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第五章 呪いを封印する話
第15話 橋の上の戦い
しおりを挟む三体の『影』が追いかけてくる中、私は一人必死に走る。
「なんで! こんな!! ピンチなの!!!??」
碧真君がいる方向に逃げたかったが、そちら側から『影』が追いかけてきた為、必然的に反対方向に走る羽目になった。
(『影』が成美ちゃんを見つけなかったのはいいけど、状況が絶望すぎるでしょ!)
こちらの恐怖を煽るように、『影』の一体が私の右側を並走して、赤い唇で笑みを作る。
口を開けて飛びかかってくる『影』を、私は体勢を低くして躱した。『影』は、脇にあった店の中へ勢いよく突っ込んで行った。
(よし! そのまま永久に起き上がるな!! 私は心の底から、君の自滅と消滅を祈る!!)
派手な音を立てて埋もれていった『影』に祈りを捧げながら、私は走り続ける。恐怖や余裕の無さから後ろを振り返ることは出来ないが、二体の『影』が追いかけてくる気配がする。
(赤い橋!?)
向かっている先に、異空間内で最初に碧真君と渡った赤い橋が見える。赤い橋の先は行き止まりだ。
方向転換をしなければと左側へと寄ると、一体の『影』が道を塞ぐように並走してきた。
反対へ顔を向ければ、すぐ右後ろに、もう一体の『影』がいた。左右も後ろも道を塞がれて、私は涙目になる。
「*よりさん!!」
「*より!!」
後方から、成美ちゃんと碧真君の声が聞こえる。
(碧真君が助けに来てくれるまで、逃げ切ればいい!)
前へ走り続ける。橋の上に足が差し掛かると同時に、追いかけてきていた二体の『影』が左右真横に姿を現す。『影』は私の体に噛みつこうと、口を開いて飛びかかってきた。
避けなければと反応する前に、私は何かに躓いて前のめりに倒れる。それが功を成し、左右からの同時攻撃を躱す事が出来た。
二体の『影』は空中でぶつかり合い、橋の両端に並んでいる行灯の上に倒れる。壊れた行灯の中から転がった玉を見つけて、私は目を見開いた。
(名前!!)
見つけた名前へ四つん這いで近づいて、右手を伸ばす。手に取った玉には、『か』と書かれていた。
名前を見つけた達成感に浸りたいが、それは叶わない。私はパーカーのポケットに名前をしまった後、欄干に掴まりながら震える足で立ち上がる。二体の『影』も体を起こして立ち上がった。
『影』達の少し後ろにある大通りに、陽飛君を連れて、こちらに向かって走る碧真君の姿が見えた。私は希望を見出す。
しかし、碧真君の前に立ちはだかるように、大通りの脇の店から一体の『影』が躍り出るのが見えた。
(お店に突っ込んでいった『影』、やっぱり自滅していなかったんだ)
私の切実な祈りは届いていなかった。
今、目の前にいる二体に同時に噛まれた瞬間、私は存在を失う。
どうなるかわからない恐怖に冷や汗をかきながらも、私は『影』を見据えた。ゆっくりと私に近づきながら、『影』は赤い唇を浮かべて笑う。
追い詰めることを、心底楽しむかのような『影』の行動。『影』を作った術者は、随分と性格が悪い。
私が後退りをした瞬間、二体の『影』が再び同時に飛びかかってきた。咄嗟にしゃがんで躱すと、『影』は私の背後にあった橋の欄干に噛みついた。
木が割れる音が周囲に響く。二体の『影』は、橋の欄干を噛み砕いて破壊した。
(無理無理無理!! どんだけ顎の力があるんですか!? 名前っていうより、命が先に奪われるやつじゃない!?)
反対側の欄干まで後退りながら逃げた私は、青ざめた顔で『影』を見る。二体の『影』は口に欄干の破片を咥えたまま、私に顔を向けてきた。
嫌な予感が頭に過ぎった瞬間、『影』は口に咥えていた欄干の欠片を私に向かっで飛ばす。勢いよく飛んできた欄干の破片が顔の右横を掠めていく。
反射で閉じた目を開くと、『影』の一体が私に向かって飛びかかる最中だった。
驚いて体を仰け反らせた私は、浮遊感を感じて目を見開く。
後ろへ傾いていく体。何度か覚えがある感覚。
(落ちる!!)
理解しても、どうすることも出来ない。
目の前に広がる不気味な色の空と、私の体を通り越して橋の下へと落下していく一体の『影』の姿を、ただ見ていた。
「拘束術式! 『藤蔓』!!」
耳に届く澄んだ声。何かに背中をぶつけた後に目を開けると、私の体を藤の蔓が守るように包んでいた。
「な、成美ちゃん!」
私は感動して涙目になる。視線を向ければ、成美ちゃんが息を切らせて橋の前に立っていた。成美ちゃんは橋の上に残っていた一体の『影』を見据えて、口を開く。
「攻撃術式」
成美ちゃんが右手を空に向かって翳すと、『影』の足元に純白の術式が浮かぶ。成美ちゃんの手の動きに釣られたのか、『影』は口を開けたまま空を見上げた。
「『松葉雨』」
橋上に残っていた一体の『影』に向かって、純白の針の雨が降り注ぐ。『影』は塵となって消えていった。
蔓がゆっくりと動き、私の体をそっと優しく橋の上に下ろしてくれた。
「*よりさん!」
成美ちゃんが私に駆け寄ってくるのが見えた。
成美ちゃんの元へと近寄ろうとした瞬間、何かが背後から私の両足首を掴んだ。
恐る恐る視線を下すと、黒い手が見えた。
橋の下へ落ちたと思っていた『影』が這い上がってきたのだと理解する前に、私の右足の脹脛に鋭い痛みが走る。肉を食い破られる激痛に耐え切れず、私は前のめりに倒れた。
全身から血の気が引くような感覚。抗えない力に、私は歯軋りをする。
(ダメ。これ以上は……)
これ以上、奪われてしまったら、全てが終わる。
『影』の口が離れる。上体を起こした後、私は立ち上がれずに座ったまま後退りする。『影』は私を見てニタリと笑った。
「**り!!」
『影』を倒し終わったのか、碧真君がこちらに駆け寄って来る。私の近くにいた『影』が立ち上がり、碧真君に向かって近づいていく。
碧真君は銀柱を構えた。
立ち上がろうとした私のパーカーのフードが、何かに勢いよく引っ張られる。足がもつれて、私は数歩後ろへ下がった後、尻餅をついた。トンという軽い音が耳に届く。
視線を向ければ、私が先程までいた場所に銀柱が刺さっていた。
「え?」
私は呆然と橋に刺さった銀柱を見つめた。碧真君は近づいてきた『影』の腕を引っ張り、庇うように背中の後ろへ押しやる。
(……どういうこと?)
戸惑う私を、碧真君が睨みつける。出会った最初の頃は、冷たい視線を向けられる事もあったが、ここまで敵意を剥き出しにした視線を受けたことは無い。
「碧真君」
私は碧真君へ向かって手を伸ばす。碧真君は敵意の視線を向けたまま、指を鳴らした。
銀柱が青い光を放ち、爆発音が周囲に響き渡る。
爆破された橋と共に、私の体は仄暗い緑色の靄の中へと沈んでいった。
***
壊れた橋を見つめて、碧真は息を吐く。
残っていた『影』は、爆破した橋の一部と共に緑色の靄の中へ消えていった。口が出ていなかった為、消滅させる事は出来なかったが、這い上がって来るまでの時間を稼ぐ事は出来ただろう。
碧真は後ろを振り返る。
「日和」
声を掛ければ、日和は硬い表情のまま碧真を見上げた。
赤い甲冑を身に纏った『影』を倒して、『ご』と書かれた術者の名前を手に入れる事が出来た。しかし、突然逃げ出した陽飛を追いかけている内に、日和が三体の『影』に追われていた。
「名前は、あと何文字残っているんだ?」
日和は俯いて、右手の人差し指で「一」と示す。指先が震えている。怯えているせいで、声も出せない様子だ。
うるさい存在が大人しいのは調子が狂う。碧真がそう思った瞬間、耳鳴りがした。
(……いや、こいつは元から大人しい奴だったな)
名前が残り一文字になってしまった日和を見て、成美は悲痛な表情を浮かべた。
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