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第六章 恋する呪いの話
第4話 不思議な力を持つ青年達
しおりを挟む日和が碧真に助けを求めて叫んだ時、右側から黒の疾風が駆け抜けた。
「まーったく、次から次へと問題に引きずり込みやがって。俺の苦労も考えろよな」
呆れるような声と共に、温かな山吹色の光が弾ける。
光の衝撃に、暗闇は大きく仰け反って後退する。暗闇は苦しそうに身を捩った後、怒りを表すように激しい音を立てながら地面の上を跳ねた。
「あ゛? しぶといな」
暗闇の前に佇む青年の背中を、日和は呆然と見つめる。
(誰? 一体、何が……)
暗闇が青年を飲み込もうと襲いかかる。青年は即座に反応して右足を一歩後ろに引くと、拳を構えて暗闇を見据えた。
「大人しく祓われやがれ!!」
青年の右拳が山吹色の光を纏う。襲いかかってくる暗闇を、青年は右ストレートで殴り飛ばした。
拝殿の屋根の上まで吹き飛んでいった暗闇は、水風船が割れるように空中で破裂する。暗闇の体は水滴のような細かい断片となって、周囲に飛び散った。
日和は目を見開く。
まだ力が残っていたのか、飛び散った断片が鋭い棘に形を変えた。無数の棘が、日和と青年に狙いを定めて飛んで来る。
「おい!」
暗闇を殴りつけた青年が、誰かを呼ぶように鋭い声を上げる。
「わかっている」
日和の背後から、男性の落ち着いた声が聞こえた。突然後ろから抱きしめられて、日和は驚いて体を強張らせる。
「大丈夫」
優しい声で囁かれると共に、日和の視界に金色の光が映る。
(結界? それに、この色は……)
少し離れた位置にいる青年と日和を包むように張られた大きな箱型の金色の結界。結界の表面に触れた瞬間、暗闇の断片は蒸発するように消えていった。
自分を守る眩い金色の光を前にして、日和の心臓が大きな音を立てた。
胸を締めつける懐かしさと、絶対的な安心感を抱く色。
(まさか、晴信さん?)
日和が恐る恐る振り返ると、そこには一人の青年がいた。
端正な顔立ち。澄んだ瞳が印象的で、左目の目元にある三つの黒子が独特の色気を醸し出している。前髪は少し長く目にかかるくらいで、柔らかそうな猫っ毛の黒髪ショートヘア。髪色とは対比的に、透明感のある白い肌。耳には黒のイヤーカフ。薄手の黒のロングコートと白のセーター、青のジーンズ姿で清潔感のある見た目だった。
どこか浮世離れした美しい青年は、穏やかな笑みを浮かべて日和を見下ろしていた。
(違う。晴信さんじゃない。晴信さんは、生まれ変わっていないと言っていた。でも、どうしてだろう? どこか似てる……)
天翔慈晴信とは違う存在だと感じるが、全く関係ないとは言い切れない程に、青年の目や力の色は似ていた。
「あなたは、一体……」
「日和!!」
名前を呼ばれ、日和はハッと振り向く。日和の声が聞こえたのか、碧真が助けに来てくれたようだ。
鳥居の下に現れた碧真は、驚いたように目を見開く。
「何だ? あんた達」
碧真は日和を抱きしめている青年を睨みつける。碧真から見たら、日和が見知らぬ男性に捕まっているように見えるだろう。
「君こそ誰だ?」
日和を抱きしめている青年は、碧真に問いかけた後、足元に視線を向けて何やら納得したように頷いた。
「鬼降魔碧真。鬼降魔の人間か」
「!? どうして?」
日和は驚いて、思わず声を上げる。
”鬼降魔の人間”という言い方から考えて、青年は鬼降魔家を知っているのだろう。しかし、青年と碧真は互いに顔見知りでもない様子だ。名乗ってもいないのに、名前を当てるなど出来る訳が無い。
「君を守る狛犬達が教えてくれた。君の名前は”赤間日和”か」
(私を守る狛犬達って……もしかして、私の加護が見えるの!?)
呆然としていた日和は、碧真に腕を掴まれて引っ張られる。碧真は日和を自分の背後に庇った後、袖に隠し持っている銀柱を取り出そうとした。
「おいおい、鬼降魔。俺達はその子を助けたのに、敵意を向けるのかよ? ……まあ、喧嘩したいのなら、俺は構わねえよ。捻り潰してやるからさ」
暗闇を殴り倒した青年が近づいてきた。
中性的で可愛らしい顔立ち。アッシュブラウン色の全体的に長めのショートヘア。白のTシャツにボタンのない黒のロングベストと細めの黒のジーンズ。両手には銀色の金具がついた黒い指なし手袋、足元は黒の編み上げブーツ姿。
顔立ちとは対照的に、服装や振る舞いは男らしく、浮かべた笑みは好戦的な鋭さを感じさせた。
絡んできた青年に、碧真は眉を寄せる。
「なんだ? このチビ。ガキはすっこんでろ」
「はああぁ!?」
口が悪い碧真の言葉に、青年は声を荒げた。
暗闇を殴り飛ばした青年の背丈は、身長が百六十四センチの日和と同じくらいの高さだ。もう一人の青年の身長が高い為か、並ぶとやけに小さく感じた。
「俺はチビでもガキでもねぇ! お前、歳いくつだよ!?」
「二十七」
碧真が自分の年齢を答えると、青年は勝ち誇ったように笑う。
「ほら見ろ! 俺の方が年上じゃねえか! 引っ込むのはテメエの方だクソガキ!!」
「は?」
予想外の年齢に、碧真が若干驚いた顔をする。日和も「え?」と表情に出してしまった。碧真と日和の反応を見て、青年は眉を吊り上げる。
「文句あるか!? 平成元年生まれの三十一歳だ! 盛ってねえからな!!」
(ま、まさかの同い年……。でも、本当に年下に見えるなぁ。顔が童顔なのか、それとも……)
「身長のせいで、だいぶ幼く見えるな。高校生でも通じるぞ。良かったな」
碧真は日和が内心思っていた事に毒を付け足して言う。怒りを感じたのか、青年は額に青筋を立てた。
「良くねえよ!! はっ倒すぞ!! 未だに年齢確認されるわ!! 鬱陶しい!!」
「俐都」
名前を呼ばれた背の低い青年は舌打ちして、苛ついたように前髪を掻き上げる。
「そもそも、篤那が最初に、礼儀のなっていないクソガキに一言ガツンと言ってやれば良かったんだよ」
「彼女のことを心配しただけだろう。見知らぬ人間がいれば警戒する。咎める必要はない」
「……はあ。まあ、篤那がいいならいいけどな。生意気なガキを調子づかせるのは、俺はムカつくが」
俐都は碧真を睨んで顔を顰める。碧真は、俐都をバカにするように鼻で笑った。
「お前、本当に生意気すぎねえ? 見下すような真似はやめろ」
「ああ、悪い。俺の目線が高いせいで、見下しているように感じたんだな。ちなみに、俺の身長は百七十八だが、あんたはいくつだ? 年齢は盛っていなくても、身長は盛っているように見えるが?」
日和は首を傾げながら、碧真の視線の先にある俐都の足元を見る。編み上げブーツの底が随分と分厚いのを見て、日和は色々と察した。
「ふざけ」
打撃音がして、俐都の声が途切れる。俐都の顔面には、篤那の裏拳がめり込んでいた。予想出来ないほど静かに行われた暴力に、日和と碧真は絶句する。
「俐都。喧嘩は駄目だ」
篤那は悲しそうに眉を下げて困った顔をしながら言う。言葉とは違って拳で制止した篤那を、俐都は恨みがましい目で睨みつけた。
「おい! 篤那。テメェ、暴力はいいのかよ!?」
「それより」
「おい、篤那ぁ!!」
俐都の訴えを無視して、篤那は日和達を見る。
「どうして、君達はここに? 鬼降魔の仕事ではないだろう?」
話を振られた日和は、戸惑いながらも口を開く。
「私達は、美梅さん……知り合いの女の子が、ここに来たいって言って、一緒に神社に参拝に来たんです」
日和の言葉を聞いた後、他の三人は眉を寄せた。
「そういえば、あの煩い女はどうした?」
碧真の言葉に、日和はハッとして周りを見る。
神社の中、美梅が忽然と姿を消した。
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