呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第17話 虚像を妬む

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 碧真あおしが現在所持している術者の名前は、『き』、『ご』、『い』、『ち』の四文字。

 術者の苗字が『鬼降魔きごうま』なのは間違いない。苗字を揃えるだけでも、あと二文字は必要だ。

 異空間は、百年以上昔の建物が並ぶ一つの町を切り取ったような場所。精巧な作りからしても、モデルになった場所があるのだろう。

(この異空間が、術者が実際に暮らしていた場所を元に作り出したのだとしたら、この家にも何か意味があるのか?)

 復讐の為に作り出した異空間に、結界の術式を描いた場所や護符が存在するのは理解出来ない。術式に罠が仕掛けられているのかと思ったが、碧真の知る術と比べて少し複雑な部分があるだけで、特に害になるような部分は見受けられなかった。

 碧真は何か手掛かりになるものはないかと、室内に置かれた茶箪笥ちゃだんすの引き出しを開ける。中には、生活で使うような道具しかなかった。碧真は次々と室内を調べて行く。

 退屈さを感じたのか、陽飛はるひがそっと戸を開けて外へ出ようとする。陽飛の行動を目の端で捉えた碧真は溜め息を吐いた。

「おい。勝手な行動するなと、何度言えばわかるんだ?」
 陽飛がビクリと肩を揺らして振り返る。近づいてくる碧真を、陽飛は恐れと反抗心が混じった複雑な表情で見上げた。

「だって、まだ近くに名前があるかもしれないだろう? 他の部屋も探してみたら見つかるんじゃないかと思って……」

「一人で行動した挙句に周りを巻き込んだ事を、もう忘れたのか?」
 陽飛は顔を歪めて呻いたが、すぐに口を開いた。

「で、でも! 俺のおかげで、名前を二つも見つけられたじゃん! 兄ちゃんは、自分じゃ一個も見つけてないし!」

 陽飛は全く反省をしていなかった。苛立った碧真は、陽飛の襟首を乱暴に掴む。怯えて小さく悲鳴を上げる陽飛を、碧真は冷たい目で見下ろした。

「お前が一人で突っ走ったせいで、日和ひよりは名前を奪われた」
 陽飛が目を見開き、言葉を失くす。

「ヒーローだのなんだの、お前のくだらない願望に他人を巻き込むな。心底迷惑だ」

「だって! ……俺だって! 皆を助けられるよ! ”守りたい気持ちがあれば、それが力になる”って、ヒーローだって言ってたよ!!」

 陽飛は両手を握りしめて、訳のわからない主張をする。碧真は一層冷めた目になった。

「お前は、誰かの言葉をそのまま吐いているだけだな」
「え?」

 父親達が言っていた、皆が言っていた、ヒーローが言っていた。
 陽飛は誰かの言葉を鵜呑みするだけ。それを正しいと信じて、自分自身の思考は無い。

「少しは自分で考えろ。お前は、誰かに責任を押し付けて逃げているだけ。考えたらわかるだろう? 気持ちでどうにかなるなら、こんな状況になっていない。皆を助けたいと言いながら、お前の行動は周りを危険にさらしているだけだ」

 碧真の言葉に、陽飛は悔しそうに唇を噛み締める。

「でも! それは、力を持った家に生まれなかっただけで、俺のせいじゃないだろう!? 俺が兄ちゃんの家に生まれていれば、俺は兄ちゃん以上の術者になってた! 誰にも馬鹿にされなかった!!」

 陽飛の主張に、碧真は声を出して笑う。
 突然笑い出した碧真を、陽飛は不気味そうに見上げる。陽飛は逃げたいのだろうが、碧真に襟首を掴まれたままだ。
 
 碧真の目を見た陽飛は息を止める。
 怪しく、ドス黒い淀みを秘めた仄暗ほのぐらい目。陽飛が言葉を知っていたのなら、それを”深淵”と例えただろう。

 陽飛の体が乱暴に引っ張られて放り投げられる。陽飛は戸に体を打ちつけた。鈍い音が響き、碧真の背後にいた成美なるみが小さな悲鳴を上げる。
 苦しそうに咳き込む陽飛を無感情な目で見下ろしながら、碧真は口を開く。

「お前が俺の家に生まれていたのなら、お前は『呪罰じゅばつ行きの子』として一族から虐げられ、汚物のように扱われている」

「……え?」
 陽飛が怯えと戸惑いの表情で、碧真を見上げる。

「暴言、暴力、嘲笑。肉体的苦痛、精神的な苦痛も。蹴られる、殴られるなんて毎日だ。大人からは、躾だと言われて背中を焼かれ、膿んだ傷口を踏みつけられたこともある。大怪我を負わされて、放置され続けた時もあったな。同い年の奴達に階段から突き落とされたり、建物の最上階から飛び降りることを強要されたこともある」

 碧真が一族の人間から受けた仕打ちは、挙げ出したら切りがない。語ったのは、ほんの一部だが、陽飛には過度な衝撃だったようだ。言葉を失って青ざめている。

「お前が妬んだ俺の家は、そういうものだ。お前は自分が見たいものだけを都合よく見て、言い訳に使っているだけ。他人に嫉妬して文句を垂れている方が、何もしないで済むから楽だよな? 俺から見たら、お前はヒーローというより、卑怯者の弱虫だ」

「違う!! 俺は卑怯者じゃない! 弱虫じゃない! じゅ、『呪罰行きの子』の癖に、偉そうに言うな!! 悪魔!! お前の言うことなんて信じない!」

 陽飛は手近にあった草履を碧真に向かって投げる。碧真は右手で簡単に払い退け、陽飛が怪我している右膝を左足で軽く踏みつけた。
 これくらいの痛みで顔を歪めて目に涙を浮かべる陽飛を、碧真は嘲笑した。

 碧真が足に力を込めようとした時、後ろから右手を掴まれる。
 振り返ると、成美が顔を真っ青にしながらも、碧真を真剣な目で見上げていた。

「碧真さん。もうやめて。陽飛には、私がよく言っておくから……。だから、これ以上は……」

 成美の手は震えていた。碧真は溜め息を吐き、陽飛の膝から足を下ろす。陽飛は、助け起こしてくれた成美にしがみついて震えていた。

 碧真はしらけた気持ちになり、戸を開けて外に出る。柱の術式に触れて力を注ぐと、結界が室内を覆った。

「周りは俺が探す。お前達は、ここで待っていろ」

 三人に言い残して、碧真はその場を離れる。感情的な状態で陽飛と一緒に入れば、怪我を負わせてしまいかねない。

じょうさんが知ったら、激怒されそうだな……)
 碧真は溜め息を吐く。

 丈は碧真が小さい頃に知り合ったせいか、危ないことや人を傷つける真似をすれば、本当の弟のように叱る。普段は温厚で心の広い丈を怒らせるのは厄介だ。

(そういえば、日和は止めなかったな……)
 前に碧真と陽飛が険悪な雰囲気になった時、奇声を上げて止めに入った日和。先程は何もしないで、キョトンとした顔で碧真を見送っていた。

 碧真が過去の夢の中で暴力を振るわれていた際、日和は叔父の幻影を殴り飛ばした。幼い子供が暴力を振るわれている事が許せなかったようだ。

 そんな日和が、陽飛が暴力を受けているのを黙って見ているのは違和感がある。

(名前をられたことで、何かしらの異常が生じているのか?)

 突如耳鳴りがして、碧真は不快さに顔を歪める。

(……いや、日和は普段から大人しい奴だったな。何も異常は無い。これ以上、ガキ共の御守おもりは御免だ。早く名前を見つけ出して、不快な場所から脱出するか)

 感じた違和感を無かったことにして、碧真は名前探しを続ける。
 
 長屋を一部屋ずつ探したが、名前は見つからなかった。

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