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第七章 未来に繋がる呪いの話
第19話 堕ちた神と丈の切り札
しおりを挟む「まさか、守り神が邪神化していたとはね」
巨大な黒いムカデを前に、壮太郎は溜め息を吐く。
碧真が話したムカデの事が引っ掛かっていた壮太郎は、早朝に結人間家当主の八重に電話をした。
怨霊化した天翔慈の分家と何か関係がないか尋ねたところ、一家の守り神がムカデだった事がわかった。
分家の人達が怨霊化する前に、守り神の導きは無かったのかと疑問に思っていたが、まさか一緒に堕ちているとは思わなかった。
「再び邪神と関わる事になるとはな……」
穢れの塊であるムカデを、丈は苦い顔で見上げる。
「もしかしたら、これからも関わる事になるのかもね。全ての糸を引いている存在を消さない限りは」
加護を与えた存在が死んで怨霊と化しても、神は堕ちない。
守り神であったムカデは、何者かの思惑によって、邪神へと堕とされたのだろう。
「でも、よかったよ。まだ一個残っていたから」
壮太郎は篤那の力が込められた小さな水晶玉の呪具を取り出した後、丈を見つめる。丈は真剣な顔で頷いた。
壮太郎はニヤリと笑い、結界の術式を刻んだ指輪を三つ地面に落とす。三重に張られたドーム状の結界が、壮太郎の周囲を覆った。
結界の外にいる丈は、銀柱を取り出して、邪神を見据える。
周囲に飛び散っていたムカデの黒い体液が、植物の生気を吸収しながら蠢く。傷口へ吸い込まれた体液によって、切断された筈のムカデの頭部が再生されていく。
ムカデの体が元に戻り切る前に、丈が銀柱を投げて攻撃する。
頑丈そうな胴体は勿論、弱点になりそうな胴の継ぎ目を狙った攻撃も弾かれ、銀柱は乾いた音を立てて地面に転がった。
ムカデは丈に向かって突進する。丈は銀柱を足元の地面に投げて四重の壁状の結界を張る。ムカデが結界に衝突し、衝撃で地面が揺れた。
結界に弾かれたムカデは、周辺の木々を巻き込んで後方へ吹き飛ぶ。
邪神の力を警戒して過剰と思える程に重ねて張った結界も、四つの内三つは粉々に破壊された。残る一つの結界も亀裂が入り、何とか形を留めている程度だ。
ムカデが地面にのたうち回っている間に、丈は左手の薬指に嵌めている指輪に力を注ぐ。
緑色の光に包まれた指輪から、白銀色の光が溢れ出す。指輪は丈の指からスルリと外れ、光を放ちながら形を変えた。
白銀色の煌めきを纏った六インチのリボルバー銃が、丈の目の前に浮かぶ。
丈が銃を掴むと、周囲に六つの弾丸と術式が浮かび上がった。
「攻撃・防御・拘束を各二、装填」
丈の言葉に合わせて、術式が光を放ちながら組み変わる。六つの弾丸が術式の中心を通り抜け、リボルバーの中へと収まった。
体勢を立て直したムカデが、怒りのままに、再び丈へ突進する。
周囲に風が起こる。銃を構える丈の全身を、緑色の光が包み込んだ。風が銃口に集約していく。
丈が引き金を引くと、銃口から緑色の光が噴出して、弾丸が飛び出す。
緑色の光を纏った白銀色の弾丸が、ムカデの頭部に深く突き刺さった。
丈は撃鉄を起こし、再び引き金を引く。
二発目の弾丸は、ムカデの足元の地面に着弾する。分厚い巨大な箱状の結界が瞬く間に生成され、ムカデの体を閉じ込めた。
ムカデの頭に刺さっていた一発目の弾丸から、緑色の閃光が起こる。爆破されたムカデの頭部と体液が、結界に張り付いて地面に落ちた。
ムカデが暴れて結界を攻撃するが、厚みのある結界は、すぐに壊れる気配は無い。
白銀色の銃は、銀柱を使って戦う時より、何倍もの力を発揮する。
丈の切り札の一つであり、嫁の篠が彼女の祖父から教わりながら何年も掛けて作り出した呪具だ。
(以前の邪神との戦いには使えなかったが、今回は壮太郎が術を完成させる間まで持てばいい)
邪神化した待宵月之玉姫との戦いでは、長時間の防衛戦になる事を予想し、力の消耗を考えて銃は使えなかった。しかし、今回は壮太郎が天翔慈家の力を使って邪神の穢れを祓う事が出来る。
チラリと視線を向ければ、壮太郎の足元に白銀色の複雑な術式が描かれているのが見えた。壮太郎は意識を集中するように目を閉じ、術式を構築していく。
大きな衝突音がして、丈は視線をムカデへ戻す。
頭部を再生したムカデが、結界に噛み付いていた。噛み付いたムカデの顎から穢れを送り込まれ、結界がジワジワと黒く染まっていく。
(あまり長くは持たないか……)
丈の耳が、落ち葉が擦れ合う小さな物音を拾う。音の方向を振り返り、丈はハッと目を見開く。
(もう一体いたのか!)
結界に閉じ込めているのとは別の体長四メートル程のムカデが、壮太郎に向かって行くのが見えた。
丈は、すぐさまムカデに向かって発砲する。放った弾丸は、二体目のムカデが辿り着くより早く、壮太郎の結界の外側の地面に着弾した。弾丸から、壮太郎の結界ごと覆う緑色の結界が生成された。
強固な結界に弾かれ、二体目のムカデは地面を転がる。
丈は距離を取りながら、攻撃用の弾丸を二体目のムカデに向けて発砲した。
体の下半分を吹き飛ばされたムカデが、地面をのたうち回る。
二体目のムカデの頭部が地面を這い、丈に突進を仕掛けてきた。丈は横へ跳び、二体目のムカデの攻撃を躱す。
丈に避けられた二体目のムカデの頭部が、一体目のムカデを閉じ込めていた結界に衝突する。二体目のムカデの頭部から体液が噴き出して、結界の外側を黒く染めた。
内側と外側から大量の穢れを受けた結界が、パキリと嫌な音を立てる。
ヒビの入った結界の破片が剥がれ落ちていく。体が通る程の隙間が出来た瞬間、一体目のムカデが、丈に牙を剥いて襲いかかった。
丈が一体目のムカデに向かって銃を構えると、それを邪魔するように、二体目のムカデが別方向から襲いかかる。丈は左手で銀柱を取り出し、足元の地面に投げつけた。
銀柱に刻んでいた結界の術式に、構築式を素早く書き加えてから発動する。足元に出現した箱型の結界が、勢いよく上に向かって伸び、丈の体を空へと押し出した。
足場の結界が二体のムカデに破壊される前に、丈は足元を蹴って跳躍する。
空中で銃を構えた丈は、地面に銃口を向けて二発続けて発砲した。
残っていた拘束の術式の弾丸が網へと形を変えて、二体のムカデの体の上に覆い被さる。ムカデ達の体は一塊になって地面に縫い付けられた。
『丈君』
丈が木の上に着地した時、耳に着けていたイヤーカフから壮太郎の声が聞こえた。
地面を見下ろせば、壮太郎がいつもの不敵な笑みを浮かべている。壮太郎の足元には、完成した術式があった。
丈は壮太郎を覆う結界を解除する。
自分の正面に一纏めに拘束されたムカデ達を見て、壮太郎は笑みを深めた。
「さて、君達が守っていた家の術を受けてみるかい?」
完成した術式に向かって、壮太郎が小さな水晶玉を落とす。
術式の上で割れた水晶玉から解き放たれた金色の光が、目にも留まらぬ速さで白銀色の術式の上を駆け巡る。金色に塗り替えられた術式が眩い閃光を放ち、壮太郎を起点にして、暖かな風が周囲を飲み込んだ。
ムカデ達は、拘束された網の中で痛みを訴えるように暴れ狂う。ムカデ達の体に纏わりついていた穢れが、光に焼き尽くされるようにボロボロと崩れ落ちていった。
一際強い閃光が放たれる。
光が収まり、丈が目を開くと、巨大な二体のムカデの姿は消えていた。
丈は木の幹に銀柱を突き刺し、木の上から垂らした拘束の糸を使って地面に降りる。
「壮太郎」
声を掛ければ、振り返った壮太郎が無邪気な笑みを浮かべた。
「丈君、見ててくれた!? 今の術は、本来は術式の上にある対象物の穢れを均一の力を注いで祓う術なんだ。それに僕がアレンジを加えて、術式の周囲の穢れを検知して、必要量の力だけを使って祓う術にしたんだ!! 凄いでしょ!?」
目を輝かせて嬉しそうに語る壮太郎。工作が上手に出来た子供みたいな反応に、丈は笑う。
「ああ、壮太郎は凄いな」
心からの真っ直ぐな賞賛に、壮太郎は嬉しそうに笑う。丈は銃を元の指輪に戻すと、森の入口がある方角へ目を向ける。
「壮太郎。碧真達と合流しよう」
「そうだね。二人共、もう車まで戻っているかも。僕達も……」
羽犬のブレスレットに力を注ごうとした壮太郎の言葉が途切れる。
突如、周囲の景色が歪み、壮太郎の足元に白い術式が現れた。
「壮太郎!」
丈は壮太郎へ手を伸ばす。白い光が二人の体を飲み込む。
消失する白い術式と光と共に、森から二人の姿が消えた。
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