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第七章 未来に繋がる呪いの話
第4話 『名奪リ遊戯』繋がり
しおりを挟む十一月四日の朝。
タクシーで駅に到着した碧真は、あくびを噛み殺しながら人混みの中を進む。
改札口横のコンビニで買い物をしていると、携帯が鳴る。着信相手が日和であることを確認し、通話ボタンを押した。
『碧真君。今、駅に着いたよ』
「何処にいる?」
『えっとね。なんか、右に和菓子屋さんがあって、左にパン屋さんがある所!』
自分の居場所を”南口”などとは言わずに食べ物屋で伝える日和に、碧真は呆れて溜め息を吐く。
「わかった。絶対に、そこから動くなよ」
日和に念を押して、通話を終了する。
多くの人間が行き交う駅の構内を、日和を探しながら進む。ふと、こちらに向かって振られる手に気付いて、碧真は足を止めた。
「碧真君!」
視線の先には、嬉しそうな笑顔で手を振る日和がいた。一瞬面食らった碧真は、苦い顔で日和へ近づく。
「朝から無駄にテンション高すぎだろう。つうか、歳を考えろよ。子供か」
「普通のテンションだし。碧真君より四歳年上の大人ですぅ」
「精神年齢が四歳の間違いだろう?」
「それなら、碧真君は精神年齢ゼロ歳児だね。……いや、待って。こんな可愛くないゼロ歳児、すっごい嫌だわぁ……って痛い!」
馬鹿なことを言う日和の頭に、碧真は手刀を落として黙らせる。
「早く行くぞ」
碧真は日和の手を引いて駅の中を進み、到着した列車に乗り込む。
予約されていた席に辿りつき、頭上の網棚に二人分の荷物を置く。勝手に車内を歩き回らないように、日和を窓際の席に座らせ、碧真は通路側に座った。
席に座った日和は、物珍しそうに車内を眺めて楽しそうに笑っていた。
「そんな顔していたら、周りに馬鹿だとバレるぞ」
「馬鹿じゃないし。感動屋とか言って欲しい」
「リアクションがデカくてウザいだけだろ。……俺は寝るから、大人しくしてろよ」
コンビニで買った飲み物を日和に渡し、碧真は目を閉じる。日和が「ありがとう」と言う声が聞こえた後、碧真はそのまま眠りに落ちた。
一時間後。
目的地の駅に到着した。
列車を降りて駅の改札から外に出ると、山に囲まれた町並み広がっていた。
「あ! 来た来た! おーい。チビノスケ、ピヨ子ちゃん。こっちだよ」
聞こえる筈がない声に、碧真は顔を顰める。声がした方を見れば、丈と、笑顔で手を振る壮太郎の姿があった。
「何で、壮太郎さんまでいるんだよ」
「え? 碧真君は知らなかったの? 昨日の夜、壮太郎さんから”一緒に仕事することになったよ”って、メッセージが来てたけど……」
「は? 知らねえよ。あの人、絶対わざと黙ってたな」
「うん。だって、黙っていた方が面白いと思ってさ」
碧真達の元へ近づいてきた壮太郎は、二人を見てニヤニヤと笑う。
「でも、まさか手を繋いで出てくるとは思わなかったな~。随分と仲良しだね?」
手を繋いで歩いていたことを指摘され、碧真は苦い顔で日和の手を離す。
「違います。逸れられて、面倒を増やされたくないからですよ。言うなれば、駄目犬の散歩みたいなもんです」
「何それ!? 失礼すぎない!?」
「確かに、犬に失礼だな。犬は学習出来るもんな」
「私が学習出来ないって言いたいの!? 碧真君、そろそろ殴っていいよね!?」
「ピヨ子ちゃん。喧嘩に使えそうな呪具があるけど、使ってみない?」
「壮太郎、煽るな」
嬉々として呪具を渡そうとする壮太郎を、丈が止める。
「車はこっちだ。早く行こう」
丈に促され、四人は車に乗り込む。
「で? 何で壮太郎さんまでいるんです? 丈さんが頼んだんですか?」
碧真は斜め前の席に座っている壮太郎の後頭部を睨みつけながら問う。
「違うよー。今回は僕の妹に、丈君の仕事を手伝うように言われたんだ。僕も同じ場所で当主様から任された仕事があるから、丁度いいと思ってね」
「自分の家の仕事を優先させた方がいいでしょ?」
当主の命令よりも丈を優先する壮太郎に、碧真は呆れた。
「うーん……。というかね、今回の丈君達の仕事と僕の仕事は、別物のようで同じみたいなんだよね」
「は? どういう意味ですか?」
碧真が眉を寄せると、後ろを振り返った壮太郎が笑みを浮かべた。
「どちらも、鬼降魔の禁呪『名奪リ遊戯』で繋がっているんだよ」
碧真と日和は目を見開く。
すぐに驚きから立ち直った碧真は眉を寄せ、丈へ視線を向けた。
禁呪『名奪リ遊戯』は、天翔慈家と鬼降魔家の過去の確執となる出来事。
丈が壮太郎を信用しているとしても、家同士の関係に問題が生じる繊細な事柄は秘匿する筈だ。
「丈君から聞いたわけじゃないよ。当主様が事前に調べていた情報と僕が元から知っていた情報で、考えに辿り着いただけ」
丈は無関係だと言って、壮太郎は言葉を続ける。
「鬼降魔喜市が作り出した、禁呪『名奪リ遊戯』。その被害者である天翔慈の分家の人達は、当主に命じられ、代々『名奪リ遊戯』の呪具の管理をしていた。その家の子孫である、六十代の夫婦と三十代の息子二人は生活に困っていた。金銭的な援助を頼む為に、一家全員で本家に出向いた帰りに交通事故に遭ったそうだよ。四人は死後、事故現場の森に留まり続け、穢れを撒き散らす怨霊と化した」
「……天翔慈の人間は知っているんですか?」
「まだ周囲に実害も出ていないし。親交のある神も現地にいない為か、怨霊化したことについては、こっちが報告するまで把握していなかったようだね。怨霊達は結人間で処理して欲しいと正式に依頼してきたよ」
壮太郎は、やれやれと肩を竦めた。
結人間家は、天翔慈家が起こした問題の後始末を押し付けられたようなものなのだろう。
「鬼降魔と結人間の当主同士の話し合いで、今回は一緒に仕事をすることになった。俺達が怨霊に関わることはないが、壮太郎には鬼降魔成美の捜索を手伝ってもらう」
「え? 壮太郎さんの仕事はどうするんですか?」
丈が話した不平等な条件に疑問を持ったのか、日和は驚いて問う。
「怨霊の仕事は、僕がチャチャッと片付けるから大丈夫だよ。それに、この前の北海道の出張で、丈君に結人間家の仕事を手伝ってもらったからね。今回は、その御礼という形で話がついたんだ」
日和は納得したように頷いた後、”北海道”という言葉で思い出したのか、丈と壮太郎に頭を下げる。
「丈さん、壮太郎さん。北海道のお土産、ありがとうございました」
「どういたしまして。喜んでもらえて良かったよ」
「はい! おいしい食べ物いっぱいで凄く嬉しかったです! 丈さんから貰った花瓶も凄く素敵で気に入ってます!」
「そうか。よかった」
三人が和やかに談笑している中、碧真は丈を睨む。
「丈さん。何で花瓶を贈ったんですか?」
「……赤間さんは、花が好きだからな。それに、花瓶は持っていないと言っていたから、丁度いいかと思ったんだ」
「丁度いいって何です? 何か余計なことを考えていませんか?」
「碧真君? どうしたの?」
「……別に。食べ物しか眼中にない人間に、花瓶とか洒落た物を贈るセンスが信じられなかっただけだ」
「失礼な! 食べるのは好きだけど、脳内全部を食べ物で埋め尽くしているわけじゃないから! 私は花が好きだから、丈さんの贈り物は嬉しかったよ」
「どうせ、花が好きなのも食べる為だろう?」
「食用のお花は食べたことがあるけど、苦くて美味しくないよ。菜の花の蕾は美味しいから、よく摘んで、おひたしにして食べてたけど……って、違う! 観賞用として! 私にも、花を愛する乙女心がありますぅ!」
「乙女心ぉ?」
碧真が小馬鹿にして鼻で笑うと、日和がムッとした顔をする。言い合いに発展しそうな空気を察知した丈が、日和より先に口を開いた。
「碧真、失礼すぎるぞ。すまない、赤間さん」
丈に謝罪され、日和は慌てて首を横に振った。
「丈さんのせいじゃないので、謝らないでください。乙女心を理解できない陰険鬼畜眼鏡の碧真君が百パーセント悪いんですから」
「食べ物と花のどちらかを貰えるなら、百パーセント食べ物を取るような食い意地張った女が、何を言っているんだか」
「食べ物も嬉しいけど、お花を貰えるの嬉しいよ。今まで人から貰ったことないけど」
日和は苦笑する。
「まあ、”花は好きな人に貰うもの”ってイメージがあったし。小さい頃は花束をくれた人と結婚するって思ってたから、貰わなくても別に……。あれ? これって、もしかしなくても立派な”乙女心”ってやつでは?」
日和が「どうだ!」と言わんばかりのドヤ顔をする。碧真が眉を寄せて黙り込んだのを見て、日和の顔が歪んだ。
「あの……。もしかして、私、相当痛い人間だと思われてる!? ねえ、今の無し! 記憶消して!!」
三人のやり取りに、壮太郎は首を傾げた。
「ねえ、丈君。花瓶や花に何かあるの?」
「……俺からは言えない」
壮太郎と丈の会話と、「また黒歴史が誕生した」と落ち込む日和の独り言を聞き流して、碧真は苦い顔で溜め息を吐いた。
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