、日和は電話を切った。
「よかったな」
碧真がボソリと呟く。日和は目を潤ませながら頷いた。
大切な人や居場所と縁が繋がっている奇跡に、改めて感謝した。
日和は携帯を握りしめて、碧真と共に家を出る。
車に戻って改めて着信履歴を確認すると、心配していたであろう『桃次』の皆からの着信が結構な量入っていた。遡ってみると、総一郎からも何度か連絡を貰っていたようだ。
(あれ?)
日和はメッセージアプリの着信履歴の中に、碧真の名前を見つける。
メッセージを開いた日和は驚き、碧真を見た。
「行きたい!」
「は? 何だよ。急に」
「水族館行きたい。一緒に行こう!」
碧真から送られてきていたメッセージには、『水族館行くか?』と書かれていた。碧真は何か言いかけて黙った後、視線を前に向ける。
「いつ行く?」
未来の約束を出来ることに、くすぐったい気持ちになりながら、日和は満面の笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
報酬を踏み倒されたので、この国に用はありません。
白水緑
ファンタジー
魔王を倒して報酬をもらって冒険者を引退しようとしたところ、支払いを踏み倒されたリラたち。
国に見切りを付けて、当てつけのように今度は魔族の味方につくことにする。
そこで出会った魔王の右腕、シルヴェストロと交友を深めて、互いの価値観を知っていくうちに、惹かれ合っていく。
そんな中、追っ手が迫り、本当に魔族の味方につくのかの判断を迫られる。


お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる