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第八章 執着する呪いの話
第13話 天翔慈家の漫才コンビ
しおりを挟む今日も今日とて苦労させられる予感に、俐都は深い溜め息を吐く。
目の前には、黄金色の稲穂が実る広大な田。そして、稲に群がる原付バイクサイズの殿様バッタの姿をした魔物達がいた。
「いきなり神界に引き摺り込まれたと思ったら、何でまた魔物の群れが湧いてんだよ」
俐都達が連れて来られたのは、農作物に関わる八柱の神達の力で作られた神界。
この神界には、一ヶ月前も結界が壊れて魔物が出現していた。俐都達が魔物を退治した後、結界は厳重に張り直された筈だった。
俐都が睨みつけると、稲作の神は気まずそうに目を泳がせる。
『収穫の前祝いに、皆で酒盛りをしていたんです。皆、酔っ払って気が大きくなり、誰が一番強いか勝負しようという話になって……。皆で一斉に力をぶつけたら……結界、壊れちゃいました』
「何やってんだよ! つうか、人に頼る前に、自分達でどうにかしやがれ!!」
『仰る通りなのですが、あの数の魔物の相手は、私だけでは到底出来ませんっ!! お願いですから、また助けて下さい!!』
稲作の神以外の七柱の神達は、畦道で蹲り、二日酔いに苦しんで頭を押さえていた。
「ちゃんと制限して飲めって、前も言っただろうが! この酔いどれ神共!」
『お願いです!! 稲を守って下さるのなら、秘蔵の酒を献上しますから!!』
「俺は飲まねえから、酒はいらねえよ」
『俐都。こいつらが困っているじゃねえか。助けてやろうぜ。世の中、助け合いだろう?』
『利運天流光命様っ!』
俐都の守り神の流光の言葉に感動して、稲作の神は目を潤ませる。キリッとした胡散臭い顔の流光を、俐都はジロリと睨みつけた。
「お前、単に報酬の酒が目当てなだけだろう?」
『何を言っているんだ? 俺は困った神達を』
「なら、酒はいらないんだな?」
『いやいやいや!! くれるって言う物を貰わないのは失礼だろう!?』
「やっぱり、酒目当てじゃねえか」
俐都は溜め息を吐く。
自らの行いを反省しない神達の尻拭いに駆り出されるのは納得いかないが、放っておく訳にもいかない。
俐都は魔物が湧いた田を見渡す。
(魔物の数が多い。稲を傷つけるわけにはいかねえよな)
俐都が戦えば、豊かに実った稲を傷つけてしまう。
篤那の守り神達の内、射撃精度の高い十蔵と悠遠に任せれば、稲を傷つけずに解決出来るだろう。
「おい、篤那」
俐都が振り返ると、篤那は左手に酒瓶と右手に盃を持って畦道に座っていた。酒の入った盃を傾けて中身を飲み干し、篤那は満足そうな息を吐く。
「酒うまい」
『それ、幻の酒じゃないか!! 俺も飲みたい!!』
篤那の持っている酒瓶を見て、流光は目を輝かせる。酒盛りを始めた守り神と篤那を、俐都は無表情で見下ろす。俐都の視線に気づいて、篤那は親指を立てて頷いた。
「俐都、頑張れ。俐都は出来る子」
『私は戦えないので、応援の舞いを捧げます!』
『俺は守り神らしく、ここで俐都ちゃんの勇姿を見守っておくな! 頑張れよ~』
稲作の神と流光も、魔物と戦う気はゼロらしい。他力本願な相棒と神達に、俐都はキレた。
「ふざけんな!! 毎回毎回、俺に面倒事を押し付けやがって!!」
俐都の怒鳴り声に反応して、巨大な殿様バッタ型の魔物が一斉に飛び立つ。無数の羽音を轟かせながら、魔物達が俐都に向かって来た。
先頭にいた殿様バッタ型の魔物を、俐都は回し蹴りで薙ぎ払う。後続の数体を巻き込んで遠くへ飛んでいったが、魔物達は次々と向かって来た。
「おい! 篤那! せめて田んぼに結界くらいは張れ!!」
「わかった」
篤那のチビ神達が姿を現し、協力して田に結界を張った。
俐都は結界を足場にして跳躍し、魔物の頭部を踏み付けながら上空へ移動していく。魔物達が俐都を追って上昇する。俐都は空中で体を捻って回転し、落下の勢いを加えた蹴りを繰り出して、魔物達を次々と空き地の方へ飛ばしていった。
俐都が結界の上に着地した時、イヤーカフの通信呪具が受信する。
通信相手との時差が生まれているか、雑音が混じる。力で時差を調整したのか、相手の声が聞こえた。
『俐都君。篤那君。聞こえる?』
「壮太郎さん!」
最も尊敬する人の声に、俐都は顔を輝かせる。
隙が出来たと思ったのか、魔物二体が後方から俐都に襲い掛かる。俐都は後ろ回し蹴りで、背後にいた魔物達を纏めて蹴散らした。
『ごめんね。今忙しい?』
「全然大丈夫です! どうしました?」
『ちょっと頼み事があってね。二人とも、今は何処にいるの?』
「今は仕事で神界に来てますね。……ちょっと待っていて下さい」
会話を妨げる煩い羽音が迫る。
俐都は缶ケースから結界の粒石を取り出して指先で弾く。俐都に向かって飛んで来た魔物の群れは、突然空中に現れた楕円状の結界に衝突して潰れた。
俐都は結界を殴りつける。砕け散った結界の破片が勢いよく回転しながら宙を駆け抜け、後方にいた魔物達に突き刺さった。
(よし。半分以上は倒せたか?)
「話を中断してすみません。何かあったんですか?」
『実は、ピヨ子ちゃんが良くない神に執着されているみたいでね。君達の力を借りたいんだ』
俐都は息を呑む。神に執着された人間は、体や心、場合によっては魂や存在までも蝕まれる。人間に執着する神は、対象者だけではなく、周りの人間達も巻き込んで苦しめる危険な存在だった。
「日和は大丈夫なんですか!?」
俐都は焦って尋ねる。酒を飲んでいた篤那も立ち上がり、壮太郎の声に耳を澄ませていた。
『神気の侵食が進んでいる。かなり危険な状態だよ。二人共、いつ頃こっちに戻って来れそう?』
俐都は目の前の魔物達を睨む。
数は多いが、一体一体は弱いので、倒すのに時間は掛からない。
(問題は、神界から現実世界に戻る時に生まれる時差だ)
以前この神界に来た時の滞在時間は一時間弱だったが、現実世界に戻った時は四日経っていた。
正直なところ、間に合うか分からない。
「今、そっちは何日だ?」
篤那が壮太郎に問う。
『今は十二月六日。時間は夕方六時過ぎかな』
俐都と篤那が神界に連れて来られたのは、十二月五日の朝八時。あまり時間が経っていない筈だが、既に時差が生まれていた。
「十二月七日の朝九時までには行く。場所は、壮太郎の家でいいのか?」
「篤那!?」
「必ず行く」
『うん。お願い』
壮太郎との通信を終えた篤那は、俐都へ視線を向ける。
「俐都。あとは俺がやる。下がっていてくれ」
篤那の守り神である四柱の小さな神達が姿を現す。俐都は上空に足場用の結界を張って跳躍した。
結界に着地して眼下を見れば、残りの魔物達が爆発的な金色の光に飲み込まれていった。
魔物の殲滅を確認して、俐都は結界を解除して地面に降りる。
「篤……」
篤那を見た俐都は固まる。いつの間にか、篤那は亡霊と体を交代していた。
亡霊はニコニコと笑いながら、足元に居る稲作の神を見下ろす。
「さあ、早く僕達を現実世界に帰して? 十二月七日の朝までには必ずね」
『ヒャえ、そ、それは無』
「出来るよね?」
笑顔で圧力をかける亡霊に恐怖を感じたのか、稲作の神が震え上がる。見かねたのか、流光が愛想笑いを浮かべながら控えめに口を開いた。
『おい、それは流石に』
「貴方が協力すれば、無理ではないですよね? 利運天流光命。逆転の神という存在でありながら、使うべき時に力を使わないなんて、貴方の存在意義は何ですか? 貴方の常日頃の行いを、天大慈雨之尊に告げ口してもいいんですよ?」
『分かった! 何とかしてやるから、その黒い笑顔と脅しはやめろ!!』
流光が協力を宣言すると、亡霊は満足そうな笑みを浮かべた。俐都は呆れた顔で溜め息を吐く。
「あんた、日和のことになると、他の奴に容赦ないよな」
亡霊は幸せそうに目を細める。
「僕にとって、唯一無二の大切な魂だからね」
日和本人ではなく魂が大切だと言う亡霊に、俐都は不穏なものを感じた。
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