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第八章 執着する呪いの話
第28話 黒い異形のモノ達の正体
しおりを挟む(魔物? ……いや、違うな)
目の前に現れた黒い異形のモノ達を見て、俐都は眉を寄せる。
天翔慈家で呼ぶ『魔物』は穢れや邪気の集合体だが、娶リ神が吐き出した目玉から生まれた異形のモノ達に穢れは無い。
魔物達は欲しい物へ手を伸ばすように両手を持ち上げ、一斉に俐都を見た。
『俺ノ女』『儂ノモノダ』『逃サナイ』『奪ッテヤル』『アノ男ニ取ラレテナルモノカ』『欲シイ』『俺ヲ袖ニスルナド許サナイ』『絶対ニ離サナイ』
男の形をしたモノ達が、口々に吠える。
『嫌ダ』『ヤメテ』『助ケテ』『死ニタクナイ』『アノ人ニ会イタイ』『何故私ガ』『帰シテ』『ココカラ出シテ』
女の形をしたモノ達は、悲痛な声で訴える。
異形のモノ達は、他人や生に対する『執着』によって動いていた。
(もしかして、こいつらは……)
「娶リ神。お前、契約者と女性達を取り込みやがったな」
俐都が睨みつけると、娶リ神の目が意地の悪い色を帯びた。
『ああ、当然だ。ワシの神界に、契約者と女を招いて婚礼を挙げさせ、望む生活を送らせる。信者となった契約者と隷属となった女の魂や命を取り込んで、神力を得るのがワシの契約だからな』
娶リ神は異形のモノ達を見下すような目で見て、『ククク』と愉快そうに笑う。
『本来なら手に入れられない幸福を得た男達。愛されるだけで何も考えなくていい女達。幸せな世界を作ってやったのだ。寧ろ、感謝すべきだろう?』
「……本当にクソ神だな」
俐都は顔を歪めて吐き捨てる。娶リ神は、俐都の斜め後ろで浮いている流光を触手で指した。
『お前の守り神は、所詮ただの幸運の神。その強さや攻撃を避けられるのも、幸運の力によるものだろうが。雑魚な神の加護程度では、ワシは倒せんぞ』
流光の目元がピクリと動く。
『俺がただの幸運の神だって? 小物が、随分と言ってくれるなあ』
『本当の事だろう? さて、幸運の神よ。寵愛した人間が死なぬよう、精々足掻くといい!』
娶リ神の言葉を合図に、異形のモノ達が俐都に襲い掛かる。
一番最初に飛びかかってきた元契約者の男の腹を目がけて、俐都は右拳を振るう。
男は体を半身ずつ分かれた状態に戻して攻撃を躱した後、一瞬で体をくっつけて、俐都の拳を体内に閉じ込めて固定した。捕らえられた俐都を見て、異形のモノ達がニヤリと笑みを浮かべる。
攻撃のチャンスに、元契約者の男達が俐都に向かってくる。
俐都は男の体がくっついたままの拳を上に振り上げ、近づいてきた他の男達の頭部へ振り下ろす。ぶつかり合った男達の体があらぬ方向に折れ曲がり、俐都の右拳が解放された。
俐都は振り向きざまに、背後から襲ってきた男の顔を右肘で思い切り殴りつける。両足めがけて飛び込んきた男の顎を靴先で蹴り上げて宙へ飛ばし、羽交締めにしようとする男を回し蹴りで吹き飛ばした。
被害者の女性八人が、一斉に猛スピードで駆け出し、八方から俐都に向かってくる。俐都は十分に引きつけてから上に跳躍し、女性達の攻撃を躱す。女性達は、互いにぶつかって地面に倒れた。
俐都は下に向かって、親指で四回粒石を弾き飛ばして結界を作り出し、女性達を内側に囲った。これで、誤って女性達を傷つける事はない。
『俐都。どうする気だ? まさか、守ってやろうなんざ思ってねえよな?』
「そのつもりだよ。文句あんのか?」
俐都の返事に、流光は肩を竦める。
『元被害者とはいえ、あれはもう人間とは別物だ。生き返る訳でもない。何でも背負おうとするなよ』
「何でもは背負わねえよ。娶リ神や契約した男達はともかく、被害に遭った女性達の魂まで壊す必要はないだろう? ここから連れ出して、魂を輪廻の輪に乗せれば、また巡ることが出来る」
生き返るなんて、最初から思っていない。今まで見てきた人の死が、痛みと共に残酷な現実を教えてくれたから。
だが、輪廻転生して、この世に巡り来た魂を見たことがある俐都にとって、被害に遭った女性達の魂を見過ごすことは出来なかった。
「理不尽に尊厳や存在を奪われたモノ達から、これ以上奪うのは俺が嫌なんだよ」
邪気や穢れと違って、『執着』は浄化出来るものではない。魂を囚われている女性達を解放するには、娶リ神を倒さなければならない。
「まあ、元契約者達は、遠慮なくぶっ飛ばすけどな!」
襲い掛かってきた元契約者達を、俐都は力を込めて右足で蹴り飛ばす。離れた地面に落下した元契約者達は、ピクピクと痙攣して動かなくなった。
(元契約者達も、今は消滅させねえ方がいいな)
俐都が今やるべき事は、篤那が術を完成させる為の時間稼ぎと、娶リ神の神気を消費させる事だ。娶リ神や元契約者達は、ダメージを回復する為に神気を消費している。消滅手前で攻撃をやめて回復させた方が、神気を消費させる事が出来るだろう。
(ああ、今出来る事が、もう一つあったな)
娶リ神の体内にある縁切刀。あれを取り戻す事が出来たのなら、日和や女性達を、娶リ神から解放出来る。
縁切刀の側にあった黒い塊からは、穢れではないが、虫唾が走るような嫌悪感を感じた。
目取り神の体に寄生していた存在は、娶リ神の本体で間違いないだろう。
(本体ごと引っこ抜いてやりてえが、無理矢理剥がすと、目取り神まで傷つくな。とりあえず、縁切刀を取り返すか)
俐都は息を吐き出し、姿勢を低く構える。地面を蹴りつけ、一瞬で娶リ神の前に移動した。
俐都は右拳で、娶リ神の額部分を殴る。娶リ神は地面に仰向けになって押し潰された。俐都は娶リ神の体の中央にある窪みに左手を突っ込み、中を探った。
『あがあっっっっ!!』
娶リ神が口から神気を放って俐都を攻撃しようとするが、すぐさま流光の神気が打ち消した。俐都はニヤリと口角を引き上げる。
左手で探り当てた硬い感触のそれを掴んで引っ張れば、娶リ神の本体からブチブチと血管が千切れる音がした。俐都は力を込め、一気に縁切刀を引き抜く。
(よし。これで縁切刀を取り戻せた。篤那は……)
視線を向けると、チビ神達が四方に結界を張って、篤那を守っていた。篤那の頭上には、金色の術式が浮かんでいる。作りかけの術式も、もうすぐ完成するだろう。
『返ゼ』
低い唸り声が上がる。娶リ神は体液を流しながら、血走った目で俐都を睨みつけていた。
『それを返セェ!!』
娶リ神が伸ばした触手を、俐都は後方へ跳んで躱す。
俐都が着地した瞬間に、地面の感触が消えて体勢が崩れる。娶り神の触手に左足を巻き取られて、俐都は吊るされた状態で体を高く持ち上げられた。
『神を侮辱した罰だ!!』
地面に出現した巨大な針山に向かって、俐都の体が振り下ろされる。
勝利を確信して笑う娶り神に、俐都は溜め息を吐いた。
「だから、学習しろっての!!」
俐都は吊られていた左足に勢いをつけて、地面に向かって振り下ろす。触手ごと体を引っ張られ、娶リ神の体が宙に浮く。娶リ神の体がグルリと一回転して、俐都と針山の間に挟まれる位置に来た。
このままでは、娶り神自身が針山に突き刺さる。慌てた娶り神は、針山を消す事しか思いつかなかったようだ。硬い地面に落下した衝撃で、娶り神の体が潰れる。俐都は地面の上に軽やかに着地した。
痙攣している娶リ神を、流光は冷めた目で見下ろした。
『へえ。うまくやったな。あと少しでもダメージがデカかったら、消滅していたかもな』
「だから、あえて踏み潰さなかったんだ」
娶リ神の体が再生されていく。消滅一歩手前まで傷つけたので、神気を大幅に削る事が出来ただろう。
左足に絡みついている娶リ神の触手を引き千切ろうとした時、俐都の足を掴む力が強くなった。
『……返セ。それを……返セエッ!!』
吠える娶リ神の視線の先にあるのは、俐都の持つ縁切刀だった。
「縁切刀は、お前の物じゃねえだろうが」
『ワシのだ!! ワシの和葉を返セエエエエ!!!』
憲之烝が懸想し、神となって殺めた女性の名前を娶リ神が叫ぶ。
『和葉和葉和葉和葉和葉和葉和葉和葉!!』
血走った目と気迫。
そこには、一人の男の執着があった。
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