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第八章 執着する呪いの話
第21話 電波な篤那
しおりを挟む俐都達はマンションを出て、碧真の車がある駐車場へ向かって歩く。
(執着した神は、大抵の場合は対象の側にいる筈だが……)
俐都は周囲の様子を窺うが、今のところは害がありそうな存在の気配は無い。不気味な平穏さは、水面下で良くない事が進行していような気がしてならなかった。
碧真と並んで前を歩く日和は、不安そうな顔で辺りを見回す。近くにメトリ神や好下が潜伏していないかと怯えているのだろう。
安心させる為に日和に声を掛けようとした時、隣を歩いていた篤那が手を伸ばす。後ろから左腕を掴まれて抱き寄せられた日和は、驚いた顔で篤那を見上げた。
「大丈夫だよ。日和ちゃん。何があっても、僕が守ってあげるから」
篤那と体を交代した亡霊が、良い笑顔を日和へ向ける。面倒事が起きる気配を察知して、俐都は顔を顰めた。
「おい!」
日和の頬を撫でる亡霊の過剰なスキンシップに、碧真が苛立った声を上げる。亡霊は腹黒い笑みを浮かべて、碧真に手を振った。
「鬼降魔君。もう帰ってもいいよ。今までありがとう」
「は? 何勝手な事を」
「君では、日和ちゃんを守りきれないでしょ? 僕は君と違って、日和ちゃんを守れる力がある」
亡霊は勝ち誇った顔で、スッと目を細める。
「君と日和ちゃんは特別な仲では無い。だから、日和ちゃんがこんなに弱ってしまうまで、君は気が付かなかった。日和ちゃんを守ったのは、周りの人に面倒な事を言われて、自分が責められるのが嫌なだけだよね?」
「それは……」
「何か違う? 君は日和ちゃんの何?」
「……仕事の……同僚だ」
「ふふふ。そうだよね。ただ一緒に仕事をするだけの仲。今は仕事でもないし、君は出娑張らなくていいよ。何も出来ない君は必要無い。だから、帰って?」
碧真は悔しげな顔で俯いた。穏やかな口調で人を追い詰める亡霊の性格の悪さに、俐都は溜め息を吐く。俐都が止める前に、日和が両手で篤那の体を押して拒絶を示した。
「碧真君は、一人で怖がることしか出来なかった私を、部屋から連れ出してくれた。壮太郎さんの所へ連れて行ってくれた。夢の中で、メトリ神から守ってくれた」
悲しそうに顔を歪めた日和を見て、亡霊はギョッとする。
「あ、つ、つづ……日和ちゃん。僕はっ」
みっともなく慌てて弁明しようとする亡霊へ、日和は鋭い目を向ける。
「それなのに、何も出来ないとか、必要ないなんて、そんな酷い言葉を使うの嫌い」
「き、嫌い……」
日和は酷い言葉のみを否定していたが、亡霊は存在自体を否定されたと感じたのか、ショックを受けた顔で固まった。
「ざまあねえな。年下のガキをいじめる小物男は、嫌われるに決まってるだろうが」
俐都も亡霊に追い討ちをかける。亡霊は顔を引き攣らせながらも、何とか笑みを取り繕った。
「日和ちゃん。僕は、君の為に言っているんだよ? 君に執着しているのは神。鬼降魔君では、対抗する手段が無い。君は、鬼降魔君が危険な目に遭ってもいいの?」
「それは……嫌だけど……」
「それなら、鬼降魔君を連れて行かない方がいい。分かるよね?」
あくまで日和の為と言い聞かせて、自分の思い通りに人を動かそうとする亡霊。俐都は不快な気分になり、篤那のコートの後ろ襟を思い切り掴んだ。
「く、苦しいよ。俐都君!」
「うるせえ。黙りやがれ。二人共、少しだけ待っていてくれ」
俐都は碧真と日和から離れ、声が届かない所まで篤那の体を引きずって行った。雑に放るように手を離すと、亡霊が恨みがましい目を向けてきた。
「酷いよ。俐都君」
「酷えのは、アンタだろうが。何で、あの二人を引き離そうとしてんだよ」
「前にも言ったでしょう? 日和ちゃんの為にも、鬼降魔君と引き離すべきだって」
亡霊は鋭い目で、碧真を睨みつける。
「当たり前みたいな感じで手を繋いでるし。日和ちゃんも、鬼降魔君のことを信頼しちゃっているみたいだし。何で、あんなに距離が近くなっているの? おかしくない? 僕と一緒に居た方が、絶対に幸せになるのに!」
嫉妬心剥き出しでブツブツと呟く亡霊に、俐都はドン引きした。流光は新しい玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべる。
『手を握るなんて可愛いもんだろう? あの巳男君、狛犬の子をお姫様抱っこしていたぜ? すっげえ密着していたから、ありゃ絶対に胸が当たってたな』
「流光! 煽るな! 面倒な事になるだろう!? 空気を読め!!」
『運気の流れは読めるから、空気くらい読めなくても良いだろう? 人間も文字を読めるだけでも十分だろうに、よく見えもしない空気まで読もうとするよな~』
亡霊の周囲に金色の光が舞い、頭上に簡易攻撃術式が生成されていく。俐都はギョッとした。
「おい! 何しようとしてやがる!?」
「鬼降魔君を、実力行使で還そうかと」
「それ、家じゃなくて天に還す気だろ!? 篤那! いい加減に起きろ!!」
篤那の纏う雰囲気が代わり、攻撃術式も消えた。俐都は疲れた溜め息を吐いた後、篤那を睨みつける。
「お前、何でアイツに変わってんだよ」
「壮太郎の家にいた時から、お兄ちゃんがずっと煩くてな。俺も宥めていたが、相手するのが面倒になって、”もう俐都に押し付けちゃえ”って思った」
「”押し付けちゃえ”、じゃねえよ。殴るぞ、クソ篤那」
「俐都。早く行こう。こんな所で、時間を使っている場合ではないだろう?」
「誰のせいで時間を使う羽目になったと思ってやがんだよ!」
俐都はイラッとして、篤那の胸ぐらを掴み上げる。平然とする篤那に馬鹿らしくなり、俐都は手を離した。
「いいか? 今回の件が解決するまで、アイツは出すな! 面倒臭い」
「分かった」
日和達の所へ戻ると、碧真が嫌悪に満ちた表情で篤那を睨みつけた。篤那は涼しい表情で、握った右拳を頭上に伸ばす。
「じゃあ、四人で『ぶらり縁切り神社の旅』へ、レッツゴーだ」
「…………あの、篤那さん?」
「ん? 日和、どうした? ”ぶらり”より、”気まま”の方が良かったか?」
「いや、そうじゃなくて。えっと……」
日和は何とも言えない顔をした後、尋ね辛そうに口を開く。
「もしかして、篤那さんって二重人格なの?」
篤那の纏う雰囲気も態度や口調も、先程までとは全く異なる。二重人格という表現も、根本的な部分は間違っていない。どう説明するかと俐都が考えていると、篤那が首を横に振った。
「俺は二重人格ではない。さっき君と話していたのは、天翔慈は」
「実は、篤那は取り憑かれ体質なんだ! さっきのは、仲が良い奴らを妬む亡霊が、篤那の体に入っていたんだ!」
俐都は篤那の前に割り込んで、早口で言い切る。挙動不審な俐都を、碧真は胡乱げな目で睨んだ。
「何だ、それ……」
「……真実は言えねえから微妙に違うが、全くの嘘でもねえ。クソガキを帰らせようとした奴は、篤那とは別の人間。とっくの昔に死んだ亡霊みたいなもんだ」
碧真と日和は戸惑った表情で、篤那を見た。先程の人間が篤那とは別人である事は疑っていないが、どう対応したらいいのか分からないのだろう。
「頭がおかしいとは思っていたが、マジで電波な奴だったんだな」
碧真は腹いせのつもりなのか、篤那に嫌味を言う。しかし、それを嫌味と受け取れないのが篤那だった。
「俺は電波だったのか!? いつの間に、現代人の生活に欠かせない存在へ進化していたんだ!? 俺は今まで普通に生活していたが、何か電波っぽい事をした方がいいのか? そもそも、俺は何ヘルツだ??」
「よし。クソガキ、日和。さっさと行こうぜ」
篤那を無視して、俐都は日和達を先へ促した。
四人で碧真の車に乗り込む。
碧真が運転席、日和が助手席、俐都と篤那が後部座席に座った。
「皆で出掛けるのは、遠足みたいでいいな。おやつを持ってくれば良かった」
「遠足というより、ドライブだろう。……って、それも違うか。篤那。少しは緊張感を持てよ」
どこまでも自由な篤那に、俐都は苦い顔をする。日和は苦笑し、碧真は無視してカーナビに目的地を入力していた。
車が発進し、四人は縁切り神社を目指して進み始める。
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