呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第八章 執着する呪いの話

第20話 神との縁切り

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(体しんどい)
 日和ひよりは重たい瞼を持ち上げる。目を閉じていたいが、眠ってしまったらと思うと怖かった。 

 部屋の扉が開き、碧真あおしが戻ってきた。
 碧真はベッドに近づき、日和の体を支え起こす。日和の口元に、飲み物の入ったカップが運ばれる。カップに口を付けると、甘い白湯が渇いた喉を潤した。

「美味しい」
 喉に張り付いて出せなかった声が、するりと出る。
 碧真は慎重にカップを傾け、ゆっくりと時間を掛けて飲ませてくれた。

『髪を整えて、お顔も拭きましょう。そのまま支えていて下さい』

 唐獅子からじしが持ってきたお湯とタオルで日和の顔を拭いた後、くしを器用に使って髪を整えていく。

 徐々に体から怠さが取れ、頭のもやが晴れてくる。自分の状況を察した後、日和は赤面した。

(やばい。顔も洗ってない寝起き顔と寝癖爆発している姿を、皆に見られてたってことだよね!? ま、また新しい黒歴史があああ!!)

『終わりました。もう大丈夫です』
 日和の髪を整え終わり、唐獅子が離れた。日和は大事なことを伝えられていなかった事に気づいて、口を開く。

「ありがとう。碧真君、唐獅子さん」
 唐獅子は嬉しそうな笑顔を返してくれたが、碧真は複雑そうな表情を浮かべた。

「礼なら、天翔慈てんしょうじのチビに言え。俺が礼を言われる筋合いは無い」
俐都りと君にも後でお礼を言うけど、飲み物を持って来てくれたのも、飲ませてくれたのも碧真君でしょ? お礼を言う筋合いしかないよ」 

 日和はニコリと笑った後、碧真に寄りかかったままだった事に気づく。

「碧真君。ありがとう。もう自分で座れそうだから」
 日和が離れようとすると、碧真が引き止めるように体を抑えた。

「碧真君?」

 ドアをノックする音が聞こえて、碧真は日和の体から手を離す。
 唐獅子が返事をすると、部屋のドアを開き、俐都が姿を現した。日和が起き上がっているのを見て、俐都は安堵の笑みを浮かべる。

「少し回復したみてえだな」
「俐都君。本当にありがとう」
「役に立てたなら良かったぜ。かぼちゃのスープを作ったが、食べるか?」
「……ごめん。人が作った物は食べられなくて」
「大丈夫だから食ってみろ。無理なら残してもいいからさ」

 食べられなかった時の事を考えて躊躇ためらったが、せっかく作ってくれたからと思い、日和は頷いた。

「リビングで食べるか? こっちに持って来た方がいいか?」
 俐都の問いに、日和は自分が座っているベッドを見る。高そうな寝具にスープを零してしまえば、大惨事でしかない。

「リビングで食べる」
「よし。じゃあ、抱えて連れていってやるよ」
 俐都が日和に近づく。超人高い高いのトラウマが蘇り、日和の顔が引きった。

「じ、自分で歩けるから」
「無理すんな。体調が悪い時は、自分のことを一番に考えろ。何でも一人で頑張らなくていい」

 涙腺が刺激される優しい言葉も、日和が刺激されたのはトラウマだけだった。

「俺が運ぶ」
 日和に触れようとした俐都の手を、碧真が掴んで止める。俐都は眉を寄せた。

「クソガキ。お前、ちゃんと日和を持てるのか?」
「馬鹿にしているのか? そんなにヤワじゃねえよ」
「力の問題じゃねえ。相手に配慮した持ち方が出来るのかって事だ」

(そういえば、碧真君は成美なるみちゃんを干した布団みたいな持ち方してたな……。ど、どっちにも抱えられたくない!)

 日和が自分で立ち上がろうとした時、体に腕を回された。

「わっ!?」
 日和は抵抗する間も無く、あっさりと碧真に抱え上げられる。突然のお姫様抱っこに、日和の頭は混乱した。

(だ、だだだ抱っこ!? 碧真君、お姫様抱っこの存在を知ってたの!? てか、私の体重!! 痩せたけど、重いよね!? 碧真君より、私の方が体重ある可能性も……ああああっ!)
 
 俐都が先にドアを開けて部屋を出て行く。唐獅子が日和を見上げてニコリと笑った。

『大丈夫ですよ。その方は、昨日も貴女を抱えて、ここに連れて来られましたから』 
 順調に黒歴史を積み上げていく人生と羞恥心に耐えきれず、日和は両手で顔を覆った。

「今度は、私が碧真君をお姫様抱っこするから」
「は? 何でそうなるんだよ?」
「私だけ恥ずかしい思いするのは不公平だよ。碧真君も恥ずかしい思いをしてくれたら、私の恥ずかしさも緩和されると思うの」
「俺が恥をかいたからって、日和の恥がなかった事にはならなくないか?」

 呆れ顔の碧真に運ばれ、リビングのソファに座らされた。
 目の前のテーブルの上に、かぼちゃのスープが置かれる。俐都が日和にスプーンを手渡した。

「火傷しないようにな」
「ありがとう。……いただきます」
 日和は少し躊躇った後、スプーンでスープを掬って口に入れる。
 滑らかな舌触りで飲みやすく、かぼちゃの甘みと丁度いい塩加減。優しい味わいに、思わず笑みがこぼれた。

「美味しい」 
 日和は夢中になってスープを食べ進める。
 体がポカポカして、生きる気力が湧いてくる。日和はスープを綺麗に平らげた。

「ごちそうさまでした」
「よかった。全部食えたな」
「本当に美味しかった。俐都君、料理上手だね」
「このくらい普通だよ。でも、ありがとな」
 俐都は嬉しそうに笑った。


***


 壮太郎そうたろう篤那あつなと一緒にリビングへ行くと、他の三人がソファに座っていた。
 日和の顔を覆っていた黒い神気が、首元まで後退している。体調も随分と回復しているようだ。ずっと険しかった碧真の表情も、少し和らいでいる。

「ピヨ子ちゃん。起きられるようになったんだね」
「はい。壮太郎さんも、助けて下さって、ありがとうございます」

 壮太郎は日和の頭を撫でる。嬉しそうな日和を、碧真が面白くなさそうな顔で見ていた。 
 
 全員がソファに腰を下ろした後、壮太郎は俐都と篤那に事情を説明する。
 黙って聞いていた二人は眉を寄せた。

「メトリ神の神気には、複数の神気が混じっていました。恐らく、他の神や神使しんしを喰って、自分の体に取り込んでいる。時間が経つ程、厄介さが増しますね」 
「男とメトリ神の双方と縁を切らない限り、日和や周囲に被害が及ぶ」

 俐都と篤那の言葉に、日和の表情が曇った。

「『縁切リ』の術を使えば、何か変わらないか?」
 碧真の問いに、篤那は首を横に振る。

「男との縁を切ったからといって、メトリ神との縁まで連鎖的に消えることは無い。それに、三家の持つ『縁切リ』の術は、対象者の認識を阻害するもので、完全に縁を切る訳ではないだろう? 人間同士なら有効だろうが、神相手に只の『縁切リ』は効かない。神との縁を強制的に切るには、神の力で縁切りを行うか、神そのものを消滅させるかだ」
  
「俐都君の時は、神を消滅させたんだよね?」
「ええ。俺の場合は、縁切りは無理だったんで」
 壮太郎と俐都の話に、日和は首を傾げる。俐都は苦笑した。

「俺は五歳の頃から二十年間、たちの悪い神に執着されて、散々な目に遭わされたんだ。まあ、六年前に完全消滅させてやったがな。俺の場合は、相手の神の力が強すぎて、縁切りは効かなかった」
 
 俐都の話に、日和の顔が歪む。経験している身だからこそ、神に執着され続けた俐都の苦しみが少し理解出来るのだろう。

「日和は神気の侵食が進みすぎている。縁が切れねえ内にメトリ神を消滅させれば、道連れにされかねない。見たところ、メトリ神の力はそこまで強くねえから、神の力で縁切り出来る筈だ」

「その縁切りは、どうすれば出来るんだ?」

「移動に少し時間は掛かるが、俺の知り合いの縁切神がいる神社がある。そこで、神具の『縁切刀えんきりがたな』を借りて、縁切りを行えばいい。縁切刀は本人が使用しないと完全に縁を断ち切れねえから、日和を連れて行く必要がある」
 
 碧真は俐都から神社の場所を聞き出し、携帯を操作して調べる。

「高速を使えば、一時間半で行ける距離か」

 碧真と俐都が最短で行ける道順について話し合う。
 難しい顔で黙ったままの篤那を見て、壮太郎は首を傾げた。

「篤那君。さっきから黙って、どうしたの?」
「いじけた魂と会話をしている」
「どういう事?」
「壮太郎さん。篤那の言葉を真剣に考えない方がいいですよ。脳みそバグりますから」
 常に篤那に振り回されている俐都の疲れた表情を見て、壮太郎は言及する事をやめた。

「日和。出掛けられそうか?」
 俐都に声を掛けられ、日和は頷いた。

「支度してくるね。壮太郎さん、洗面所を少しお借りします」
 日和がよろけると思ったのか、碧真が手を貸そうとする。随分と回復したのか、日和は自分の足で立ち上がって、リビングから出て行った。

「唐獅子さん。炊いてあった飯、道中に日和に食べさせる用に少し貰ってもいいですか?」
『勿論です。たくさん炊いていますので、遠慮なさらずに持っていって下さい』

 唐獅子と俐都はキッチンへ向かった。

「チビノスケ。呪具をあげるから、身に着けておいて」
 壮太郎は篤那と協力して作った呪具を、テーブルの上に並べて説明する。

「ブレスレットは、神に関するモノを見えるようにする。イヤーカフは、通信。指輪は、神相手にも効果を発揮する結界。ネックレスは、ピヨ子ちゃんとの縁を守る物だよ」

「縁を守る?」
 術式の描かれたプレート付きのネックレスを見下ろし、碧真は怪訝な顔をする。

「ピヨ子ちゃんが職場の人達に忘れられたのは、メトリ神に縁を歪められたからじゃないかと思ってさ。俐都君と篤那君は大丈夫だろうけど、チビノスケはピヨ子ちゃんとの縁を歪められる可能性があるからね」

 説明を聞いて、碧真は素直に呪具を受け取って身に着けた。
 壮太郎は、支度を終えて戻ってきた日和にも指輪とイヤーカフの呪具を渡す。俐都も風呂敷包みを持って戻って来た。

「よし。じゃあ、行こうか」
 コートを手にして、外へ出ようとした壮太郎の前に、唐獅子が立ち塞がった。

『主人は駄目ですよ。暫くは大人しく休むように、当主様から言われているでしょう? 俐都さんと篤那さんがいれば、何も問題はないですよね?』

「大丈夫だろうけど、新しい呪具の効果を見」
『絶対に駄目です』
 頑固者の唐獅子を見下ろし、壮太郎は溜め息を吐く。味方になってくれないかと視線を送ると、俐都と篤那は頷いた。

「壮太郎さん。大丈夫です。俺達で解決しますから、ゆっくり休んでください」
「任せろ」
 二人の善意に止められて、壮太郎は渋々と同行を諦める。

 四人を玄関で見送った後、唐獅子は壮太郎を見上げた。

『主人は徹夜して寝ていないのでしょう? 早く休んでください』
「別に平気だって」
『駄目です! 一晩中、力を使い続けた上に呪具まで作って、力もほぼ残っていないじゃないですか! 早く休んでください!!』

 幼い頃から変わらず過保護な霊獣に怒られ、壮太郎は苦笑しながら部屋へ戻った。

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