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第八章 執着する呪いの話
第27話 縁切刀の在処
しおりを挟む邪魔者達が神界まで追ってきたことに、娶リ神は深く溜め息を吐く。
(契約が完了してから来るのならば、楽だったものを。まあ、いい。後は、ワシの神使達にやらせよう)
娶リ神の足元には、契約者が望む女が座り込んでいる。
抵抗されては面倒だったので、神気を一気に流し込んで女の精神を破壊した。最早、女は生きているだけの操り人形だ。
『立て』
命令に応じて、女はゆらりと立ち上がる。
娶リ神が触手で地面を叩くと、地面から赤と白の蝶が姿を現した。神使達は女の周りをグルグルと舞い、鱗粉を落とす。
赤と白の鱗粉が掛かった女の衣が、白無垢と白い綿帽子姿へと変わる。婚礼衣装を身につけ、赤い紅を引いた姿は割と様になっていた。
『花嫁にふさわしい姿だ。まあ、契約者がすぐに脱がしてしまうだろうがな』
契約者は、一刻も早く女を自分の物にしたがっている。
間男達に取り返される前に、早く婚礼を挙げさせて、契約を果たした方がいい。
『連れて行け』
娶リ神の命令に従って、赤と白の蝶達が女の両手を持ち上げて引きずっていく。通り過ぎる女の頬に涙が伝うのが見えた。
感情は消滅しているから、涙は流せない筈。違和感はあるが、所詮は無力な生き物。無視しても、何も問題はない。
(無視出来ないのは、間男達の方だ)
自分の望みを叶える為にも、多くの神気を集めて神力を上げなければならない。
娶リ神は体の窪みの中にしまっていた縁切刀を取り出し、触手で撫で回す。
神力を上げる為に、今の契約者を利用出来ればいいと思っていたが、ダメ元で縁切刀を盗ませたら、思いもよらず成功した。契約者のことは正直気に食わないが、縁切刀を手に入れてくれた事には感謝している。
『和葉。もうすぐ、もうすぐ愛しいお前に会える。待っていろ。必ず、ワシが救い出してみせるからな』
今の契約者の望みを叶え、次の契約者の願いを叶える事が出来たら、和葉を救い出すのに十分な神力が手に入るだろう。
触手で包み込んだ縁切刀が、僅かに震えた気がした。
***
俐都達は暗闇の中を走り続けていた。
随分と走っているが、日和の姿は見えない。前を走る碧真の背中から、焦りと苛立ちが伝わってきた。
俐都の耳が、風を切る小さな音を捉える。右側へ視線を走らせれば、高速で伸びる赤紫色の触手が、碧真に向かってきていた。俐都は左手で碧真の肩を掴んで体を押しのけ、眼前に迫る触手を右拳で素早く弾き飛ばした。
『……よく、ワシの攻撃を防いだな』
赤紫色の触手が縮みながら後退する。
俐都達の前に現れた赤紫色の物体は、賀援が話していた目取り神の特徴と一致していた。
「お前が娶リ神か?」
俐都の問いに、娶リ神が体の中心にある窪みを口のように動かして笑う。
『如何にも。ワシは娶リ神。憐れな男達の救いの神だ』
「何が救いの神だよ。身勝手な神に振り回される人間の身にもなってみろよ」
俐都は嫌悪に満ちた目で、娶リ神を睨む。
『女達のことを言っているのか? なあに、嫌がるのも最初だけだ。何も考えずに男に身を委ねていればいいのだからな。お前達が取り戻しにきた女も、喜んで契約者の元に向かったぞ』
碧真が憤怒の表情で銀柱を取り出す。娶リ神は笑い声を上げて、赤紫色の触手で碧真を指した。
『お前、ワシと契約をしないか? あの女を取り戻すのに、ワシが協力してやろう』
「契約者を裏切る気か?」
篤那は怪訝そうな顔で、娶リ神に問う。
”契約者”と呼んでいることからも、娶リ神と好下の間には、神の力で結ばれた契約がある。神が交わす契約は拘束力が強い。破ろうとすれば、神自身にも罰が下る。
『裏切りはしないさ。今の契約者が女と婚礼を挙げて、まぐわった時点で契約が完了する。その後、新たにワシとこの男が契約を結んで、女を取り戻すという事だ。あの女は、ワシの意のままに動く。女を取り戻せる上、お前の好きに出来る。良い契約だと思わないか?』
「ふざけるなっ!」
碧真は怒りを込めて吐き捨てる。碧真が銀柱を投げようとするのを、俐都が肩を掴んで止めた。振り払おうとする碧真の耳に、俐都は囁く。
「クソガキ。俺と篤那で、娶リ神の相手をする。お前は日和を助けに行け。振り返らずに、全力で走れよ」
俐都は娶リ神を見据えたまま、碧真の背中を叩く。流光はニヤリと笑い、俐都の真似をして碧真の背中を叩いた。
『頑張れよ。篤君といる時とは、また違う面白い俐都が見れるから、俺はお前さんのことを結構気に入っているんだ。だから、何があっても、最後まで諦めるなよ?』
碧真は顔を顰めたが、日和の状況を思ってすぐさま走り出す。
『行かせると思ったか!』
娶リ神の体から伸びた二本の触手が、碧真に迫る。俐都は手に持っていた粒石を親指で弾き飛ばした。
碧真の手足を絡め取ろうとした触手は、宙に現れた楕円状の結界によって弾かれる。娶リ神が攻撃が失敗したと認識する前に、俐都は地面を蹴って一気に距離を詰めた。
右拳で思い切り殴り飛ばせば、娶リ神は勢いよく宙を回転しながら飛んでいく。触手を伸ばして何とか踏み留まった娶リ神は、近づいて来る俐都を睨みつけた。
『何者だ、貴様!?』
「天翔慈俐都。お前みたいなクソ神が大嫌いな人間だよ」
俐都は嫌悪と嘲笑を込めてニヤリと笑った後、篤那に目を向ける。
「篤那。俺一人で抑える。どのくらいで出来そうだ?」
篤那は娶リ神をジッと見つめて、口を開いた。
「十五分」
「上等だ。じゃあ、十五分だけ相手してやるよ。クソ神」
俐都は気合を入れる為に、右拳で左掌を叩く。俐都の態度が気に食わなかったのか、娶リ神は不愉快そうに睨みつけてきた。
『一度攻撃出来たからと、調子に乗るなよ! 小僧!!』
二本の触手が、俐都の両手に絡みつく。捕獲出来たと思ったのか、娶リ神は笑った。
『躱す事も出来ないとは、大したことはないな』
娶リ神が触手に力を込めて、俐都の体を宙に持ち上げようとする。娶リ神の触手に血管が浮き出て、プルプルと震え出した。
『何故だ!? 何故、持ち上がらない!?』
娶リ神は力を入れているが、俐都の抵抗する力の方が強いので、持ち上げる事が出来なかった。
「どうした? まさか、その程度とは言わねえよな?」
俐都の挑発に、娶リ神が怒りで戦慄く。体の中に隠していたのか、娶リ神の体から十六本の触手が生えた。
『いい気になるなあああっ!!』
娶リ神の怒号と共に、俐都の手足や首に十六本の触手が一斉に巻きつく。
触手に首を絞められる前に、俐都は左足を軸にして力を込め、右足で回し蹴りをする。両足を拘束していた触手が回転の勢いで千切れ、両手に巻き付いていた触手は蹴りが直撃して破裂した。俐都は自由になった手で、首に巻き付いていた触手を引き千切って地面に放り捨てる。
娶リ神を見れば、悲鳴を上げて地面にのたうち回っていた。神気で再生中の娶リ神の触手を、俐都は右手で掴み上げる。
「残念だったな、娶リ神。お前如きの力じゃ、俺には勝てねえよ」
俐都は娶リ神を背負い投げする。娶リ神の体は勢いよく地面に叩きつけられて、痙攣していた。
俐都が右足で踏みつけると、苦し紛れの攻撃なのか、娶リ神の体の窪みから目玉を一つ噴出した。俐都はあっさりと避け、追撃で伸ばされた触手を左手で纏めて掴んで握り潰す。
俐都は娶リ神の体に右拳を振り下ろした後、ブヨリと湿った柔らかい感触の奥に、何か硬い物がある事に気付く。見れば、娶リ神の体の奥にある黒い塊に、見知った黒鞘の短刀が刺さっていた。
(縁切刀!)
俐都が縁切刀を掴もうとした時、頭上から風切り音が迫った。
刀身が三メートル以上はある巨大包丁が四本、俐都に向かって振り下ろされる。後ろに跳んで避けようとした俐都の足に、娶リ神の触手が絡みついた。
すぐさま触手を足で引き千切って後ろへ跳び、三本の包丁の軌道から外れる事が出来た。
しかし、回避に僅かに遅れが生じた為、俐都の右足首は残り一本の巨大包丁に切り落とされる位置にあった。
俐都は空中で体を捻って地面に両手を付き、両膝を曲げて、刃先すれすれの位置で躱す。
ブーツの術式に力を注いだ後、包丁の刀身の側面を両足の靴裏で思い切り蹴りつけた。
折れた刃先が、娶リ神に向かって回転しながら飛んで行く。
娶リ神は慌てて包丁の具現化を解いたが間に合わず、体の左側を深く切り裂かれて、赤紫色の液体が地面に飛び散った。
『おのれ! 人間風情が良くも!!』
「ただの人間風情にやられてんのは、どこの神だよ?」
娶リ神は激高したのか、体から放出される神気が増幅する。娶リ神は多くの神気を消費して、一気に体を再生させた。
『幸運の神程度の加護しかない癖に、ワシに勝てると思っているのか!?』
娶リ神は体の中央にある窪みから、大量の目玉を吐き出す。吐き出された目玉から、黒い人間の半身が作り出され、もう一体の半身とくっついて人型になっていく。
年老いた男や若い女の形をした十六体の黒い人型の異形のモノ達が、俐都の前に現れた。
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