呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

文字の大きさ
上 下
218 / 311
第七章 未来に繋がる呪いの話

第47話 山茶花の髪飾り

しおりを挟む


 出店が並ぶ山道の脇にある広場。
 並べられたパイプ椅子の前にあるステージの上では、人外と人間による出し物が行われていた。

「飲み物を買ってくる。絶対に、ここから動くなよ」
「うん」
 碧真あおしの言葉に返事はしたものの、日和ひよりはステージに夢中になっていた。
 少し不安を覚えたが、流石にそこまで馬鹿ではないだろうと思い、碧真は日和の側を離れる。

 碧真はペットボトルに入った飲み物を二人分買って、日和の元へ戻ろうとする。
 ふと、女性用の髪飾りを並べている出店が目に留まり、碧真は足を止めた。

 碧真が目についた商品をジッと見ていると、店員であろう小さな狸が声を掛けてきた。

『お客さん、お目ぎゃぎゃい。おきゃい得でしゅるよっふ』
 小さな狸は緊張しているのか、盛大に口上を噛む。後ろに居た少しだけ体の大きな狸が『がんばれ弟!』と、小さな狸を応援していた。

「これをくれ」
 碧真は白い花の髪飾りを手に取り、小さな狸に渡す。
 小さな狸はパアッと顔を輝かせた。

『ヒャい! こちらの山茶花さざんかのシュシュですね! 女性への贈り物ですか!? これは、山茶花の精霊の力が込められていて、贈りたい相手に渡した時に色が』

「どうでもいい。早くしてくれ」

 小さな狸が大声で話すせいで、周囲の視線が集まっている。
 碧真が気まずさから睨みつけると、小さな狸は『ぴえっ』と鳴く。涙目になった小さな狸は、慣れない手つきで会計をして、震える手で碧真に髪飾りを渡した。

 髪飾りを懐に押し込み、碧真は足早に店の前を去る。

 広場の席まで戻った碧真は、日和の姿が忽然こつぜんと消えていることに顔を顰めた。

(あの馬鹿! 何処に行った!?)
 碧真は携帯を使って、日和に電話をかける。コール音が続くだけで、日和は電話に出なかった。


*** 


「あれ? 碧真君?」
 日和は綿飴と焼き鳥を両手に持ちながら首を傾げる。

 碧真が懸念した通り、上の空だった日和は話を聞いていなかった。
 
 次の出し物が始まる迄の待ち時間に、妖が食べていた綿菓子が目に入り、日和は席を離れた。出店で綿菓子と焼き鳥も買って、ようやく碧真が側にいない事に気づく。
 
(携帯で連絡を取ろう……って、食べ物があるから取れない!)

 日和はパチパチキャンディーが入った綿飴に齧り付く。綿飴と焼き鳥を完食した後、着物用に借りた鞄を探ってハッとする。

(携帯、結人間ゆいひとま家に忘れてきちゃってる!)
 財布やウエットティッシュ等は、自分の鞄から借りた鞄へ移していたが、携帯の存在をすっかり忘れていた。

 会えないかもしれない不安でいっぱいになりながら、人や人外で溢れた道を歩いて碧真を探す。
 探し回っても見つからず、疲れた日和は道の隅へと移動して息を吐いた。

 目の前の景色を眺めると、ひとりぼっちが寂しく感じる程に人も人外達も楽しそうに笑っていた。

(そういえば、小さい頃も似たような事があったな)

 家族で有名な神社の初詣に出掛けた時。
 人混みの中で、幼い日和は家族とはぐれてしまった。もう家族に会えないと思って、心細くて泣きそうになったのを覚えている。

(無事にお母さんに見つけてもらえたんだよね。嬉しくて、私……)

「日和!!」
 名前を呼ばれ、日和はビクリと肩を揺らす。顔を上げると、碧真が側にいた。

「碧真君」
 日和の顔を見て、碧真は小さく安堵の息を吐く。碧真も必死に探してくれていたのか、少し息が乱れていた。碧真は眉を吊り上げた後、日和の額に手刀を落とす。

「痛っ! 何するの!?」
「散々探し回らせたんだから、当然だろう。電話も出ないし」
「携帯、結人間家に置いてきちゃった」
「アホか!」

 周囲から歓声が上がる。声の方へ視線を向けると、神輿みこしを担いだ人外達が、山道を登って来るのが見えた。神輿を見ようと、通りに人や人外達が増え始める。

 碧真が日和の右手を掴み、人通りの多い道から外れて進む。繋いだ手を見て、日和は笑みを浮かべた。

「何ニヤついてんだ?」
「小さい頃を思い出したの。初詣で迷子になった事があって、お母さんが見つけてくれたんだけどね。その後、私、わざと何回も迷子になったんだ」
「はあ? 何だそれ」
 碧真に怪訝な顔をされ、日和は苦笑する。

「見つけて貰えた事が嬉しかったの」

 母親に愛されていないと思っていた頃。自分を探してくれた母親を見て、愛されているのだと思えた。嬉しくて、何度も何度も繰り返し感じたかったのだ。

 碧真は呆れて溜め息を吐く。

「俺といる時は、わざと逸れるなよ。探すのが面倒だ」
 碧真の言葉に、日和は目を見開いて驚く。

「何だよ?」
「いや、探してくれるんだって思って」

 探すのが面倒ということは、探すことが前提になっているのだと、日和に指摘されて碧真も初めて気付く。
 碧真は顔をらすと、日和の手を引いて無言で歩いた。

 月明かりと提灯の光が淡く照らす静かな場所へ辿り着くと、繋いでいた手が離される。碧真は振り返ると、日和に右手を差し出した。
 碧真のてのひらの上には、花びらがたくさん重なった白い花飾りのついたシュシュがあった。

「やる」

 言葉少なく渡されたシュシュを、日和は戸惑いながらも受け取る。
 碧真から日和の手に渡った時、シュシュが赤く染まった。

「え!? 凄い! 碧真君、手品使えたの!?」
「違う。妖の店で買った物だから、何か仕掛けがあるんだろう」
「へえ~。面白いね」

 日和は温かみのある赤色のシュシュを見つめる。

(もしかして、雪光ゆきみつさんに髪飾りを壊されちゃったのを気にしてプレゼントしてくれたのかな?)
 碧真のせいではないので気にしないで欲しいが、可愛い髪飾りを選んでプレゼントしてくれた事が嬉しかった。

「ありがとう! 大事に使うね!」
 日和が笑顔でお礼を言うと、碧真は興味が無いのか顔を逸らした。

 今は髪をセットしていて付けられないので、日和は手首にシュシュをつける。シュシュを眺めていると、温かい気持ちがジンワリと胸に広がった。

「赤いの見てたら、リンゴ飴が食べたくなってきた」
「まだ食うのかよ。タコ焼きと焼き餅とイカ焼きも食べていただろう?」

 日和は視線を泳がせる。焼き鳥と綿菓子まで食べた事や、帯が苦しくなってきている事は言えない。

「折角のお祭りなんだし、いいじゃん! 碧真君も楽しもうよ! 行こう!」

 日和は碧真の手を引っ張る。
 碧真は面倒臭そうな顔をしながらも、一緒に歩いてくれた。


***


「ねえ、さっきの山茶花の髪飾りについて教えてくれない?」
 
 壮太郎そうたろうは、店の前で落ち込んでいる小さな狸に声を掛ける。

 壮太郎がじょうと一緒に祭りを回っていると、偶然にも店で買い物をする碧真を見つけた。
 シュシュを買った事は分かったが、興味深そうな話は碧真が遮ってしまった。

 小さな狸はオロオロした後、兄狸に『がんばれ! 再挑戦だ!』と元気づけられて口を開く。さっきの反省を生かし、今度は声を抑えていた。

『あれは、山茶花の精霊の力によって、贈り主から贈られた方への想いを花言葉にちなんだ色で表すんです。店に並んでいる時は白ですが、贈られた方が受け取った時に色が変わります。白いままだと……えっと、あ、そうです「あなたは私の愛を退ける」、赤だと「あなたが最も美しい」、桃色だと「永遠の愛」だそうです』

 兄狸が出したカンペをチラチラと見ながら、小さな狸が答える。

「へえ。でも、贈り主の想いが、どれにも当てはまらなかったらどうなるの?」
『あの髪飾りを手にするということは、三つの内のどれかの想いを持っているからです。その想いが無い人は、髪飾りを見つけられないようになっています!』

 見事に説明を終わらせた狸は、嬉しそうに笑みを浮かべる。兄狸が拍手して、弟の健闘を讃えた。

「……そっか。説明してくれて、ありがとう」
 壮太郎は笑いを噛み殺しながら、狸に礼を言って店を離れる。

「ねえ丈君! 何色に変わったのか、後で見せてもらおうよ! いきなり桃色とかだったら、僕、チビノスケの顔を見た瞬間に爆笑する自信があるよ」

 揶揄からかう気満々の壮太郎に、丈は呆れて溜め息を吐いた。

 
 打ち上げ花火が上がる時間の前に、丈が碧真に連絡を取る。 
 待ち合わせ場所に来た碧真と日和を見て、壮太郎は我慢出来ずに笑い声を上げた。急に笑い出した壮太郎に、碧真は怪訝な顔になり、日和は驚いた顔になる。 

 日和の手首に嵌められたシュシュの色は赤だった。

(『あなたが最も美しい』か。チビノスケも素直じゃないよね。あの時、ピヨ子ちゃんに素直に伝えておけば良かったのに)

 日和の着物姿を見た時に内心ではそう思っていたのだとわかって、壮太郎は笑ってしまった。

(まあ、これからいくらでも伝えられるよね)
 当たり前のように手を繋いでいる二人を見て、壮太郎は微笑む。


 花火が上がる。
 秋の夜空に咲く大輪の花に、人も人外達も歓声を上げた。

「ねえ、ピヨ子ちゃん。何か願い事ある?」
 壮太郎は、右隣で花火を見上げていた日和に声を掛ける。日和は首を傾げた。

「願い事?」
「そう。たくさん助けて貰ったから、ピヨ子ちゃんにお礼がしたいんだ。今なら、大天才の僕が、ピヨ子ちゃんの願いを叶えてあげるよ。何がいい?」

 日和は視線を彷徨さまよわせて考えた後、真剣な表情で壮太郎を見上げる。

「無理だったら、断ってください」
 日和は前置きして、願いを口にする。

 花火の音で掻き消されて周囲の耳には聞こえなかったが、壮太郎にだけは、日和の願いが届いた。
 壮太郎は目を見開いた後、沈黙する。

「やっぱり、無理ですよね……」
 日和は悲しそうに目を伏せた。壮太郎はニコリと笑い、首を横に振る。

「大丈夫。ちょっと時間が掛かるけど、やってみせるよ。僕は大天才だから」

 日和の願いを叶える為には、たくさんのしがらみを壊さなければならない。

(それでも……)

「結人間壮太郎の名にかけて約束しよう。君の願いを、僕が必ず叶える」

 日和の願いは、多くの人を救うことになる。
 未来を視る力はないが、壮太郎は確信していた。

 日和は笑みを浮かべる。
 壮太郎が日和の頭を撫でていると、反対側にいた碧真が気づいて顔を顰める。碧真は日和の手を引っ張って、壮太郎から引き離した。

「壮太郎さん。日和の頭にダメージを与えないでください。これ以上、馬鹿になったらどうするんですか?」
「ちょと!? 碧真君、これ以上って何!? 私は馬鹿じゃないから!!」
「えー? そんなに強く撫でてないから大丈夫じゃない?」
「……ん? 壮太郎さん、ここは『馬鹿じゃないから大丈夫だよ』と言ってくれる場面では?」
「あはは」
「笑って誤魔化された!? ひ、否定してくれる人はいないの!? 丈さん!」

 日和は頼みの綱である丈を見る。丈は、帰ったら嫁に見せようと考えて携帯で花火の動画を撮っていた為、三人の話を聞いていなかった。

「既に手遅れだから、別にダメージを与えてもいいか」
「よくない!」
 碧真と日和のじゃれ合いを見て、壮太郎は笑みを浮かべる。動画を撮り終えた丈は、壮太郎を見て首を傾げた。

「どうした?」
「いや、生きてて良かったなって思ってさ」  
 壮太郎の視線の先にいた日和と碧真を見て、丈も笑みを浮かべる。

 現在から繋がる未来が、温かく幸せに満ちたものであるようにと祈りながら、丈と壮太郎は笑い合った。 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

処理中です...