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第五章 呪いを封印する話
第10話 鬼降魔家当主の秘密書庫
しおりを挟む鬼降魔の本家の母屋。
総一郎は、二階の自室に置いている禁呪関連の本を調べる。
怪談の内容と”名取”という言葉から、禁呪の正体が『名奪リ遊戯』という事は特定出来たが、情報は少ない。書物には、術の内容のみが簡潔に記されているだけで、封印方法も術者の名前や術が生まれた背景などは書かれていなかった。
(ここにある本だけでは無理か……)
文机の上に置いていた携帯が振動して、着信を知らせる。碧真から現場に到着し、『名奪リ遊戯』の異空間に入る旨の連絡を受けた。
通話を終えて、総一郎は電話を切る。
(私も行きますか)
総一郎は室内にある掛け軸へと目を向けて、座布団の上から立ち上がる。
床の間の前に移動し、脇の柱へ手を滑らせると、指先が通った後の木肌に術式を浮かび上がった。
総一郎が力を注ぐと、術式が淡い金色の光を発し、床の間に飾ってあった掛け軸の本紙に描かれた風景が消え、代わりに掌サイズの二重丸が浮かび上がる。
総一郎は手を伸ばして、掛け軸の二重丸の上に左掌を置いた。
力を込めると、掛け軸の本紙に次々と淡い金色の文字が浮かび上がる。本紙の上を文字が埋め尽くすと、総一郎の掌にチクリとした痛みが走った。
総一郎が手を離すと、左掌に小さな玉の形の血が滲む。二重丸の小さな円に総一郎の血が付着し、生き物のように蠢いて『開』の文字を作った。
掛け軸が空気に溶け込むように消え、床の間の壁に縦一本線の光の亀裂が入る。総一郎は手を伸ばして、壁を押した。
亀裂の入った壁が、両開きの扉のように開く。
中へ足を踏み出して扉が閉まれば、自分の手すら見えない真っ暗闇に包まれた。暗闇に対する本能的な恐怖が体を撫でる。
総一郎は息を吐き出して、暗闇の中を歩き出した。
鬼降魔の当主となる人間しか知らない隠し通路。何代も前の当主によって作り出された異空間へ続く道。
この道を歩く時には、三つの決まりがある。
一つ目は、決して明かりをつけない事。
二つ目は、一人で歩く事。
三つ目は、前へ進む事。
破った場合、異空間と現実空間の狭間に閉じ込められるという。
隠し通路には、呪罰牢と同じく術や加護の力を無効化する術式が組み込まれている為、使う事は出来ない。戻る事も進む事も出来ずに、命を終えるまで彷徨う事になる。
自分の息遣いと心臓の音しか聞こえない空間を歩く。
この空間が、どのくらいの広さかは知らない。何度も通ってはいるが、未だに慣れない。
総一郎が進む道の先、暗闇の中に光を放つ二つの扉が左右に分かれて浮かび上がる。
進む道の選択を迫るように現れた扉。
総一郎は二つの扉の間を歩いて通り過ぎた。
道を進んでいる時に目の前に扉が二つ現れた場合、大抵の人間は左右どちらかの扉が正解だと思うだろう。けれど、扉は罠。三つ目の決まり通り、前へ進むのが正解だ。
真っ直ぐに進み続けていると、総一郎の目の前に掛け軸と同じ二重丸が光を帯びて浮かび上がる。総一郎が二重丸に左掌を合わせると、淡い金色の光の文字が周囲に現れ、眩い閃光に包まれた。
目を開けた総一郎は安堵の息を吐く。
総一郎がいる場所は、鬼降魔家の当主に代々受け継がれる異空間内の書庫だった。
八畳程の室内。
壁一面にある本棚は多くの書物で埋め尽くされ、溢れた本は床の上に積み上げられている。
置かれている書物は、鬼降魔に関わるもの。
鬼降魔で生まれた術や加護について。歴代の鬼降魔の当主達の記録。
閲覧出来るのは鬼降魔の当主のみ。当主または当主から許可を受けた血縁者以外は、書庫に入る事も本を閲覧する事も出来ない。
総一郎は、歴代の当主の記録がある本棚の前へ足を運ぶ。
本棚を埋め尽くしている本は、和綴本のため背表紙が無い。おまけに、歴代の当主の中に雑な性格の人間がいたのか、年毎に順番に並べられているわけではないので、表紙を一冊ずつ確認していかなければならない。
(なるべく、早く見つけ出さなければ)
本を棚から抜き出して、表紙を確認して戻す作業を繰り返す。
どれくらい時間が経ったのだろう。
肩や腕に怠さを覚え始めた頃、ようやく目当てである一八九五年の書を引き当てた。
藍色の書物を開いて頁を捲り、紙の上に書かれた文章を流し読みする。『名奪リ遊戯』という文字を見つけて、総一郎は頁を捲る手を止めて慎重に読み始めた。
□□□□
一八九五年 五月十六日。
一族にとって、由々しき事態が起こった。
鬼降魔の分家の子が、『名奪リ遊戯』という術を生み出し、あろうことか□に逆らい、害した。
異空間の中から脱出する方法はあれど、解呪は不可能。閉じ込められた□の子等は、同じ□の子によって救われたが、□は大層お怒りである。
私は、愚か者を処罰する事にした。しかし、愚か者には使い道がある。そこで、他の者を封印の生贄にする事にした。愚か者にとっても、その方が罰になったようだ。泣き叫び、呪詛を吐く愚か者。これは天罰である。
□□□□
総一郎は顔を顰めながらも、次の頁を捲る。
しかし、次の見開き頁から四頁に渡り空白の頁が続いていた。
一頁のみの記述なのか思ったが、空白が続いた後の次の頁を捲ると、頁の終わりに、”『名奪リ遊戯』の記述については以上である”という一文が記されていた。
不自然な空白の頁。わざわざ余白を取って、頁の下部に書かれた一文。
(明らかに、何かを隠している……)
この空白は、当時の当主が意図して仕掛けた謎のように思えた。
総一郎は、もう一度冒頭の文章を読み返してみる。
『名奪リ遊戯』を作った術者は、”子”という表現からしても、子供と呼べる年齢の人物。そして、害したのも子供である。”子等”という表現からして、害されたのは一人ではなく複数いた。
三箇所にある一文字分の空白には、文章の流れからしても同じ言葉が入る。これは、禁呪による被害者の事だ。
”愚か者には使い道がある”という事から、術者はすぐに処分されたわけではない。
”他の者を封印の生贄にする”、”その方が罰になった”という表現からしても、術者にとって大切な人間が封印の為に命を使われたのだろう。
”大層お怒り”という言葉は、当時の鬼降魔の当主にとって、敬うべき存在という事だろうか。そして、閉じ込められた被害者の子を助け出す事の出来る力を持った存在は、呪術に詳しい人間。
(天罰……)
心臓が嫌な音を立てる。
天が下す罰。”天”が俗世とは違う意味を持つというのなら、術者は……。
「まさか、術者は”天翔慈”を害したのか?」
総一郎が呟くと同時に、本が金色の光を放って燃え上がる。驚いた総一郎は、燃え上がった本を床の上に落としてしまった。
総一郎は急いで羽織を脱いで消火しようとしたが、燃える本を見てピタリと動きを止めた。
本は燃えているが、不自然な事に周囲に燃え移っていない。灰になる筈の本は、藍色から黒く染まっただけで、本の形を留めていた。
総一郎は、火が消えた本を恐る恐る手に取る。
再び『名奪リ遊戯』の頁を開けば、冒頭の文章の空白だった箇所に『天』の一文字が現れていた。空白だった頁は、文章と術式で埋め尽くされている。
どうやら、この本には隠蔽の術が仕込まれていたらしい。総一郎は偶然にも、本にかけられた術の解呪の呪文を口にしたようだ。
──『名奪リ遊戯』の封印について。
その一文を見つけて、総一郎は封印の方法についての記述を読み始めた。
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