呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第14話 菫

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 日和ひよりの隣に立っていた成美なるみが、スカートのポケットから銀色の棒を取り出す。耳障りの良い軽い音と共に、銀色の棒が地面に突き刺さった。

かんざし……)
 成美が銀柱ぎんちゅうの代わりに使用していたのは、丸い藤色の玉がついた綺麗な簪だった。成美が地面に向けて手をかざすと、簪が純白の光を帯びる。

「変形。拘束術式、『藤蔓ふじづる』!」

 成美の声に呼応こおうして地面が揺れ、陽飛はるひがいる座敷の板が盛り上がる。板を突き破って一気に伸びた蔓が、赤い甲冑かっちゅうを纏った『影』の体に絡みついた。

 自分に巻きつく蔓を引き剥がそうと、『影』は陽飛の首から手を離した。陽飛を離すタイミングを見計らっていたかのように、蔓は『影』の体を一気に天井へと吊し上げた。

 もう一つ伸びてきた蔓が、畳の上に手をついて苦しそうに倒れた陽飛を守るように包んで壁を作る。

 成美は商店の中へと足を踏み出す。黒い甲冑を纏った『影』の注意が、碧真あおしから逸れた。成美は、碧真がいる場所の反対側の土間の端へ走る。

 成美が土間に両手をつく。成美の手の下には、地面に転がっていた碧真の銀柱あった。
 成美の手から純白の光が溢れ、銀柱に刻まれていた術式が剥がれて、成美の両手の下に集まった。

 碧真が破壊した土間に散らばる攻撃術式の破片も、成美の両手の下に吸い込まれるように次々と集まる。

 顔を上げた成美は、赤い甲冑の『影』を見据えて口を開く。

「生成。攻撃術式」

 成美が言葉を紡ぐと、二つの術式が混じり合い、新たな一つの術式を作り出した。

 『影』を拘束する蔓の根本から、藤とは別の植物が姿を現す。

すみれ?)

 形は見た事のある野花だが、日和が知っている菫に比べて、花の部分だけでも拳くらいの大きさだ。

 複数の巨大な菫が、宙吊りになっていた『影』の下で咲き誇る。美しい花を咲かせていた菫は、どんぐりのような形をした実へと姿を変え、垂れていた首を『影』のいる天井へと向ける。
 三つに引き裂かれるように割れた菫の実の中に、複数の丸い巨大な種が並んでいた。

「『菫銃連射すみれじゅうれんしゃ』」

 成美の手から純白の光の線が巨大すみれに向かって走ると、種が上空に向かって高速で弾け飛ぶ。
 凄まじい音が連続で響き、『影』の身につけている赤い甲冑に次々と穴が空いていく。

 撃たれた衝撃で、『影』の体は上下にガクガクと揺れ、赤い甲冑の破片がバラバラと音を立てて地面に落ちていった。

 菫の種の弾丸は、顔に浮かんでいた口も攻撃していたのか、『影』の体は塵となって消滅した。
 役目を終えた藤の蔓と菫は、空気に溶けるように消えた。

「……凄っ」
 日和は呆気に取られて呟く。

 成美とは反対側の方向から小さな爆発音が響く。驚いて視線を向けると、黒い甲冑の『影』が地面に倒れていた。

 碧真が倒した『影』が消える。碧真は赤い甲冑の『影』が土間の上に落としていった名前が書かれた玉を拾い上げた。

「陽飛」
 成美が、座敷に座り込んでいる陽飛へ近づく。陽飛は成美にしがみついた。怯えているようだが、怪我は無いようだ。

 全員が無事なことに、日和は安堵の息を吐く。
 三人へと近寄ろうとした日和の足に何かが絡み付き、這い上がるような感触がした。
 
 碧真の加護のへびだろうかと足へ視線を向けた後、日和は「ヒッ!」と短い悲鳴を上げた。

 二体の小さな武者人形が、日和の左右の太腿に抱きついていた。

 能面顔で日和を見上げていた人形達が、口をパカリと開ける。
 小ぶりだった人形の頭が、日和の頭の大きさの二倍まで一気に肥大した。人形の口に、見覚えのある鋭い歯が生える。

 人形が『影』だと理解した瞬間、日和の左右の脇腹の皮膚を鋭い牙が食い破った。

「日和さん!?」
 成美の声は、肉を食い千切られる痛みに叫ぶ日和の悲鳴によって掻き消される。

 人形二体の口が腹から剥がれ、日和は地面に膝をつく。
 二体の人形は最初から存在しなかったかのように姿を消した。


***


「*より!」
 碧真君に両肩を揺さぶられて、私はハッとする。人形の形をした『影』に噛まれた痛みで、意識が遠のいていたようだ。

「碧真君」
 目が合うと、碧真君が一瞬ホッとしたような表情を浮かべた。

「*よりさん。ごめんなさい! 私、人形のこと、気づいていなくて」
 座敷の上にいた成美ちゃんが泣き出しそうな表情で謝る。

「いやいや。成美ちゃんは何も悪くないから謝らないで。私が完全に油断してたのが悪いし」

 二人が『影』と戦っている間も、ただ見ていることしか出来なかった。その上、油断していて、自分の近くまで移動していた『影』の存在に気づかずに名前を奪われた。

(二文字も奪われた。残りは二文字……)
 思い出せるのは、『より』の二文字のみ。体が震えるのを抑えるように、私は唇を噛む。暗い表情を浮かべては、成美ちゃんが心配するだろう。

「私より、陽飛君は大丈夫なの?」

 座敷の上で、成美ちゃんの背中にしがみついて震えている陽飛君。
 私は立ち上がって、二人に近づこうと商店の中へ足を踏み入れた。

 近づいてくる人の気配に顔を上げた陽飛君が、突然、発狂したように大声で叫んだ。怯えながら、甲冑の破片が散らばる座敷の上を四つん這いで移動する陽飛君に、私も成美ちゃんもギョッとする。

「は、陽飛君?」
 驚きながらも一歩近づくと、陽飛君は手近に散らばっていた甲冑の破片を私に向かって投げつけてきた。頭にぶつけられる前に、碧真君が咄嗟に破片を手で払い退けて庇ってくれた。

「おい! 何やってんだ!」
「来るなあ!! 化け物!!」

 碧真君の声も耳に入らないのか、陽飛君は更に甲冑の破片を投げてきた。破片が当たらないように、碧真君に肩を押されて、私は土間の隅へ移動した。

 恐怖が限界に達したのか、陽飛君は立ち上がると、店から飛び出していった。

 碧真君が舌打ちして、陽飛君の後を追いかけて店を出て行く。
 私も店内から外の大通りに出た。陽飛君は神社の方向へ向かって走っていたが、すぐに碧真君に捕まった。混乱から暴れる陽飛君を碧真君が抑えている。

「陽飛君、大丈夫かな?」
「ごめんなさい」
「陽飛君のこと? 投げてきた物も当たっていないから、大丈夫だよ」

 従兄弟の陽飛君が、私に物を投げた事を気にしたのだろう。成美ちゃんはションボリとしていた。
 『影』に怖い目に遭わされた後では、混乱しているのも無理はない。怪我もしていないから、成美ちゃんが気にする必要は無いと、私は笑った。

 私の言葉に、成美ちゃんは首を横に振る。スカートの裾を握りしめ、暗い顔で俯く成美ちゃんは、とても悲しげに見えた。

「私……」
 成美ちゃんが口を開いた時、私は視界の端に映ったモノへ視線を走らせ、咄嗟に店の入口の戸を閉める。

「*よりさん!?」
 突然、戸を閉められて、成美ちゃんが驚いた声を上げた。

 心臓のドクドクとうるさい音が耳に響く中、私は視界の端に映っていたモノへ体を向ける。

 すぐ近くの店の角から顔を出している三体の『影』が、私をジッと見つめていた。

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