呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第六章 恋する呪いの話

第23話 逆転の神様

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 坊主めくり、最後の勝負である二十周目。

 篤那あつなが引いたのは、役無し札。続いて、碧真あおしも役無し札を引く。

(これで、篤那さんと碧真君は勝ち確定だ!)
 日和ひよりは二人の勝利を喜んだ後、残り少ない山札を見つめて渋い表情になる。

 残る三枚の内、一枚が坊主札だ。

(……引きそう。めちゃくちゃ引きそう。いや、仕事運は悪いし、転がり落ちることはよくあるけど、勝負運はそこまで悪くない筈)
 
 日和は山札へ手を伸ばす。頭の中で坊主の絵柄がチラついた。

「大丈夫だよ。日和ちゃん。俐都りと君がいるからね」
 穏やかに微笑む篤那に、日和は首を傾げた。

(え? どういう意味? ……あ、もしかして、俐都君が最後の坊主札を引くってこと? でも、俐都君が負けるのはダメだし……。あれ? そういえば、俐都君は負けたいんだっけ?)

 勝負に参加する際、俐都は自分の守り神との縁を賭け、負けたら縁が切れると喜んでいた。

(私としては、美梅さんを取り戻せないから、俐都君には負けて欲しくないけど……。再戦に持ち込めるなら、俐都君は負けた方が嬉しいのかな?)
 
「日和、早くしろ」
 日和が一人でグルグルと考えていると、札を引くように碧真に急かされる。
 札を引いて絵柄を確認する。役無し札だったことに、日和は安堵の息を漏らした。 

(よかった。とりあえず、これで私も負けじゃない)

 残るは、俐都と魔物の一騎打ち。
 俐都は、げんなりとした顔で札を引いた。

「ふふふふふふ。あはははははは!!」

 俐都が札を手にした瞬間、魔物が声を上げて笑った。急に笑い出した魔物を、四人はいぶかしむ。

「あらあら、ごめんなさいね。ふふふふふふ。ああ、可笑しい。本当、あんた達って、揃いも揃って救いようのない馬鹿だわ!」

「一体、何なの?」
 魔物が笑っている理由がわからず、日和は戸惑いの声を上げる。魔物は口角を大きく引き上げた。

「わからないなら、教えてあげるわ。私に残された札は、『元良親王もとよししんのう』の札!」 

 山札に残されているのは、魔物が引くことになっている最後の札。裏返しのままなので絵柄は見えないが、魔物には何の札か分かるのだろう。

「その札がどうしたんだよ? チビが坊主札を引いたとしても、お前の勝ちという訳じゃないだろう」

 碧真が呆れたように言うと、魔物はニヤッとする。

「だから、あんた達は馬鹿なのよ」
「はあ?」
 碧真は顔を顰める。魔物は着物の袖で口元を隠しながら、三日月の形に目を細めた。

「私がいつ、繧繝縁うんげいべりが描かれた役有り札が八枚だなんて言ったかしら?」

(え? ま、まさか……)
 日和は目を見開く。魔物は、繧繝縁の畳に乗った人物札が全部で何枚あるのかを答えていない。魔物の言いたいことを察して、篤那が口を開く。

鬼降魔きごうま君が序盤で『式子内親王しょくしないしんのう』の札を引いた時に役無し札だったから、親王しんのう札は違うと思っていたけれど……。『元良親王』の札も、役有り札だったということかな?」

「ええ、そうよ。最初から、坊主札や『蝉丸』以外の役有りの札は九枚だったの。あんたが得意気に八枚だと言っていたのには笑ったわ」

 魔物は篤那を嘲笑う。

「札を混ぜる時に順番を操るなんて、私には簡単なこと。札を引く順番も私に言われるまま、何も疑わないなんて馬鹿ね」

 魔物は再び声を上げて笑った。

「順位が同じだった場合? そんなことあるわけがないのよ。だって、勝つのは私だけだから! ああ、浮かれた馬鹿どもを蹴散らす瞬間って、最高に面白いわ!」

 碧真が勝敗の順位が同じだった場合について質問した時、魔物が再戦の話をしなかったのは、必要がないと分かっていたからなのだろう。

「この空間は、私が作り出した世界。私が神である世界で、人間のあんた達が勝てるとでも思ったの?」

「そんな……」
 日和は言葉を失って青ざめる。魔物は冷めた目で日和を睨みつけた。

「勝負は勝負よ。あんた達は、賭けに負けた。約束通り、この体は私が貰う。勿論、再戦なんてしないわよ? 欲しかったあの方との縁だって、もう手に入るのだから。あんた達に、もう用は無い」

 日和は俯いて、膝の上で震える手を握りしめる。
 日和と美梅みうめは数回会っただけで、”親しい”とは言えない間柄だろう。
 けれど、美梅は日和の命を守ってくれた人だ。それに、総一郎そういちろうに一途に思いを寄せる美梅を、日和は尊敬していた。

 真っ直ぐすぎるまでに誰かを愛せる少女。
 その恋を誰かに奪われて悲恋にするなんて、日和は絶対に許せない。

 美梅を取り戻す方法がないかと思考するが、もどかしい程に考えが浮かばなかった。 

「お前が言いたい事はわかったから、早く札を引けよ」
 今まで黙っていた俐都が口を開く。俐都の言葉に、魔物は不愉快そうに顔を顰めた。

「うるさいわね。今、とっても良い気分なのよ」
「時間が勿体無いだろ? 早く決着をつけて終わろうぜ」
 俐都が溜め息を吐く姿は、負けた勝負を早く終わらせたいように見えた。魔物は笑う。

「ええ、そうね。あんた達に構っている時間が勿体無いわ。早く、あの方に会いに行かないと」

 魔物が山札として残った最後の札を手に取る。

「これで、この体も、あの方も、私のもの」
 愛おしそうにてのひらの上の札を撫でる魔物。恋する瞳の奥には、ドロリとした欲望が滲んでいる。

 魔物は札を裏返して絵柄を見た後、息を呑んだ。

「……え? な、何? なんで?」
 急に狼狽うろたえ出した魔物を、日和と碧真は訝しむ。魔物の顔は、見る見る内に青ざめていった。魔物が手にしていた札を畳の上に落とす。

「え? 坊主札?」
 日和は驚いて目を見開く。魔物が手から落としたのは、坊主の絵柄が描かれた札だった。

「ど、どうして?」
 呆然とする魔物に、俐都が呆れたような目を向けた。

「お前も悪趣味だよな。流光りゅうこうと似たようなことを言ってさ」

 俐都は、最後に引いた札を全員に見えるように持つ。そこにあったのは、「繧繝縁の畳に乗った人物の絵と『元良親王』の名前だった。

「な、何で、あんたがその札を!?」
 魔物は震える指先で俐都を指差す。俐都は苦い表情を浮かべた。

「俺の守り神のせいだよ。恨むなら、こいつを恨め」
 俐都は自分の背後を親指で示す。日和は首を傾げた。

「日和ちゃんと鬼降魔君も会ってみるかい?」
 篤那の言葉の意味を尋ねる前に、日和と碧真の視界にキラキラとした金色の光が舞う。光が消えると、二人の目に見えていなかったものが映った。

 俐都の後ろで腕を組んで立っていたのは、光を纏った存在。
 長い銀色の髪と黒紅色の豪奢ごうしゃな着物。整いすぎる程に美しい顔立ち。神々しい姿は、一目で人間ではないと分かる。

「俐都君の守り神、利運天流光りうんてんりゅうこうのみこと。運をつかさどり、不利な状況から一変させる力を持つ、”逆転の神様”と呼ばれる存在だよ」

 おごそかな雰囲気を持った守り神の口角が吊り上がる。

『いやー、本っ当に! この瞬間は堪らねえよな!!』
 弾むような楽しげな声。利運天流光命は、美しい見た目に反して、豪快な笑みを浮かべた。

『土壇場で盤上をひっくり返す逆転劇! 絶対に勝てると思い込んでいる奴の鼻っ柱をへし折って、もぎ落としてやるこの瞬間が、俺は大好きだぜ!!』

「お前の仕業!? 一体、何をしたの!?」

『魔物の嬢ちゃんが、アイツとの縁を手に入れる為、確実に勝てるようにイカサマを使ってくるってのは、最初から分かることだしな。嬢ちゃんが札を混ぜている時に、細工をさせて貰った』
 
 利運天流光命が指を鳴らすと、俐都の持っていた札と魔物の落とした札の上に紫色の斑が散った黒い花びらが現れる。

『これが何か分かるよな? 嬢ちゃんが、ウチの俐都に使った”望むものを見せる幻術”。何かに使えるかと思って、取っておいたんだ。まあ、俺が少し手を加えているけどな。ちゃんと見れただろう? 嬢ちゃんが見たかった、他人を蹴落とす為の”逆転の切り札”が』

 四人が空間内でバラバラにされた時、スライムのような姿の魔物に見せられた幻覚。俐都と碧真の前に現れた魔物が落としていった花びらを、利運天流光命は面白半分で拾っていた。

 そして、魔物が札の順番を操作している時に、『元良親王』の札と坊主札が逆に見えるように幻術を使った。

『他人を蹴落とそうとするなら、最初から最後まで気を抜いちゃいけないぜ。俺みたいな奴が、面白おかしく引っ掻き回してくるからな』

「何で……私が……。ここは、私の為の……」
 負けた現実を受け入れらず、魔物が唇を戦慄わななかせる。利運天流光命はスッと目を細めた。

『この空間の神とさえずっていたが、俺は全世界にとっての神だ。紛い物が、勝てるとでも思ったか?』

 畳に手をついてこうべを垂れる魔物を見下ろして、利運天流光命は笑った。

『この勝負、俺達の勝ちだ』
 
 美梅の体が山吹色の光に包まれ、魔物の断末魔が空間に響き渡った。

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