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第七章 未来に繋がる呪いの話
第14話 手を出されたら?
しおりを挟む「わぁ」
到着したホテルの外観と内観に圧倒され、日和は感嘆の声を上げた。
広々としたロビーの中央には、美しく豪奢に生けられた花。大きく開放的な窓の外には、ライトアップされた美しい紅葉が見られる。
ホテルで働く人達のピシッとした背筋と美しい笑みは、映画のワンシーンのよう。ホテルの中を歩きながら、日和はフワフワと夢見心地の気分だった。
「僕が受付してくるから、そこで待ってていいよ」
壮太郎がフロントで受付している間、三人はロビーで待つ。沈みすぎないふかふかのソファに座り、日和はニコニコと笑顔で周囲を見回す。
「浮かれ過ぎだ馬鹿。周りにアホだとバレるぞ」
「だって、すごいじゃん! こんなに素敵な所に泊まれるなんて、嬉しい!」
貶す言葉すら耳に入らないような日和に、碧真が呆れたように溜め息を吐く。
受付を終えた壮太郎が三人の元へ戻り、碧真に白い封筒を手渡した。
「はい。チビノスケとピヨ子ちゃんが一緒に泊まる部屋の鍵だよ。エレベーターは、右側にあるものを使うと部屋に近いよ。今日はここで解散にするから、ゆっくり休んでね。じゃあね」
「ちょっと待て!」
流れるように説明を終えて部屋へ向かおうとする壮太郎の肩を、怖い目をした碧真が勢いよく掴む。
「一緒に泊まるって何ですか? ふざけるのも、いい加減にしてください」
碧真の迫力に、日和はたじろぐ。壮太郎は楽しそうに笑った。
「そのままの意味だよ。団体客が多いらしくて、僕が泊まっていた二人部屋以外に、追加で予約できた部屋が二人部屋一つだけだったんだよね。僕と丈君が一緒の部屋に泊まるから、もう一つの部屋は、チビノスケとピヨ子ちゃんに使ってもらおうと思ってさ」
「意味がわかりません。俺は別のホテルに泊まります」
「この辺りは、他にホテルは無いよ」
飄々とした様子の壮太郎に、丈が困ったように眉を下げる。
「壮太郎。恋人関係でもない未婚の男女を一緒の部屋にするのは問題がある。俺達が泊まる部屋に、簡易ベッドが入れられないか、ホテル側に聞いてみよう」
「今朝フロントの人に聞いたけど、簡易ベッドも無いってさ。ピヨ子ちゃんと誰を同室にするかって考えたら、丈君は既婚者だから駄目だし、僕だと今後色々と問題が起きるし、チビノスケなら問題ないと思ってさ」
「俺と日和も問題あるでしょう!?」
「えー? だって、一回一緒に泊まった事があるからいいんじゃない? その時も、何も問題なかったでしょ? ねえ、ピヨ子ちゃん。ピヨ子ちゃんは、チビノスケと同室は無理かな?」
壮太郎に話を振られ、日和は眉を寄せて考える。
(他に部屋が無いなら仕方ないかな。碧真君も早く休みたいだろうし……。前に比べて、碧真君と一緒にいてもギスギスはしないし。私の精神面にも、そこまで悪影響じゃないよね)
「特に問題ないですね」
「は?」
あっけらかんと言い放つ日和を、碧真が信じられないという目で見る。壮太郎はニコリと笑みを浮かべた。
「決まりだね」
「おい、壮太郎」
丈が止めようとするが、壮太郎はニヤニヤしながら碧真を見ていた。碧真は苛立ったように髪を掻き上げ、舌打ちをする。
「行くぞ」
「あ、待って」
足早に歩き出した碧真の後を、日和は慌てて追いかける。エレベーターに乗って振り返ると、笑顔で手を振る壮太郎と、頭を押さえて困ったような表情を浮かべる丈の姿が見えた。
エレベーターで六階まで上がり、廊下を進む。
碧真は部屋番号を確認した後、白い封筒に入っていたカードキーを取り出して、ドアノブの上に付いている黒いパネルに翳して解錠した。
「わあ! 凄いね!」
日和は部屋の中へ足を踏み入れ、はしゃいだ声を上げる。
室内には大きめのベッドが二台と、一台のカフェテーブルと二人掛けのソファ。日和の両腕を広げた大きさのテレビもあった。
「あ! ポットがある! コーヒーマシンも!」
荷物を置いた日和は目を輝かせながら、部屋の中を探索する。テレビ横に設置してあるチェストの中に、ペットボトルの水とコーヒーマシン用のカプセルやティーパックのお茶、二人分のカップとソーサーが入っていた。
(わー。コーヒーマシン使ったことないんだよね。明日の朝に使ってみようかな)
素敵な朝の時間を想像し、日和はニマニマと笑う。碧真は呆れた目で日和を見た。
「何で、そんなに危機感ないんだよ」
「へ? ……も、もしかして、これって有料の物なの!? サービスじゃないのかあ……。どれもすごく高そうだし。危ない、危ない」
ホテルに宿泊した経験が修学旅行しかない日和は、どれがサービスの物かわからない。心を躍らせていた日和はショボンとした顔で、手にしていたコーヒーマシン用のカプセルを引き出しの中へと戻した。
「……いや、それは料金が掛からないものだが」
「そうなの? 良かったぁ」
日和はホッとした後、二つ並んだベッドへ目を向ける。
「碧真君。ベッド、どっち使う? 私はどっちでもいいから、選んでよ」
上機嫌な日和とは対照的に、碧真は苦い顔をする。
碧真は深々と溜め息を吐いた後、不機嫌な顔で日和へ近づく。日和の顔のすぐ近くに、碧真の顔があった。
「俺と同じ部屋に泊まって、”手を出されたら”とか考えないのか?」
碧真の言葉に、日和はピタリと固まった後、顔を強張らせた。
「……っ、碧真君」
震える日和を見て、碧真は小さく溜め息を吐いた。
「わかったのなら、少しは」
「も、もしかして、私が壮太郎さんに、碧真君の黒歴史を知らないか聞いたのバレてるの!?」
「…………は?」
日和は無理やり卵ボーロを食べさせられた事への仕返しを決意して、夕食の席で壮太郎に碧真の黒歴史を知らないか尋ねた。
本人のいない所で勝手に話を聞いた事への後ろめたさがあった日和は、”部屋が離れていたので、話が聞こえているわけがない”という考えに辿り着かなかった。
「で、出来心だったんだよ!? ちょっと揶揄ってやろうと思ってさ!! それに、黒歴史って言っても、実際は碧真君が小さい頃の可愛い話だったし!」
日和は青ざめた顔で、碧真から一歩後ずさる。
「一緒に遊んだ日に、丈さんに帰って欲しくなくて、寝たふりしてギュッと抱きついて離さなかったとか! 壮太郎さんと丈さんが二人で話し込んでいた時、寂しくて、丈さんの手を引っ張って、二人を引き離そうとしたとか! 今の碧真君からは想像出来ない可愛さだけど、全然黒歴史じゃないし!」
手をバタバタさせ、しどろもどろになりながら目を泳がせて自滅していく日和。真顔で見下ろしてくる碧真が怖くて、日和は涙目になる。
「だから、暴力はやめようね!? 私を殴ったら、碧真君の手だって痛むから! 手だけじゃなくて、足も出しちゃダメだよ! お互い、自分を大事に生きようね!!」
日和は命乞いのように必死で言葉を紡ぐ。
碧真としては、過去の知られたくない話を聞かれたことに対しての怒りもある。しかし、それ以上に、恋愛経験皆無な日和の思考回路が弾き出した『手を出す=殴る』という迷走した考えに、碧真は呆れと共に怒りが湧いた。
碧真は作り物じみた綺麗な笑みを浮かべると、怯える日和の頭を鷲掴みにする。
「俺の手のことは気にしなくても大丈夫だ。今なら、どんな物でも握り潰せそうな気がする」
「碧真君が握り潰そうとしているの、私の頭部だから! 痛い痛い痛い! ごめんなさい!! やめてえ!!」
十秒ほどギリギリと頭を締め続けた後、碧真は指を離す。日和は痛む頭を押さえながら、碧真をキッと睨みつけた。
「碧真君の握力ゴリラ!!」
「……本当に学ばないよな。いっその事、握り潰して頭の形を変えてみたら、そのツルツルの脳みそに皺が寄って賢くなれるんじゃないか? もう一回してやろうか?」
「それ、賢くなる前に思考できる頭が存在しなくなるから!! もう! 離れてよ!」
間近にある碧真の体を押し除け、日和は自分の荷物を置いている場所へ向かう。
宿泊先に向かう車中で、ホテルには大浴場があると壮太郎から聞いていた。
館内着の上に置かれていた紙に、大浴場を利用する際の注意書きが書かれていたので読む。
ホテル側が用意してくれていた黒のトートバッグに、館内着や自分で持ってきた入浴道具や下着の入ったポーチなどを入れて準備する。
「私はお風呂に入ってくるけど、碧真君も一緒に大浴場に行く?」
「部屋にある風呂を使う。……一人で迷わずに行けるのか?」
碧真は部屋のカードキーを日和に手渡しながらも、疑いの眼差しを向ける。日和は自信満々の笑みを浮かべて胸を張った。
「案内看板も何箇所かあったし、ホテルには人もたくさんいるから大丈夫。じゃあ、行ってきます」
日和は部屋に碧真を残して、意気揚々と大浴場へ向かった。
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