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第五章 呪いを封印する話
第35話 赤で彩られた道
しおりを挟む『晴信や。それを置いていけ』
晴信の守り神は、番傘を指差して言った。
「何故?」
自分が作り出した呪具の中でも、この番傘は気に入っている。理由もなく手放したくはない。
『それを必要とする者の為だ』
守り神の言葉に、晴信は少し唇を尖らせながらも、番傘を建物の壁に立て掛けて手を離した。
「ここに誰か来ることは、二度と無いと思うけど……」
鬼降魔の術者が作り出した異空間。
晴信は術を破る条件である術者の名前を全て集めた。天翔慈家の分家の二人も保護し、鬼降魔の術者は捕縛して気絶させた。後は、足元に寝転ぶ三人を連れて脱出したら全て解決する。
呪具は封印され、二度と使われることはないだろう。
『お前が、この選択を悔いることはない。この空間が再び開かれた時、その呪具は、お前の大切な者の手に渡る』
神の指先から生まれた赤い糸が、生き物のように動いて番傘に絡み付く。神は慈しむように、結んだ糸を見つめた。
『縁は結んだ。きっと、あの子の命を繋ぐだろう』
「誰のこと?」
『お前が求めているモノを与える子だ。近い未来に会える。これ以上は野暮なことだから言えぬ』
晴信の問いに、神は片目を閉じて悪戯っぽく答えた。
「僕が求めているモノ……」
(与えてくれる人がいるのだろうか。与えてくれるのだとしたら、僕はその人に何が出来るのだろうか)
『さあ、帰るぞ』
目の前に広がった暗闇が晴信を飲み込んでいく。
晴信は悲しい目をして、自分の心と同じような暗闇を見つめた。
***
『名奪リ遊戯』から戻ってきた翌日。
疲労から十二時間も爆睡していた日和は、朝の九時に目を覚ました。
筋肉痛に情けない悲鳴を上げながら身支度をして、ゆっくりする間も無く、迎えの車で本家に向かう。
車の窓から外の景色を眺めながら、日和は今朝見た夢を思い出した。
(何で、あんな夢を見たんだろう?)
夢に出てきた小さな男の子と、声だけで姿は見えない何かの会話。
声だけの存在は、小さな男の子を”晴信”と呼んでいた。日和の知り合いで晴信の名を持つのは一人だけだ。
日和の知る天翔慈晴信は違い、どこか空虚さを持った寂しそうな目の男の子。
(市佳ちゃんの話に、晴信さんは出てこなかったのに……。あの番傘が凄いお助けアイテムだったから、晴信さんに結びつけたんだろうな。我ながら、想像力が逞しいな)
鬼降魔の本家の屋敷に着いた日和は、女中に案内されて、総一郎が居る部屋を訪れた。
総一郎は穏やかな笑みで日和を出迎える。
先月の出来事の時とは違う穏やかな雰囲気に安堵して、日和は用意されていた座布団の上に座った。
総一郎に促され、日和は異空間で単独行動をした時の出来事を話す。総一郎は番傘の呪具の話に興味を示した。
「日和さんは、絶妙に運が良いのか悪いのかわからない人ですね。逞しいような、しぶといような」
「……褒め言葉か貶し言葉か微妙なラインを刻んできますよね。総一郎さんは」
日和がジト目で睨むが、総一郎は意に介さずに口を開く。
「危機的状況の中で、偶然にも天翔慈晴信様が作り出した呪具を手に入れたのは幸運でしたね」
「!? 今、なんて……」
総一郎から出た名前に、日和は驚愕して目を見開く。
「一八九五年に起きた『名奪リ遊戯』を解決したのは、晴信様です。晴信様は生前、番傘の呪具を愛用していたと聞きます。日和さんが手にした呪具は、晴信様が作り出したもので間違いないでしょう」
(あの夢、もしかして現実にあったことなの?)
あの夢が本当なら、偶然手にしたと思っていた呪具は、日和の前世である天翔慈綴と晴信の縁によっても齎された事になる。
日和は膝の上に置いた両手をギュッと握りしめる。
(前世の縁が絡んでくる……。何も起きず、平和に暮らせるといいんだけど……)
「日和さん。異空間で聞いた話は、他言無用でお願いしますね」
日和は頷いた後、子供達の事を思い出して口を開く。
「成美ちゃんと陽飛君も、市佳ちゃんの話を聞いているのですが……」
「異空間から戻ってきた際に、碧真君が『改竄』の術を二人に施して、鬼降魔市佳に関する記憶を改竄しています。あの二人から情報が漏れることはないでしょう」
総一郎は、日和に向けてニコリと笑う。
「日和さんも、口を閉ざす自信がなかったら言ってください。私、『改竄』の術は得意ですから」
(ふ、不穏!! この人、本当に怖い!!)
総一郎の言葉と笑顔に恐怖を感じて、日和は顔を強張らせる。
「今回は急なお仕事に対応して頂き、ありがとうございました。また、お願いしますね」
(二度と御免です……)
心底嫌そうな表情をする日和を見て、総一郎は楽しそうに笑った。
***
登校前。
通学路の途中の畦道で、成美は弟の徹平と一緒に陽飛を待っていた。
こちらに歩いてくる陽飛を見つけて、成美は駆け寄る。
「陽飛! なんてことしてくれたのよ!!」
怒りをぶつける成美の気迫に、陽飛と徹平は驚いて固まった。
「あんたが『呪罰行きの子』を庇ったせいで、私が嘘吐き扱いされたじゃない!! 何で私が怒られなくちゃいけないのよ!!」
昨日の夕方、『名取君』から戻ってきた後に家に帰ると、成美の両親と徹平、陽飛の両親が居た。
本家に迷惑をかけた事で両親に激怒された。両親のあまりの剣幕に怖くなった成美は、『呪罰行きの子』のことを話して怒りの矛先を変えようとした。
しかし、陽飛が「『呪罰行きの子』なんかじゃない。本家の凄い術者だ」と大人達に説明した。成美が嘘を吐いたと思われて、両親に更に怒られる羽目になった。
「兄ちゃんは、俺達を助けてくれた。危険な目に遭っても、見捨てなかった」
「はあ? 何言ってるの? 『呪罰行きの子』は悪い奴だって、皆が言っているのよ? 陽飛だって、『呪罰行き』になった人の話を聞いた時に、”俺が倒してやる”って言ってたじゃん」
数ヶ月前に、両親から『呪罰行き』になった女性の話を聞いた。皆が口を揃えて馬鹿にしていた。
陽飛は俯き、両手を握りしめる。
「確かに言った。……でも、言われたんだ。”周りの言葉で、自分の目を曇らせてしまわないで”って。俺は、兄ちゃんのこと、悪い奴だと思えない。だから」
「あー!! もう、本当にウザイ!! 使えないくせに、偉そうに!!」
成美が怒りで髪の毛を掻きむしりながら叫ぶと、陽飛は呆然とした表情を浮かべる。成美は今まで、陽飛に優しく接していた。周りに良い子アピールしていた方が得だと思っていたからだ。
ヒーロー願望がある陽飛は、『名取君』から逃げる時の囮に使えると思って誘ったが、何の役にも立たなかった。
「もう一生、口きいてやんない!」
成美は陽飛を突き飛ばし、学校とは違う方へ歩き出す。
「お姉ちゃん! 何処に行くの!?」
「うるさい! ほっといてよ!」
成美が怒鳴ると、徹平は泣きそうな顔をして立ち止まる。その態度にすら苛立ちを感じながら、成美は二人の前から去った。
(もう一回、『名取君』が出来ないかな? 今度こそ、願い事を叶えて……)
神社へ辿り着いた成美は目を見開く。
昨日まで緑色だった葉が色づいて、周囲を赤く染めていた。美しいが、怪しさを感じさせる光景に鳥肌が立つ。
祠まで歩いていくと、紅葉の木の根元に、知らない男性の後ろ姿が見えた。
(ランドセル?)
男性の背中には黒いランドセルがあった。ランドセルを背負った男性は、楽しそうに歌を口ずさみながら木の棒を使って地面に落書きをしている。
(絶対、不審者だ)
まだ遭遇した事はなかったが、世の中には危険な人がいるらしい。離れた方がいいと判断して、成美が踵を返した時、地面を棒で引っ掻く音が止まった。
「ねえ。君が、お兄ちゃんのお姉ちゃん?」
振り返った成美は、驚きで目を見開く。いつの間にか、男性は成美のすぐ後ろに立っていた。白くフワフワとした見た目の男性は、無邪気な笑みを浮かべている。
「道に迷って、迎えが遅くなっちゃってゴメンね。さあ、お兄ちゃんの所に一緒に行こう」
「え……? っは……」
苦しそうに胸を押さえる成美を見下ろし、男性は不思議そうに首を傾げた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
(そんなの、こっちが聞きたい……)
急に訪れた体調の変化に、成美は戸惑う。高熱が出た時のように、頭がクラクラして息が苦しい。
「んー? もしかして、僕のせいかな? この前ね、僕の体が少し壊れちゃって、治して貰う時に、邪気を増幅させるようになっちゃったんだ。お姉ちゃん、誰かを呪ったり、誰かに呪われたりした?」
男性の言葉に、成美はギクリとする。
成美は以前から呪いたい人間がいた。何度も呪いをかけてみたが、成美の力が弱いせいか効かなかった。そんな時に、『名取君』の怪談を聞いたのだ。
成美の願いは、弟の徹平が生まれなかったことにすること。
(徹平がいなければ、お父さんもお母さんも私だけを大切にしてくれるのに……)
徹平が妬ましかった。喧嘩しても『お姉ちゃんだから』と我慢させられた。成美は構って貰えないのに、徹平は可愛がられて優先される。両親の愛を奪った徹平が許せなかった。
苦しげに地面に膝をついた成美を見て、男性は再び首を傾げる。
「こんな邪気にも耐えられないなんて……君、本当にお姉ちゃん?」
心配する様子もない男性に、成美は怒りが込み上げる。
「あんた、なんなのよ! 大人のくせにランドセルなんてキモい! この不審者!!」
「……あーあ。本当に偽物だったのかぁ」
男性はつまらなそうに溜め息を吐く。成美は顔を上げて男性を睨みつけた。
「私は偽物じゃない! 意味わか……」
しゃがんだ男性が、成美の額に手を当てた。額に焼けるような痛みを感じて、成美は絶叫する。
「ふふふ。どう? 自分の放つ邪気に攻撃される気分は。僕のことを気持ち悪いって言うけれど、こんな邪気を持つ君の方が、よっぽど気持ち悪い人間じゃない?」
悲鳴を上げて地面にのたうち回る成美には、男性の言葉は聞こえなかった。
──”弟さんを呪うより、ご両親と話をした方がいい”。
成美から名前を奪った女の子の言葉が耳に蘇る。
あまりの痛みに、成美は気を失った。
***
鬼降魔雪光は、地面に倒れた成美を見下ろして眉を下げる。
「お兄ちゃん、悲しむだろうな。僕もお姉ちゃんに会えるのを楽しみにしていたのに。まあ、お兄ちゃんなら他の方法も思いつくだろうし、今日は帰ろうっと」
雪光は立ち上がると、成美をその場に放置したまま歩き出す。
(僕もお兄ちゃんも、早く家族みんなで仲良く一緒に暮らせる日が来るといいな)
血のような赤い紅葉で彩られた道を、雪光は鼻歌を歌いながら歩いていく。
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