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第六章 恋する呪いの話

第33話 私の愛する、綺麗な神様

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 碧真あおしの上着の裾から手を離した日和ひよりの指先が、力無く下がっていく。

(……まただ。また、手を伸ばしても掴めないんだ)

 自分では何も掴むことが出来ないのだと、再び思い知らされる。
 打ちのめされて泣き出しそうになった日和の手を、碧真が掴む。驚いた日和が顔を上げると、碧真が背中を向けた。

「家まで送っていく」
 碧真はそう言うと、日和の手を引いて歩き出す。

「碧真君。待ってよ。話をしよう」
「……話すことはないし、あんたに怒っているわけでもない」

「絶対に怒ってたじゃん! 私のこと、嫌いって言ったよね!?」
「あれは……。ただ、いらついただけだ」
「その苛ついた理由を話そうって言ってるの! 碧真君を嫌な気分にさせたんでしょ!?」
「……別に、理由なんてない。なんとなく……八つ当たりだ」

「へ?」
 予想外の返答に、日和はポカンとする。言葉を飲み込めた後、日和は眉を吊り上げた。

「ちょっと!? 私、めちゃくちゃ落ち込んでたの馬鹿みたいじゃない!? 嫌いって言われたの、悲しかったんだけど!? 何それ!? 本当に何それぇ!!」

「あんたが馬鹿なのは、元からだから安心しろ」
「何を安心しろと!? てか、何で私はこんな時でもけなされているの!? おかしくない!?」

 モヤモヤしていた時間が、まるで無駄だった。腕を引かれるまま歩いていた日和は、反抗するように足を止める。振り返った碧真を、日和は思い切り睨みつけた。

「今度から、勝手に拗ねるの無しだかんね! ちゃんと言葉で伝え合おう。約束!」

 日和が真剣な表情で言うと、碧真は嫌そうな顔をした。

「……面倒くさい」
「碧真君!」
「わかったから、もう帰るぞ」

 碧真が根負けしたように頷き、日和の手を引いて歩き出す。無理強いではあったが、碧真が頷いてくれたことに、日和は安堵の息を吐いた。

 二人は車に乗り込む。
 シートベルトを着けながら、碧真は口を開く。

「日和。次の休みは何時いつだ?」
「休み?」
 碧真の問いに、日和はキョトンとする。碧真は呆れた顔をした。

「あんたが言ったんだろうが。休みの日に、一緒に飯を食いに行くって」
「あ、そっか! 明日は休みだよ」

 呪いに関わる仕事を任された翌日は、基本的に休みを貰っている。碧真は自分の予定を頭の中で確認するように沈黙した後、口を開く。

「それなら、明日の夜に行くか?」 
「うん! 行こう!」
 日和はパアッと笑みを浮かべる。

「また、迎えに行く前に連絡する」
 碧真の言葉に、日和は頷く。

「明日が楽しみだな~」

 明日の約束が出来ることが嬉しくて、日和は笑う。幸せそうな日和の表情を見て、碧真は複雑そうな顔をしていた。


***


「じゃあ、また明日。おやすみなさい」
 日和が笑顔で手を振る。

 碧真は車で日和をマンションまで送り届けた。日和が無事にマンションの中に入ったのを確認した後、碧真は車を発進させた。

(疲れたな。仕事でも無いのに、意味不明なものに付き合わされる羽目になるとは……)

 今日の出来事を思い出し、碧真は疲れた溜め息を吐く。

(本当、二度と関わりたくないな。あの女と……天翔慈てんしょうじの奴達)
 人に散々迷惑をかけておいて、眠りこけている美梅みうめ。それに、天翔慈てんしょうじ篤那あつな天翔慈てんしょうじ俐都りとは、碧真を苛つかせる人間だ。

 ──”ちゃんと、碧真君の想いを言葉で伝えてよ”。

 日和の言葉を思い出し、碧真は苦い表情を浮かべる。

(そんなの、俺が知るわけがないだろう)

 日和が篤那と手を繋いでいるところや俐都に抱えられているところを見た時、胸に広がった不快な感情。理解し難い苛立ちを、ただ日和にぶつけただけ。

 その感情に意味なんてない。意味を持たせたくないと、心が拒否する。 
 日和を突き放した時に感じた不愉快な感情も全て、碧真にとっては要らないものだ。

 向けられた想いと手を、否定の言葉と共に振り払えば、二度と誰も手を伸ばそうとはしなかった。
 同情という名の優越感を向けてくる者や利用しようと企む者の手を、碧真はいつも振り払って生きてきた。その生き方が碧真を守った。その生き方しか、碧真は知らない。

 不快な感情の原因である日和。
 震える日和の指先を、碧真は振り払うことが出来なかった。
 繋ぎ止めるように、日和の手を掴んだ。碧真自身も無意識にした行動で、自分でも何故そうしたのかは理解出来ない。

(……振り払ったら振り払ったで、喚いて余計にうるさそうだから。ただ、それが面倒だっただけだ)

 言い訳を作り出して、碧真は自分の感情から目を背けた。



***


 神社へ戻った杜鵑草ほととぎすを待っていたのは、あの日を生き残った同胞達と、天大慈雨之尊てんだいじうのみことに仕える神使しんし達だった。

 魔物になる道を選び、人間を害した杜鵑草。戻ってくることを否定されるだろうという恐怖を、あっという間に払拭する程、皆は温かく迎えてくれた。中には、杜鵑草が戻ってきたことに涙する者すらいた。

 杜鵑草も涙を流す。数日間だけの短いようで、長く感じた暗闇が終わりを告げたのだと気づく。

『おかえり』

 杜鵑草を出迎える温かい言葉。 

 帰る場所がある。自分が帰りたい場所に戻れること。迎えてくれる存在がいるのは、どうしてこんなに幸せなのか。

『ただいま』
 幸せを噛み締め、杜鵑草は言葉を返した。

 杜鵑草は、自分にとって特別な神様を見上げる。

(この命ある限り、私は貴方の側に居たい。貴方に私の存在を刻みつけられなかったとしても、今のひと時の笑顔の為に、私は咲こう)

 天大慈雨之尊が、杜鵑草へ優しい慈愛の笑みを向ける。纏う空気は神々しくも、優しさに満ちていた。

(大好きです。私の愛する、綺麗な神様)

 心の中に広がる温かさを感じながら、杜鵑草も微笑みを返した。

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