呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第36話 壮太郎が選んだ道

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 壮太郎そうたろうは一人で洞窟を進む。

 もどかしい程に体が重たい。早くじょうの元に辿り着きたかったが、力の消耗を抑える為に、洞窟内では羽犬はいぬは使用せず、歩きやすい道を選びながら進んでいた。

 暗闇に向かって照明用の呪具のビーズ玉を投げて、視野を確保する。
 洞窟の中に仕掛けられている攻撃術式の量は、森に比べて少なく、解呪しなくても避けることが出来たのは幸いだった。

 開けた場所にある二つの分かれ道の前に辿り着く。
 右側は、入口部分の岩がり出している狭い道。左側は、特に何の障害もない道だった。

 洞窟周辺に足を踏み入れた際に、術者が仕掛けた探知を妨害する術が発動したが、丈が身に着けている呪具のおかげで、居場所は把握出来る。

 壮太郎は迷わず、丈のいる右の道を進んだ。

 壮太郎は呪具に力を送って『天狗てんぐ羽団扇はうちわ』に変化させて手に持ち、攻撃に備える。

 右の道を進んでいると、風を切る小さな音が耳をかすめた。
 壮太郎は振り向き様に、自分に向かってくる二本の白い矢を『天狗の羽団扇』で横薙ぎにする。

 斬られた二本の矢の内の一本は、地面に飲み込まれるように消える。もう一本の矢から散らばった白い光が、導火線を辿るように、地面の上を走っていった。

 走る白い光を目で追って、壮太郎は洞窟の天井を見上げる。
 仕掛けられていた時点では、術者の力が注がれていない只の紋様だった攻撃術式に、白い光が注がれていく。 

 力を持った白い攻撃術式が、壮太郎の頭上にプラネタリウムのように広がった。

 壮太郎は周囲の攻撃術式を瞬時に読み取り、『天狗の羽団扇』を振るう。
 発動した攻撃術式から降り注ぐ白い棘を薙ぎ払い、発動前の術式に力を供給する為の連結部分に傷をつけて、力の供給経路を断つ。
 白い棘は力を失って消滅し、発動前の術式は不発のまま終わった。

(……あらかじめ術を仕掛けておいたにしては弱いな)
 この洞窟内に仕掛けられた術は、相手の術者から力を奪う前に仕掛けていた物の筈だ。

 術者が丈の転移場所に洞窟を選んだのは、壮太郎を殺す為の切り札が、この場所にあるということだと思っていた。しかし、先程の攻撃は随分と粗末な物だった。

 壮太郎は溜め息を吐き、再び歩き出す。

(丈君を助ける為に、僕が死を選ぶ。僕が死を選ばないと、丈君が死ぬ。結界の呪具もまだ二つあるけど、それも使えないってことなのかな? 一体、術者は何を仕掛けているんだろう?)

 洞窟内に響く自分の靴音を聞きながら、壮太郎は思考する。

 道の先で、ほんのりと明るい場所を見つける。
 洞窟の終点である空間の中央に、祭壇のような大きく平らな岩がある。その上に、横たわる丈の姿を見つけた。

「丈君!」

 求めていた親友の姿に、壮太郎は笑みを浮かべる。
 喜んだのも束の間。丈の周囲に浮かぶ白い術式を見て、壮太郎は息を呑んだ。

(……そうか。そういうことか。僕が死を選ぶ理由)

 ムカデの神達の異界に、壮太郎と丈が転移させられたのは、『生まれた歪みを強制的に正す力』が働いたから。これには、代償は要求されない。

 ムカデの神達の異界から転移術式を使って脱出する際、壮太郎は『転移術式の上にいる者の時間』と『自分の力』を代償にして、ななきつねの異界へ転移した。

 しかし、丈はどうだったのだろう?

 丈がムカデの神達の世界から術者の作り出した異空間に転移させられた時、払われるべき代償が支払われていなかったとしたら?

 その結果が、目の前にあった。
 生まれた歪みが行き場を失い、この場所に留まって渦を巻いている。
 
 このまま何もしなければ、歪みを解消する為に転移は無効化され、転移の『対象者』は、転移前の場所へと戻される。
 今は存在しない空間の狭間へ連れて行かれてしまうだろう。

 代償が支払われないことで強制的に歪みを戻されるのには、本来ならまだ時間が掛かる。
 しかし、丈の周囲に張り巡らされた『歪みを正す術式』によって、壮太郎が対処する為の時間を、相手の術者が奪い去った。

(もう一本の矢が、発動の引き金か)
 地面に溶けて消えたと思っていた矢が、地中を経由して、丈の周囲にある術式に力を流したのだろう。

 『歪みを正す術式』が発動している時に解呪しようとしたら、行き場を失った歪みが暴発して、丈の命や存在にまで危険が及ぶ。今この瞬間に壮太郎が打てる一手は、丈の代わりに『対象者』となる事だけだ。

 壮太郎は、丈が眠っている祭壇の岩の上に上がる。
 岩の上に両膝をつき、丈の手を掴んだ。

「いつも、丈君が僕の手を掴んでくれたね。ありがとう。僕を人間として生きさせてくれて。いつも側にいてくれて。一緒に歩いてくれて。君には、本当にたくさんの幸せをもらった」

 眠ったままの親友を見下ろし、壮太郎は苦笑する。

「伝えたい事がいっぱいあるのに、いざという時には浮かばないものだね。生きている間に、たくさん伝えておいて良かったよ」

 今は想いを口にするより、終わりの時までにやるべき事がある。

 壮太郎はブレスレットに力を注ぎ、羽犬を顕現させる。結界の呪具の指輪を取り出して、攻撃を受けた瞬間に発動するよう構築式を組み替える。
 壮太郎は首に着けていたネックレスを外し、指輪を通して丈の首に掛けた。

 丈の体を持ち上げ、羽犬の背に乗せる。丈のスーツの内ポケットから銀柱ぎんちゅうを取り出す。銀柱に仕込まれていた拘束術式を利用して生成した糸で、丈の体を羽犬の背中から落ちないように固定した。

 心配そうに見上げる羽犬の頬を両手で包んで、壮太郎は微笑む。

「お願い。僕の代わりに、丈君を安全な場所へ連れて行って」

 壮太郎の両手から、残っている力の全てが羽犬へと移る。
 これで、壮太郎が死んでも、結人間ゆいひとま本家に着くまで羽犬の顕現が解ける事はない。攻撃を受けても、丈の首に掛けたネックレスが守ってくれる。
 本家に着けば、当主の八重やえが、うまくやってくれるだろう。

 壮太郎の意思を汲んで、羽犬はきびすを返して走り去る。
 親友と羽犬を見送り、壮太郎は息を吐いて術式の上に寝転がった。

 力を使い切り、疲労困憊の体が重たい。
 これから押し寄せる痛みは、どのくらいの物なのだろうかと、他人事のようにぼんやりと考えた。

 壮太郎は目を閉じる。
 走馬灯なんて、見る暇があるのかも存在するのかも分からないから、壮太郎は自分自身で記憶を辿る。

 丈との思い出を巡る中で、幼い頃の自分の姿が瞼の裏に浮かんだ。
 人の輪に入れず除け者にされて、寂しい癖に強がっていた頃の自分が、泣き出しそうな顔で口を開く。
 
 ──人生ってつまんない。

「案外面白かったよ。いや、最高に面白かったかな」

 ──僕は人の中では生きられない。

「意外と生きられたよ。変人扱いされたけど。丈君がいたから、僕は僕として楽しく生きられた」

 ──人間なんて、くだらないよ。

「僕は、人間として生きた自分が誇らしいよ」

 丈の手を取って、人間として生きて。
 たくさんたくさん、いろんな感情を味わって、ここまで歩いてきた。
 その道のりが、とても誇らしく、人生を愛おしく思う。
 
 これから丈がどんな道を歩むのか、家族や結人間家の皆や壮太郎を信頼してくれた子達がどうなるのか、それを見守ることが出来ないのが心残りだが……。

「信じているよ」

 辛い事からは逃げていい。
 夜に一人で泣いてしまう時も、朝が来ることを恨む時も。
 世界に怯えて、孤独の中に身を置いてしまっても。
 ただ呼吸をして、誰に何を言われても、ただ自分を守り抜いて。
 生きることをやめないで。
 
「願わくば、君達が選んで生きる道が、少しでも笑っている時間が多いものでありますように」
 
 たくさん出会った人達の中で、大切だと思える限りある存在達に祈る。
 
 歪みに体を押し潰されて骨が砕ける音を聞きながら、壮太郎はその命を終えた。

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