呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第46話 友の手を掴む

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 祭りの会場である裏山に近づくと、祭囃子まつりばやしと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 宙に浮いた提灯達が照らす広い山道の両脇に、たくさんの出店が並ぶ。
 美味しそうな食べ物やヨーヨー掬いや射的など、出店に並ぶ物は人間の祭りに似ていた。支払いも、現代の人間のお金でやりとりしているようだ。

 ただ、やはり違う所もチラホラ見える。
 青白い肌をした美しい女性が作ったカキ氷を、雪玉の姿をした妖達が食べて体をシロップの色に染めていたり。手足の生えた巨大な塗壁ぬりかべが、型抜きをやろうとして、店の台ごと壊して周りの子達に怒られていた。ふわふわと浮かぶ幽霊達が、人間の子供達の周りに居て、一緒に祭りを巡っていた。

 多くの人と人外達で、祭りの会場は賑わっていた。

「すごく大きなお祭りですね!」
 日和ひよりが顔を輝かせると、壮太郎そうたろうは笑った。

結人間ゆいひとま一族と人外達が一緒に作り上げた祭りだからね。夜の八時頃には、打ち上げ花火もあるよ。さて、僕とじょう君は、お世話になった人達に挨拶に行ってくるから、チビノスケとピヨ子ちゃんは二人で祭りを回ってね。花火が上がる前に落ち合おうか。じゃあ、また後でね」 

「え? あれ? 壮太郎さん!?」
 壮太郎は丈の手を引いて、祭りの輪の中に入っていく。あっという間に、二人の姿は見えなくなった。
  
 四人で回るのだと思っていた日和は、初めて来た特殊な祭りを前に途方に暮れる。

「どうした? 来たかったんだろう?」
 隣にいた碧真あおしに声を掛けられ、日和は眉を下げた。

「うん。でも、どうすればいいのか……」
「適当に回ればいいだろう。腹が減っているのなら、食べ物屋を巡ればいい」

 祭りの為に夕飯を食べずに来た日和は、碧真の言葉で空腹を思い出す。
 日和は頷き、美味しそうな匂いがするタコ焼き屋を指差す。

「碧真君! 行こう!」

 日和は碧真と共に、祭りの輪の中へ入った。


***

 
 賑やかな祭りを、紫来しきは離れた場所から見つめる。
 初めて見た結人間一族の祭り。七紫尾ななしびきつねに無理矢理連れて来られたが、祭りの輪の中に入ることは出来なかった。

(結人間は変わった。時也ときやが、皆が変えてくれた)

 何者にもおびやかされることなく、笑顔が溢れている。除け者にされた結人間と妖達は力強く生きて、自分達の居場所を作り上げていた。

 クラリと眩暈めまいがして、近くにあった木の幹に手をつく。一瞬だけ体が消えかけたのを見て、紫来は溜め息を吐いた。

 狭間者はざまものとして、人間の何倍もの時間を揺蕩たゆたうように生きてきた。
 人間より長い命でも、永遠ではない。『狭間者の紫来』として生きられる時間も、もう余り残されていなかった。

 自分の体が初めて消えかけたのは、十月下旬のことだった。
 過去に出会った他の狭間者の話では、寿命が残りひと月程になると、体が消える症状が出始め、徐々に消える間隔が狭まる。寿命を迎えた瞬間に、この世から消えるという。

 紫来が結人間の崩壊の未来を知ったのは、死ぬ前の未練からだった。
 喪失する未来など視えなければいいと思っていたが、まさか一人の男の死を切っ掛けに一族の多くの者達の未来が壊れるなど思ってもみなかった。

(だが、その絶望的な未来も変わった。もう、これでいつ終わってもいい)

 七紫尾ななしびきつねは、もうすぐ訪れる紫来との別れを惜しんでいるようだが、十分すぎる程に生きた。これ以上のモノを望んではいけない。未練も後悔も無いと、言い切らなければならない。

「ここに居たんだ。仁太じんたさん」

 名前を呼ばれ、驚いた紫来は声の方へ顔を向ける。
 いつの間にか、壮太郎と丈が紫来の側に来ていた。

「七紫尾の狐は、一緒に来ていないの?」
「共に来たが、食べ物の匂いに釣られて、何処かへ走って行ってしまったな」

 大方おおかた、食べ物をつまみに行ったのだろう。焼き鳥に目を輝かせていたから。

「ようやく来たんだから、貴方も楽しみなよ」
「……手前てまえはいい。手前は結人間を捨てた身。あの輪の中に入る資格は無い」

 この祭りに参加するのは、結人間一族の人間と、一族に関わる人外達だと、七紫尾の狐から聞いた。結人間と縁を切った自分には、参加する資格が無い。

「資格ならあるよ。だって、この祭りは、貴方の為に時爺が作ったものだから」

 
 結人間の地位を確立させた実力と功績が認められ、結人間家の当主となった結人間時也。
 彼が老年期に差し掛かった頃。仁太が消えた日に、一族と人外達の為の祭りを開くことを決めた。
 
 始まりは、一人の人間の願い。
 そのたった一人の人間の願いと想いを、一族の人間が受け継ぎ、今もなお続く結人間の祭り。


「この祭りは、『結び祭り』と呼ばれている。結人間と人外を結ぶ祭り。時爺はね、君や狭間者になった人達が帰って来られる場所を作ろうとしたんだ」


 いつか、きっと。再び結びつこう。
 たとえ、生きている間に結びつくことが出来なくても。
 結人間の子らが受け入れてくれる。
 我らは結人間。人と人外を結ぶ一族なのだから。


「時爺は冥界の王と契約して、今も転生せずに魂が残っている。毎年祭りの時期に、こっちに戻って来るんだ。会いに行こう。僕が連れて行ってあげる」

 紫来は目を見開く。時也に会えるかもしれないという期待は、すぐに萎んだ。

「無理だ。縁が切れてしまった人間には会えない」
「確かに、それは決まっているね。だけど、覆らないわけじゃない。君が視た未来のようにね」
 
 壮太郎は、祭りの輪の中へ視線を向ける。
 紫来が視線を追うと、七紫尾の狐がこちらへ向かって来ていた。

『遅くなった』
「途中で何か食べたでしょ? 鼻にタレがついてるよ」
『我を呼んだ焼き鳥が悪い』
 
 壮太郎は、七紫尾の狐の背中を見上げてニコリと笑う。紫来も見るが、特に何かあるようには見えなかった。

『手を貸してくれ』
 七紫尾の狐が、焼き鳥のタレがついた鼻先を紫来の手に押し付けようとする。紫来の手でタレを拭おうとしているのだと思い、慌てて手を避けた。

「手ぬぐいを貸してやるから、少し待て」
 手ぬぐいを取り出し、七紫尾の狐の鼻を拭う。七紫尾の狐は罰の悪そうな顔をしながらも、首を横に振った。

『違う! いいから、手を貸してくれ』

 七紫尾の狐は紫来の手に無理やり鼻先を押し付ける。

 触れた瞬間、柔らかな金色の光と暖かい風が紫来の体を包んだ。
 紫来が驚いている間に、光も風も何事も無かったかのように消えた。

「一体、なん」
 紫来は七紫尾の狐へ視線を向けて、目を見開く。

 七紫尾の狐の隣に、いつの間にか人の姿があった。最後に見た時よりも歳を重ねていたが、しっかりと面影がある。目の前の人物も、紫来を見て目を見開いた。

「仁太!」
 駆け寄ってきた人物に、仁太は抱きしめられる。仁太は驚きで目を見開いたまま、ポツリと呟く。

「時也」
 涙を流す時也の手に力が入る。仁太は苦笑した。

「涙もろくなったな。時也」
「歳のせいだよ。七十二歳の大往生だったんだ」
「そうか。随分と若造りしたんだな」

 七十二歳には見えない姿に、仁太は笑う。今の時也の見た目は、どう見ても三十代だ。

「死後は、一番記憶に残っている姿になるんだ。この姿は当主になって、一番上の子供が産まれた頃の姿かな」
 時也は笑顔を浮かべると、仁太の手を握る。

「俺の直系の子孫達がいるから、会いに行こう! とってもとっても可愛いから」
「うわ、ちょっと待て!」

 時也に手を引かれ、仁太は思わず祭りの輪の中へ入ってしまう。

 祭りの喧騒が心地よく響き、温かな空気が周囲に満ちていた。
 幼い頃のように隣に立ち、時也は笑う。仁太は目に涙を滲ませながらも、笑顔を返した。

 何百年の時を経て、ようやく友の手を掴むことが出来た。


***

 
「七紫尾の狐もやるね。まさか、時爺と仁太さんを再会させるなんて」

『召喚者の加護があればこそだな』

 七紫尾の狐は、日和の守り神である縁結びの神と交渉した。
 日和の命を守る代わりに、縁結びの力を借りて、時也と仁太を結びつけたのだ。

『うまく行ってよかった』
 悲しい涙の記憶が、嬉しい涙の記憶に変わる。
 二人の間には、たくさんの苦労と悲しみがあった。ふとした幸運が訪れて、あっさりと願いが叶うことがあってもいいだろう。

「七紫尾の狐も、僕達と一緒に祭りを回る?」
 壮太郎の誘いに、七紫尾の狐は首を横に振る。

『ここに来る前に、古き友に捕まって、一緒に祭りを回る約束をさせられた。折角の誘いだが、お前達は二人で楽しむといい』

 壮太郎と丈を見て、七紫尾の狐は笑みを浮かべる。

『二人共、一緒に長生きしろよ』

 七紫尾の狐が去り、壮太郎と丈は二人で祭りの輪の中へ戻った。

「さて、何から回ろうか。あ、射的あるじゃん」
「店主を泣かさない程度にしておけよ?」
「いや、いつも景品を取りすぎるのは丈君でしょ? 地元のお祭りで射的NGになったの、丈君が原因だからね。その時は、僕は完全に巻き込まれた側だったし」

 歴戦のスナイパーの如く景品を撃ち抜く丈の姿は、地元の祭りでは有名だった。泣き崩れる店主を見て、「可哀想だな」と壮太郎も思わず同情してしまった。何故か二人仲良く、射的NGのブラックリストに入った。
 
 あの時はああだった、あれはこうだったと、二人は今の祭りを巡りながら、歩んできた日々の思い出を巡った。

「本当、僕達も随分と長く一緒にいるよね」
「爺さんになっても、一緒にいるだろうからな。お前は、もう少し落ち着いてくれると思ったが……。年々、心臓に悪くなっている気がする」

 丈の言葉に、壮太郎は吹き出して笑う。

「この話、中学生の時もしたよね」
「ああ。壮太郎がクリスマスプレゼントに花火を作ってくれた時だろう?」
 
 壮太郎は十五歳の冬に、丈へのクリスマスプレゼントとして、虹色の花火を作って見せたことがあった。
 あの時は泣きそうになって誤魔化してしまった気持ちを伝えようと、壮太郎は口を開く。

「丈君。あの時に丈君がくれた言葉、僕は心底嬉しかったよ。歳をとっても一緒にいると、当たり前のように言ってくれたこと」

 未来への不安を、あっという間に消し去ってくれた丈の言葉。
 壮太郎は悪戯っぽい笑みを浮かべて、丈へ手を差し出す。

「これからも、一緒に楽しく生きていこうね」

 丈は微笑み、当たり前だと言うように壮太郎の手を取った。

 今までも、これからも。
 どんな道も、二人は笑顔で一緒に歩いていく。

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