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第七章 未来に繋がる呪いの話
第30話 日和と雪光の出会い
しおりを挟む(森に来たのはいいけど、どうやって碧真君を見つけよう?)
羽犬の背中に乗って森まで辿り着いた日和は、眼下に広がる木々の海を見て途方に暮れる。
鬱蒼とした森では、木々の隙間がある場所以外の地上の様子は全く見えない。上にいれば罠にかからないが、碧真を見つけ出せそうにない。
「一旦、降り……」
日和の視界に、山吹色の光が映る。
木々の隙間を抜けて溢れた強く眩い光は、俐都の力だった。
「羽犬さん。あの光の所に行って!」
日和が指差した光の元へ向かって、羽犬は滑空する。
(壮太郎さん、無事だったんだ! 壮太郎さんがいれば、きっと全部大丈夫!)
希望を見つけた日和は笑みを浮かべる。
山吹色の光が見えたのは、壮太郎が俐都の力を込めた呪具を使ったという事だろう。
壮太郎がいるなら、丈も側にいる筈。もしかしたら、既に碧真と合流しているかもしれない。
光が放たれていた場所の付近で、羽犬は高度を下げる。地面に仕掛けられた罠を発動させないように、羽犬は低空飛行で森の中を進んでいった。
羽犬がピタリと動きを止めて、術式が仕掛けられていない地面の上に着地した。
警戒して毛を逆立てる羽犬。日和が首を傾げていると、木々の隙間から漏れ出た白い光が見えた。
(もしかして、成美ちゃんを攫った術者の人がいるの? それとも、昨日の鳥? さっきの時点で気づくべきだった。俐都君の力を使うなら、穢れを持った存在と戦っているって事だよね? もしかしたら、怨霊とか邪神がいるのかも)
深刻な状況を考え、日和は体を強張らせて狼狽える。羽犬に視線で「どうする?」と問いかけられた。
八重から貰った姿を隠す呪具があるので、日和と羽犬の姿は見えない。
様子を見に行くのは日和には危険な行動だが、戦闘を妨げる事は無い筈だ。
日和は右手の人差し指で前方を指差す。羽犬が意思を汲んで、ゆっくりと前へ移動を移動すると、茂みの向こう側に知らない男性の横顔が見えた。
「あ! そっか! 背中の皮膚を削ぎ落としたらいいのか!!」
知らない男性は、嬉々として恐ろしい言葉を口にする。
男性の視線の先には、うつ伏せに倒れている碧真がいた。碧真の呻き声が聞こえて、日和はハッとする。
男性の正体は分からないが、碧真が害されているのは確かだ。
日和は突き刺すような勢いで男性を指差した。日和の怒りと攻撃の意思を感じ取ったのか、羽犬は力強く地面を蹴り、男性の脇腹に向かって突進した。
羽犬の全力の体当たりによって、男性の体が吹き飛ぶ。衝撃に耐えながら、日和は目を開ける。
碧真と男性の距離が離れた事を確認して、日和は結界の呪具を取り出す為に急いで上着のポケットの中を探る。
ポケットから出てきたのは、黄色く透き通った石だった。
(え? 何これ? 違う! 指輪!!)
見覚えの無い石を押し込み、再びポケットの中を探る。
日和は目当ての指輪を取り出して、碧真に向かって投げつけた。
地面にぶつかった指輪が、白銀色のドーム型の結界を生成する。
無事に結界が張れた事に、日和は安堵の息を吐き出した。
咳き込む音が聞こえて、日和は男性を見る。
男性は周囲に視線を巡らせ、見えない襲撃者を探していた。日和はギュッと眉を寄せる。
(もう一回、羽犬さんに体当たりしてもらおう。あの人を気絶させるかして、碧真君をここから連れ出さないと……)
日和は男性を指差す。羽犬が頷き、体勢を低くして身構えた。
男性が目を閉じた瞬間、羽犬が一気に地面を蹴る。
風圧が体を襲い、日和は閉じかけた目で男性を見る。男性の口元が笑みの形を作るのが見えた。
ゾッとする悪寒が体を駆け巡る。黒い何かが迫り、白銀色の光が日和の視界を覆った。
驚く間も無く、日和の体は宙へ投げ出される。
体が地面に叩きつけられる前に、白銀色の結界が日和の体を包み込んだ。
視界の端で、頭部を失った羽犬が消えていくのが見えた。破壊された羽犬のブレスレットを見つめ、日和は悲痛に顔を歪める。
体を起こした日和が顔を上げれば、白い男性と目が合った。
羽犬の背中から落ちる際に、姿を隠す呪具を何処かに落としてしまったようだ。
男性が口を開く。
***
「君、誰?」
雪光は、目の前にいる女性に問う。
ポニーテールの髪型に、燕脂色のリボンの髪飾り。臙脂色のブラウス。クリーム色のフード付きロングカーディガンと濃藍色のジーンズ姿の女性。
街ですれ違っても、景色として流してしまう程に平凡な顔立ち。
けれど、眼鏡の奥にある鳶色の瞳は、不思議な程に印象的だった。
(何? この人……。もしかして、結人間の人?)
白銀色の光に守られた女性は、呪具のネックレスを身に着けていた。羽の生えた犬の呪具を持っていた事から考えても、壮太郎と親しい人間なのかもしれない。
「赤間日和。碧真君の仕事仲間です」
よろけながら立ち上がった女性は、雪光を見据えて馬鹿正直に名乗った。
(赤間……という事は、結人間じゃないのか。それに、鬼降魔でも無い)
結人間の人間ならば、”碧真の仕事仲間”ではなく、”壮太郎の仕事仲間”と答えるだろう。
鬼降魔の人間ならば、『呪罰行きの子』である碧真を助ける事は絶対に無い。
「碧真君から離れてください」
上擦った掠れ声で、日和は言う。緊張で足を震わせながらも、日和は雪光から目を逸さなかった。
「何で、僕が離れなくちゃいけないの? 僕は碧真君の親友だよ?」
「しんゆう?」
日和は阿呆丸出しの顔で首を傾げる。同じ言葉を三度ほど呟いた後、日和はギョッとした顔になった。
「え゛っ!? 親友!? 碧真君、親友いたの!? 嘘でしょ!? ……あ! 誰かとお間違いでは!? そこにいるのは、鬼降魔碧真君っていう陰険捻くれ眼鏡ですよ??」
日和は混乱しながら、碧真と雪光を交互に見る。
碧真の親友であることを疑われているのだと思い、雪光は不快な気持ちになった。
「知っているし、間違いじゃないよ。僕と碧真君は親友なの。仕事仲間なんて薄っぺらいモノより、ずっとずっと碧真君のことを分かっていて、碧真君にとって必要な存在。それが僕だよ」
「ま、まさかコミュニケーション能力壊滅人間の碧真君に親友がいたなんて……。ん? 待ってください。あなた、碧真君を傷つけようとしていましたよね? 親友なら、そんな事しないでしょ!?」
日和はキッと雪光を睨みつける。
「傷つけようとしたんじゃない。碧真君を助けようとしたんだ。君には分からないかもしれないけど、同じ『呪罰行きの子』の僕は、碧真君のことを誰よりも理解できる。同じ心を持った唯一無二の存在なんだよ」
雪光の言葉に、日和は息を呑んだ後、震える唇を開いた。
「まさか、あなたが……鬼降魔雪光さん?」
「そう。僕は鬼降魔雪光。碧真君の親友で、碧真君と同じ『呪罰行きの子』だよ」
雪光が答えると、日和は後ずさった。
誰かから雪光の話を聞いていたのだろう。
「さて、どうやって君を壊そうか?」
怯える日和に加虐心を刺激され、雪光はニヤニヤと笑う。
どんな手段を使って姿を消していたのかは不明だが、日和の攻撃手段は先程の犬だけだったのだろう。
「君、弱いクセに僕に向かってきたのぉ? さっきのは痛かったなぁ。君から先に攻撃してきたんだから、僕が仕返ししてもいいよねぇ?」
雪光は『お道具箱』の中から、十本一束になっている赤い『かぞえぼう』を取り出した。
赤い『かぞえぼう』は、攻撃専用の呪具。獲物の皮膚を刺し、突き刺さった部分が散弾のように飛び散って体の内部から破壊する。
雪光の周囲に浮かんだ赤い『かぞえぼう』が宙を駆け、日和へ一斉に向かう。
凄惨な死体が出来上がるのを想像し、雪光は笑みを深くした。
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