呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第20話 鬼降魔陽飛の事情

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 鬼降魔きごうま陽飛はるひは、一族の末端の分家に生まれた。

 陽飛は一人っ子なので兄弟はいないが、近所に鬼降魔の分家が三つあり、歳の近い従兄弟と一緒に育ってきた。
 
 呪術が使える家に生まれた”特別”。
 普通の人には無い”特別な力”があるだけで、自分は世界を救うヒーローに選ばれたのだと心を弾ませた。

 年上の従兄弟が見せた干支の加護や、簡易的な攻撃術式に目を輝かせ、自分も術を教わる日を待ち侘びた。

 七歳になった時、父が呪術を教えてくれることになった。
 カッコいい攻撃術式を教えてもらえるとワクワクしていたが、まずは鬼降魔の初歩的な術である加護の顕現から学ぶことになった。

 自分は特別な人間なのだから、初歩的な術は地味で似合わないと不満を抱きながらも術を教わる。
 同い年の従兄弟の徹平てっぺいと共に、加護を顕現させる術を発動しようとした。

 神経を集中して、自分の体に流れる力を操る。得意げだった陽飛の顔が次第に歪んだ。

 自分の体に流れる力は弱々しかった。何度試してみても、力は思う通りの場所へ動かず、同じ場所をグルグルと回って消える。焦る程に上手く行かず、陽飛は涙目になった。

「今日はもう終わりにしよう。初めてなんだから、上手く出来ないのは当たり前だ」
 父が気遣うように陽飛の背中を撫でた。陽飛は自分の両掌を呆然と見つめる。

(俺は特別な力を持ったヒーローなのに……)
 
 陽飛の考えていた『ヒーローの自分』と、『現実の自分』には大きな隔たりがあった。

 呪術を習い始めて半年が経った頃には、自分は一族の中の落ちこぼれなのだと理解してしまった。陽飛の”特別”は、単なる”おまけ”のように役に立たない物だった。

「陽飛って、本当に使えないのね」
 呪術の練習中、一つ年下の従姉妹の乃ノ花ののかが、陽飛を見て言った。

 十歳になっても、陽飛は術が使えるようにならなかった。加護の顕現も、ほんの数秒現れるだけで、維持が出来ずに消えてしまう。

 従兄弟の中には、陽飛は『何も出来ない役立たずのお荷物』だと笑う者もいた。
 乃ノ花は加護の顕現も出来る上、簡易的な攻撃術式をあと一歩で習得出来るところにいた。親戚の集まりの時、大人達は乃ノ花を褒めそやしていた。

(乃ノ花も、俺のことを役立たずだって馬鹿にしているのか)
 陽飛の心をドス黒い感情が侵食していく。
 
「加護の顕現なんて、すぐに出来るわ。私が教えてあげる」
 乃ノ花が陽飛の手を掴んで、笑顔を浮かべる。陽飛は乃ノ花の手を払い退けた。驚いて目を見開く乃ノ花を、陽飛は鋭い目で睨みつける。

「すぐ出来る? 出来ないから、こうなっているんだよ!」

 理想との違いに、どれほど絶望したか。特別なヒーローになれず、一族の中でも落ちこぼれ。両親も陽飛に期待していない。”ただ普通に自分達と同じように生きたらいい”と笑顔を向けた。

 乃ノ花は術者として期待されて、呪術を教わっている。乃ノ花の両親も、呪術を使える側の人間だ。

「お前なんて! 親の力を受け継いだから、術を使えるだけじゃないか!! ズルしてるくせに!! お前なんて大嫌いだ!!」

(ずるい。ずるい! ずるい!!)
 抑えられない怒りが一気に噴き出す。

 泣きそうな顔をした乃ノ花を見て、陽飛はハッとした。年下の女の子を怯えさせた罪悪感から目を逸らす。
 陽飛は乃ノ花を置いて、その場から離れた。

(俺に、力があれば)
 当主様に認められて、悪い奴らを倒して、一族のヒーローになれる。父さんも母さんも、誇らしく思ってくれるだろう。乃ノ花も馬鹿にせず、陽飛を「かっこいい」と褒めてくれただろう。


 乃ノ花と喧嘩をした二日後。
 二つ年上の従姉妹の成美なるみが『名取なとり君』の怪談を教えてくれた。
 
 ──”『名取君』に勝ったら、何でも一つだけ願いが叶う”。

 陽飛は『名取君』に希望を抱いた。願いが叶うのなら、一族の誰にも負けない力を手に入れて、ヒーローになれる。
 『名取君』は怖いが、クラスでも足が早い方だ。それに、いざとなったら一瞬だけだとしても加護を顕現させることが出来る。

 成美も徹平も一緒に『名取君』をやると言っていた。三人でやれば、きっと名前も集められるだろう。

 実行する時になって、徹平が怖気付いて、成美と喧嘩になった。成美と陽飛だけで『名取君』をやることになったが、それでも始めた時は大丈夫だと思っていた。
 
 ほこらの中の世界に連れて行かれた後、陽飛と成美は名前を探して一緒に歩き出した。願いを叶えるのだと、期待していた気持ちはすぐにしぼんで消えた。

 『名取君』は想像以上に足が早く、恐ろしい化け物だった。
 恐怖のせいで、いつも以上に力を操れず、加護の顕現も上手く出来なかった。

 『名取君』は容赦無く追いかけてくる。成美が何度か捕まり、逃げ惑っている内にはぐれてしまった。
 
 一人になった時に怖くて泣いていたら、『名取君』に見つかって名前を奪われた。感じたことの無い程の痛みに、陽飛は気絶した。

 目を覚ました時、陽飛の目の前に『名取君』が立っていた。
 陽飛は絶叫した。また訪れるであろう痛みに恐怖で動けなくなり、『名取君』を見つめて固まった。

(誰か助けて!!)
 ヒーローがいるのなら助け出して欲しい。

 祈る陽飛の目の前に、黒い背中が現れる。『名取君』とは違う黒は、陽飛を守るように前に立った。

 現れた二人の大人は、当主様から言われて、陽飛と成美を助けに来たらしい。

 『名取君』と戦う碧真あおしは、陽飛が思い描いていたヒーローそのものだった。難しい術を次々と繰り出して、『名取君』を倒してくれた。

 仲良くなりたいと思ったが、碧真は怖かった。陽飛を睨みつける上、酷い言葉を浴びせた。

 成美と再会出来たのは嬉しかった。しかし、成美が今まで能力を隠していたことや、『名取君』を倒して碧真から信頼されている姿を見た瞬間、嫉妬で心が焼かれた。

(俺だって、役に立てる! 俺は役立たずじゃない!!)


***


 碧真に長屋の一室で待っているように言われた陽飛は、成美と共に狭い部屋の中で座り込んでいた。体育座りで体を縮こませて、唇を噛み締める。

 憧れを抱いたヒーローは、一族で嫌われる『呪罰行きの子』だった。

 父も親戚の人達も、皆が”悪”と呼ぶ存在。何故、そんな人が、陽飛の欲しい力を手に入れているのだろうか。何故、当主様は悪を側に置いているのだろうか。

 陽飛がぶつけた言葉に、碧真は本気で怒っていた。殺意すら感じる怒りは、本当に怖かった。

「なる姉ちゃん。俺が悪いの?」
 陽飛はいじけながら、隣に座る成美に問う。問いにしてはいるが、成美も絶対に『悪くないよ』と肯定すると思っていた。

 成美が陽飛の頭を優しく撫でる。

「……私には、何も言えない。けれど、陽飛は碧真さんが傷つくことを言ってしまった」
「傷つく? あの人は、怒っていただけじゃないか」
 碧真が傷ついているようには全く見えなかった。成美は眉を下げて悲しそうな顔をした。

「怒るのは、傷ついたから。陽飛も嫌なことを言われたら悲しいし、怒るでしょう?」
 乃ノ花との喧嘩を思い出して、陽飛も眉を下げる。

「自分に無いモノを持っている人のことを、羨ましいと思う気持ちはわかる。私もそうだもの。でも、それは誰かを傷つけていい理由にはならない」

「でも! あいつは『呪罰行きの子』だよ! 悪い奴じゃないか!」
 陽飛は声を荒げて主張した後、目を見開いて言葉を失う。今まで見たことのないくらい、成美が悲しそうな目をしていた。成美は両手で陽飛の頬をそっと包み込む。

「陽飛。周りの言葉で、自分の目を曇らせてしまわないで」
 涙が滲む真剣な目が、陽飛を射抜く。陽飛の知っている成美は、こんな表情をするような人だっただろうか。

「誰かの悪意で、歪められてしまうものがある。その歪みが広がってしまわないように。悲しいものになってしまわないように」

 成美の言葉は、祈りに似ていた。

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