呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第六章 恋する呪いの話

第12話 鯉の魔物達との戦い

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 暗闇を泳ぐように移動する巨大な鯉の魔物の群れが、俐都りとへ迫る。

 俐都はロングベストのポケットからてのひらサイズの缶ケースを取り出す。缶ケースから呪具の黒水晶の丸い粒石を取り出し、足元に六粒ほど落として広範囲に結界を重ねて張って強化した。

 先行していた鯉の魔物の内の二、三体が結界に衝突した。脳震盪を起こした鯉の魔物は、後続の数体を巻き込んで、暗闇へと沈んでいく。

 結界をかわした二体が、俐都の前に躍り出た。

「オラああ!!」
 眼前に来た一体に向かって、俐都は拳を突き出す。攻撃を受けた鯉の魔物の体が折れ曲がって吹き飛ぶ。続いて襲い掛かってきたもう一体が、俐都を飲み込もうと口を開けて迫ってきた。俐都は横に跳んで躱し、目の前に来た鯉の魔物の尾鰭おひれを掴んだ。

 俐都の両手が塞がっている状況を好機と思ったのか、残りの鯉の魔物達が一斉に襲い掛かってきた。俐都は鯉の魔物の尾鰭を掴む両手に力を込める。

「まとめて吹き飛びやがれ!!」

 俐都は体を捻って回転し、尾鰭を掴んでいた鯉の魔物の体を使って、襲い掛かってきた残りの数体を薙ぎ払う。
 鯉の魔物達の体が、くの字に曲がって連なり、暗闇の中に沈んでいく。俐都は掴んでいた鯉の魔物の尾鰭を離して放り投げた。

 戦闘が終わったと思って、俐都は上空へ視線を向けようとした。攻撃の気配を察知して、俐都は反射的に体を捻って避ける。放り投げた最後の一体の鯉の魔物が、最期の抵抗と言わんばかりに、首を伸ばして俐都に喰らいつこうとしていた。

 攻撃を躱すことには成功したが、ひるがえったロングベストのポケットが、鯉の魔物の歯をかすめる。裂けたポケットから、缶ケースが空中へと飛び出した。

「っ! しまった!」
 俐都は咄嗟に手を伸ばして掴もうとするが、缶ケースは鯉の魔物の体に当たって弾き飛ばされてしまう。

 俐都は鯉の魔物の背中を拳で殴りつける。強烈な攻撃を受けた鯉の体が弾け飛び、バラバラになって暗闇の底へ落ちていった。

 缶ケースを回収しに行こうとした俐都は、上から落ちてくる音に気付いて足を止める。
 両手を伸ばせば、上から落ちてきた日和ひよりが再び俐都の両腕の中に収まった。

「いやあああ!! トラウマ製造機ぃ!!」
「誰がトラウマ製造機だ!! いや、俺が悪いけど!! まあ、いい。しっかり掴まってろよ」
 俐都は涙目で叫ぶ日和を抱えたまま跳躍する。二人の体は落下して行った。

「ななな何で下あ!?」
 日和は悲鳴を上げて、俐都の首に両腕を回してしがみつく。

「脱出する為の呪具を落とした。回収しに行く」

 俐都が持ってきていた結界の呪具は、缶ケースに入れていた黒水晶のみ。呪具を使用せずに結界を生成するとなると、時間が掛かる上に力の消耗も激しい。それに、呪具が敵の手に渡り、万が一にも相手が使用出来たのなら厄介なことになる。

(それに、あのケースは壮太郎そうたろうさんがくれた物だ! 絶対に回収する!!)

 昔、壮太郎が海外に行った際の土産としてくれた凝ったデザインの缶ケース。ミントタブレットの菓子が入っていた缶ケースなだけで特殊な物ではないが、俐都にとっては、憧れている人がくれた特別な物だった。
 
 暗闇の中で銀色に輝く缶ケースを見つけ、俐都は笑みを浮かべる。
 手を伸ばして掴もうとした瞬間、俐都の視界に赤い色が映った。

「まだいたのかよ!」
 俐都は日和を抱えたまま体を捻って攻撃を躱し、鯉の魔物の上唇を右足で踏みつけて力を込める。ブーツが山吹色の光を帯びると、鯉の頭が歪んで砕けた。

 重力と脚力が合わさった俐都の右足が、鯉の魔物の背中をナイフのように裂いていく。

(よし、今度こそ……)
 半背開き状態になった鯉の魔物の体を踏みつけて跳躍した俐都は、缶ケースへ手を伸ばす。俐都の指先が缶ケースに触れた瞬間、視界がグニャリと歪んだ。

 突如、俐都の眼前に、餌を求める池の鯉のようにパクパクと口を開く複数の鯉の魔物達が現れた。
 どうやら、異界の主が空間を操ったようだ。

「クソが!」
 俐都は空中で体を回転させ、右足で鯉の魔物を蹴りつける。潰れた鯉の魔物の頭を足場にして、俐都は周囲に向かって攻撃を繰り出す。倒している間も次々と新たな鯉の魔物が集まってきて、俐都と日和を飲み込もうとした。

「だー! キリがねぇ! おい、クソ疫病神!! 何とかしろよ!!」
 俐都が必死で戦っているというのに、守り神の流光りゅうこうは呑気な顔で俐都を見下ろしていた。

『んー? なーに? 俐都ちゃんは、俺の力がないと勝てないんでちゅか?』
 楽しそうに煽ってくる流光に、俐都は額に青筋を立てる。

「この状況を考えろ! つうか、こんな最悪な状況を作り出してんのも、お前の仕業だろうが!! いつも余計な苦労ばかり背負わせやがって!!」

『まあ、俺はお前が気に入っているからなぁ。好きな子ほど、虐めたくなるってやつ? たくさん苦労して、たくさん足掻いてくれよ』

「この疫病神がぁ!!」

 群れの中から二体の鯉の魔物が飛び出し、俐都と日和を前後に挟むようにして襲い掛かる。

 俐都は足元の鯉の魔物を踏みつけた後、上に向かって跳躍して二体の同時攻撃を躱した。挟み撃ちが失敗した鯉の魔物の内の一体が、鯱鉾しゃちほこのように体を反って、日和の後頭部を尾鰭で攻撃しようとする。

 俐都が左腕で尾鰭の攻撃を弾き飛ばす。一体を消滅させる事は出来たが、攻撃がぶつかり合った反動で、俐都達は真っ逆さまに勢いよく落下して行った。

 上空に残っていた残りの一体が、体を回転させて再び俐都達に向かってくる。更に、下に待ち構えている鯉の魔物達が、こちらに飛び掛かろうとするのが視界の端に映った。

「クソ!」
 上も下も鯉の魔物に挟まれた状況。解決策がないかと必死に思考する俐都の耳元で、日和が「へ?」と間の抜けた声を上げた。

「もなか?」
「は?」
 日和が呟いた言葉に、俐都は怪訝な声を上げる。

(この状況で「腹が減った」と呑気なことを言う人間が、篤那あつな以外に存在するのか?)
 
「わ!」
 パリッという小さな音がして、日和が驚いた声を上げた瞬間、金色の閃光が溢れた。

 異変を感じた俐都が上に視線を向けると、上空にいた鯉の魔物の体が金色の光に包まれて消滅した。

(魔物が浄化された!? 一体、何が!?)
 俐都が驚いていると、足元からも金色の光が溢れる。眩い光と共に、鯉の魔物達が連鎖的に浄化されて消滅していくのが見えた。

 驚く俐都の目の前に、缶ケースが現れる。罠かと思う程の完璧なタイミングだが、俐都は迷わずに掴んだ。指先で缶ケースの蓋を開け、粒石を弾き飛ばす。俐都は発動させた結界の上に無事に降り立ち、安堵の息を吐き出した。

「おい、無事か?」
 抱えていた日和に声を掛ける。日和は頷いて、首に回していた手を俐都の前に差し出した。

 日和の右手にあったのは、割れたもなかだった。

「………なんだこれ?」
「私もよくわからないんですけど、落ちている時に急に目の前に現れて……。掴んだら、もなかが割れて、中から金色のビー玉みたいなものが出てきたんです」

 もなかを受け取って中を覗くと、餡の代わりに金色の光を秘めた丸い玉が一粒あった。

(神力を込めた玉。これを飲み込んだ魔物達を、内側から祓ったのか……)
 俐都は背後にいる守り神を睨む。

(流光。お前がやったのか? こんなものがあるなら、最初からやっとけよ!!)
 怒る俐都に、流光は溜め息を吐いて首を横に振る。

『俺じゃねぇよ』
(あ? じゃあ、狛犬達か?)

 俐都は、日和を守る狛犬達を見る。もなかと神力を込めた玉を仲良く分け合って食べていた狛犬達は、キョトンとした顔で俐都を見上げた。どうやら、狛犬達でもないらしい。

『この神社の神だよ。全く、これからが良いところだっていうのに邪魔しやがって。これだから優等生ちゃんは面白くねえ』

(は? どうやって、異界にいる俺達に関与したんだよ? 俺やこの子は、この神社の神と縁があるわけじゃねえだろうが)

 魔物が作り出した、魔物の為の世界。神とはいえ、同じ異界にいる場合や縁がある場合を除き、俐都達を手助けする事は出来ない筈だ。

 流光は面白くなさそうに顔を歪める。

『縁があるんだよ。その子の魂と、ここの神社の神は』

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