呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第12話 優しさと卵ボーロ

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 深く沈み込んだ場所から一気に引き上げられるように意識が浮上する。
 眠っていたのだと気づいたが、いつもとは違う体の怠さから、瞼を開けるのが億劫だった。

(怠い。力を使いすぎたのか? 仕事……)

 碧真あおしが記憶を探っていると、頭の中に怨霊達の姿が浮かぶ。体を侵食する穢れ。意識を失う前に見た、自分を抱きしめる日和ひよりの姿。

 碧真はハッと目を見開く。

 目を開けて飛び込んできたのは、見知らぬ天井。左側に気配を感じて目を向ければ、碧真に背を向けて座り込む日和がいた。
 碧真はギョッとする。黒い巨大な毛玉のような化け物が、日和の頭を鷲掴みにしていた。

「っ、日和っ!」  
 碧真は重たい体を無理矢理起こして右腕を伸ばし、日和のパーカーのフードを掴んで自分の方へ引き寄せる。体が上手く動かないせいで抱き止めることは出来ず、日和は蛙が潰れたような声を上げて碧真の前に転がった。 

 日和は喉と胸を抑え、呼吸が出来ないのか苦しげに顔を歪めた。ただならぬ様子に、碧真は焦る。
 すでに攻撃を受けていたのかと思ったが、外傷も邪気や穢れも呪術を使われた形跡もない。

 苦しむ日和へ、黒い毛玉が手を伸ばす。

「やめろ!」
 碧真が睨みつけると、黒い毛玉はピタリと手を止める。

 現状は分からないが、目の前にいるモノが日和を害したのは確かだ。
 銀柱ぎんちゅうを取り出そうとした碧真は、武器をしまっている上着を身に着けていないことに気づく。

 逃げることも戦うことも、今の碧真には難しい。危機的な状況を察して碧真が顔を歪めると、黒い毛玉の背後から、子供くらいの大きさのモノ達が顔を出した。

『大丈夫?』
『はい、お茶。飲め飲め』

 着物を纏ったオカッパ頭の細目の子供と、坊主頭で鼻上に大きな目が一つだけついた子供が、茶の入った湯呑みを日和に差し出す。日和は碧真の腕を押し退けて自分で上体を起こすと、湯呑みを掴み、中身を一気に飲み干した。

「っはあ、し、死ぬかと思った……」

 大きく息を吐き出した日和は、涙目のままキッと碧真を睨みつける。

「碧真君のバカァ!」
「は?」

「碧真君のせいで、食べてたお饅頭が喉に詰まったの! いきなり引っ張らないでよ! びっくりするじゃん!」
 
 碧真は混乱したまま日和を見た後、周囲へ目を向ける。

 目の前にいる怪しげなモノ達が攻撃してくる気配は無い。碧真と日和がいる場所も、薄暗い森ではなく、人が住んでいる生活感のある和室だ。体を見下ろせば、碧真と日和の体に纏わりついていた穢れは跡形もなく消えていた。

「……一体、どういう状況だ?」

 状況が飲み込めない碧真に、日和が今までの経緯を説明する。
 話を聞き終えた後、碧真が黙ったままでいると、日和が不安そうに顔を覗き込んできた。

「碧真君、具合は大丈夫?」
「……少し怠いくらいで問題はない」
 碧真の返事に、日和は安堵したように笑みを浮かべる。碧真は日和から顔を逸らし、眉を寄せた。

(ただ、気分が悪いな)
 自分が穢れを受けたせいで、日和まで巻き込まれたこと。
 二度と関わりたくないと思っていた天翔慈てんしょうじ家の二人の力に助けられた事実に、碧真は不快な気持ちになる。

「……で? そいつらは何だ?」
 碧真は苛立ちをぶつけるように、日和の後ろにいた怪しいモノ達を睨みつける。

「この子達は、この家に住む妖なんだって」
 側に座っている妖達を、日和は嬉しそうに碧真に紹介する。

 黒い毛玉は、百年以上前に屏風に落書きされていた絵が妖と化したもので、特に名前のない『付喪神つくもがみ』という存在。日和の頭を鷲掴みにしていたわけではなく、ただ撫でていただけだという。

 着物を着たオカッパ頭の細目の子供は、『座敷童』。坊主頭で一つ目の子供は、『一つ目小僧』と呼ばれる妖だと言う。

「碧真君が起きるのを待っている間に、この子達がお茶とお菓子を持ってきてくれたの。それで、皆でお茶してたんだ」 

 日和が座っていた場所の付近には、急須と湯呑みや菓子の載った皿が置かれている。日和の能天気さに、碧真は呆れた。

「いくら馬鹿とはいえ、そんな得体の知れない奴らから出された物を平気で口にするとか、有り得ないだろう。少しは警戒しろよ」

「いい子達だし、お饅頭もお茶も美味しそうだったから。……それより、急に人のことを引っ張る碧真君の方が有り得ないよ。おかげで、人の家で貰ったお菓子を吐き出すとかアウトなことをしそうになったし! また黒歴史が生まれるところだったじゃん!」

「むしろ、日和の人生に黒歴史以外が存在するのか? 人間として既にアウトだから、今更何をしても無駄な足掻きでしかない」

「寝起きなのにもかかわらず、絶好調すぎる罵倒だね、碧真君。そんなに元気なら、もう心配しなくて大丈夫だよね? ちょっとヘッドロックさせてよ」

「暴力女。そんなんだから、モテないんだよ」
「碧真君だってモテないくせに! 碧真君の非モテ野郎!!」
「あ゛?」

 碧真がジロリと睨むと、日和は「ひえっ」と情けない声を上げて後ずさる。
 妖怪達は顔を見合わせた後、可哀想なモノを見るような目で二人を見た。

『これ食べて、元気出して』 
 一つ目小僧が、菓子の入った袋を日和に手渡す。

「わあ、卵ボーロだ! 貰っていいの?」
 菓子の袋を受け取って笑顔を浮かべた日和に、一つ目小僧が頷く。

『だって、モテなくて可哀想だから』
「グッ!」
 無邪気な憐れみに、日和は精神的なダメージを負って呻く。

「妖怪達にまで可哀想な奴扱いされるとか、終わってるな」
 ショックを受けている日和を、碧真は鼻で笑った。座敷童がニコリと碧真に笑いかける。

『モテない二人で仲良く分け合って食べてね』
 無言で顔をしかめる碧真に、日和は吹き出した。

「あははっ! 碧真君も私と同類の可哀想な人だってよ! やーい! ざまあ!!」
「……日和。こっちに来い」
「絶対嫌だ! 今の碧真君、私のことを巻きにして、坂の上から転がり落としてやるって目をしてるもん!」

「それだけじゃ足りない。二度と生意気な口がけないようにしつけてやる」
「トラウマ植え付ける気満々な鬼畜がいる!! ごめんなさい! 調子に乗りました!!」

 怯えたように顔を引き攣らせる日和に、碧真は呆れて溜め息を吐く。
 碧真が攻撃する気がないとわかったのか、日和はホッと息を吐き出し、卵ボーロの袋を開けた。

「卵ボーロって美味しいよね。小さい頃、好きだったなあ。優しさで出来ているお菓子だよね。碧真君も卵ボーロから優しさを学んだ方がいいよ」

「……わかった。それ寄越せ」
「え? 食べるの?」

 碧真は日和に右手を差し出す。菓子を食べたいと言っているのだと思い、日和は碧真に近づいて袋ごと菓子を差し出した。
 袋を受け取った碧真は、日和のあごを左手で勢いよく掴みあげる。不意打ちの攻撃に、日和は目を丸くした間抜け面で碧真を見上げた。

「そんなに好きなら、口いっぱいに食べさせてやるよ。菓子を食べさせてやるなんて、俺も優しいよな。ほら、口開けろ」

「待って!! そんな量を一気に入れられたら、口パッサパサになる!! 絶対にせる!! 口内と気管支に圧倒的に優しくない食べ方じゃん!! ちょ、やめて! 袋を傾けないで!!」
 
 日和はジタバタと暴れる。口を閉じれないように指で固定すると、日和が焦りの表情を浮かべた。

「やめふぇ! いんふぇんきふぃくめがえ!!」
「はは。何を言ってるか分かんねえな」

 碧真は手に持った菓子の袋をゆっくりと傾ける。袋から数粒の卵ボーロが日和の口の中に零れ落ちた。
 日和は声を出せず、口も閉じれないまま、絶望した顔で碧真を見る。
 碧真はニタリと笑った。

「好きな菓子なんだろう? たくさんやるから、ちゃんと味わって食えよ」

 心底楽しそうな碧真と、涙目で怯える日和。騒ぐ二人を見た座敷童と一つ目小僧は顔を見合わせ、『どっちも子供だね』と呆れたように肩をすくめた。

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