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第七章 未来に繋がる呪いの話

第6話 狭間者の紫来

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 昼間でも薄暗い森。
 
 進む程に濃くなる湿った土の匂いと冷たい空気が身を包む。夏に来れば快適なのだろうが、冬が近い時季には有り難くない。

「加護の妨害だけではなく、攻撃術式も相当な量だな。これだけ仕込むのは大変だっただろうに」
「よっぽど暇だったのか、直接手を出すのが怖い臆病者か。まあ、どっちもだろうけどね」

 じょう壮太郎そうたろうは罠が仕掛けられている場所を辿りながら、次々と解呪していく。
  
「全部解呪するのって、大変じゃないですか?」
 日和ひよりの問いに、壮太郎は振り返って肩をすくめた。

「面倒ではあるけどね。この術式は、”人間”に対して発動するようになっている。解呪しておかないと、森に入った無関係な人が被害を受けちゃうんだよね。当主様にも、術式を見つけたら解呪しておくようにって言われているからさ」

「術式があるのは、術者が通ったということだから、行方を追う手がかりにもなる。それに、解呪した場所には、俺の加護を配置できるようになる。加護を配置した場所に鬼降魔きごうま成美なるみが姿を現したら、すぐにわかる」

 丈が加護のねずみを顕現させ、その場に待機させる。

 広大な森の中で、一人の少女を何の手がかりもなく探すのは難しい。対象が留まり続けてくれているならいいが、移動するなら尚更だ。

 森に入った時に感じていた寒さも緩和される程に歩いた頃、壮太郎が急に立ち止まった。
 
「壮太郎?」
 隣を歩いていた丈が振り向くと、壮太郎は前方を睨みつけていた。

 ザワリと、木々が揺れる音。
 瞬きをして開けた目を、日和は驚きで大きく見開く。 
 
 紫色の火の玉が空中で複数揺らめき、前の道を照らしていた。

「な、何これ?」

「『狐火』だよ。……そこにいるのは誰だい? 隠れてないで、出てきなよ」

 壮太郎が前方の脇道にある木の幹に向かって声を掛けると、茂みが揺れる音がして、木の影から何者かが姿を現す。

 朱色のひとえに黒の狩衣かりぎぬ狩袴かりばかま、黒足袋と赤い紐が使われた草履姿。猫耳の形のようになった黒の頭巾と額から目元までを黒の布で覆っている不思議な出立ちの青年。

「……君は妖? いや……妖にしては、少し違和感があるね」
 目の前に立った青年を、壮太郎が観察するように見つめて言う。青年はクスクスと楽しげに笑った。
 
如何いかにも。手前てまえは人間と妖の間にある、”狭間者はざまもの”と呼ばれる存在。名は紫来しきと申す。狭間者に会うのは初めてか?」

「会ったのは初めてだけど、君が何であれ、どうでもいいよ。何か用? 悪戯いたずらしたいだけなら、また今度にして欲しいんだけど」

「今を逃すと次は無し。手前は警告する為に現れた。これより先に進めば破滅を招く。死にたくなければせ。結人間ゆいひとまの子」

「はあ? 意味わかんない。ごめんね、君が帰ってくれる?」
 壮太郎の冷たい態度に気分を害した様子も無く、紫来は口を開く。

「このまま進めば、お前は暗い世界で一人きりで死ぬ運命を辿る」  
「運命? 何それ、予言のつもり?」
 壮太郎は鼻で笑ったが、紫来は真剣な様子で頷いた。

「ああ、そうだ。手前には、未来を視る力がある」

 紫来は丈へ視線を移す。

「そこの男は、友を失った後、更に多くのものを失う。片翼を奪われた鳥の如く、哀れな生となろう」

 丈に対して不穏な予言をする紫来を、壮太郎は鋭い目で睨みつけた。

「僕の親友に何を言っているのかな? 聞いてもない楽しくないことをベラベラ喋らないでくれる? 切り刻まれたくなかったら、さっさと消えなよ」

 静かな怒気が周囲の空気を震わせる。
 壮太郎は右手首にめていたブレスレットへ力を注ぐ。光が収まると、壮太郎の手には白銀色の羽で作られた団扇うちわが握られていた。

「『天狗てんぐ羽団扇はうちわ』か。なるほど。手前の力では敵わないだろうな」
「そう思うなら、さっさと帰れば? 僕達は目的があってこの森にいるけど、邪魔しない限りは無関係なモノを害する気は無いから安心しなよ」

 ”邪魔すれば害する”と言外に言い放ち、壮太郎は『天狗の羽団扇』を構えた。

「……お前達の目的は分かっている。幼いわらべを探しに来たのだろう? 昨日、森を彷徨さまよっているところを見かけたな」

「本当か!? その子の行方を知らないか!?」
 丈が驚いて問うと、紫来はニヤリと笑い、狩衣の中から巻物を一つ取り出した。

「……教えてやっても良いが、条件がある。結人間ゆいひとま壮太郎そうたろう鬼降魔きごうまじょう。大人しく、友の招待を受けてくれるか?」
 
 巻物の紐が解かれ、紙が踊るように宙を舞った。
 生き物の如くうごめく巻物が、丈と壮太郎を丸く取り囲む。紙面に描かれていた紫の文字列が剥がれて宙に浮かび上がる。
 壮太郎は、術を読み解くように視線を巡らせる。害はないと判断したのか、壮太郎は肩を竦めた。

「受けてもいいけど、そこの二人に危害を加えたりしないでね?」
「手前は手出ししない。約束しよう」

 壮太郎が日和と碧真へ視線を向ける。

「チビノスケ、ピヨ子ちゃん。すぐ戻るから、いい子で待っててね」
 
 紫色の光が煌めき、周囲を照らす。
 日和が再び目を開いた時には、壮太郎と丈の姿が消えていた。

「壮太郎さん!? 丈さん!?」
「安心しろ。暫くすれば、二人は無事に帰ってくる。万全をす為にも、お前達も共に送りたかったが、手前の力では二人しか送れんからな」

 事態を飲み込めずに不安な表情を浮かべた日和を安心させるように、紫来が微笑む。

「手前も友も、お前達に危害を加える気はないということだ」

「それを信じられるとでも?」
 碧真あおしが日和の腕を引き、自分の背後へ押しやる。碧真は紫来を睨みつけ、銀柱ぎんちゅうを構えた。
 
「手前を警戒するならば、結界を張って大人しく待っていろ。だが、本当に警戒すべきものを見誤ってはならぬよ」

 背後から、コツリと何かが地面に落ちたような小さな音が耳に届く。
 日和が振り向くと、白い光を帯びた術式が地面に浮かんでいた。

「碧真君!」
 
 碧真が弾かれたように振り返る。
 白い術式から拘束の糸が生成されるのと同時に、碧真が銀柱を投げる。白い術式が破壊され、拘束の糸が日和達に触れる手前で力を失って消滅した。

 碧真は舌打ちして、周囲へ視線を走らせる。
 日和が空を見上げると、宙を旋回している黒い鳥の足元に、白い光が煌めくのが見えた。

「上! 何かいる!!」
 
 日和の声に、碧真が頭上へ目を向ける。足元に何かが落ちる音がして、地面に白い術式が複数出現した。術式を破壊する為に、碧真が銀柱を投げる。

「待て! 攻撃してはならん! その術式は」
 紫来の声が届くより先に、術式に銀柱が突き刺さる。複数浮かんでいた白い術式の間に白い線が走った。

 個別に浮かんでいた術式が連鎖して一つの大きな術式となり、閃光が起きる。
 術式の意味はわからないが、ゾワリとする恐怖が日和の身体を駆け巡った。

(ダメ!!)
 日和は咄嗟に碧真の腕を掴んで横へ引っ張る。日和の足元に別の白い術式が浮かぶと、二人の体が白い光に飲み込まれた。


***


 発動した転移術式と神経麻痺の攻撃術式は、役目を果たせぬまま力を失って消えた。

「はは。なんという幸運……」

 紫来は脱力した笑みを浮かべて呟く。
 二人が消えた地面にあったのは、転移術式。二人は元々地面に仕掛けられていた転移術式を偶然にも先に発動させ、術者が狙っていた場所への転移と攻撃を回避した。

(結人間壮太郎と鬼降魔丈の運命を変えた事で、あの黒い男の未来も連鎖的に変わったのか。……いや、違う)

 紫来が視た未来では、壮太郎と共に森に来るのは、鬼降魔家の男二人のみ。女はいなかった筈だ。
 しかし、紫来が運命を変える為に壮太郎達の前に姿を現す前から、女は三人と共に行動していた。
 そして、二人が別の場所へ逃げることが出来たのは、女が男を引っ張ったからだ。

(未来にいなかった筈の娘か。一体、どうなっている?)
  
 紫来は紫色の光が絡み付いた自分の足元を見つめる。
 壮太郎と丈に使った術の使用条件で、二人が戻って来るまではこの場を動けない。別の術を使用している時は、未来を視る力も発動しないので、どう変化しているのか確認することも出来ない。

(転移術式に傷がついている。何処に飛ばされたのか、皆目かいもく見当もつかん。あの二人が無事だといいが……)

 二人が消えた場所を見つめる紫来。その頭上で、森を見下ろしていた黒い鳥が、羽を広げて何処かへ飛んでいった。

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