呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第29話 雪光の『お道具箱』

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 雪光ゆきみつはブカブカの袖を口元に当てて笑う。

「ふふふ。楽しみだよね。僕達が苦しい時に幸せだった人達を苦しめて、今度は僕達が幸せになるの。碧真君も仲間にしてあげるって、お兄ちゃんが言ってた。一緒に、たくさん壊そうね! 碧真君」

 雪光は握手を求めて、再び碧真あおしへ手を伸ばす。
 碧真が仲間になるのは、雪光の中では決定事項だ。だから、お兄ちゃんのことも正直に教えた。

(碧真君は、絶対に僕と一緒に来てくれる! 僕達の心は一緒だもん)
 碧真に手を握って貰える瞬間をワクワクした気持ちで待つ。しかし、碧真は何も反応しなかった。

(どうして、僕の手を取らないの? どうして、何も言わないの?)

「碧真君も、素直になっていいんだよ。壊したいでしょ? 鬼降魔きごうまの人達、全員。僕達が幸せになるには、お兄ちゃんと一緒に全部を壊すしかない」

 諭すように話しかけても、焦ったい程に碧真からの返事はない。

「ねえ、碧真君!! 僕の手を取って!!」

 癇癪かんしゃくと懇願を混ぜて叫ぶ。 
 雪光が必死に訴えても、碧真は動かない。ゆっくりと手を下ろし、雪光は俯く。

「やっぱり、お兄ちゃんの言う通りだった。碧真君は、鬼降魔の人達に操られているんだね?」

 雪光とは違い、碧真はずっと鬼降魔家にいた。碧真が雪光の誘いを断った場合は洗脳されている可能性があると、お兄ちゃんが言っていた。

 雪光の周囲に黒い霧が漂う。異変を察知した碧真は後退し、銀柱ぎんちゅうを構えた。
 可哀想な碧真を安心させる為に、雪光は慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべる。

「碧真君。僕が助けてあげるからね」

 雪光の背後に、加護のりゅうが姿を現す。
 碧真に向かって、辰の口から穢れの塊が吐き出される。碧真は足元の地面に銀柱を投げて結界を張った。四重に張った結界が音を立てながら一瞬で崩壊する。
 次の手を考える暇もなく、碧真の体を黒い穢れが包み込んだ。

(碧真君の心を一回壊して、また作り直す。僕と同じように、碧真君もお兄ちゃんに直してもらおう)

「大丈夫だよ。壊れても、僕がずっと一緒にいてあげる」
 親友として側にいる未来を想像して、雪光はニンマリと笑う。

 黒い穢れの中に、キラリと山吹色の光が現れる。
 雪光が首を傾げていると、光は徐々に大きくなって強い閃光を放った。

 辰が苦しげな声を上げる。
 雪光が振り返ると、辰の顕現が解かれていた。雪光は手で目元を庇いながら、碧真がいる光の方へ目を向ける。

 穢れが消え去り、眩く輝く山吹色の力が碧真を守るように包み込んでいた。
 信じられない光景に、雪光はポカンと口を開ける。
 
 周囲に穢れがなくなると、山吹色の光が徐々に収まる。光の出所は、碧真の背中のようだった。

「何で!? 何をしたの!? 碧真君!!」
 碧真は返事の代わりに、雪光に向かって銀柱を投げつける。足元に刺さった銀柱が青の閃光を放つのを見て、雪光は驚いて後ろへ跳び退く。

 爆発が起こり、雪光は爆風で吹き飛ばされて地面に転がる。背負っていたランドセルがクッションになったお陰で頭を打たずに済んだが、衝撃で眩暈めまいがした。
 雪光の体に青い光の糸が幾重にも巻きつき、地面に仰向けに拘束された。

じょうさんは、何処にいる?」 
 銀柱を構えた碧真が、雪光を見下ろして問う。

「ねえ、これ解いて。碧真君。僕達、親友でしょ? こんな酷い事しないでよ」
「お前みたいな頭のおかしい奴と親友になった覚えは無い。それに、お前が先に攻撃してきたんだろうが」
「違う! 僕は碧真君を助けようとしただけだよ!」
「……これ以上は付き合いきれない」
 
 雪光の頭のすぐ横の地面に銀柱が刺さる。銀柱に青の光が纏わり付き、爆発術式が発動手前の状態になった。

「頭を吹き飛ばされたくないなら、さっさと丈さんの居場所を答えろよ」

 冷たい目を向ける碧真を見て、雪光はクシャリと顔を歪める。

「可哀想。碧真君。こんなに壊されていたなんて……」

 親友の碧真が雪光を傷つける筈がない。
 心を壊されてしまった親友を憐れみ、雪光は涙を堪えて目を閉じる。

 背中にあるランドセルが白い光を放つ。碧真が爆発術式を発動させるより早く、雪光の呪具が発動した。

 碧真が呻き声を上げて地面に膝をつく。

 雪光は呪具の『じょうぎ』を手にもつ。『じょうぎ』の目盛めもり部分を拘束の糸に当てて力を注ぐ。『じょうぎ』が剃刀かみそりのように鈍い輝きを放ち、雪光を拘束する糸を断ち切った。

 自由になった雪光は、地面に突き刺さったままの碧真の銀柱を見下ろす。使われては面倒だと思い、銀柱を引き抜いて適当に投げ捨てた。

 雪光は立ち上がり、うつ伏せに倒れた碧真を見下ろす。
 
 碧真の手足に、白い光を纏った黄色のプラスチックの棒が十本刺さっていた。プラスチックの棒が溶けて術式に変化して、碧真の体に張り付く。

 何が起こったのか分からずに困惑する碧真を見て、雪光は笑みを浮かべる。

「僕の呪具、『お道具箱』の力だよ」

 雪光はランドセルから『お道具箱』を取り出す。
 見た目は小学生が算数の授業で使うお道具箱だが、雪光の『お道具箱』は、お兄ちゃんが作った特別な物。雪光を守る為の様々な呪具が入っている。『じょうぎ』も『お道具箱』の中の呪具の一つだ。

「碧真君に使ったのは、『かぞえぼう』。三色ある内、黄色の『かぞえぼう』は体を麻痺させる力があるんだ。動けないでしょ?」

 雪光はしゃがみ、碧真の上の服を乱雑に捲りあげる。碧真の背中には、山吹色の美しい術式が描かれていた。
 穢れを祓う力は天翔慈てんしょうじ家のモノだが、一目で凄いと分かる術式は、雪光の嫌いな人間である結人間ゆいひとま壮太郎そうたろうを連想させた。

「……これ、あの人が作ったんでしょ? 本当、邪魔ばっかりするよね」

(どうしよう……こんな難しい術の解呪は無理。術式が刻まれたのが、体じゃなくて呪具だったら、壊せばいいから簡単だったんだけどなぁ。碧真君ごと術式を壊すわけにはいかないし)

「あ! そっか! 背中の皮膚を削ぎ落としたらいいのか!!」

 なんて頭の良い考えなのだろうと思いながら、雪光は碧真の背中に『じょうぎ』を当てる。背中の皮膚に線が入り、赤い血が水滴のようにプクリと浮かんだ。

「ごめんね、碧真君。ちょっと痛いかもしれないけど、碧真君を助ける為だから」

 雪光は『じょうぎ』を持つ手に力を込める。皮膚に刃が刺さる痛みで、碧真の顔が歪んだ。

「は?」

 雪光の体に、何かが横から衝突する。景色が目まぐるしく回転し、雪光の体は木の幹に叩きつけられた。圧迫された肺から空気の塊を吐き出して、雪光は咳き込む。

「っゲホッ。な、何が……」
 吹き飛ばされた理由を探して周囲に視線を巡らせる。雪光は、碧真を見て目を見開いた。

 いつの間にか、碧真の周囲に白銀色のドーム型の結界が張られていた。

(まさか、あの人が来てるの!? どうして!? あの人は、お兄ちゃんが相手をしているんじゃないの!? 一体、何処に!?)

 雪光は青ざめながら周囲を警戒するが、壮太郎は姿を現さない。雪光の表情が、恐怖から怪訝なモノへと変化する。

 よく見れば、碧真の体の近くの地面に、銀色の指輪が転がっている。麻痺で動けない碧真が使ったとは思えない。
 もし、碧真が攻撃を受けた時に結界が発動するのなら、黄色の『かぞえぼう』を使った時点で発動している筈。
 碧真の加護のへびは顕現出来ないから違う。

 誰かが碧真を助ける為に、今この場にいて、結界の呪具を使ったという事だ。

(あの人だったら、正面から僕を殺しに来る筈。別の人だ)

 雪光は目を閉じて、意識を耳に集中する。
 風で揺れる木の葉の音に紛れた空気を切り裂く音を耳が捉える。

 雪光は辰を顕現させる。
 穢れを祓う術式によって力を大幅に削られたせいか、雪光の力をかなり消費したにもかかわらず、辰は不完全な姿だった。

「そこだ!」
 雪光は自分に迫り来る”見えないモノ”を辰に攻撃させる。辰が口を大きく開けて、何かに噛み付いた。

 衝突音の後、何かが地面に落下する音が聞こえた。

 蜃気楼のように、一部の景色が揺らぐ。
 現れたのは、辰に頭部を噛み千切られて地面に転がった羽の生えた白い大きな犬と、瞬間的に発動した白銀色の結界によって守られた一人の女性の姿だった。

 頭部を失った白い犬は術式を破壊されたのか、白銀色の光と共に姿を消した。
 女性は意識があるのか、手に力を込めて体を起こす。

 とび色の双眸が、真っ直ぐに雪光を見た。

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