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第七章 未来に繋がる呪いの話

第28話 『呪罰行きの子』が幸せになるには

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 碧真あおし雪光ゆきみつと対峙する。
 警戒する碧真とは反対に、雪光は無警戒な様子で近づいてきた。
  
「本当は、もっと早くに会える予定だったんだけど、あの人がいたから……。あの人、本当に邪魔だよね。この前も、あの人が邪魔したせいで、お父さんと美雪みゆきと一緒に帰れなかったし」

 雪光は不快さをあらわに顔をしかめた後、途端に明るい表情を浮かべる。

「でも、あの人は、お兄ちゃんが必ず消してくれる筈だから。お父さんも今は眠っているけど、お兄ちゃんが守ってくれている。ねえ、碧真君も、こっちにおいでよ。僕達と一緒に、たくさん、たくさん遊ぼう」

 差し出された雪光の手を払い除けようとして、碧真は思い留まる。

 雪光が言う”あの人”は、壮太郎そうたろう。お兄ちゃんと呼ぶ存在が消してくれる”筈”という事から、まだ無事だと推測出来る。

 ”お父さん”と呼ぶ存在は、じょう。”眠っているけれど、お兄ちゃんが守ってくれている”という事から、丈は生きたまま捕まっている状態なのだろう。

(二人とも生きている。壮太郎さんは今、丈さんを助ける為に動いているということか)

 丈のいる場所に、壮太郎は必ず辿り着く。
 二人の居場所が分からない今、碧真が最も確実に二人に合流できる方法が目の前にあった。

「丈さんのいる所に連れて行け」
 碧真が命じると、雪光は心底嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いた。

「うん! こっち! ほら、行こう!!」

 雪光が繋ごうとした手を、碧真は避ける。
 雪光は唇を尖らせて不満そうな顔をしたが、すぐに機嫌を直して笑顔になる。雪光は半回転して、碧真に背を向けた。

「出発ー!」
 雪光は拳を天に突き上げた後、上機嫌にスキップ混じりで森の中を歩き出した。

「碧真君と遊べるの嬉しいなあ。この前は、お話し出来ないままだったし」
 嬉しそうにペラペラと喋る耳障りな声を聞き流しながら、碧真は雪光から一定の距離を空けて後ろを歩く。

 雪光の進む道に攻撃術式の罠は仕掛けられていないが、加護を妨害する術は働いているのか、へびを顕現する事は出来なかった。

 雪光は武器も構えずに、無防備な背中をさらしている。
 雪光を拘束して脅して、丈の居場所を吐かせた後、碧真が単独で向かうのも有りだ。しかし、雪光は碧真と違って加護のりゅうを使役できる。雪光の力量がどれ程のものか分からない今、迂闊うかつな事は出来ない。

「お前が鬼降魔きごうま成美なるみを攫ったのか?」
 碧真は少しでも情報を聞き出そうと、雪光に問いかける。

「うん。そうだよー。僕、あの子のこと嫌いなんだけど、お兄ちゃんが”連れて来て”って言ったからね」

 振り向いた雪光が、あっさりと答える。戸惑う碧真とは対照的に、雪光は視線を前に戻して平然と歩き続ける。真偽は分からないが、判断材料を集める為に、碧真は話を続ける事にした。

「どうして、そいつは鬼降魔成美を攫うように言ったんだ?」

「あの子には、お兄ちゃんと僕が術を仕込んでいたから操りやすかったの。それに、『名奪なと遊戯ゆうぎ』に関係してる子が攫われたのなら、間違いなくお父さんと碧真君が来るでしょ? お父さんの仕事が大変そうなら、あの人もついてくるだろうって、お兄ちゃんが言ってた」

「お前が『名奪リ遊戯』を鬼降魔成美に教えたのか? 何故、鬼降魔成美を『名奪リ遊戯』に巻き込んだ?」

「わあ、碧真君は聞きたがり屋さんだね」
 雪光は足を止め、「ふふふ」と含み笑いをする。雪光は振り返り、碧真を正面から見て笑みを浮かべた。

「あの子に『名奪リ遊戯』を教えたのは、お兄ちゃんだよ。どうしてあの子を選んだのかは、お兄ちゃんが決めた事だから知らない。ただ、”お姉ちゃんの器に丁度いいから”って言ってた」

 次々と集まっていく情報に、碧真の中で黒い不安がジワジワと広がる。

 『名奪リ遊戯』の中で、『影』が奪った成美の名前を手に入れ、碧真達と一緒に行動した少女の姿が浮かんだ。
 悲しみを抱いた目で過去を語る、鬼降魔きごうま市佳いちか

 ──”双子の弟。大事な大事な、私の弟”。
 
 市佳の言葉が、碧真の耳に反響する。
 
(まさか………)
 そんな訳が無いと思いながらも、碧真は何かに導かれるように言葉を紡ぐ。

「お前が、”お兄ちゃん”と呼ぶ人間は……」

 ──”『名奪リ遊戯』を作り出した術者の名は……”。
 
鬼降魔きごうま喜市きいちなのか?」

 雪光は否定する筈だ。否定しないと、おかしい。
 喜市が生きていた時代は、とうの昔。生きている筈がない。亡霊か、”生まれ変わり”などという馬鹿げたものでないのなら。

「そうだよー」
 あっけらかんと肯定され、碧真は言葉を失った。

「じゃあ、今度は僕が聞きたがり屋さんになるね。ねえ、碧真君。何から壊して遊ぶ?」 

 雪光は無垢な表情で問いかけた後、口元に両手を当てて楽しそうに笑った。

「どうやって壊す? 壊す前に、怖くて痛いお仕置きをする? 体と心、どっちから壊す? 僕達やお父さんと美幸以外の鬼降魔きごうまの人達を全員壊すとして、誰から壊そうか? 鬼降魔の人達を、どっちが多く壊せるか競争するのも楽しそうだよね?」
 
 無邪気に惨殺を宣言する雪光に、碧真は眉を寄せる。

「そんな面倒な事しない。それより」
「でも、鬼降魔の人達を壊しておかないと、僕達の欲しいものは奪われ続ける」

 喜市のことを聞き出そうとする碧真の言葉を遮り、雪光が冷たい声で言葉を紡ぐ。光が消えた仄暗ほのぐらい目が、碧真を射抜いた。

「『呪罰じゅばつ行きの子』の僕達は、いつだって奪われてきた。大切な家族を、友達を、楽しい事も、嬉しい事も、幸せなもの全部全部全部」

「たくさん痛い目に遭わされて、たくさん酷い言葉を言われて、心をグチャグチャにされて。毎日、殺されそうになって。たくさん苦しくて、辛かった。家族を奪われてから、僕は幸せじゃなくなった」

「僕達が幸せを取り戻すには、鬼降魔の人達を壊さないといけない。じゃないと、奪われちゃう。奪われる前に壊さないと、僕達はずっと幸せになれない」

「僕は家族を取り戻す。お母さんもお父さんも美幸も取り戻して、壊れちゃった幸せを元通りにする」

「碧真君もそうでしょ? 鬼降魔の人達を壊したいでしょ?」

 雪光は狂ったように言葉を紡いだ。碧真は唇を引き結んだ後、溜め息を吐く。

「鬼降魔を壊したとしても、結人間ゆいひとま天翔慈てんしょうじが動く。そうなれば、お前は確実に死ぬぞ」

 自分達の家にとって害となる存在の雪光を、天翔慈家も結人間家も放っておかないだろう。個人や数人相手なら、雪光も相手に出来るだろうが、大人数で同時に向かって来られた場合は勝ち目は無い。

「大丈夫。お兄ちゃんが言ってたんだ。あの人が死ねば、天翔慈と鬼降魔を壊す計画が上手くいくんだって。結人間も半分は壊れるって言ってた。ふふふ。楽しみだねぇ」

 雪光は楽しそうに笑う。碧真は苦い表情を浮かべた。

「そんな事、出来る訳が無い」

 雪光の言う”お兄ちゃん”が本当に喜市だったとしたら、鬼降魔と天翔慈を恨むのは当然で、術者としての実力は確かにあるだろう。しかし、三家全てに大きな損害を与えられるとは思えない。

「出来るよー。だって、お兄ちゃんは神様も壊せるんだから」
「は?」
 碧真は顔を顰める。雪光はニンマリと笑った。

「碧真君も見たでしょ? 真っ黒なムカデの神様。あれね、お兄ちゃんが邪神化させたんだよ。お兄ちゃんは、神様を邪神化させる事が出来るんだ。だから、三家なんて簡単に壊せるよ」

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