呪いの一族と一般人

守明香織

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第11話 結人間の本家

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 結人間ゆいひとまの本家に向かう途中の車内。
 助手席に座った壮太郎そうたろうは、後部座席を振り返る。

 日和ひよりが心配そうな顔で、隣で眠る碧真あおしを見ていた。森を抜けた後、碧真の加護のへびも自ら姿を現して、主を守るように側にいる。

「ピヨ子ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。チビノスケは少し深く眠っているだけだから。夕方か、遅くても夜には目を覚ますよ」
 
 壮太郎が作り出した浄化の術式と天翔慈てんしょうじ家の力を使って、日和と碧真の穢れは完全に祓えた。手遅れになる前に対処出来たので、後遺症も残らないだろう。

「あの時、穢れを祓った光って、篤那あつなさんと俐都りと君の力ですか?」 
「そっか。ピヨ子ちゃん達は、この前二人と会ったんだっけ。そうだよ。先週、二人が呪具のメンテナンスを依頼する為に僕の家を訪ねて来てね。その時のお礼として、呪具に力を込めて貰ったんだ」

 篤那と俐都が身に着けている呪具は、壮太郎が作った物だ。
 篤那に贈った通信用のイヤーカフは、そこまでメンテナンスは必要ない。
 しかし、俐都にだけ贈った手袋とブーツの呪具は消耗が激しく、定期的なメンテナンスが必要だ。

 呪具のメンテナンスをしながら、篤那と俐都が体験した話を聞くのは、壮太郎の楽しみの一つになっている。日和と碧真に会った事も、俐都から話を聞いていた。

 いつもは、メンテナンス後の呪具に問題ないか調べるのも兼ねて、俐都に攻撃用呪具の実験に協力してもらっていた。
 今回は、新しく思いついた待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめを浄化する力を高める術式を試す為に、二人に呪具に力を込めてもらった。

 当主に実験許可を得る為に見せようと思って持ってきていた物だったが、それで碧真達を救うことが出来たのは幸いだった。
 
「俐都君の力で対象の穢れを一気に引き剥がし、外に出た穢れを篤那君の力で完全に浄化する。あの二人の力は、随分と相性がいい。僕が作った術式は、力の消費量が多いけど、必要量を楽勝でクリアして、数日は掛かる量の穢れの浄化を数秒で終わらせた」

 相乗効果で想像以上の力を発揮した篤那と俐都の力。
 全身からブワリと湧き上がってくる好奇心に、壮太郎は顔を輝かせる。

「僕、たっくさん試してみたい術があるんだよね! また二人に協力して貰おうっと♪」

「壮太郎。くれぐれも、二人に無理強いはするなよ? 特に俐都君は、お前の頼みなら何でも聞きかねない」
「大丈夫だよ。負担にならない程度にするから」
 あっけらかんと笑う壮太郎とは対照的に、丈は浮かない顔をした。

「お前が篤那様と仲が良い事を、悪く思う人や利用しようとする人もいる。適度に距離を置いた方がいい」
「大丈夫だよ、丈君。天翔慈家の次期当主争いに巻き込まれる気はないから」

上総之介かずさのすけさんと篤那さんは、仲が良くないんですか?」
 日和は何の思惑もなく、純粋な疑問として尋ねる。壮太郎は首を横に振った。

「どちらかと言うと、周りが勝手に騒いでいる感じだね。少なくとも、篤那君は現当主の息子に悪い感情は抱いていないみたいだし。現当主の息子がどう思っているかは、会った事が無いから知らないけどね」

「え? そうなんですか?」
 日和は意外そうな顔をする。壮太郎は頷いた。

「僕は、天翔慈家とは必要以上には関わらないようにしているんだ。篤那君と俐都君の事は面白いと思うけど、”当主になる為に協力して”と言われたら、僕は二人と距離を置くことを選ぶ。あの二人は、そんなお願いはしないだろうけどね」

(篤那君が天翔慈家の当主になったら面白そうだけど。ああ、でも、俐都君が今以上に苦労しそうだね) 
 暴走する篤那を止める為に、奔走ほんそうする俐都の姿がありありと浮かび、壮太郎は苦笑する。

「……天翔慈家の次期当主の事は、あまり触れない方がいい」
 丈が固い声で言う。怒っているのではなく、下手に関わって嫌な思いをしないようにと、心配しているのが伝わってきた。
 壮太郎と日和は素直に頷き、天翔慈家の話は終わった。


 結人間の本家に到着し、車を降りた日和はポカンとした顔で固まった。

「どうしたの? ピヨ子ちゃん」
 声を掛けると、日和がギクシャクと首を動かして、壮太郎を見上げる。

「こ、これ、お家じゃないですよね?」
「え? どう見ても、普通にお家だよ?」
「いや。どう見ても、お城じゃないですか!?」

 日本の城とよく似た造りの家。
 壮太郎は幼い頃から見ているので何も思わないが、初めて目にする人にとっては衝撃的なのだろう。

「確かにあまり見ないけど、ちゃんと人が生活している家だよ。まあ、人より妖の方が多いけどね」

 壮太郎は、屋敷の門扉もんぴに描かれている術式に右手で触れて力を送る。
 門扉に描かれた術式は、結界の解除を当主に申請する役割を果たすものだ。

 結人間の本家の屋敷周辺には強固な結界が張られており、当主の許可が無いモノは、人間も人外も立ち入ることが出来ない。

 たまに、結界の存在を忘れて空から屋敷へ入ろうとした害意の無い妖が、見えない結界に弾き飛ばされて、門の前でシクシクと泣いていることがある。
 
(入る時に毎回申請しないといけないのは面倒だけど、大事なことだからね)

 当主の許可が下りたのか、古い木製の扉がひとりでに開かれる。
 先頭を歩く壮太郎の後ろに、丈、碧真を背中に乗せた羽犬、日和が続いた。

 両脇に枯山水の庭が広がる石畳の道を進み、家屋の中に入れば、木の良い香りが漂った。

『あれ? 誰だろう』
『初めて見る人間が二つもいるよ』

 壮太郎達が廊下を進んでいると、周囲から妖達のヒソヒソ声が聞こえた。

「妖怪達の声は聞こえるんだな」
 丈の言葉に、壮太郎は頷く。

「丈君達に渡した呪具は、祭りの時にも使えるように、怨霊以外の声は聞こえるように作ったからね」

 怨霊達の声も聞こえるように作る方が簡単だが、壮太郎は敢えて一工程加えて、怨霊達の声を聞き取れないように構築式を組んだ。

(丈君は、怨霊達に同情して優しくするし。チビノスケは利用されそうだし。ピヨ子ちゃんは、泣き叫んで逃走しかねないからね。まあ、聞こえないようにして正解だったけど)

 森で怨霊達が喚いていた言葉を思い出し、壮太郎は不快感から眉を寄せる。

「ひゃっ!?」
 後ろを歩いていた日和が小さく悲鳴を上げる。壮太郎が振り返ると、日和は顔を強張らせて周囲を見回していた。

 忍び寄って来た妖にポニーテールの毛先を引っ張られ、日和はまた驚いた声を上げる。悪戯いたずら好きの妖達が、日和を揶揄からかって遊んでいるようだ。

『あの子、面白いね』
『次は、私が悪戯する!』
 壮太郎が妖達に注意しようとした時、近くの部屋の襖が開いて、結人間家の当主である八重やえが姿を現した。

「あんた達、何をやってるんだい? さっさと散りな。悪さする奴は、暫く菓子抜きだからね!」
 妖達は蜘蛛の子を散らす勢いで姿を消した。

 八重は呆れ顔で妖達を見送った後、壮太郎達へ視線を向ける。

「ぶっ倒れた奴ってのは、そいつかい? 用意しているから、部屋に入れな」
「八重様。ありがとうございます」
 丈は深々と頭を下げる。丈に続いて頭を下げた日和を見て、八重は眉を寄せた。

「誰だい? 初めて見る子だね」
鬼降魔きごうまで雇われている一般人の子ですよ。一緒に仕事をしているんです」
 壮太郎が八重に紹介すると、日和は緊張した面持ちでお辞儀をした。

「初めまして。赤間日和と申します」
 日和を上から下まで眺めた後、八重は顔をしかめる。

「随分とまあ、野暮ったい子だね」
「え?」
「化粧はあまりしていないし、髪も適当に纏めているだけ。色使いは悪くないが、服も無難すぎる。手抜きもいい所だ」

 八重に鋭い眼光で睨まれ、日和は怯えて固まる。壮太郎は苦笑した。

「当主様。そんな顔をしたら、怖がっちゃいますって」
「こんなイイ女の顔にケチつけるなんて、吊るされたいのかい? 壮太郎」
 八重は壮太郎を睨みつけた後、日和を見てニタリと笑みを浮かべる。八重の笑みは、誰がどう見ても悪役顔にしか見えなかった。

「なあ、お嬢ちゃん。私が怖いかい?」
 日和は青ざめた顔で必死に何度も首を横に振った。八重は満足そうに「よし」と頷く。

「ほら、さっさと部屋に入んな」

 八重に促され、全員が部屋に入る。
 部屋には、布団が敷かれていた。

 丈が碧真の体を羽犬の背中の上から抱え上げ、日和が掛け布団を捲り上げる。丈は碧真の上着を脱がせた後、仰向けに寝かせて布団を整えた。壮太郎は役目を終えた羽犬をブレスレットへ戻す。

「部屋を移るよ。ついてきな」 
 八重の言葉に、丈が頷いて立ち上がった。

「え? な、何?」
 日和が戸惑った声を上げ、壮太郎と丈が不思議に思って振り返る。

 立ち上がろうとした日和の上着の袖に、巳が噛み付いていた。

「ピヨ子ちゃんは、チビノスケの側にいてあげて。誰もいない時に目を覚ましたら、驚くだろうから」
 日和が頷いて碧真の側に腰を下ろすと、巳は満足したように口を離した。

(チビノスケの身を守れる僕や丈君じゃなくて、ピヨ子ちゃんに残って欲しいとはね)

 丈も同じことを考えていたのか、二人で顔を見合わせて苦笑する。
 日和に碧真を任せて、壮太郎と丈は八重と一緒に別室へ移った。

「さあ、何があったのか話しておくれ」 

 八重の言葉に頷き、壮太郎は森で起きたことを話す。
 話を聞き終えた後、八重は渋い表情を浮かべた。

狭間者はざまものか……。おかしなことになってきたね」 

「狭間者とは、一体何者なのですか?」
 丈の問いに、八重は深々と溜め息を吐く。

「元の存在から、別の存在に変わったモノ達の総称さ」

 元は人間だった者が人外へ、元は人外だったモノが人間へ。存在が大きく変わったモノは、”狭間者”と呼ばれる。
 壮太郎自身も、幼い頃に七紫尾の狐に誘われ、狭間者になりかけた事があった。

「狭間者となった瞬間、それまで繋がっていた者達との縁が切れる。縁を切られた者達の中からは、狭間者になった者の記憶も消える。誰が何人消えたのかは知らないが、結人間でも狭間者になった者は少なくないと、妖達から聞いているよ。そいつが決めた事に口を出す権利はないが、思い出すことも許しちゃくれないなんて薄情過ぎるよ」

 吐き捨てながらも、八重は何処か寂しそうな声で呟く。
 過去に狭間者になった同胞達は、どういう思いで、その道を選んだのだろうか。

「後悔しても、二度と元の存在には戻れず、どんなに願っても二度と会えない。狭間者は、そういうモノ達なんだよ」

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