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第六章 恋する呪いの話
第29話 白い玉と歪んだ縁
しおりを挟む「遅くなった」
暗闇の空間を切り裂いて現れたのは、篤那と狛犬だった。
篤那の纏う光が周囲の邪気を祓い、金色の光で空間内を照らしていく。
(温かい……。それに、息がしやすくなってる)
邪気が消えた事に安堵したのも束の間、魔物を見た日和はギョッとした。
黒い柱から砂粒のようなものが宙に流れ出し、徐々に柱の形が崩れていく。篤那の力によって、魔物の力が削ぎ落とされているのだろう。
「待って! 篤那さん!」
「おい! 動くな!」
篤那を止める為に走り出そうとした日和の体を、碧真が引き寄せて止めた。
「大丈夫」
篤那は穏やかな声で答えると、白の術式に侵食されている黒い柱を見つめる。
『あの方に言われて、私を祓いに来たのね』
魔物の声には、悲しみと安堵の色があった。篤那は静かに頷く。
『貴方達に酷いことをして、ごめんなさい。そして、ありがとう』
魔物から謝罪と感謝の言葉を受け取った後、篤那は黒い柱に向かって左手を翳す。篤那の手が光を纏い、温かな金色の光が黒い柱を包み込んだ。
黒い柱から光が伝っていくように、日和と碧真の足元にも金色の光が溢れる。柔かな金色の光に照らされる中、白の術式が生き物のように蠢き出した。
白の術式は、金色の光から逃げるように黒い柱から離れ、篤那達の頭上へと浮かび上がる。篤那は白の術式を睨みつけた。
「撃ち抜け、十蔵」
篤那の守り神の十蔵が、ライフルを構えた状態で姿を現し、白の術式を狙って発砲する。
金色の弾丸が白の術式に向かって宙を駆ける。
弾丸が当たる直前で、術式が一気に収縮して形を変えた。
術式から生まれたオパールのような白い玉を見て、日和と碧真は目を見開く。二人の頭の中に、同じ言葉が過ぎった。
『名奪リ遊戯』
鬼降魔喜市が作り出した異空間内で見つけた名前の玉と、目の前に浮かんでいる白い玉はよく似ていた。
宙に浮かぶ玉が白い閃光を放ち、日和は眩しさで目を閉じた。
光が収まったのを感じて日和が目を開けると、白い玉は消えていた。
玉が消えたのを見て、篤那は眉を寄せたが、すぐに魔物がいた場所へと視線を戻す。
黒い柱がなくなっていることに気づいて、日和はクシャリと顔を歪めた。
「魔物さん……」
地面が揺れる。
足元にいた二匹の狛犬達が、赤い鳥居の方へ向けて日和の両足を力を込めて押した。
金色の光に覆われた空間にヒビが入る。
割れた空間の隙間から見えたのは、得体の知れない赤黒い深淵。全てを呑み込むような深淵は、取り込まれたら二度と戻ることは出来ないだろうと本能的な恐怖を与える。
「行くぞ」
碧真は日和を引きずったまま足早に歩き出す。
壊れていく異界の中。篤那は柱があった場所でしゃがみ、何かを掬い取るかのように両手で持ち上げた。
「篤那さん!」
日和が名前を呼ぶと、顔を上げた篤那が穏やかな笑顔を浮かべる。
すぐ側で舌打ちが聞こえる。留まろうとする日和の体を、碧真が力強く引っ張って鳥居を潜った。
鳥居を潜り抜けると、湿った木々の香りを感じた。
「ここは……」
日和は目を凝らし、夜の色に包まれた周囲を見回す。
目の前に建っているのは、見覚えのある鳥居。日和が異界に足を踏み入れる前と同じ光景だった。
「戻ってこれたか」
碧真はホッと息を吐き出した後、日和の体を拘束していた腕の力を緩める。
「美梅さんは? 篤那さんと俐都君は?」
周囲に他に人の気配はない。
碧真は返事をせず、神社内には風で木の葉が擦れ合う音だけが響いていた。
「碧真君?」
暗くて、碧真の表情が見えない。碧真が何を思っているのかわからず、日和は不安な思いを抱いた。
木々が音を立てて騒めく。
夜の冷たい風が頬を撫でて髪を揺らす。視界の端に金色の光の粒を捉え、日和はハッとして拝殿へ目を向けた。
拝殿の裏から、金色の光が溢れていた。
「行こう! 碧真君!」
「は?」
日和は戸惑う碧真の手を掴んで、建物沿いに拝殿の裏側へ回る。
拝殿から伸びる石畳の先には、光り輝く本殿と三人の姿があった。
「やっと戻ってこれたか。おい、無事か? 篤那」
「大丈夫」
「俐都君! 美梅さん! 篤那さん!」
日和は碧真と手を繋いだまま、本殿の前に居た三人に駆け寄る。
「美梅さん……」
日和の呼び掛けにも反応せず、美梅は俐都に抱き抱えられたまま、手をダラリと下げていた。
「安心しろ。無事だからさ」
日和を安心させる為に、美梅の顔が見えるように俐都が抱え直す。美梅は眠ったままだが、怪我もなく、安らかな寝息を立てていた。日和はホッと息を吐き出す。
「その子の縁は歪んだまま。直しておかないと、目を覚さない可能性が高い」
「え!?」
篤那の言葉に、日和は驚いて目を見開く。
「危機的状況でも、加護が姿を現さなかったしな。魔物に縁を操作されたことで、魂の歪みが増して、壊れかけている。かけられている術にも配慮しながら縁を直さないと、精神崩壊を起こすぞ。篤那、直せるのか?」
俐都が険しい顔をして問うと、篤那は首を横に振った。
「縁を壊すことや一時的に繋げることは、さほど難しくない。けれど、歪められた縁を元に戻すことは難しい。俺には直せない」
「そんな……。じゃあ、美梅さんは?」
最悪なことが頭に浮かび、日和の声が震える。
「大丈夫。俺には無理だという話であって、不可能という訳ではない」
篤那は日和を安心させるように穏やかに微笑むと、周囲を見渡した。
「俐都。あの木だ」
篤那は本殿と拝殿を繋ぐ石畳の脇にある木を指さす。大きく立派な木を見た後、俐都は納得したように頷いた。
「おい、クソガキ。この子を持ってろ」
篤那は手に何かを持っている為、俐都は抱えている美梅を碧真に渡そうとする。碧真は不快そうに顔を歪めた。
「断る」
「はあ!? 何でだよ! 知り合いなんだろ!? 断るとか言うな!」
「拒否する」
「言葉を変えたらいいってわけじゃねえからな! お前まで、篤那みたいなことを言ってんじゃねえよ!!」
「抱えなくても、地面に転がしておけばいいだろう」
「いや、女の子を地面に転がすって……。お前、どんだけヤバイ奴なんだよ」
「あの、俐都君。私が美梅さんを支えるから」
日和が言うと、俐都は少し躊躇いつつも美梅を預けた。
美梅は細身なので重くはないが、日和は腕立て伏せを一回も出来ない程に腕力がない。
俐都のように、お姫様抱っこで持ち上げることが出来ず、腕がプルプルと震えた。美梅は着物姿なので、背負うことは出来ない。
日和は美梅を落とさないように、ゆっくりと慎重に石畳の上に座る。服越しに石畳の冷たさを感じるが、美梅を膝の上に乗せて楽に支えることが出来た。
結局、美梅の代わりに日和が地面に座る形になったことに、俐都は苦い顔をした。何も思っていなそうな碧真を見て、俐都は溜め息を吐く。
「……まあ、仕方ねえ。じゃあ、さっさと仕事を終わらせるか」
俐都は歩きながらグルリと右肩を回すと、篤那が指を差した木の手前で足を止める。地面をジッと見つめた後、俐都は眉を寄せた。
「本当、胸糞悪い術だな。術者の顔が見てみたいもんだぜ」
俐都は気合いを込めるように、右拳で左掌を一度叩いて音を鳴らした後、深く息を吐き出した。俐都の右拳に山吹色の光が集まる。
俐都は閉じていた目を一気に開くと、勢いよく拳を振り上げた。
「全部まとめてぶっ壊れろ!!」
俐都の拳が地面に向かって振り下ろされると、ガラスが割れるような甲高い音が上がる。
俐都の拳を起点にして、ガラスが割れるような音がドミノ倒しのように周囲から次々と上がる。離れていた日和の足元からも音がした。日和は目を見開く。
「穢れ!?」
地面から、黒い煤のような穢れが宙に向かって一気に噴き出した。
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