呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第1話 運命の相手

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 一目見た時から、私の心は貴方に囚われました。
 心は歓喜に震え、この目に映るのは貴方でいっぱいになって……。

 私は、貴方に恋をしました。
 
 けれど、貴方と私は違う存在。
 決して釣り合うものではない。
 報われない恋。それを悟り、諦める。

 そんな道を選べるほど、私は綺麗な存在じゃない。
 
 貴方に会えるのなら、貴方が私を見てくれるのなら、貴方の隣に立つことが出来るのなら。貴方と共に在れるなら。
 私は、どこまでも暗く堕ちていきましょう。

 願わくば、貴方の目に、心に、魂に、私の存在を刻みつけられますように。

 私の愛する、綺麗な××。


***


 十月二十四日、土曜日の午後。

 前回の仕事からひと月も経っていないというのに、新たな呪いの仕事を任されて、日和ひよりは憂鬱な気分で碧真あおしと共に現場に赴いた。

「おい、帰るぞ」
 碧真に言われ、日和は車の助手席に乗り込む。運転席に座った碧真が車を発進させた。

「え? 本当に、これで終わり?」
 二件あった一般人相手の解呪の仕事は、一件あたり十五分程で、あっさりと終了した。どちらかといえば、移動時間の方が長いくらいだ。

「あとは、総一郎に報告するだけだな」
 碧真の言葉に、日和は笑みを浮かべる。

(やった! ようやく、私の愛する平和が戻って来たんじゃない? おかえり、平和。もう何処にも行かないで、ずっと一緒にいてね、平和!)

 鬼降魔きごうまに関わったことで、失ってしまった日和の平凡平和な人生。
 仕事を辞めたいと思っているが、壮太郎そうたろうとの約束で、あと四ヶ月は鬼降魔で働かなければならない。

(残りの日々も、今日の仕事みたいな感じで平和に終わるといいな)
 
 赤信号で車が止まる。車の窓の外の景色を眺めていた日和は、「あ」と声を上げた。碧真が訝しげな顔をする。

「どうした?」
「あのお店、料理が凄く美味しいって職場の人が言ってたんだ」

 日和は、道路沿いにある小綺麗な和風の外観の店を指差す。
 日和のもう一つの職場の『自然庵 桃次ももじ』で一緒に働く真矢まやがオススメしていた店だった。

「美味しいお寿司を安く提供するお店らしくて、中でも甘いタレで煮付けた穴子が絶品らしいよ! 雰囲気も良くて評判みたい。いつか行きたいって思ってるんだ」

 そう思っているが、公共交通機関では行きづらい場所にあることや、外食を滅多にしない日和は実行に移せていない。”いつか”と言っておきながら、結局は行かないことになりそうだ。

「後で一緒に行くか?」
「え?」

 驚いた日和が振り返ると、信号が青に変わったのか車が発進する。碧真の視線は、目の前の景色へ注がれていた。

(空耳……だね。一緒にご飯に行こうとか、碧真君が言うわけないよ)

 日和が幻聴で片付けようとすると、碧真が唇を開いた。

「総一郎に報告を済ませた後は予定が無いだろう? 行きたいなら、連れて行ってやってもいい」

「うぇ? えぇ?」
 碧真の言葉に、日和は大いに戸惑う。訝しげにジロジロと見る日和を、碧真は不機嫌そうに横目で睨みつけた。

「何だよ」
「いや、その……」

(この人、本当に碧真君なのか? まさか、今日の出来事全て、平和に恋焦がれた私が作り出した幻想? 命の危険がない仕事や普通にコミュニケーションを取れる碧真君を、私の頭が作り出したの??)

 日和が顔を引き攣らせていると、碧真は不機嫌そうに舌打ちをした。

「俺と行きたくないなら、そう言えばいいだろうが」
「え!? 違うよ! 行きたくないとかじゃなくて、まさか碧真君がそんなことを言うとは思わなくて驚いたんだよ!」

「……別に、単なる気まぐれだ。行かないなら」
「行く! 行きます! 一緒に穴子食べよう!!」

 碧真の言葉を遮り、日和は力強く頷いた。

(行きたかった場所に行けるなんて! しかも給料日後だから、お金下ろしたばっかりで手持ちも余裕あるし! 私、今日めちゃくちゃ運がいいかもしれない!)

「ありがとう。碧真君」
 日和は笑顔で御礼を言う。

 碧真の表情の変化に気づかずに、日和は美味しい穴子を想像して幸せな気持ちになっていた。


***


 鬼降魔本家の屋敷を訪れて、総一郎に報告を済ませた日和と碧真は、部屋を出て廊下を歩く。

 現在の時刻は午後三時半。
 屋敷から店までは車で約二十分の距離。夕飯時には、まだ早い時間だ。

(一旦帰って、後で待ち合わせとか? でも、それだと迎えに来てもらうことになって面倒かな? どうしよう?)

「碧真く」
「日和さん!」
 隣を歩く碧真に話しかけようとした時、後ろから日和の名前を呼ぶ声が掛かる。

 日和が振り返った廊下の先には、鮮やかな深紅の着物を身に纏った気の強そうな和風美少女がいた。

美梅みうめさん」 

「ちょうど良かったわ! ねえ、これから一緒にお出掛けしない? 凄く良い場所があるの! その後、お夕飯も一緒にどうかしら?」

 こちらに近づいてきた美梅が、目を輝かせて日和の顔を覗き込む。

「ごめんなさい。この後、碧真君と一緒に、ご飯を食べに行く約束をしてるから」

 先約がある為に誘いを断ろうとすると、美梅は唖然とした表情になった。

「は? 日和さん、巳憑へびつきのことを名前で呼んでいるの? それに、”一緒にご飯”なんて……何でそんなに仲良くなっているの!?」

「え? あー、仕事の時に名前で呼ぶことになって……」
 そんなに驚かれることなのかと、日和は戸惑う。

 美梅は顔を引きらせた後、一気に眉を吊り上げて碧真を睨みつけた。

「巳憑き! 日和さんが無知で利用しやすそうだからって、馴れ馴れしく近づくんじゃないわよ!」
「何でお前が指図するんだよ。それに、日和みたいなバカに利用価値なんてない」

「ん? なんか私、さりげなく、かつ盛大に馬鹿にされてない??」
 日和は眉を寄せて首を傾げる。

 美梅が日和の腕を掴んで、碧真から引き離した。

「とにかく! 日和さんは私とお出掛けするんだから、巳憑きは消えなさい!」
「だから、何でお前に指図されなくちゃいけないんだよ。マジでウザイ」

 険悪な雰囲気で睨み合う二人に日和が困っていると、部屋の襖が開いて、総一郎が廊下へ出てきた。

「一体、どうしたのですか?」
「総一郎様!」

 美梅は総一郎の登場に嬉しそうな笑顔を浮かべた後、一変して責めるような視線を碧真へ向ける。

「巳憑きが一緒に食事に行くことを強要して、日和さんを困らせているのです! 日和さんは、私と一緒にお出掛けしたいのに! 総一郎様、なんとかしてください!」

 総一郎は、真偽を問うよう視線を日和に向ける。日和が首を横に振ると、総一郎は困ったような表情を浮かべた。

「美梅さん。日和さんの考えは違うようですが?」
「そんな! 巳憑きが騙しているに決まっているではないですか! 日和さんは、騙されていることにも気づけない可哀想な人なんです! 周りが気をつけてあげないと!」
「確かに、それは一理ありますが……。騙すなら、利用出来る人にするのではないでしょうか?」

「さっきから何なの? 実は回りくどい言い回しで、私をけなすゲームでもしてる?」
 先程からの散々な言われように、日和は顔をしかめる。

「それにしても、碧真君と日和さんが一緒に食事に行かれるとは、仲が良くて大変素敵ですね」
「何ですか? その顔、マジでキモ……大変気色が悪いですよ。それに、仲良くありませんから」
 碧真がドン引きすると、総一郎は楽しそうに笑った。

「美梅さん。私も、あと一時間程で仕事が終わります。出掛けるのなら、私がお連れしますよ」
「総一郎様。申し訳ありませんが、今から行く場所は日和さんと行きたいのです。ですが、お夕飯は是非ご一緒しましょう! 私と総一郎様と日和さんの三人で!!」

 折れる気がない美梅に、碧真は呆れ、総一郎は困った顔をする。

「……碧真君。申し訳ありませんが、今回は美梅さんに譲って頂けませんか?」

 総一郎の言葉に、碧真は更に不機嫌な顔になり、美梅は勝ち誇ったように笑う。

「それなら、美梅さんと出かけるのは夕食前まででいいかな? 碧真君との約束が先だし。私も碧真君と一緒にご飯に行きたいから」

 日和が平和な解決策を提案すると、美梅は唖然とした。

「日和さん、正気なの!? 折角、総一郎様が巳憑きから引き離そうとしてくださったのに!」

(ついに正気まで疑われ始めちゃったよ……)
 日和は苦笑する。

「私は自分の意思で、碧真君と一緒にご飯に行きたいと思っているから」

 脳内にタレ付きの穴子が浮かび、日和は幸せそうに笑う。日和の笑顔の理由を勘違いをした美梅はショックを受けて唇を震わせた。

「そんな!」
「それに、美梅さんも総一郎さんと二人きりでデートが出来るから、その方が良いんじゃないの?」

 美梅は総一郎に対して恋愛的な好意を向けている。日和がいるより、二人の方がいいのではないか。
 美梅は「総一郎様とデート……良い!」と小声で呟いた後、笑顔を浮かべて頷いた。

「今回はそれでいいわ。但し、巳憑きは今後一切、仕事以外で日和さんに近づかないでよね!」

「何でお前が決めんだよ」
 碧真は苛ついたのか舌打ちした。美梅は腕を胸の前で組んで、見下すような視線を碧真に向ける。

「まあ、巳憑きなんて相手にされないでしょうね。日和さんは、もうすぐ素敵な運命の相手に出会うのだから」

 未来が見える預言者のように言い切り、美梅はニヤリと笑った。

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