206 / 311
第七章 未来に繋がる呪いの話
第35話 運命の分かれ道
しおりを挟む紫来の言葉に、日和は戸惑う。
救いを求めるように碧真へ目を向けた後、日和は「ヒッ」と短い悲鳴を上げた。
碧真が殺意溢れる顔で、紫来を睨みつけていた。
「うわ、怖っ」
素直な感想を口にした日和へ、碧真が凶悪な目つきのまま視線を向ける。日和はサッと目を逸らした。
「日和。今、何か言ったか?」
「え? な、何の事? あ、『おこわ』って言ったかも。お腹空いたねー」
「……どうして目を逸らした?」
「『獰猛な野生動物とは目を合わせてはいけません』って、アナウンスが脳内に流れて……。いや、何でもないよ!!」
「誤魔化し下手か。一回しばくから、こっちに来い」
「そう言われて行く人がいると思う!? 絶対に嫌だよ! 今の碧真君、殺意に満ち満ちているもの!」
「あの……話を」
空気の読めない二人に、紫来が戸惑う。日和が紫来の後ろへ隠れると、碧真が更に怖い顔になった。七紫尾の狐が溜め息を吐く。
『人間二人。仲がいいのは結構だが、友の話を聞いてやってくれないか?』
「……そもそも、得体の知れない相手の話は信じられない。お前の目的は何だ? 結人間と何か関わりがあるのか?」
碧真に睨まれて、紫来は静かに目を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。
「お前の言う通り、手前は結人間に……恩がある。少し前に、結人間の未来を視る機会があった。そこで結人間壮太郎の死を切っ掛けに、結人間が崩壊する未来を視た。だから、手前は崩壊を止める為に、結人間壮太郎の前に現れた。多少の変化を起こせても、相手の術者の方が上手で、死の運命を変える事は出来なかったがな」
紫来は自嘲した笑みを浮かべた後、碧真を見上げる。
「手前の視た未来では、お前は辰を連れた男に捕らえられた。その運命を大きく変えたのは、そこの娘だろう」
紫来の視線を追って、全員の目が日和へ集まる。
「手前の視た未来に、娘の姿はなかった。世の中には、未来が視えない者が存在する。本来なら、この世に生を受ける筈の無かった者、本来の運命から大きく外れた者、決められた存在から変わったモノ達だ。稀ではあるが、世の中に一定数存在する。運命が形作られていない存在。お前も、その一人だ」
──”神様達も驚いていたよ。君は僕と一緒に生まれ変わる予定だったのに、輪廻の輪の中へ転がり落ちていったらしい”。
日和は、天翔慈晴信の言葉を思い出す。
晴信と紫来の言葉が本当なら、日和は手違いで生まれた存在が故に、未来が視えないのだろう。
「不確定要素を持った存在が介入することで、運命を大きく変えられるかもしれない。結人間壮太郎を救う為に、手前に協力してくれるか?」
「もちろ」
「待てよ」
肯定の返事をしようとする日和を遮り、碧真が口を開く。
「話が不透明過ぎる。何か策でもあるのか? 日和に何をさせるつもりだ?」
「目的地に着いた後に話す。先に移動しなければ、間に合わなくなってしまうだろう」
「今の話だと、結人間を救う為に、日和を適当に危険な場所に放り込むという考えにしか聞こえない。そんな話に乗ると思うか?」
沈黙した紫来を、碧真は不快げな顔で睨みつけた。
『召喚者。我は、お前の決定に従うぞ』
七紫尾の狐が日和に決定権を委ねる。紫来の言葉では、碧真は動かないだろう。
「皆で帰る為に出来る事があるのなら、私はやりたい」
怖いことが待っていても、自分が望む未来を手に入れることが出来るのなら、日和はそれを選びたい。
日和は七紫尾の狐の背中の上にいる碧真を見上げた。
「碧真君も協力してくれる?」
碧真は眉を寄せて沈黙した後、溜息を吐いて「わかった」と返事をした。
『話が纏まったな。紫来。出発前に、黒い男にかけられた呪いを解けるか?』
七紫尾の狐が、背中にいる碧真を視線で示す。紫来は跳躍して七紫尾の狐の背中に降り立ち、碧真を見下ろした。身構えた碧真へ、紫来が手を伸ばす。
「じっとしていろ」
紫色の光に包まれた碧真の体から、白い術式が剥がれて宙に浮かび上がる。
「狩猟用の麻痺術式を組み合わせて応用した術か。効力が半減する代わりに、術式同士を滅茶苦茶に絡ませて解呪を困難にしている。考えたな」
紫来が指を鳴らすと、紫色の光に焼かれるように白い術式が消える。麻痺が完全に消えた事に、碧真は驚いた顔をした。
「お前、一体何者なんだよ」
「狭間者。それ以外の何者でもない。さあ、行こう」
七紫尾の狐の背に乗った日和達が辿り着いたのは、不気味な洞窟の入口だった。
「壮太郎さんの気配が消えたのは、洞窟内とその周辺に、探知を妨害する術が仕掛けられているせいか」
碧真が周囲に視線を巡らせて呟く。紫来と七紫尾の狐が、洞窟の入口を覗き込んだ。
「洞窟内にも、攻撃術式が仕掛けられている。”耳”は無いが」
『”目”があるな』
紫来と七紫尾の狐の会話に、日和は首を傾げる。碧真が溜め息を吐いた。
「盗聴の術式は無いが、監視用の術式がある。術者が洞窟内を監視しているということだ」
「なるほど、ストーカー行為か~……って、何でそんなに不穏なの!? 森といえば、可愛い動物達とほのぼのスローライフで癒される場所でしょう!? イメージと現実の温度差で、感情が迷子だよ!」
「……何言ってるか分からないが、日和が馬鹿なことだけは分かる」
「ゲームの話だよ。てか、何で危険な場所ばっかり行くの? おかしくない?」
「呪いに関わるなら、危険は付き物だ。いい加減学習しろ、能天気馬鹿阿保間抜け単細胞」
「よくそんな風に人の悪口を羅列出来るね。流石、陰険鬼畜ドS眼鏡だね」
くだらない言い合いをする二人に、紫来と七紫尾の狐が呆れた顔をする。
『安心しろ。我が、術者の目を眩ます』
七紫尾の狐が言うと、日和達の周囲に七つの狐火が出現した。
『狐火の幻術で、我らの姿は術者からは見えない。問題なく進めるぞ』
七紫尾の狐は得意げに胸を張る。洞窟の入口と七紫尾の狐を見比べた後、碧真は眉を寄せた。
「狐は洞窟の中に入れないな」
洞窟の入口は、成人男性がやっと通れるくらいの大きさだ。明らかに、七紫尾の狐は通れない。
ニタリと笑った七紫尾の狐の体を、紫色の光が包む。光が消えると、七紫尾の狐が小型犬ほどの大きさに変化していた。
『これで問題ないだろう?』
(か、可愛い!!)
豆狐となった七紫尾の狐はドヤ顔を決める。可愛さを全面的に押し出した姿に、日和の頬が緩んだ。
「手前が先頭を歩く。お前達は、後ろからついて来い」
紫来を先頭に、碧真、日和、七紫尾の狐の順で洞窟に足を踏み入れる。
道と呼べる道はなく、ゴツゴツとした岩が散らばっている。暗い洞窟内に明るい光を放つ丸いビーズ玉が点々と落ちているのが見えた。
「壮太郎さんの呪具!」
「後を追っても間に合わない。追いつく為にも、少し険しい道を行く」
呪具に近づこうとする日和を、紫来が左手を上げて制する。碧真は訝しげな顔をした。
「近道が分かるのか? 未来が視えるのが本当だとしても、壮太郎さんが通った道しか分からないだろう?」
「その通りだ。手前が洞窟の近道を知っているのは、二日前に偶然にも、ここを訪れたからだ」
日和達が森を訪れた初日。
説得に失敗した紫来は、成美を探し出して壮太郎達の元に送り届ける事で、未来を変えようと考えた。そうして森の中を歩き回っている最中に、この洞窟を見つけたと言う。
「手の込んだ術式や呪具があったから、何かあるかと思って調べたが、鬼降魔の子供はおらず、術者の手掛かりも無かった。その時は、手前が見た未来と関連も無かった故に放置してしまった。あの時に壊せていたら……」
『見つけた時に壊せていたとしても、術者は違う方法で壮太郎を害しただろう。お前が洞窟を調べていた事で、今こうして活路が生まれたのだろう?』
後悔に顔を歪ませる紫来を、七紫尾の狐が慰める。慰めが響かなかったのか、紫来は黙り込んだ。
険しい道が続き、全員が無言で進む。
足場の悪い岩だらけの坂道に、運動不足の日和は早くも息が上がった。
(碧真君が黒づくめだから、よく見えない。何で、この人、こんなに黒いの?)
碧真が全身黒い服を着ている為、暗闇との境目が分かりづらい。周囲の狐火と、碧真が耳に着けているイヤーカフの術式が見えるおかげで見失わずに済んでいるが、夜目が効かない日和には心許なかった。
(腹黒の碧真君とは正反対の純白の服を着せて、腹抱えて笑いたいなあ。……いや、白いのは、雪光さんとペアルックみたいで嫌かも)
暗闇の恐怖を和らげる為に、何でもないことを考えながら歩いていた日和の視界がガクリと揺れる。右足に地面の感覚が無い。バランスを失った左足も滑り、嫌な浮遊感が体を襲った。
(お、落ちる!?)
勢いよく前へ傾く体。揺れる視界の中で体を引っ張られて、頬が何かにぶつかる。頭上で舌打ちが聞こえた。
「段差があるって言っただろうが」
倒れかけた日和を、碧真が受け止めていた。碧真が事前に段差がある事を知らせていたが、日和は聞いていなかった。碧真が受け止めていなかったら、日和は周囲の硬い岩に頭をぶつけていただろう。
「あ、ありがとう」
日和は震える声で礼を言う。碧真は溜め息を吐いた。
「行くぞ」
日和を一人で歩かせるのは危険と判断したのか、碧真が日和の手を掴んで歩き出す。碧真に申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に安心感と嬉しさを感じた。自分の感情を不思議に思って、日和は首を傾げる。
洞窟内を暫く歩くと、険しい道から緩やかな道へと変わり、開けた空間に出た。
二つの分かれ道の前で、紫来が立ち止まる。
「手前が視た未来で、結人間壮太郎は鬼降魔丈がいる右の道へ進んだ。そして、鬼降魔丈を助ける為に、自ら死を選ぶ事になった」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
報酬を踏み倒されたので、この国に用はありません。
白水緑
ファンタジー
魔王を倒して報酬をもらって冒険者を引退しようとしたところ、支払いを踏み倒されたリラたち。
国に見切りを付けて、当てつけのように今度は魔族の味方につくことにする。
そこで出会った魔王の右腕、シルヴェストロと交友を深めて、互いの価値観を知っていくうちに、惹かれ合っていく。
そんな中、追っ手が迫り、本当に魔族の味方につくのかの判断を迫られる。


お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる