呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第42話 伸ばされた友の手

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 結人間ゆいひとまを守る為に、閉じ籠るのも必要だと思った。

 今の結人間は弱い。
 一族以外の人間との関わりを完全に断ち切るのは無理かもしれないが、なるべく目立たずにひっそりと生きよう。

 こちらが害さなければ、相手も心ある人間なのだから、命までは奪わない筈だ。

(だから、この感情を押し殺そう)
 結人間を守る為にも、『人』として生きる為にも、そうする事が正しいのだと、時也ときやは震える拳を握りしめる。


***


 宵闇の中。
 とある権力者の屋敷から、次々と悲鳴が上がる。

 屋敷に現れた巨大な蜘蛛の群れに恐れおののき、半狂乱になりながら屋敷の外へ逃げ出そうとする人々。
 蜘蛛は紫尾しびが作り出した幻術だったが、迫り来る異形の化け物に対する恐怖が伝染し、周囲は恐慌状態に陥った。

 屋敷の中に侵入した時也に気づく者はいない。
 
 時也は長から任された『仲間探し』の為、紫尾と共に一族から離れて二ヶ月ほど旅をしていた。
 時也が不在の間に、行方不明になった仁太達。
 仁太達に仕事を依頼したという男の居場所も分からず、探し回っても三人の行方は中々掴めなかった。
 
 仁太と共に捕まった二人の仲間の内、首を切られた者は、死後すぐに魂を呪術の材料に使われ、この世から消えてしまった。もう一人の仲間は、死後に魂が消える前に一族の元へ帰り、仁太が囚われている事や結人間を利用しようと企む者達の存在を知らせてくれた。

 仁太が囚われている離れの地下牢に向かって走る。
 時也は破壊的な感情が獣の如く暴れるのを抑えるのに必死だった。

 煌々と燃える篝火かがりびの側を通り過ぎようとした時、屋敷の外へ逃げていく人々とは反対に、急足で屋敷の奥へ向かう男を見つけた。

 男が手に抱えている小さな壺は、一目で呪具だと分かる物だった。
 仲間が話していた術者だと察して、時也は男の前に立ち塞がる。術者は警戒した目で時也を見た。

「お前が結人間を害した術者?」
 自分でも聞いたことのない程に怒りに満ちた低い声が出た。術者は見下すような目で時也を見る。

「あの男を助けに来たのですか? 弱い者って、どうして傷の舐め合いが好きなんでしょうねぇ? 憐れで笑えますよ」

「弱いことが悪いの? 俺達は、他者を害していないのに」
 
 時也の言葉に、術者は吹き出して笑った。
 
「害する力が無いだけでしょう? 今の結人間は弱者。弱者は強者の餌になる宿命。弱いからこそ、あなた達は奪われる。恨むなら、弱い自分達を恨むんですね。ここは、弱者が生きられる世ではない」
 
 術者が持っていた壺の封を開けると、気持ち悪い生暖かい強風が時也を襲う。

 閉じた瞼を開くと、時也の体に赤黒く湿ったひるが複数張り付いていた。蛭が噛み付き、時也の血を啜る。血を吸った蛭の体が徐々に膨れ上がっていった。
 
「結人間の血は上等ですからね。あなたも、他の結人間の者達も、私が有効に活用してあげますよ。感謝してください。強者である私の役に立つのですから」

 蛭に血を吸われているというのに血の気は引かず、怒りと共に血がたぎってくるのを時也は感じた。

「……俺の考えは、間違っていた」
 時也は呟く。

 どんなに閉じ籠っていても、弱い者達から全てを奪おうとする化け物共がいる。 

(それが、このうつつか……。弱いままで生きられない世は、なんて……)

「腹立たしくて切り刻んでやりたくなるのだろう」

 湧き立つ怒りに呼応こおうするように、時也の体から白銀色の光が溢れた。溢れる力の奔流に、術者はヒュッと息を呑む。

 時也は懐から短刀を取り出す。
 鞘から短刀を引き抜けば、眩い閃光が時也を包んだ。
 
 黒く短い髪が白銀色の長髪へ、黒色の目は深海のようなあおへ、草臥くたびれた着物が上等な漆黒の衣へ、手に持った短刀が大太刀へ変わる。額には青黒い二本の角が生え、口の中に四本の鋭い牙が現れる。

 長に命じられて仲間にした『幽鬼』の力によって、鬼へと姿を変えた時也。
 時也が一歩近づくと、術者は震える足で一歩下がった。
 
「っ、く、食い千切ってやりなさい!!」

 男が悲鳴じみた声で命令をすると、張り付いていた蛭達が時也の体に更に深く牙を突き刺す。
 時也は大太刀を地面に落とした。

「……はは」
 時也が痛みから武器を手放したと思って、術者は脱力したように笑う。術者は優越感を取り戻したのか、酷薄な笑みを浮かべて時也に近づく。

 地面に突き刺さった大太刀が冴えた月の輝きを放つ。
 大太刀から生まれた白銀色の無数の刃が、蛭と術者の体を幾度も斬りつけ、辺りに血が飛び散った。

 仰向けに倒れ、呼吸が上手く出来ずに喘ぐ術者。救いを求める目を向ける術者の喉笛を、時也は無表情で見下ろして踏みつけた。

(壊したい。壊したい。俺の大切な人達を害するモノ全てを)

 理性的な顔の下に隠した、時也の中のおぞましい激情。

(俺はずっと、この感情を恐れていた)

 結人間を害する者達への怒りと憎しみ。
 この感情を一度でも外に出してしまえば、歯止めが効かなくなって、結人間を『化け物』と蔑む人間達の言う通りになる気がした。
 
 化け物になってしまう恐怖から、時也は自分の感情を誤魔化し続けた。
 
(でも、違った。俺は、この感情から目を背けるのではなく、向き合って考えるべきだった。そうすれば、もっと早く戦うことを選べた。もっと早く答えに辿り着けた)

 自分が奪う命を両目でしっかりと見つめた後、時也は足に力を込める。骨が折れる音が周囲に重く響く。足裏に伝わった感触が生々しくて、両手が震えた。

 時也は震える手を握りしめる。

(世の全てを変える力はない。それならば、結人間の者達だけは、俺の手で守る。弱い者が弱いままでも笑って生きられるように。その為なら、恐怖も怒りも憎しみも力にして……)

「俺は化け物共を喰らう化け物になる」


***


 暗闇を見つめ続け、どれだけの時間が流れたのだろう。

『仁太、仁太』
 仁太を呼ぶ、小さくて高い声が聞こえた。

 ゆっくりと顔を上げ、牢の天井付近の換気用の穴を見る。
 外にいる幼い狐の妖が、柵の間から鼻を突き出して仁太を見下ろしていた。

「……紫尾」
『助けに来た! 時也も一緒! もうすぐ、こっちに来る! だから逃げよう!』
 
 紫尾が柵を擦り抜け、仁太の真横に着地する。真剣な目で見上げる紫尾を見て、仁太は首を横に振った。
 
「駄目だ。駄目なんだ。ここから逃げても、また追われる。人間が大勢で襲ってきたら、結人間は勝てない」

 紫尾と時也の手を取り、逃げた先に待つのは一族の惨殺だけ。
 仁太の目が視た、真っ赤に染まった未来が物語っていた。

『でも!』
「……なあ、紫尾。”違う”っていうのは悲しいな」

 多くの人間達から除け者にされる結人間。除け者同士で支え合って閉じ籠り、周りに迷惑をかけずに生きてきた結果がこれだ。

「俺は、生まれてきてはいけなかったんだよ。生きては、いけなかった」
 除け者でも迫害されても、結人間は生き残れた。『喪失の未来を視る目』を持った、仁太がいなければ。

「紫尾。俺を殺してくれないか?」
『!? 嫌、嫌だ!! 仁太が生きないと嫌だ!!』
 紫尾は必死に何度も首を横に振った。仁太は涙を流して懇願する。

「俺は、もう人間として生きられない。お願いだ。終わらせてくれ」

 人間が好きな妖の友に、酷なことを願う。
 仁太は血の契約によって自死することが出来ない為、誰かに頼むしかない。

 紫尾が悲痛な表情で目を閉じる。紫尾は思考を巡らせた後、口を開いた。

『人間として生きられないのなら、人間ではない別の存在になるのは駄目か?』

 紫尾が他の妖達から聞いた噂では、結人間から逸れてしまった者達数名が、妖の手を取り、『狭間者はざまもの』へ存在を変えたという。
 人間から『狭間者』へと存在を変えれば、結人間仁太はこの世から消え、人間達の記憶からも消える。

 それは仁太にとって、紛れもない救いだった。
 仁太は微笑む。

『俺は人間をやめるよ。お前の力で、人間の俺を、この世から消してくれないか?』

 仁太の頬から流れ落ちた涙が、紫尾の頬を濡らした。

 紫尾が自らの前足を噛み、血を流す。
 妖力が込められた血を飲めば、身体中の血が沸くような、何かが作り変えられていくような圧倒的な力を感じた。
 
(結人間仁太は、最初からいなかった。それでいい。皆の中に俺が残らなくても、結人間が残ってくれたら……)

「仁太!」
 名前を呼ばれて顔を上げれば、階段から地下牢へ降りてきた時也の姿が見えた。
 時也はボロボロの姿で血を流しながらも、柵の外から仁太へ手を伸ばす。

 普段は穏やかな時也の目が、燃えるような炎を宿していた。
 伸ばされた友の手を、仁太は掴まなかった。

「ごめんな。時也」
 眩い光が仁太の体を包む。魂がパキリと音を立てた。

 時也が絶望した顔を見たのを最後に、結人間仁太の存在は失われた。

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