呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第5話 奪われた一文字

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 大通り沿いの商店の中にある六畳程の和室に入った所で、碧真あおしは立ち止まった。

 走った事で乱れた呼吸を整えながら、日和ひよりは恐る恐る自分の首に触れる。
 『影』に噛みつかれた時は皮膚が剥がされたかと思ったのに、傷も痛みも無かった。

(『影』に噛まれている間だけ、痛みを感じるんだ……)
 怪我が無いのは幸いだが、二度と感じたくない痛みだ。日和は深く息を吐き出した後、隣にいる息を切らした少年を見る。

 年齢は十歳前後だろう。毛先の跳ねた短髪や半袖半ズボンという服装から活発な印象を受ける。
 言われるがままについてきた少年は、不安そうな顔で碧真を見上げた。

「兄ちゃん達は一体誰なの?」
「本家の使いだ。考え無しに禁呪に関わった人間を連れ戻すように、当主から命じられた」
 碧真の言葉に、少年はギョッとする。

「き、禁呪!? 俺がやったのは、『名取なとり君』だよ!」
「それが禁呪なんだよ。馬鹿みたいな怪談として伝わったようだがな」

「そんな……。じゃ、じゃあ、俺は『呪罰じゅばつ行き』? 犯罪者になるの?」

 少年は青ざめて畳の上に膝をつく。碧真は冷めた目で少年を見下ろした。日和は少年の目線に合わせて屈み、安心させるように微笑みかける。

「大丈夫だよ。君は禁呪に巻き込まれただけだから、『呪罰行き』にならない。そうだよね? 碧真君」
 日和が同意を求めて話を振ると、碧真は溜め息を吐いた。

「『呪罰行き』にはならない。だが、今回の件で周りの手をわずらわせたんだ。怒られる覚悟はしておけよ」

 少年は微妙な表情を浮かべた。『呪罰行き』にならなかったのは良かったが、怒られるのは嫌なのだろう。

「君の名前は、”陽飛はるひ君”で合ってる?」
 日和の問いに、少年は驚いて目を見開く。

「どうしてわかるの?」
「ここに来る前に会った男の子が言ってたの。陽飛君とお姉ちゃんが、ここにいるって。だから、君が陽飛君かなって」
  少年は頷く。異空間に迷い込んだ子供の一人で間違いないようだ。

「名前は奪われたか?」
「……一回捕まった。苗字の最初の文字が思い出せない」
 碧真の問いに答えた後、陽飛はションボリと眉を下げた。

「苗字は鬼降魔きごうまだろう」

 総一郎そういちろうは、”鬼降魔の子供達が巻き込まれた”と言っていた。禁呪や本家という会話が成り立つ事から考えても、姓は鬼降魔と断言出来る。
 しかし、陽飛は眉を寄せながら首を傾げた。

「兄ちゃん。”苗字は”の後、何て言ったの?」
「は? 鬼降魔だろう」
 聞き取れない距離や声量ではない筈だが、陽飛は再び首を傾げた。

(もしかして……)

「碧真君。私の苗字わかる?」
「は? ”*かま”だろう?」

 碧真が訝しげな表情をしながら答える。嫌な推測が当たった事に、日和は苦い表情を浮かべた。

「碧真君が今、私の苗字を言ってくれたと思うけど、最初の文字が耳鳴りみたいな音で掻き消されて聞こえない。……私の名前は全部で六文字だという事はわかるけど、最初の一文字が思い出せないの」
 
 日和は『影』に噛まれた時に、名前を奪われたのだろう。
 記憶を探ってみたり、名前になりそうな文字を当てはめてみようとするが、思考を妨げるように白いもやがかかる。
 碧真が日和の苗字を覚えている事から考えても、本人に対してのみ名前に対する認識を阻害する力が働くようだ。 

「日和を襲った『影』が咥えていた玉に書かれた文字は、奪われた名前の文字と一致している。『影』に噛まれると、名前が物体になって奪われるのか……」

 碧真は思案顔を浮かべた。
 日和は『影』に名前を奪われた時の事を思い出す。『影』が咥えていたオパールのような輝きを持つ白い玉の表面には、ひらがな一文字が浮かんでいた。

(何て書かれていたんだっけ? 私の名前、『かま日和』としか思い出せなくて違和感がすごいな……)

「なる姉ちゃん。……俺と一緒に来た、”成美なるみ”って名前の女の子。はぐれる前に苗字を全部奪われたんだ。早く助けに行かないと!」

 焦る陽飛の言葉に、日和は目を見開く。

(てことは、残りは三文字しかないの!? 『影』と接触していなければいいんだけど……)

「もう一人が何処に居るかわかるか?」
 碧真が問うと、陽飛は首を横に振った。

「わからない。『名取君』に追いかけられて、逃げている内に逸れちゃったんだ」
「何処で逸れた?」
「最初は、橋を渡って右へ進んだ。途中で『影』に見つかって、何度か捕まって……。こっち側へ逃げている途中で逸れた」

 陽飛は再び暗い顔で落ち込んだ。状況の悪さに、碧真は険しい顔をする。
 
「うまく逃げていたらいいが。もしかしたら、まだ反対側にいる可能性もあるな」

 日和達が陽飛と合流した長屋は、地図の左下の位置。今は地図の左上辺りにいる。
 成美が近くにいるのなら、日和達が『影』から逃げている最中に合流したり、姿を見る事が出来ただろうが、全く無かった。

「でも、建物の何処かに隠れてる可能性もあるよね?」
 日和達が身を隠しているように、成美も『影』から隠れているのかもしれない。日和は室内にある押し入れに近づいた。

「例えば、こういう押し入れの中とか」
 押し入れといえば、かくれんぼの定番の隠れ場所の一つだろう。押し入れの襖は軽い力でスラリと開いた。中を見た日和は目を見開く。
 
 押し入れの中、体育座りした『影』が日和を見上げていた。
 日和は無表情のまま『影』を見下ろし、『スパアァァンッ!!』と大きな音が出るほど勢いよく押し入れの襖を閉めた。

「い、今……」
 陽飛が怯えて後退あとずさり、碧真の後ろに隠れる。閉めた時の反動で少し開いた押し入れの襖の隙間から『影』の手が出てきた。

「待って、待ってよ!! なんで『影』がここにいんの!!? 押し入れに居ていい人外は、夢ある可愛い未来の猫型ロボットだけだよ!! ちょ! 出てくんなぁっ!!!」

 日和は襖を抑えながら涙目で叫ぶ。『影』が暴れるせいで、襖がガタガタと揺れる。押し入れの中から『影』の右腕が出てきて、日和のパーカーの左袖を掴んだ。

 碧真は舌打ちをして、銀柱ぎんちゅうを一本投げる。銀柱は『影』の右腕に命中したが、ダメージは無いようだ。

 碧真が追加で投げた銀柱が、押し入れの左横の床柱とこばしらと日和の足元付近の畳に突き刺さる。
 日和の左足に何かが絡みついて引っ張られた。勢いよく後ろに転んだ日和が驚いて足に視線を向けると、碧真の加護のへびが絡み付いていた。

 畳に刺さった銀柱が青い光を放ち、日和と『影』の間に壁状の結界が現れる。
 襖から飛び出した『影』は、勢いよく結界に衝突した。

「逃げるぞ」

 三人は商店から脱出した。店から離れると、碧真が建物に向かって指を鳴らす。
 青い閃光が建物から溢れた後、周囲に爆発音が響いた。建物の一部が音を立てて崩壊していくのが見える。

「な、なんで爆発したの!?」
 陽飛が驚きの声を上げた。

「柱に投げた銀柱に仕込んでいた術式を発動させただけだ。これで、『影』を倒せるならいいんだが……」
 碧真は崩壊した建物を睨みつける。崩壊が終わると、地面に積み上がっていた瓦礫がれきが動いた。

「そんな……」
 瓦礫の山から『影』が這い出てくるのを見て、日和は顔を歪める。

「物理攻撃も術も効かないとか、マジ面倒臭すぎだろ」
 碧真は心底嫌そうな表情を浮かべながら、銀柱を両手に構える。『影』がこちらを見る前に、碧真は日和と陽飛へ視線を寄越した。

「走れ!」
 碧真の言葉を合図に、日和と陽飛は走り出す。 

 碧真が『影』の足元の地面に向かって銀柱を投げる。箱型の結界が、『影』を囲んだ。
 結界に閉じ込められた『影』の黒一色の顔に、大きな赤い唇が浮かび上がる。『影』は不気味な笑みを浮かべて、結界に噛みついた。

 結界の壁に『影』の歯が突き刺さり、ミシミシと嫌な音を立てる。ガラスが割れるような音がして、結界が破壊された。襲いかかってくるであろう『影』を前に、碧真は銀柱を構える。

「なっ……」 
 碧真の前から、『影』が一瞬で姿を消した。

 日和の悲鳴が聞こえて、碧真は後ろを振り向く。
 大通りを横切って真っ直ぐに走る日和を『影』が追いかけていた。

 碧真は舌打ちして、『影』を追いかける。

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