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第六章 恋する呪いの話

番外編:31歳苦労人のハロウィン

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俐都りと。トリック・オア・トリートだ」

「…………篤那あつな。お前の頭がおかしいのは、十分すぎる程に分かっているが、流石に常軌をいっし過ぎないか?」

 俐都は真顔の篤那を見下ろして、顔を引きらせる。篤那は首を傾げた。

「今日は、十月三十一日だ。おかしくは無い。正しくハロウィンだ」
「そこじゃねえよ!! 今の俺達の状況を考えろ!!」

 眼下には、大きな波飛沫を上げて吹き荒れる海と人体を容易く破壊できる岩の群れ。

 断崖絶壁の中腹にある突き出た岩の端に、俐都が右手だけで掴まってぶら下がり、俐都の左足に篤那が掴まって風に煽られ揺れているのが現状だ。

「分かったぞ、俐都。”おかしい”と”お菓子”をかけたのか。寒い冗談だ」
「俺が滑ったみたいな扱いやめろ! 蹴り落とすぞ、バカ篤那!!」
 
 この状況を作り出した諸悪の根源である篤那に、俐都は盛大にキレた。


***


 元はといえば、とある島での仕事終わりに「観光しよう」と篤那に言われて出掛けた事が始まりだった。

 海に囲まれた島は、有名な観光地の為か多くの施設があり、俐都も観光を楽しんでいた。
 俐都が崖上にある白の灯台から見える景色を眺めていた時、隣にいた筈の篤那がいないことに気づいた。

 俐都は面倒に思いながらも十五分ほど探し回り、人気ひとけのない崖先で篤那を見つけた。

 篤那は左手首に下げていたビニール袋から、鯛焼きを一つ取り出す。灯台に行く途中、おやつとして買ったものだった。

「あれが君の母だ。これからは、母なる海で自由に生きてゆけ」
 篤那は鯛焼きを持った右手を海の上に差し出して、手を開く。

 海に向かって落下していく鯛焼き。海面に辿り着く前に、周囲を飛んでいたカモメが鯛焼きを掻っ攫っていく。篤那は目を見開き、呆然とした顔でカモメを見つめた。

「そ、そんな。鯛焼きくーん!!!」
「いや、何やってんだよ」
 
 俐都が近づきながらツッコミを入れると、篤那が勢いよく振り返った。

「俐都! 鯛焼き君が、母なる海にかえれなかった!! 俺が、俺がタイミングを間違えたせいで、彼は永久に母に会えない!!」

「いや、元々、鯛焼きは海から生まれてねえからな? 近くの売店で作られているところを、ガラスに張り付いて食い入るように見てただろうが」

「鯛焼き君を母の元へ還すと約束したのに、果たせなかった」

 俐都の声も耳に入らず、篤那は悲しそうな顔で項垂うなだれる。今までの付き合いで篤那が何を考えていたのかは分かったが、理解は出来ない。

 くだらなすぎるが、哀愁漂う相棒を慰めようと、俐都は篤那の肩を軽く叩いて口を開く。

「鯛焼きは食べられる為に作られた。カモメの腹を満たすことで自分の使命を全う出来たのなら、鯛焼きも嬉しいんじゃねえのか?」

「俐都……」
 顔を上げた篤那が、何かに気付いたような顔をする。

「言われてみれば、鯛焼きの材料は小麦粉や小豆。俺としたことが、事実を見誤っていた。鯛焼き君は、大地出身だ!」
「ん? おお?」
 真顔で語る篤那に、俐都は戸惑う。篤那は朗らかな笑みを浮かべた。

「あのカモメを仕留めて土に埋めれば、鯛焼き君も母なる大地に還れる!!」
「還そうとすんな!! お前の思考、たまに物騒すぎんだよ!! おい、チビ神達も殺る気に満ち溢れんな!!」
 
 鉄砲を構えた篤那の守り神達が現れて、カモメを撃とうとする。俐都は小さな守り神達の服を掴んで止めた。

 近くを飛んでいた一羽のカモメが、篤那が持っていた鯛焼きの入ったビニール袋を目掛けて飛んできた。

「あ! 鯛焼きちゃんが!!」
 奪い取られた鯛焼きを取り返そうと、篤那が一歩前に足を踏み出す。篤那が踏み出した先にあったのは、地面ではなく、断崖絶壁の下にある海だった。

「は?」
 俐都の体を吹き荒れる風が包む。落下する篤那が咄嗟に俐都の左足を掴み、二人は崖下へと仲良く一緒に落下した。


***


 そうして、今の状況が作られた。

 咄嗟に右手を伸ばして突き出ていた岩を掴んだのはいいが、間抜けすぎる状況に溜め息しか出ない。

 俐都は自分の足にしがみついている篤那を見下ろす。

 篤那も小さな守り神達も、この状況を危機だとは思っていないのか、何もしようとしない。俐都が何を言っても、暖簾のれんに腕押し状態になるのは目に見えている。俐都が何とかするしかないだろう。

 足場を作る為の結界の呪具は、まだ補充していないので手元には無い。

(まずは、篤那を上空に向かって蹴り上げる。次に、今掴んでいる岩を足場に跳躍して、上空にいる篤那を回収する。最後に元いた崖上に着地したら、解決だな)

 俐都が解決策を提案しようと口を開きかけた時、篤那が真剣な顔で口を開く。

「俐都。あと三秒だ。トリック・オア・トリート」
「は? おい、篤那……」

「三、二、一……。時間切れだ。悪戯イタズラする」
 篤那はキラリと目を光らせ、ブランコの要領で勢いよく俐都の足を揺らした。

「篤那!? おい! やめろ!!」
 自分の体より体格の良い篤那に全力で揺さぶられ、俐都は右手に入れていた力を強めてしまう。
 俐都の超人的な握力に耐えることが出来なかった岩が砕け散り、支えを失った二人の体は再び落下する。

「ふざけんな!!! クソ篤那!!」

 俐都はブチギレながらも体を回転させ、篤那の体を掴んで肩の上に担ぐ。海の上にあった岩場に両足をついて着地する。岩の表面が砕けて、破片が周囲に舞った。

 俐都の両足に強い痺れが走る。普通の人間ならば、足ごと全身の骨が砕けていただろう。

「何で、俺がこんな目に……」
 足の痺れで動けなくなっていると、俐都の守り神の利運天流光りうんてんりゅうこうのみことがニタリと笑みを浮かべながら姿を現した。

『俐~都~ちゃん♪』
 流光りゅうこうが指先で俐都の足をつつく。俐都は歯を食いしばり、流光を睨みつけた。

「っ! お゛い、何すんだよ」
『いや~。足が痺れている奴には、こうしてやりたくなるだろう?』
「このクソ疫病神!!」

「俐都。下ろしてくれ」
 背中をポンポンと叩かれ、篤那を肩の上に抱えたままだったことに気づく。俐都が地面に下ろすと、篤那は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、俐都。とても楽しかった」
「……そうか、楽しかったか。俺は一ミリも楽しくなかったけどな!」
 俐都が必死だった時に、崖からの落下を遊園地のアトラクションのように堪能していた篤那。俐都は疲れた溜め息を吐いた。

『俐都ちゃん。俺もトリック・オア・トリート』
 流光が空気を読まずに、俐都に右手を差し出す。笑顔を浮かべる流光を、俐都は嫌悪の目で睨みつけた。

『ほら、早く菓子をくれないと、悪戯するぞ』
「利運天流光命、ウキウキノリノリだな」

『面白可笑しそうな行事に参加しないのは損だろ? せっかく存在しているのなら、このせいを楽しまないとな。俺も数日前から色々と用意してたんだぜ?』

 流光が指を鳴らすと、俐都の頭の上に何かが載る。俐都は嫌な予感を覚えながら右手を伸ばして頭の上を触ると、指先にフサフサした感触のモノが触れた。

「猫耳」
 篤那の呟きに、俐都は何を載せられたのか察する。

 足元近くの海面に映る猫耳姿の自分を見て、俐都は固まった。

『ヌアハハ! 可愛いぜ、俐都にゃん♪』
 俐都を指さし、爆笑する流光。ブチッと血管が切れるような音がして、俐都の体から殺気が溢れ出た。

「流光。デッド・オア・ダイ?」

 俐都は頭から外した猫耳カチューシャを握りつぶして破壊しながら、流光を睨みつける。流光は余裕綽々よゆうしゃくしゃくの笑みを浮かべた。

『俐都にゃんは、本当に可愛いなあ。いくらお前が強くても、守り神である俺には手を出せな……』

 俐都が缶ケースから取り出した金色の粒石を見て、流光の顔が引き攣る。

『待て。それって、慈雨じうの野郎の……いつの間に!?』
「この前の礼だと言って、くれたんだよ」
 
 一週間前。
 俐都と篤那に、『神社内の穢れを祓い、呪いをかけられた杜鵑草ほととぎすを救い出してくれ』と仕事を依頼した天大慈雨てんだいじう之尊のみこと
 
 無事に仕事を終えた翌日、守り神の扱いに困っている俐都への礼として、天大慈雨之尊は自分の神力を込めた粒石を三つくれたのだ。

 怯えている流光を見て、俐都はニヤリと笑う。

「年単位は無理だが、これを使ってボコボコにすれば、一週間は指先ひとつ動けなくなるそうだ。日頃の恨みを込めて、全力で殴ってやるから覚悟しろよ」

『ま、待って! 俐都ちゃん!! ハロウィンは、皆で騒ぐ楽しい祭りだろう!? ほら、可愛いお顔が台無しになってるぞ。笑顔、笑顔』

 流光は引き攣った笑みを浮かべながら、俐都の頬を両手で引っ張って和ませようとする。無理やり笑顔を作らされた俐都の目が、底冷えする程に冷たいものになった。

 俐都は流光の手を払い除け、右拳を振り上げる。

「そんなに祭りを楽しみたいなら、血祭りに上げてやるよ!!」

 大きな波の音に混じり、流光の悲鳴が周囲に響き渡った。
 

 十分後。

「俐都。もうすぐ、帰りの船が出る。帰ろう」

 篤那に声を掛けられた俐都は、思い出したように振り返る。

「もう、そんな時間か」

 俐都は最後にと、足元にあった流光の体を力を込めて踏みつける。流光は『ぐえっ』と蛙のような声を上げて動かなくなった。

「はあ、スッキリしたぜ」
 流光に日頃のストレスを全てぶつけ終えた俐都の顔は、今までに無い程に晴れ晴れとしたものだった。

 俐都は篤那を抱え上げ、岩場を使って跳躍する。周囲の人間からは見えない岩場の影に隠れて移動出来た為、何の問題もなく篤那が歩ける海岸へと辿り着いた。

 二人で船に乗り込み、短い時間を過ごした島に別れを告げる。

「あっちに着いたら、アイスを買いに行こう。今日は三十一日だから、お得だ」

 某有名アイスクリーム屋に寄ることを、篤那はワクワクした顔で提案する。
 
 篤那が三十一歳になった時、「アイスクリームの歳だから、毎月アイスを食べに行く」と意味のわからない主張をした。俐都も付き合わされて、二人は月に一回は某有名アイスクリーム店に行くようになっていた。

「寄っても良いが、お前はカップしかダメだからな」
「何故だ!? 俺はコーンで食べたい!」
「コーンだと、お前は俺の頭の上にアイスを落としてくるだろうが」

 篤那に付き合わされて、アイスクリーム屋に今まで三回は行った。その時、篤那は狙っているのかと思う程、俐都の頭の上にアイスクリームを落としてきた。

 二回は隣にいて落とされた。三回目など、警戒して三メートルほど距離を取っていたにもかかわらず、つまずいた篤那の手から飛んできたアイスが、俐都の頭の上に綺麗に着地した。
 その時、俐都は篤那にコーン禁止令を出したのだ。

 納得のいかない顔をしていた篤那は、ふと思い出したように口を開く。

日和ひよりも同い年だから、今度一緒にアイスクリームを食べに行こうと誘ってみよう」

 先日出会った同い年の一般人女性を思い出して、篤那は笑顔を浮かべる。俐都は呆れた顔で篤那を見た。

「連絡先を知らないのに、どうやって誘うつもりだ?」
「術を使って、夢の世界で会いに行けばいい。今日はハロウィンだから、お化けの仮装をして日和に会いに行って、”一緒に行こう”と誘おう」

「それ、相手からしたら恐怖でしかないからな? トラウマを与えるのは……やむ終えない場合を除いてやめておけ」

「そうか? ならば、天大慈雨之尊に頼もう」
 縁結びの神の天大慈雨之尊の力を使えば、日和と再会することは容易いだろう。俐都は眉を寄せる。

「お前が会うなら別に問題ないだろうが、あいつは出すなよ。ややこしくなる」
「あいつ? お兄ちゃんのことか?」
 篤那の問いに、俐都は頷く。

 篤那の中にいる男は、日和に何かしようとしていた。
 篤那の体を変なことに使われて、日和に好意を寄せているであろう鬼降魔きごうま碧真あおしとの関係がこじれた場合、大変面倒臭いことになるのは目に見えている。

 これまでの経験上、篤那が問題を起こした時に何故か本人より大変な目に遭わされている俐都としては、その事態を引き起こすのは避けたいところだ。

「お兄ちゃんは、日和に悪いことはしないと思うが……」
「本人に悪さしなくても、色々と拗れさせそうだからやめとけ」

 俐都の言葉に、篤那は首を傾げたが、それ以上考えるのは放棄したようだ。
 篤那は、ぼんやりと海を眺め出した。カモメが飛び交う海は、太陽の光をキラキラと反射して、穏やかに波打つ。

「でも、絶対にまた会うことになる」
 篤那が呟いた言葉を否定しようと開きかけた口を、俐都は静かに閉じる。

 また近いうちに会うことになるだろうと、俐都も何処かで感じていた。

 篤那は目を見開くと、弾かれたように振り向いて、俐都を見る。

「俐都! 俺は気づいた。俺が背が高くて、俐都の身長が小さいから、落としたアイスが頭の上に落ちるんだ。俐都の身長が高ければ、頭の上には落ちなかった! つまり、俺に非はないから、アイスをコーンで食べても良いだろう?」

「喧嘩売ってんのか?」

「喧嘩など売っていない。真理を言ったまでだ。それに、俺は何かを売る生産者ではなく、アイスを買いに行く消費者でありたい」

 キリッと大真面目の顔で意味不明な事を言う篤那は、ふわりと笑って俐都の頭を撫で始めた。

「俐都。一緒にアイスをたくさん食べよう。アイスにはカルシウムもあるから、低身長の俐都にぴったりのおやつだ。諦めなければ、その小さな背が伸びるかもしれない」

「しばき倒すぞ! ボケ篤那!!」

 俐都の怒りを、篤那は飄々ひょうひょうと受け流す。迷走するやりとりが続いた後、疲労を感じた俐都が先に折れて、喧嘩は終了した。

「……もういい。疲れた」
 俐都はガクリと項垂れる。篤那は首を傾げ、よく理解しないまま「お疲れ様」と言って、再び海を眺めだした。俐都は溜め息を吐き出し、篤那の隣に腰を下ろす。

(俺は、これからも篤那に振り回されて生きるんだろうな……)

 数年前に壮太郎から示された、篤那の側で生きる道。

 大変だと分かっていて、自分で覚悟して選んだ道だから、後悔はない。
 これからの未来にある苦労に対して苦い思いはあるものの、不満はなかった。

 これからも篤那の側で力を振るい、篤那の行きたい道を切り拓いていく。
 俐都の中にある、揺らがない絶対的な予感だ。


 その後。
 二人でアイスを買いに行って、カップに入った三段重ねのアイスが顔面に豪速球で飛んできてブチギレることになったのは、流石に俐都も予想していなかった。

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