呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第23話 巨大な『影』

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「何が起きたんだ?」

 碧真あおしは呆然とする。突風が巻き起こった後、成美なるみの姿が消えた。

「あ、あれ」
 起き上がった陽飛はるひが震えながらも空を指差す。

 不気味な空を飛行する黒く大きな鳥。鳥の足に掴まれて揺れる成美の姿が見えた。

 碧真も、恐らく成美本人も反応出来なかった一瞬の出来事。鳥の位置が遠い為、銀柱を投げても届かないだろう。

「追うぞ!」
 碧真は座り込んでいた陽飛と日和ひよりに声を掛ける。二人は、よろよろと立ち上がった。

 神社から出ようと階段へ向かって走る三人の背後から、木が軋むような音が聞こえた。拝殿を振り返った碧真は目を見開く。

 閉じられていた拝殿の扉に生まれた隙間。
 黒く暗い隙間から、生暖かく張り付くような不気味な風が吹く。

 徐々に開いていく隙間から現れた大きな黒い手が、扉の端を勢いよく掴む。木の扉が破壊される派手な音と破片が散らばる音が響いた。

 拝殿の中の暗闇がうごめき、人の形をした『影』が四つん這いになって出てきた。現れた『影』の大きさは、小型の乗用車ほどあり、背中には不自然に盛り上がった大きな瘤がある。

 不気味な姿の『影』に、陽飛が悲鳴を上げて後ずさる。碧真は冷静に『影』を正面から見据えながら、銀柱ぎんちゅうを両手に構えた。

 『影』は四つん這いのまま片手を持ち上げ、拝殿の前に置かれた賽銭箱をてのひらで潰して破壊する。低く構えた体勢のまま、こちらに顔を向ける。今にも飛びかかってきそうだ。

 『影』の顔に赤い唇が浮かんだのを確認し、碧真は右手に構えていた銀柱四本を投げる。碧真が投げた銀柱は、『影』の口の端から端まで等間隔に突き刺さった。

 碧真は指を鳴らし、爆発の術式を発動させる。四本の銀柱が同時に青い光を放ち、爆発が起こった。

 完全に仕留めたと思った碧真は、『影』に背を向ける。再び成美を追いかけようとした碧真の右腕に、陽飛がしがみついた。陽飛は拝殿に目を向けたまま、怯えた表情を浮かべている。碧真は溜め息を吐いた。

「離せ」
 陽飛は首を小刻みに横に振り、しがみついて離れない。陽飛の顔は真っ青で、唇が震えていた。『影』はもういない筈なのに怯えていることに、碧真は違和感を覚える。

 陽飛が震える手を持ち上げ、拝殿を指差した。碧真は拝殿を振り返り、目を見開く。

 倒したと思った『影』は消えておらず、そこにいた。
 『影』は爆発の影響で仰け反らせていた顔を勢いよく前へ戻す。碧真が投げた銀柱が砕け散り、潰された賽銭箱の上に転がった。

 『影』は赤い唇でニヤリと笑った後、碧真の前から消える。

 碧真は即座に上着の袖に仕込んでいた銀柱を取り出し、足元に投げた。結界の術式を発動させて、自分達の周囲に箱型の結界を張る。結界が張れると同時に、爆発じみた大きな音が周囲に轟いた。

 結界を挟んだ碧真の顔先に、口を開けた『影』の顔があった。あと一瞬でも結界を張るのが遅れていれば、碧真は巨大な『影』に飲み込まれていただろう。

 『影』の赤い唇には、少し損傷が見られた。攻撃が全く効かなかったわけではなく、今までの『影』より頑丈な個体のようだ。

 『影』は結界を足場にして拝殿に向かって跳躍した後、拝殿を足場に勢いをつけて再び結界に体当たりをする。結界が音を立てて揺れた。

「少し下がれ」
 碧真は日和と陽飛を後ろに下がらせる。地面に銀柱を四本投げて、二人を四重の箱型の結界で包んだ。碧真は結界を挟んで二人の前に立ち、銀柱を構える。

 結界に張り付いていた『影』が拝殿に向かって跳躍した瞬間、碧真は最初に張った結界を解除する。

 三本の銀柱を、拝殿と自分の間にある参道に投げる。更に、二本の銀柱を碧真の後ろにある石鳥居の両脚下の地面に投げた。

 碧真に向かって、『影』は一気に跳躍する。

 碧真は投げていた銀柱の内、参道に投げていた二本の銀柱の術式を発動する。碧真に飛びかかってきた『影』の体に拘束術式から生み出された糸が絡みつく。拘束の糸が一気に収縮して、『影』の体を地面に向かって仰向けに引き倒した。

 碧真は指を鳴らして、鳥居の脚元に刺さった二本の銀柱の爆発術式を発動させる。爆発音と共に、鳥居の脚元の地面が抉り取られた。

 参道に投げていた残り一本の銀柱の拘束術式を発動させ、生成した糸を石鳥居に絡ませる。支えを失った石鳥居を『影』に向けて一気に引っ張る。地面に拘束された『影』の体の上に、重たくて硬い石鳥居が勢いよく倒れた。

 地面が大きく揺れて、砂埃が周囲に巻き起こる。

 砂埃が収まると、石鳥居によって頭部ごと口を破壊された『影』の姿があった。『影』が頭部から徐々に塵となって消えていく。今度こそ仕留めたようだ。
 
 碧真が安堵の息を吐いた瞬間、消えかけていた『影』の手足が不自然に上下に跳ねる。『影』の背中にあった巨大な瘤が、上下左右に振動するように蠢いていた。

 嫌な予感を覚えた碧真は、銀柱を二本投げて、『影』の体を二重の箱型の結界の中に閉じ込める。

 卵の殻を割るように、『影』の背中にあった瘤がヒビ割れて、中から複数の黒い手が突き出てくる。巨大な『影』の瘤の中から、十体以上の『影』が這い出てきた。

 瘤から生まれた複数の『影』が、結界内を埋め尽くす。『影』は歯を剥き出しにして、結界に噛み付いた。内側から複数の『影』による攻撃を受けて、結界に次々とヒビが入る。

 碧真は両手に構えた八本の銀柱を、自分と『影』の間の地面に投げる。結界を壊した複数の『影』は、再び四重結界に行手を阻まれる。碧真は指を鳴らして、結界の中に残した四本の銀柱の爆発術式を発動させた。

 結界内で爆発が起こり、中は炎と煙に包まれる。炎の中で、複数の『影』は口が出現しているにも関わらず、ダメージをそこまで負っていないように見えた。巨大な『影』と同じように、頑丈な個体らしい。

 攻撃を続けようとした碧真は、視界に映ったものにハッとする。
 拝殿の中から、碧真の体より二回り大きな『影』が、次々と這い出て来た。新たな敵の出現に、碧真は顔を歪める。

 一体一体ならば、『影』を破壊することは出来る。しかし、圧倒的に数が多い。目算だけでも、この神社には二十体以上の『影』がいる。

 銀柱を多めに持ってきているが有限だ。戦いが長引けば、碧真の体力も限界を迎えるだろう。

 碧真は後ろを振り返り、日和と陽飛に張った結界を解除する。

「お前達は、ここから離れろ」

 碧真は上着の裏地のポケットから銀柱を六本取り出す。取り出した銀柱に自分の力を流し込んだ後、すぐに術が発動しないように呪文で封をする。

 青い光を纏った銀柱の束を差し出すと、陽飛は戸惑いの表情を浮かべた。

「これは?」
「結界の術式を発動させる為の呪具だ。日和と共に『影』のいない場所に避難して、結界を発動させろ。封の切り方はわかるな?」

 陽飛に渡した銀柱に施した封は、呪術を学ぶ人間にとっては紙をハサミで切るような簡単なものにした。

「どうして、俺に?」
「日和は呪術が使えないから、お前しか出来ない。……お前が言うヒーローになりたいのなら、まずは自分と目の前の人間を守ってみせろ」

 顔を上げた陽飛の目が不安で揺れていた。
 結界を破壊するように、衝突音が鳴り響く。あまり、悠長にはしていられない。成美の言葉を思い出し、碧真は口を開く。

「頼んだ」

 陽飛が目を見開く。不安で揺れていた陽飛の目が、真っ直ぐに碧真を捉えた。
 陽飛は力強く頷き、碧真の手にある銀柱の束を掴み取る。その瞬間、最後の結界が軋む音がした。

「行こう! お姉ちゃん」
 陽飛が日和の手を引いて走り出すのを背に、碧真は襲いかかってくる『影』の集団を見据えた。

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