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第五章 呪いを封印する話
第34話 月光が照らす道
しおりを挟む(本当、警戒心の無い馬鹿だよな)
碧真は車を停めた後、助手席で眠りこける日和を見て呆れた。肩を揺さぶって起こすと、日和は寝ぼけた顔で碧真を見る。
「ごめん。寝てた」
「見ればわかる。着いたぞ。さっさと降りろ」
窓の外を見た日和は、自分が住んでいるマンションの駐車場にいる事に気付いてキョトンとした。
「今日はここでいい。もう一つの仕事の方は、明日と明後日は休み。明日の朝十時にマンション前に迎えを寄越すから、本家に報告に来いと総一郎が言っていた」
総一郎から電話で言われていた事を伝えると、日和は頷いて車から降りる。
「送ってくれてありがとう。おやすみなさい」
日和は笑顔で手を振ると、マンションの中へ消えて行った。
碧真は黙って見送った後、車を発進させる。
鬼降魔の本家に辿り着き、碧真は総一郎がいる部屋を訪れた。
向かい合って座った後、総一郎はニコリと微笑む。
「ご苦労様です。碧真君。子供達の保護と異空間からの脱出。その上、禁呪の封印まで終わらせるとは流石ですね」
「……封印は偶然です」
碧真は『名奪リ遊戯』の呪具を総一郎に渡し、異空間に入ってからの事を報告する。
異空間内にいた『影』。名前を奪われることによる認識の障害。鬼降魔成美に成りすまし、碧真達を助けた鬼降魔市佳のこと。市佳の口から語られた、天翔慈の分家との確執。鬼降魔喜市の話。
碧真が一通り話したのを見計らって、総一郎が口を開く。
「碧真君。鬼降魔市佳の話は、子供達も知っているのですか?」
「一緒に聞いていましたが、異空間から戻った後に、二人が眠っている間に術をかけて記憶の改竄を行なっています。鬼降魔市佳が語った話の部分を切り取って、前後の記憶を繋ぎ合わせました。あの二人から、知られてはならない情報が漏れる事は無いでしょう」
碧真の言葉に、総一郎はホッと息を吐く。
「報告は以上です。あとは、日和に聞いてください。あいつは単独で行動していた時に、名前と呪具を拾っていたようですから」
「呪具?」
「鬼降魔のモノではない術式が描かれた呪具です。力の色は金。術式の一部に理解出来る箇所がありましたから、三家の術だと思われます」
総一郎は目を見開くと、腰を浮かせて前のめりになった。
「その呪具は、今何処に!?」
「異空間内に置いてきたんだと思います。こっちに戻って来た時には、もうありませんでしたから。一体、どうしたんです?」
総一郎の食いつきようを訝しみながら、碧真は尋ねる。総一郎は残念そうに眉を下げた後、居住まいを正した。
「『名奪リ遊戯』を作った鬼降魔喜市を捕縛した人物の名を聞いていませんか?」
碧真は首を横に振る。天翔慈家の当主の息子の一人という事しか聞いていないし、興味もなかった。
「天翔慈家の稀代の天才と謳われる、天翔慈晴信様です」
総一郎が調べた情報によれば、当時六歳だった晴信は、父と兄達と共に地方の分家へ足を運んでいた。
訪問した分家の下に属する一族の末端の家の人間が助けを求めてきて事件が発覚。
当主である父に命じられて、晴信は単身で異空間内に入った。四半刻も掛からぬ内に全ての名前を集め、異空間内にいた喜市を捕縛して、被害者達を救出したらしい。
「流石は偉人様。優秀すぎて気味が悪いですね」
碧真は皮肉を込めて言う。
碧真達が数時間かけて脱出したにもかかわらず、六歳の晴信は三十分程度で解決したのだ。皮肉の一つも言いたくなる。
「晴信様は天才ですからね。恐らく、日和さんが発見した呪具は、晴信様が作った物だと思われます。持ち帰っていたら、天翔慈家の方々も大層喜ばれたでしょう。……まあ、余計な火種になりかねないですが」
総一郎の言葉に、碧真は眉を寄せる。
(日和が呪具を置いてきたのは正解だったかもな。天翔慈家内で呪具の所有権争いが起こるだろうし、壮太郎さんも欲しがるだろうから、面倒事になっていたかもしれない)
「父の代では晴信様に関わることは起きていなかったのですが、ここ最近は二件も起きていますね。偶然か、何かの導きか……」
「意味のない偶然でしょう」
碧真はバッサリと切り捨てる。総一郎は苦笑した後、真剣な表情を浮かべた。
「ただ、今回の件は謎が多い」
「……伝わっていた怪談のことですか?」
碧真の言葉に、総一郎は頷く。
成美と陽飛が禁呪に巻き込まれた原因となった『名取君』という怪談。余計な部分もあるが、禁呪のことが的確に伝えられすぎている。
「鬼降魔が天翔慈を害した出来事は、私も知りませんでした。恐らく、父も知らなかったものと思われます。当時の当主も、この出来事を隠蔽している節がある。それに……」
総一郎は躊躇うように一度言葉を切った後、険しい表情で再び口を開く。
「天翔慈家の当主に確認したところ、呪具の管理は『名奪リ遊戯』に巻き込まれた分家の子孫の方々が行なっていたそうです。しかし、先月に交通事故に遭って、一家全員が亡くなった。封印が解ける原因となった土砂崩れが起きたのは事故の後だった為、天翔慈家には何も報告されていませんでした」
先祖から『名奪リ遊戯』の話を伝えられていた天翔慈家の分家の者達ならば、禁呪の話を怪談として作ることは出来る。
(だが、それを外部に、ましてや鬼降魔に伝わるようにはしない筈)
自分達の先祖の存在が脅かされた禁呪が描かれた呪具。管理も慎重になるだろうし、自分達に危害が及ばないように、禁呪に関わる情報は秘匿する筈。
それに、管理する家の人間が死亡した後、土砂崩れで呪具の封印が解けて事件が起こるというのは不自然だ。
碧真は眉を寄せる。
「ただの馬鹿な子供の遊びではなく、誰かに仕組まれたということですか?」
「わかりません。ただ、この件は、意味のない偶然と片付けることは出来ないと思います」
──”いつか、近い未来にでも”。
市佳の言葉は、近い内に日和と喜市が出会うことを示唆するものだった。
喜市が生まれたのは、百三十五年前。『呪罰行き』の人間であることや、人間の寿命という点から考えても、喜市が生きている可能性は無いだろう。
『前世』
ふと、碧真の頭の中に浮かんだ言葉。
前世の恨みを晴らす為に、村の守り神を邪神化させた木木塚と富持を思い出す。
もし、”鬼降魔喜市”の前世の記憶を持った人物が、現代に存在するとしたら……。
(まさか、な……)
頭に浮かんだ考えを否定して、碧真は溜め息を吐いた。
「丈が出張から帰ってきたら、現地の調査をしてもらいます。碧真君にも、禁呪に関わった子供達にも協力して貰う事になるでしょう」
総一郎の言葉に、碧真は苦い表情を浮かべた。
「俺は行かない方がいいかもしれません。被害者二人は、俺が『呪罰行きの子』だと知っています。非協力的になって、調査が滞りかねない」
「! 何故……」
「鬼降魔成美が、誰かから俺の特徴を聞いていたようです」
碧真が『呪罰行きの子』だと知っているのは、本家や碧真に近い家の者達。『呪罰行きの子』が存在することは知っていても、碧真の姿を知らない者が殆どだ。
分家の中でも末端の家の子供が知っているとは思わず、総一郎は驚いていた。
成美と陽飛の記憶を改竄する際に、碧真が『呪罰行きの子』だと知らないようにする事も可能だったが、やめておいた。
陽飛の場合は、改竄する時点や書き換える部分を特定出来るので簡単に出来る。しかし、成美の場合は、いつ『呪罰行きの子』の特徴を知ったのかわからないので書き換えが難しい。
成美が見た碧真の姿を改竄するのも手だが、それだと陽飛が持っている記憶と大きな違いが発生する。陽飛の記憶にある碧真の姿を変えたとしても、成美の親と弟に顔を見られているので、記憶を改竄する対象を悪戯に増やすだけになってしまう。
記憶を改竄された者達が自分の記憶に強い疑いを持てば、術に綻びが生まれて、元の記憶を連鎖的に思い出す可能性があった。知られても問題ない事で、市佳の話を思い出されては困る。
「……そうですか。ならば、この件は丈に任せた方がいいかもしれませんね。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
総一郎は気まずそうに視線を逸らして謝る。
「別に。いつものことですから」
敵意、憎悪、嫌悪、正義感、優越感、同情、憐れみ。
向けられる感情はどれも煩わしくて、蹴散らしてしまいたくなる。
「もう帰ってもいいですか? 俺も疲れているんで」
「はい。あとは、私の方で調査しておきます。ありがとうございました」
碧真は立ち上がり、襖を開けて廊下に出る。庭に面した廊下は、夜の闇を映したように真っ暗だった。
(総一郎も、俺のことなんか放っておけばいいのに……)
碧真が『呪罰行きの子』として受けた仕打ちを、総一郎は自分の力の無さが原因だと思っている。
総一郎が抱いている罪悪感と同情も、碧真にとっては振り払いたくなるものだった。
(……もう、何もかも面倒臭い)
重たい足枷が嵌められたような不自由さと虚無感に苛まれて、碧真は足を止める。心も体も鉛のように重くて動かない。
──”私が今、碧真君と一緒にいるのも、私が自分で決めたことだよ”。
日和の言葉と笑顔を思い出す。
碧真を嫌悪するわけでも、憐れむわけでもない、ただ当たり前のように言われた言葉。
廊下に月の光が差し込んで、導くように道を照らす。碧真は息を吐き出し、足を前に踏み出した。
ほんの僅かな月の光が照らす暗い道を、碧真は一歩ずつ歩いていく。
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