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第七章 未来に繋がる呪いの話
第33話 たとえ、何があったとしても
しおりを挟む碧真の腕の拘束が緩む。
碧真に引き寄せられた時にズレた眼鏡を掛け直し、日和は雪光へ顔を向ける。先程まで雪光がいた場所には誰もおらず、辺りは静けさに包まれていた。
『逃げられたな。別の場所に転移したのだろう』
七紫尾の狐は、ゆらゆらと尾を揺らして溜め息を吐いた。
日和の肩を掴む碧真の手に力が入る。碧真は険しい顔で、雪光がいた場所を睨みつけていた。
「碧真君?」
日和が声を掛けると、碧真は力を緩めた後、目を閉じて小さく息を吐いた。
『あの傷だ。動けるようになるまで、数日は掛かるだろう。仕留めるのが望みなら、追うことも出来るが、どうする? 召喚者』
七紫尾の狐に問われ、日和は静かに首を横に振った。
日和の望みは、四人で無事に帰ること。
誰かの命を奪う選択をする覚悟は無い。
「ありがとう。七紫尾の狐」
日和がお礼を言うと、七紫尾の狐はニヤリと笑った。
『まだ礼を言うのは早い。お前の望みは、無事に帰ることなのだろう? 礼を言うのは、その時だ』
「え? もしかして、まだ手伝ってくれるの?」
七紫尾の狐が頷く。
『壮太郎の居場所なら分かる。連れて行ってやろう』
「本当!? 壮太郎さんは無事なの!? 丈さんは!?」
『壮太郎は無事だ。しかし、もう一人の男は』
「雪光の仲間に捕らえられているんだろう?」
七紫尾の狐の言葉を引き継ぎ、碧真が答える。喜んだのも束の間、現状が思わしくないことに日和は眉を寄せた。
『それでどうする? 行くのか? 行かないのか?』
「「行く」」
日和と碧真は声を揃えて答える。
(壮太郎さんが無事なら、きっと解決策だって見つけている)
日和は祈る思いで掌をギュッと握りしめた。
立ち上がろうとした碧真がよろける。日和は慌てて碧真を支えた。少しは回復しているが、まだ完全では無いようだ。
『呪いを受けたか。解呪は出来ないのか?』
「少し解いたが、構築が無茶苦茶で解呪しづらいんだよ」
上手く動かない体に、碧真は苛ついたように舌打ちをする。
『背中に乗せて運ぼうと思っていたが、その体では無理か。仕方ない、黒い男の方は咥えて行くとしよう』
七紫尾の狐が口を開け、鋭い牙が連なった口内が見えた。牙に噛まれて血塗れになった碧真を想像してしまって、日和は慌てる。
「待って! 私が碧真君を抱えるから、二人とも背中に乗せて!」
「は? おい、何をしようとしているんだよ」
日和は碧真の膝裏へ腕を回す。顔を顰めた碧真を見て、日和はキョトンとした。
「え? お姫様だっこ」
「ふざけんな」
碧真が低い声で凄む。お姫様抱っこは不服なようだ。
(私の腕力に不安があるのかも)
以前、日和は眠っている美梅を支えようとしたが、支えきれずに地面に座った事があった。それを見ていたので、碧真は日和には無理だと思ったのだろう。
「大丈夫! 意識が無い人より、意識がある人の方が抱えても少しは軽く感じるらしいし。それに、碧真君はヒョロイから、余裕、余裕!」
「あ゛?」
日和が親指を立てて『任せて』と得意げな顔をすると、碧真が睨んできた。あまりの凶悪顔に、日和は「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げる。
危険を察知して逃げる前に、碧真が日和の両頬を右手でムギュリと挟む。あまり痛くはないが、人には見せられない顔になっている。
日和は必死に、碧真の右手を両手で掴んで抵抗する。碧真の方が力が強く、なかなか逃げる事が出来ない。
「どうした? ヒョロイから余裕なんだろう? おら、抵抗してみろよ」
「ごへぇん! やめうぇ!!」
日和が謝ると、ようやく碧真が手を離す。変顔を強制的に晒された日和は、羞恥心と不服さを込めて、碧真を睨みつけた。
「何で駄目なの? 落とさないように気を付けるし。前も、おんぶし……」
碧真に再び睨みつけられ、日和はキュッと口を閉じる。碧真は呆れて溜め息を吐くと、日和の肩へ腕を回した。
「肩を貸せ。それでいい」
日和は頷き、碧真を支えながら立ち上がる。
七紫尾の狐は日和達が背中に乗りやすいように地面に伏せて、尾で補助をしながら二人を背中に乗せた。
日和は前に乗せた碧真が落ちないように両腕で挟むようにして、七紫尾の狐の首を掴む。碧真が首を動かし、日和を睨みつけた。
「おい」
「え? 何?」
碧真に睨まれる理由が分からず、日和は戸惑う。
後ろから抱きつく形になっている事に気づいていない日和に、碧真は苦い顔をした。
碧真が口を開きかけた時、七紫尾の狐が立ち上がる。
『少し揺れる。落ちないように、しっかり掴まっていろ』
七紫尾の狐が地面を蹴る。ふわりとした浮遊感を感じた後、周囲の音を掻き消す強い風の音が耳を支配する。
七紫尾の狐は木々の隙間を縫うように疾走する。
壮太郎との合流を目指して、日和と碧真は森を進んだ。
***
自分に近づくモノの気配を感じ取って、木の幹に背中を預けて眠っていた壮太郎は目を覚ます。
足音と共に現れた人物を見上げて、壮太郎は溜め息を吐いた。
「君、暇なの?」
「残念ながら、お前達のせいで暇ではない」
呆れ顔の壮太郎に、狭間者の紫来も呆れたように口をへの字に曲げた。
壮太郎は足元の術式を見つめる。
天翔慈家の怨霊達や術者が使役する鳥と一戦を交えた後、壮太郎は一時間掛けて一つの術式を作り上げた。
完成させた術式をすぐに発動させたかったが、自分の力を貯めていた呪具を破壊して力を取り出して吸収しても、術式を発動させる為に必要な力が足りなかった。
力を使い過ぎて体力が限界だったこともあり、壮太郎は短く深い眠りについた。
壮太郎は目を閉じて、自分の中にある力を確認する。眠ったおかげもあってか、術式を発動させる為の必要分は力を取り戻せていた。
(本調子とは程遠いけど、丈君に何かあったらいけないからね)
相手の術者への攻撃は成功し、暫く動けない程の怪我を負わせた。丈が害される危険性は随分と減らせただろう。
本当は命を奪ってやりたかったが、異空間内にいる丈を助ける前に術者を殺すことは出来ない。術者の力の乱れから歪みが生まれ、丈のいる異空間を特定するのが困難になるからだ。最悪、壮太郎の力を全て使っても届かない場所まで、空間を捻じ曲げられてしまう可能性があった。
「術者の力を利用して、異空間内に囚われた男を現実世界へ連れ戻す術か。しかも、渡る者への守りが厳重だ。よくもまあ、ここまで思いついたな。面白い」
壮太郎の足元に描かれた術式へ顔を向けて、紫来は感嘆する。
紫来は目を覆う布を通して見えているように首を動かし、術式を理解したように頷いた。
壮太郎は僅かに目を見開いた後、ある一つの可能性に考えが辿り着く。
(もしかして……この人)
確証が無い為、壮太郎は頭に浮かんだ考えを一度片付ける。
今は紫来の正体を明らかにするより、ずっと大事なことがあった。
「まあ、僕は天才だからね。さて、そろそろやるかな」
壮太郎は木の幹から背中を離すと、結界を解除して術式に両手をついた。
「うまくいくか、予言でもしてみる?」
挑発するような壮太郎の言葉に、紫来は溜め息を吐いた。
「どちらに転んでも、大丈夫なようにしている癖に」
紫来の言葉に、壮太郎は笑う。
「当たり前じゃん。だって、丈君は僕の唯一無二の親友なんだから」
たとえ何があったとしても、丈だけは失われてはならない。
術式についた壮太郎の両手が、白銀色の光を帯びる。
薄暗い森の中に、白銀色の光が煌めいた。
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