呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第五章 呪いを封印する話

第33話 理不尽な決めつけ

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日和ひより! おい、日和!」

 肩を揺さぶられて名前を呼ばれる。暗闇に沈んでいた意識が浮上し、日和は目を開けた。

碧真あおし君?」
 日和が目を覚ますと、碧真は僅かに安堵の表情を浮かべた。

 地面に仰向けに倒れていた日和は、体を起こしながら周囲を見る。緑色のイロハモミジの葉の隙間から、夕焼け色に染まり始めた空が見えた。

 土砂崩れで壊れたほこらと小さな赤い鳥居。
 異空間に入る前にいた場所。日和が生きる現実世界だった。

 背後から小さな呻き声が聞こえて振り返れば、陽飛はるひ成美なるみが地面に仰向けに倒れていた。

「陽飛君。成美ちゃん」
 日和は手を伸ばして二人の肩を揺さぶる。陽飛の瞼がピクリと動いて開かれた。

「お姉ちゃん?」
 陽飛はボンヤリとした目で日和を見た後、ハッとして、勢いよく体を起こす。陽飛は周囲を見回して、安堵の表情を浮かべた。

「戻って来れたんだ……」
 陽飛はポツリと呟いた後、顔を上げて碧真を見る。

「兄ちゃ」
「陽飛!!」
 鋭い声が陽飛の言葉を遮る。遅れて目を覚ました成美が立ち上がり、陽飛の腕を掴んだ。

「な、なる姉ちゃん?」
「あんたは知らないかもしれないけど、この人は『呪罰じゅばつ行きの子』よ!!」

 碧真と日和は目を見開く。碧真が『呪罰行きの子』だと、どうして成美が知っているのだろうか。戸惑う大人達を見て、成美は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「”黒いへび憑きは、『呪罰行きの子』だから気をつけて”って、あの人が教えてくれたの。まさか、会うことになるとは思わなかったけどね」

 成美は、碧真に対して嫌悪の眼差しを向けた。

「『呪罰行きの子』って本当に嫌な奴なのね! 皆の言う通りだった! 巳も気持ち悪いし! 最悪!! 私に酷い事をしたって、皆に言いつけてやるんだから!! あんたなんか地獄に堕ちろ!!」

 成美の苛烈な言葉に、陽飛は戸惑いの表情を浮かべた。

「でも、兄ちゃんは……」
「何!? 庇うの? もしかして、陽飛も穢れでおかしくなったの?」
「ち、違うよ。俺は」
 陽飛は慌てて首を横に振る。成美は陽飛の腕を乱暴に引っ張った。

「早く帰るよ! ここにいたら、『呪罰行きの子』の穢れが感染うつる!!」
 成美は碧真をキッと睨むと、陽飛の腕を引っ張ったまま、大股でドスドスと地面を強く踏みつけながら去って行った。

(碧真君は、二人を助ける為に危険な目に遭ったのに……)

 碧真が『呪罰行きの子』だと聞いて、盲目的な思い込みで”悪”と決めつけて罵倒した成美。成美と陽飛を助ける為に、碧真が行動した事を知ろうとすらしない。

 碧真は去っていった二人の背中から視線をらすと、壊れた祠の前に移動して何かを拾い上げる。日和は隣に立って、碧真が拾い上げたものを見た。

 碧真の手にあるのは、『名奪なと遊戯ゆうぎ』の術式が記された呪具。

「欠けていた封印の術式が元に戻ったな」
 純白の術式の上に描かれた赤い術式が輝きを放つ。
 
 術式の欠けていた赤い文字が埋まり、鬼降魔きごうま市佳いちかの名が浮かんでいた。封印の生贄となった少女の名前を見て、日和はクシャりと顔を歪める。

「市佳ちゃん……」

 市佳なら、成美や日和の名前を全て奪うのは簡単だっただろう。しかし、市佳は『影』を倒すヒントを与え、日和達を助けてくれた。
 市佳は、誰かに成り代わろうとはせず、再び術を封印する存在となる事を選んだ。
 
 碧真が総一郎そういちろうへ報告の電話をしている間に、日和は空を見上げる。

 秋の夕暮れ。異空間の空と違って、常に変化する空の色。変わり、流れて行く現実世界と同じだ。

「帰るぞ」
 通話を終えた碧真が日和に声を掛ける。
 
 碧真の背中を追って、日和は歩き出す。
 二人は車に乗り込んで、神社を後にした。

 
「お腹空いたぁ」
 日和の腹が鳴る音が車内に響く。車を運転している碧真が呆れた顔をした。

「食い物の事しか頭にないのかよ」
「あんなに動き回って叫んだら、お腹も空くでしょう?」
「確かに、無駄に動き回って、無駄に叫びまくってたな」

 馬鹿にしたような笑みを浮かべる碧真に、日和は苦い顔をする。

「碧真君って、何か毒を吐かないとコミュニケーションが始まらない人種なの? ちょっと喧嘩する?」
「別にいいが。高速道路に置き去りにされる趣味でも出来たのか?」
「何それ!? もしかして、喧嘩したら車から突き落とすって事!? 怖いわ! すみませんでした!」


 話している内に、車はサービスエリアに入った。
 碧真は駐車場に車を停めて、シートベルトを外す。

「ここは飲食店があった筈だ。総一郎から渡された飯代が余っているから、好きな物を食べていいだろう」

 碧真の言葉に、日和はパアッと笑みを浮かべる。

 車を降りて、サービスエリア内の建物の中を進むと、一軒だけある和風レストランに辿り着いた。店内に入ると、笑顔を浮かべた店員が姿を現す。

「いらっしゃいませ。お客様、何名様ですか?」
「一名で」
 店員の問いに、碧真は迷う事なく速攻で答えた。

「二名です! ちょっと、碧真君! 私のこと忘れてる!? いじめか!?」

 碧真の上着の袖を引っ張って、日和は抗議する。振り返った碧真の顔に浮かんでいたのは、面倒臭そうな表情ではなく、戸惑いだった。予想外の反応に、日和も戸惑う。

「二名様ですね。左側の空いているテーブル席へお願いします」

 店員に促され、日和達は窓際の二人掛けのテーブル席に着く。テーブルの上にメニュー表を広げた日和は目を輝かせた。

「わあ! 私、サービスエリアのレストランって初めて入るけど、いろんな種類があるんだね。今なら天丼とかいけそう! あ。でも、絶対に胃もたれするなあ……」

 日和は楽しい気分でメニュー表を眺める。滅多に食べる事が出来ない牛ステーキ重にしようと決めて顔を上げれば、碧真は戸惑いの表情を浮かべたままだった。

「碧真君、どうしたの? メニュー表、見えにくい?」

 碧真に見えやすいように広げたつもりだったが、日和が食い入るように見ていたので、見えなかったのかもしれない。

「前みたいに、離れなくていいのかよ?」
 眉を寄せた碧真に言われて、日和は首を傾げた。

(前みたいに? ……もしかして、美梅みうめさんや咲良子さくらこさんと一緒に食べに行った時の事を言っているのかな? あの時は、碧真君だけ別だったっけ?)

 鬼降魔きごうま愛美あいみの呪具探しの際に立ち寄った定食屋で、日和は碧真とは別の席に座った事を思い出す。

「一緒で良くない? 離れる理由も無いし」
「俺といたら穢れが感染ると、あいつが言っていただろう。一緒にいない方がいいんじゃないのか?」

 碧真は自嘲を滲ませた言葉を吐く。

(成美ちゃんに言われた事を気にしてるのかな? ……まあ、気にするよね)

 理不尽で一方的な暴言なんて流した方がいいというのはわかるが、全く気にしないでいられる人は少数だろう。

 日和は碧真を見つめる。碧真が少し目を伏せている為、視線は合わない。
 碧真の固い無表情は、日和の口から出るであろう否定の言葉を想定して、聞く事を拒絶しているように見えた。

「碧真君に穢れは見えない」
 日和は一般人だが、壮太郎そうたろうが術をかけてくれた眼鏡で穢れや邪気を視認出来る。碧真に穢れは無いと断言出来た。

 成美の言う”皆”というのは、周囲を取り巻く”少人数の大人達”の事だろう。そんな少数の偏った人達の言葉が正しければ、碧真と一緒にいる日和はとっくに穢れが感染っているが、その事実は無い。

「鬼降魔のこと、私は何も知らないし、何も言えない。成美ちゃんが言う”皆”の言葉なんて、私は理解出来ないし、関係無いよ。私が碧真君とどう接するかは、私が決める事だから」
 
 日和から見て、碧真は確かに性格が悪い。毒舌だし、すぐ頭を締め付けてくる。けれど、危険な目に遭えば助けに来てくれる。仕事だとしても、自分が危険な目に遭うのに他人を助けようとするのは凄い事だと思う。

「私が今、碧真君と一緒にいるのも、私が自分で決めた事だよ。あ! でも、碧真君が一緒にいるのが嫌なら席を移動しようか?」

 人前で食事をするのが苦手な人もいると聞いた事がある。それならば、一緒のテーブルに着くのは苦痛だろう。

「……別に、このままでいい」
 碧真は無愛想に呟き、顔を背ける。一緒に食事をするのは嫌ではないようだ。

 注文を終えて暫く待つと、料理が運ばれて来た。
 美味しい食事に目を輝かせて笑みを浮かべる日和に、碧真は呆れた顔をする。
 碧真が毒舌まじりの軽口を叩き、日和が反応して言い返すという気安いやりとりをしながら、食事を終えた。

 碧真が会計をしている間に、日和はレストランの出入り口に掲げられた看板に目を遣る。
 看板には、”サービスエリア限定”と書かれた美味しそうなパンの写真が載せられていた。

「ちょっと売店に寄ってきていい? 速攻で終わらせるから」
 碧真が頷いたのを見て、日和は歩き出す。すぐにパーカーのフードを引っ張られて止められた。

「おい。売店は逆方向だろうが」
「え? あれ? あ、そうなの?」

 碧真は溜め息を吐くと、方向音痴の日和の手首を掴んで売店まで連れて行く。また迷ったら迷惑だと思ったのか、日和が買い物している間も碧真が側についていた。

 車に戻ると、碧真が携帯を取り出す。

「日和。連絡先を教えろ。仕事の時にはぐれられて探すなんて手間は御免だからな」

(まさか、碧真君から連絡先の交換を言い出すとは思わなかったな……)

 仕事の時に余計な手間を増やさない為だったとしても、碧真から少し歩み寄ってくれたのだと思って日和は嬉しくなる。

 連絡先を交換した後、碧真は車を発進させる。

 食後という事や疲労感から、日和はいつの間にか眠りの世界に入った。

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