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第六章 恋する呪いの話
第15話 乙女のときめき
しおりを挟む「よし、着いたぜ」
耳元で聞こえた俐都の声に、日和は閉じていた目を開く。
先程までの一面の暗闇とは違う白い砂が描く地平線が広がっていた。
日和が碧真の背中に投げつけた靴が、落とし穴の近くに落ちていた。無事に元の場所に戻る事が出来たようだ。
「篤那は……」
『ああ、ツンデレ様。お願いだから、キスして』
「あ゛? 俺がお前にそんなことをすると思うのか? 地面としてろよ。ほら、砂の味はどうだ?」
聞こえた不穏な二つの声に、俐都と日和が視線を向ければ、石像を踏みつける碧真の姿があった。
『あああ! 美味しいです。ツンデレ様』
「そうか、それならもっとしっかり味わえ」
嬉しそうな女性の声と、相手を見下したような碧真の声。女性の声は、石像から聞こえているようだ。碧真に踏みつけられて、石像の頭部が砂の中に埋もれて行った。
「り、俐都君。あ、あれ何!?」
「俺に聞くなよ。マジでなんだあれ? 魔物だよな?」
見たことのないディープな世界に、青ざめて震える日和と困惑する俐都。篤那が石像を侍らせながら、日和達に近づいてきた。
「二人共、無事に戻って来れたか。よかった」
「篤那。その魔物は何だ? 一体、何があったんだ?」
篤那は石像の魔物を見下ろして、小さく微笑む。
「石像石子ちゃんだ。さっき知り合った」
『石子でーす。篤那キュンといい感じです♡ よろしくね!』
「…………うん。何もわかんねえよ!!」
俐都が渾身のツッコミを入れる。石子は篤那に甘えるように抱きついた。
「ここから次の場所へ進むには、彼女達をときめかせて、胸キュンポイントを集めなければならない。俺は石子ちゃんの彼氏役として、胸キュンポイントを集めて合格できた。だけど、ツンデレ君が石美ちゃんに合格をもらうまで、あと四十胸キュンポイント足りてない。俐都達も、ここで二人の恋の行方を一緒に見守ろう」
「ときめき? 胸キュン? 恋?」
日和は眉を寄せて、碧真と石美を見る。石美が体を動かして、碧真の足を両腕で抱きしめた。
「誰が触っていいと言った? 気持ち悪いんだよ。一生地面に埋もれてろ」
『ああ、その冷たい視線と言葉が堪らない! 胸キュンポイント五ポイント!!』
「……え? あれでときめくの? あれ? 私がおかしいのかな?」
「安心しろ。俺もわかんねえから」
「彼はツンデレだからな。あれは、好きの裏返しだ。彼女もわかっている。愛は深い」
訳知り顔で頷く篤那。俐都と日和は、碧真と石美へ視線を戻す。
「つうか、面倒くさい。お前の相手も飽きた」
『ツンデレ様。待ってください! あと、あと少しだけ私に胸キュンを!!』
追い縋るように抱きつく石美を、碧真は容赦無く蹴り飛ばした後、何度も足で踏みつけた。
「オラ、さっさと次の場所を開けよ。お前如きが、俺の貴重な時間を奪うな。今すぐ息の根止めて詫びろ」
「ただのドメスティックなバイオレンス!!!!」
日和が渾身のツッコミを入れる。日和の大声に、碧真と石美が振り向く。俐都に抱えられた日和の姿を見て、碧真の目が不快そうに細められた。
『違うわ! 彼は私を愛しているの! これは、素直になれない彼の愛情表現よ! これを乗り越えて、私達は幸せになるのよ!』
悲劇のヒロインのように、碧真を庇おうとする石美。日和は眉を寄せる。
「暴力が愛情表現なわけないでしょ!? 愛情表現っていう綺麗な言葉で誤魔化して、自分の幸せから目を逸らしちゃ駄目なんだよ!!」
日和の言葉に、石像が目を見開く。
『嘘でしょ……この私が、女性にときめくなんて、む、胸キュンポイント二十ポイント!!』
「ツンデレ君より、一回で多く稼いだな。クリアまで、あと十五ポイントか」
篤那が感心したように頷く。俐都は呆れて溜め息を吐いた。
「話についていけねえ。とりあえず、危険はなさそうだな。日和、一旦下ろすぞ」
俐都の言葉に、日和は頷く。そのまま地面に下ろすのかと思いきや、俐都は日和を抱えたまま歩き出し、落ちていた靴の前でしゃがんだ。俐都は抱えていた日和の体をそっと動かして、自分の膝の上に座らせた。
「え? り、俐都君?」
「これで靴が履けるだろ?」
日和が靴を履きやすいように配慮したスマートな俐都の行動。日和は少し顔を赤くしながら靴を履く。俐都がしっかりと支えているお陰で、ふらつかずに靴を履くことが出来た。
(こんな事をさりげなくするなんて……。俐都君、モテるだろうな。私が胸キュンしてしまった……)
「ありがとう」
日和は照れ隠しに小声でお礼を言って、急いで立ち上がる。
『む』
石美の口が震えるのに共鳴して、地面が小刻みに振動する。俐都と碧真が警戒して身構える。全員の視線を集める中、石美が顔を上げて目と口を大きく開いた。
『胸キュンポイント五十ポイント~~~~!!!!』
「え?」
「は?」
高らかに叫んだ石美の言葉に、日和と碧真は戸惑いの声を上げる。俐都も首を傾げた。
『紳士的な彼の行動に、モテないイモい女性がときめく瞬間、プライスレス!! キュンです!! ときめきラブめきドッキュンキュン♡ ああ、マジ尊い~~っ!!!』
石美が興奮して、うつ伏せの状態で地面を叩いて転がる。
(モテないって……。いや、モテないけどね)
石像の魔物にまでモテない認定された事に若干傷つきながらも、条件をクリアした事に、日和は安堵する。
『ああ、いい一日だった~』
『お肌が潤うわ。これで一週間は萌えられる』
うっとりと満足顔で笑みを浮かべる石像の魔物達の背後の暗闇から、赤い鳥居が浮かび上がるように出現する。
『クリアしたご褒美よ。この鳥居を潜れば、姫様のいる場所へ進むことが出来る』
「この鳥居を潜れば、親玉がいるのか?」
俐都の言葉に、石像の魔物達は首を横に振った。
『姫様の部屋に繋がる道に出るだけ』
『姫様に辿り着くには、まだ少しだけ距離があるわ』
石像の魔物達の言葉に、日和は眉を下げる。美梅を取り戻すまで、まだ時間が掛かりそうだ。
篤那が碧真の手を握る。突然手を握られた碧真は、心底不快そうな表情で篤那を睨みつけた。
「何だよ。離せよ」
「先程のように、空間を捻じ曲げられて離されるのは困るからな。同じタイミングで鳥居を潜った方がいいだろう」
「だからって、手を繋がなくてもいいだろうが。気色悪い」
碧真が篤那の手を振り払う。篤那は気分を害した様子もなく頷いた。
「ああ、日和と手を繋ぎたいのか。それなら」
「は? マジで意味わかんねえ。反吐が出ることを言うな」
(いや、嫌ってる人に手を繋がれるのは確かに嫌だろうけど、反吐が出るとか酷くない? 今日の私の多方面からの貶し祭りは何なの?)
「そういえば、君は潔癖症だったな。仕方ない。取り敢えず、三人で手を繋いでおこう」
篤那が日和と俐都の手を握る。俐都も不本意なのか、苦い顔をした。
「懐かしいな。この感覚は……」
篤那が眉を寄せ、真剣な顔になる。一体どうしたのかと、手を繋いだ俐都と日和は怪訝な顔で篤那の言葉を待つ。
「幼稚園のお遊戯会だ!」
「……お前」
「ちょっとわかる」
真剣な顔でボケた発言をする篤那に、呆れる俐都と共感する日和。碧真は付き合いきれないと言わんばかりに、鳥居に向かって一人で進み始めた。
「待ってくれ。ツンデレ君は離れないように……」
「碧真君!」
篤那と日和が呼び止めるが、碧真は無視して一人で鳥居を潜った。
「あのクソガキ、感じ悪すぎだろう」
「ツンツンしたい時期なんだろう。デレ期が来るまで、そっとしておこう」
「碧真君にデレ期は来ないと思うけど……」
顔を顰める俐都を宥める篤那に、日和がツッコミを入れる。
(碧真君とは、もうこのまま離れていくのかな……)
突き放すように背を向けた碧真。日和は碧真に拒絶された事に思っているよりショックを受けている自分に気づく。
最初の頃は仕事で嫌々一緒に居たが、最近は遠慮せずに言い合える碧真との関係が嫌いではなかったのだと思う。
「行こう」
篤那に促され、日和は頷く。
モヤモヤした感情を抱いたまま、日和は次へ進む為に歩き出した。
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