呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第29話 少女の正体

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「なる姉ちゃん! 無事だったんだね!」

 陽飛はるひは嬉しそうな声を上げる。

 広間にいたのは、成美なるみだった。駆け寄ってきた陽飛に、成美はニコリと笑う。碧真あおしは成美の背後にある箱型の結界へ視線を向ける。

「『影』を捕まえたのか?」
 結界の中には、子供くらいの大きさの人型の『影』の姿があった。

「ええ。ここに迷い込んでいたから」

(……ん? 迷い込んでいた?)
 言葉に違和感を感じて、日和ひよりは首を傾げる。

 『影』は異空間内を徘徊しているので、何処に現れてもおかしくない。どちらかというと、迷い込んだのは成美達だ。

 碧真は眉を寄せて成美を睨みつける。

「お前、鳥型の『影』に捕まっていただろう? どうやって逃げてきた?」
「……私は、ここに連れて来られただけ」
「名前は奪われなかったのか?」
 
 碧真の問いに、成美は頷く。碧真は、成美の近くにいた陽飛の後ろ襟を掴んで自分の方へ引き寄せる。碧真は日和と陽飛を庇うように、成美の前に立った。

「……お前は、最初に会った時に、”嘘は吐かない”と言ったな?」
「ええ。私は、嘘はつかない。最初から、本当の言葉しか口にしていない」

 成美はニコリと微笑む。成美の目は真っ直ぐで、動揺もなく落ち着いていた。嘘を吐いているようには見えない。

 碧真はスッと目を細める。
 
「お前の名前は、本当に鬼降魔きごうま成美なるみなのか?」

 碧真の問いは、室内に静寂をもたらした。静寂を破るように、陽飛が口を開く。

「な、何を言ってるの? なる姉ちゃんは、なる姉ちゃんだよ!? 間違いなく、俺の従姉妹だよ!」

「そう思わされているだけだとしたら?」
「え?」
 陽飛が呆けた顔をして、碧真を見上げる。碧真は成美から視線をらさないまま、口を開いた。

「この術は、名前を奪った相手の存在を奪う。日和の名前が残り一文字になった時、俺達の中で、日和と『影』の認識は逆転した」
 
 名前を奪われた際に起こる認識の障害。本人は自分の名前がわからなくなり、周りは名前を奪われた人を『影』だと思う。

 碧真の言いたいことを察して、日和は眉を寄せる。成美の背後にいる人型の『影』。あれは、子供くらいの大きさではないだろうか。

「何? どういうこと?」
 陽飛が戸惑うように、成美と碧真の間で視線を彷徨さまよわせる。

「真実しか口にしていなかったとしても、話し方次第では、都合の悪い部分を隠して自分の願う方向へ話を誘導する事は可能だ」

 三人に見つめられて、成美は年不相応な優艶な笑みを浮かべた。

「ええ。私は、鬼降魔成美ではないわ。私の本当の名前は、あなた達が持っているわね」 

 成美に成りすましていた少女は、あっさりと白状した。

(それって、もしかして……)
 少女が右手を僅かに上げた瞬間、碧真は銀柱ぎんちゅうを構えた。少女は苦笑する。

「大丈夫よ。あなた達に危害を加える気はないわ」
「……それを信じられるとでも?」

 碧真が疑いの目で成美を睨む。日和が碧真の背中越し見た少女の目は、何処か寂しげだった。

「”信じて”なんて、確かに傲慢だわ。けれど、私はそれしか言えない。私は、あなた達が元の世界に帰る方法を知っている。私の願いを聞いてくれるなら、それを教える。成美も、あなた達に返すわ」
 
 少女は両手を自分の胸に当てる。純白の光が現れた瞬間、碧真は銀柱を投げて畳に突き刺し、結界を発動させる。純白の光は、結界を攻撃することなく、少女のてのひらの中で収まった。

 少女は胸に当てていた両手を器のような形にして、こちらに見せる。少女の両手には、平仮名一文字が浮かぶ玉が六つあった。

(名前……)

 『影』を閉じ込めていた結界が解除される。少女は座り込んでいる『影』の頭上に、手の中にある全ての玉を落とした。名前が『影』の体に吸い込まれていく。

 純白の光が、『影』の体を覆う。徐々に光が収まると、『影』がいた場所に、一人の少女がいた。『影』から人へ姿を変えた少女が顔を上げる。成美になりすましていた少女と同じ服装だが、顔が全く異なり、髪型もショートヘアだった。

「な、なる姉ちゃん!?」
 陽飛がショートヘアの少女を見て、驚愕の表情で叫ぶ。どうやら、こちらが本物の鬼降魔成美だったようだ。

 少女が一歩近づくと、成美は短く悲鳴を上げ、こちらへ這って逃げてきた。成美が日和達を包む結界にぶつかろうとした為、碧真が結界を解除する。成美は陽飛にしがみついて、怯えた目で少女を見た。

「お前の目的は何だ?」
 碧真の問いに、少女は優しい笑みを浮かべた。

「話を聞いて欲しいの」
 澄んだ目と声で、少女は自分の願いを口にする。

「話?」
 日和は戸惑いながら少女を見つめた。

 少女はジャンパースカートのポケットから、藤色の珠がついた銀色のかんざしを取り出す。
 陽飛は驚いたように、ズボンのポケットを探った。簪は、陽飛が屋敷の門前で拾ってポケットにしまったままで、少女には返していない筈。いつの間に少女の手に渡ったのかと、陽飛は呆然とした顔で簪を見つめた。

 少女が小声で何か呟くと、簪についていた藤色の珠が光を放つ。少女の眼前に、『き』『ご』『う』『ま』と一文字ずつ書かれた四つの玉が浮かび上がった。

 名前の玉が少女の体に吸い込まれる。体を包む純白の光が収まると、少女の服装が変わっていた。落ち着いた藤色の着物は、大人っぽい少女によく似合っていた。

 少女は美しい所作で畳の上に正座し、四人を見上げて口を開く。

「よかったら座って。長い話になる」 
 日和は迷ったが、大人しく少女の前に座った。碧真は日和の行動に呆れた。

「おい」
「別にいいんじゃない? 脱出方法もわからないし。聞くだけで、全部解決するんだよ?」

 少女が日和達を害するようには思えなかった。成美も無事に返してくれた。話を聞けば、この異空間からの脱出方法も教えてくれる。何も不都合はない。

 それに、聞いてみたかった。

(どうして、彼女は呪いを作ることになったのか……)

 美しい笑みを浮かべる少女。
 優しくて、頼りになって。他の人には無い呪術の才能を持った少女に、一体何があったのか。
 何故、一八九五年に生きていた彼女が、今なお存在して、自分の作った異空間の中にいるのか。

「ちょっと、何やってるのよ陽飛! 早く逃げなくちゃ!!」
 成美が陽飛の腕を引っ張る。どうするべきか迷っている陽飛に、成美が苛立ったように眉を吊り上げた。

「話なんて聞く必要無い! あいつは、私の名前を奪って、ここに閉じ込めてた悪い奴なんだよ!!」
「で、でも、あの子は、俺を助けてくれたよ? なる姉ちゃんの名前も返してくれたし……」

 少女を擁護する陽飛の言葉に、成美は気分を害したのか顔を真っ赤にする。成美は少女に向けて陽飛を突き飛ばす。陽飛はよろけて尻餅を付いた。

「陽飛!」
 少女が慌てて助け起こそうと手を伸ばすと、陽飛はビクリと体を揺らした。陽飛が怯えていることを察した少女は、悲しそうに眉を下げて手を引っ込めた。

 少女が純粋に心配してくれたことを感じ取ったのか、陽飛が気まずそうな顔をする。成美は不快そうに顔を歪めて、陽飛を見下ろした。

「バカじゃないの!? 罠に決まってるじゃん! 陽飛なんか、もう知らない!!」 
 成美は陽飛を拒絶するように背を向け、大股で歩き出す。部屋を出て行こうとした成美の背中に、少女は声を掛ける。

「外には、まだ『影』がいるわよ」
 抑揚の無い少女の声に、成美はビクリと肩を震わせて立ち止まった。

「ここにいれば、あなた達は無事に家に帰る事が出来る。私が保証するわ。けれど、外へ行くのなら保証は出来ない」

 成美は両拳を握りしめ、勢いよく振り返る。怒りをあらわに、成美は叫ぶ。

「何なのよ! あんたは! ここに閉じ込めた時も、今も! 偉そうに色々と言ってきて!! 化け物のくせに、私に指図しないでよ!」
 
 成美の怒鳴り声に、少女は目を瞑り、碧真は溜め息を吐いた。
 碧真の加護のへびが姿を現し、成美の体に巻きついて拘束する。上半身と口元を覆われた成美は驚いて、顔を真っ青にした。

「不愉快だから喚くな。そこで大人しくしてろ」
 成美は大人しくなったが、憎々しげに碧真を睨みつけていた。碧真は成美を無視して、少女を見た。 

「手短に話せよ」
 碧真は日和の隣に座る。

 少女は穏やかな笑みを浮かべて、そっと唇を開く。


「今よりずっと前の時代。私は、鬼降魔一族の分家の子として生まれた」

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