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第七章 未来に繋がる呪いの話
第39話 日和の決意
しおりを挟む日和は、碧真と七紫尾の狐と共に、左の道を歩く。
日和達が呪具を見つけた後、壮太郎と紫来が右の道にある攻撃術式の前で待機することになった。日和達が呪具を手に入れた後に合流し、全員で丈の元へ行く作戦だ。
狐火の灯りを頼りに道を進むと、白い光に照らされた開けた空間に辿り着く。
空間の中央にある積み上げられた岩の上に、怪しい光を放つ白い水晶玉が置かれていた。
「あれだな」
『白い力が宿っている。間違いないだろう』
碧真と七紫尾の狐が鋭い目で水晶玉を睨みつける。
「壮太郎さん。見つけましたよ」
碧真は通信の呪具を使って、壮太郎へ報告する。日和は眉を寄せた。
(……本当に、あれが呪具なの? 碧真君と七紫尾の狐が言うなら、間違いなさそうだけど。あんなに堂々と置いておくかな?)
『オッケー。じゃあ、予定通りにね』
壮太郎との通信を一旦終える。
碧真は両手に銀柱を構えると、日和達へ視線を向けた。
『背中に乗れ。召喚者』
七紫尾の狐の体が、人ひとりが乗れそうな大きさに変化する。日和は頷き、七紫尾の狐の背中に跨る。
お互いに準備が整い、日和と碧真は目を合わせて頷き合った。
「行け!」
碧真の合図と共に、七紫尾の狐が地面を蹴る。
人間である日和が呪具に近づいた瞬間、水晶玉が白い光を放ち、洞窟の天井に光が注がれた。
天井に浮かんだ攻撃術式へ、碧真が銀柱を投げる。紫来が視ていた攻撃術式を元に、壮太郎が碧真に力の経路の壊し方を教えていた。
教え通りに正確な場所へ銀柱を投げた碧真は、術式の力の経路を小さな炎で焼いていく。術式は発動出来ないまま、光を失っていった。
作戦は上手くいっている。あとは、日和が呪具を手に入れたらいい。
「っ!?」
水晶玉に触れようとした時、指先に悪寒が走り、日和は手を引っ込めた。
水晶玉の下部が強い光を放ち、置かれた岩肌の上に白い術式が描かれていく。
出現した白い術式から、黒いモノが一気に噴き出す。黒いモノに体を押され、日和と七紫尾の狐の体が吹き飛ばされた。
七紫尾の狐と離れ、日和は空間の奥まで転がった。すぐに起きあがろうとした日和は、視界が暗くなった事に気づいて顔を上げる。黒いモノ達が、日和を取り囲んでいた。
(『名奪リ遊戯』の『影』!?)
驚きで固まる日和へ、『影』達が手を伸ばす。『影』の顔に赤い唇が浮かび上がり、鮫のような鋭い歯が日和に迫った。
碧真が銀柱を投げる。
歯が砕ける音がして、『影』は空気に溶けて消えた。
術式から生み出された別の『影』が、日和へ迫る。
日和は手近に落ちていた岩を掴み、向かってくる『影』の口に投げつける。見事に当たり、『影』は消滅した。
水晶玉の下の術式から、次々と『影』が生み出されていく。
碧真が銀柱を投げて術式を破壊しようとするが、出現し続ける『影』に妨害されるせいで、攻撃が届かなかった。
出現した『影』達は、日和だけではなく、七紫尾の狐と碧真の元へ向かう。
七紫尾の狐は尾を使って、『影』を攻撃する。碧真は銀柱で『影』を倒しながら、日和に向かって叫ぶ。
「日和! 早くこっちに来い!」
「でも! 呪具が!!」
「いいから来い!! 死にたいのか!?」
碧真が鋭い声で、日和を怒鳴りつける。
日和は水晶玉へ目を向ける。迷っている日和へ、赤い唇を浮かべた『影』が襲い掛かろうとする。日和が身構えた時、横から白い毛玉が『影』へ突進した。
『逃げろ!! 召喚者!!』
七紫尾の狐が周囲の『影』を蹴散らしていく。
日和は立ち上がって、碧真の元へ走り出そうとした。その直後に、視界がガクリと揺れ、日和の体は地面に引き倒される。
二体の『影』が、日和の両足を掴んでいた。
怯える間もなく、『影』達の尖った歯が肌に突き刺さる。鋭い痛みに、日和の顔が歪んだ。
風を切る音がした後、『影』の上半身が不自然に後ろに反るような形で曲がる。
碧真が投げた銀柱が日和の足元の地面に刺さり、拘束の糸で『影』の動きを封じていた。
鈍く重たい破壊音が響く。視線を向ければ、七紫尾の狐が尾で岩を砕き、『影』を生み出す術式を破壊していた。
土台の岩が無くなったというのに、呪具の水晶玉は変わらない位置のまま宙に浮いていた。
水晶玉が強い光を放ち、空中で砕け散る。
水晶玉の破片が地面に落ちると、白い光が地面の上を走り、岩壁を通り抜けて右の道へ移動していった。
『馬鹿な!? 最初から、壊す気だったのか!?』
「壮太郎さん! 鬼降魔喜市が仕掛けていました! 術が発動します!!」
碧真が通信の呪具に向かって鋭く叫ぶ。
白い光の移動先は、丈のいる右側の道。歪みを強制的に正す術式が発動すれば、誰か一人を失うことになる。
碧真と七紫尾の狐は、あと一歩及ばなかったことへの悔しさに顔を歪めた。
『天よ。何故……』
七紫尾の狐が呟く。
──”天が何をしてくれた? 天翔慈も神も、ただ在るだけで、地に這いつくばって生きる者のことなど顧みないくせに”。
市佳が語った喜市の嘆きが、日和の頭の中に断片的に流れる。
日和は地面に這いつくばったまま、導かれるように視線を目の前に向ける。
日和から二メートルほど離れた地面の岩陰に、何かが埋まっているのが見えた。
遊色効果のある虹を纏ったような白い玉。
『名奪リ遊戯』や魔物の異界で見た物と同じだと感じて、日和は息を呑んだ。
(あれが本物だ)
確証はないが、そう感じた。
日和が立ち上がって白い玉の元へ向かおうとすると、空間内に残っていた『影』が襲い掛かってきた。碧真と七紫尾の狐が、すぐに反応して『影』を攻撃する。
攻撃を受けて倒れた『影』の体に足を取られ、日和は地面に前のめりに倒れる。起き上がる時間が惜しくて、日和は這いつくばったまま前へ進み、手を伸ばした。
最初からあった違和感。
鬼降魔喜市が、素直でわかりやすい訳が無い。
(本当の想いを隠して。そうやって、いつまでいじけているつもりなの?)
──”呪いの裏には、想いがある”。
時也の言葉は、きっと喜市にも当てはまる。
(貴方が私の大切な人達を傷つけるつもりなら、私が貴方の本当の想いを見つけて暴いてやる!)
「七紫尾!!」
白い玉を掴んだ日和は、命じるように強く叫ぶ。
七紫尾の狐は、日和の手にある物を見て瞬時に理解し、跳躍する。七紫尾の狐は日和の体を咥えて碧真の横を通り過ぎ、壮太郎達の元へと駆けた。
***
碧真は右手に銀柱を構えて、日和と七紫尾の狐を追いかけようとする『影』達の前に立ち塞がる。
構えた四本の銀柱に描かれた術式は二種類。
初めて使う術への緊張感が、碧真の体を支配する。
昨日の夜に作ったばかりで実験もしていない為、日和達がいた時は安全面を考慮して使用出来なかった。しかし、今この空間にいるのは敵だけなので、何も遠慮することはない。
最初に術を見た時に『使える』と思っていたが、構築式を全て読み取り切れずに諦めていた。
皮肉にも森で攻撃された事で、不明瞭だった構築式を理解する事が出来た。
碧真は空間の中央の地面に向かって銀柱を投げる。
銀柱が地面に刺さった後、碧真は発動の呪文を口にする。
「『藤蔓』」
青い光と共に、植物の蔓が噴水のような勢いで地面から出現する。
蔓が『影』の体に一瞬で絡み付き、離れた場所にいた複数体を絡め取って一塊にしていく。
蔓が『影』達の体を完全に覆い隠して、巨大な球体となった。
市佳の使っていた『藤蔓』の術は、碧真が普段使っている術よりも強い拘束力を持ち、対象を覆い隠せば結界に似た働きをする。
碧真が投げた銀柱には、『藤蔓』の術式と得意な術式の二つが描かれている。
碧真が指を鳴らすと、植物の蔓の内部から光が漏れると同時に、爆発音が響く。
役割を終えた植物の蔓が解けると、内部にいた『影』達の断片がハラリと崩れ落ちて空気に溶けて消えていった。
『影』を一掃した碧真は踵を返し、日和達の元へ向かった。
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