呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第四章 過去が呪いになる話

第26話 もう一人の『呪罰行きの子』

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(一体、何があったんだろう?)

 日和ひよりは母屋の縁側に座って、荒れた中庭を眺める。
  
 総一郎そういちろうは眠っている美梅みうめを抱えて、母屋の中に静かに消えていった。
 じょう壮太郎そうたろう碧真あおしは、中庭で横たわる鬼降魔きごうま幸恵ゆきえの元に集まり、何か話をしている。

 日和は自分の腕の中にいる咲良子さくらこを見下ろす。
 日和が屋敷に着いた時には、咲良子は泣いていた。涙を浮かべた咲良子は普段よりも一層はかなげで、今にも消えてしまいそうに見えた。咲良子は日和に気づくと、何も言わずに抱き着いてきた。

 何があったのかはわからないが、怪我をしている事や泣いている事から考えても、大変な事があったのだろう。

(誰かが泣いている時に掛ける言葉を、私は持っていないな……)
 言葉一つで誰かを救う事が出来たらいいのに、何も言葉が浮かばない自分に無力さを感じる。
 日和は咲良子の背中を撫でる事しか出来なかった。

「咲良子!」
 綺麗な女性が、慌てた様子でこちらへ走ってきた。咲良子は顔を上げて女性を見る。

「ママ」
 女性は咲良子の母親のようだ。
 咲良子の母親は縁側の前で屈むと、咲良子の頬に手を添える。咲良子の母親は、ハンカチの巻かれた左腕を見て悲しげに顔を歪めた。

「ママ。私は大丈夫よ」
 咲良子は母親の手に自分の手を添えて、ニコリと微笑む。

「日和の乳枕で癒されたから。元気」
(…………????)
 日和の頭の中を?マークが埋め尽くした。咲良子の母親も戸惑いの表情を浮かべている。

「乳枕?」
 母親の前で、咲良子は再び日和に抱きつく。頬で日和の胸を下から上に押し上げて、咲良子は幸せそうな笑みを浮かべた。

「ふかふか柔らかの大きな乳! 包まれている時の安心感と至福。ああ、本当に最高……」

(あっれぇ? いつの間にか、シリアスと涙が逃走中になってる?)

「なるほど。これは、ふわふわの雲に包まれた天使の図というわけね」
「……ん?」
 一人で納得したように頷く咲良子の母親の放った言葉が理解出来ず、日和は固まる。咲良子の母親はデレデレとした顔で自分の娘を見つめた。

「ああ、咲良子ちゃん。好きなものに包まれて幸せそうなお顔とか、マジ天使すぎる! 天界は、ここに、あった!」

(と、特殊な母娘すぎる……)
 理解する事を放棄して、日和は遠い目をした。咲良子の母親はふと柔らかな笑みを浮かべて日和を見た。

「ありがとう。咲良子の側にいてくれて」
 花が咲いたような美しさに日和が見惚れていると、壮太郎がこちらへやって来た。

「連絡してくれて、ありがとう。壮」
 咲良子の母親が微笑みかけると、壮太郎も微笑みを返した。

「あとは頼んだよ。姉さん」
 壮太郎はポケットから何かを取り出して、咲良子の母親に手渡す。咲良子の母親は頷いた。

(ね、姉さん!?)
 咲良子の母親を姉と呼ぶという事は、壮太郎は咲良子の叔父という事だ。
 思いもよらない繋がりに、日和はマジマジと壮太郎の横顔を見上げた。

「じゃあ、咲良子。帰りましょうか」
 母親に促され、咲良子は立ち上がる。

「またね、叔父様。日和」
 手を振る咲良子に、日和も手を振り返す。咲良子達は去って行った。

「ピヨ子ちゃん、ありがとう。咲良子は甘えるのがすごく下手だから、側にいてくれて助かったよ」
「いえ、私は何も……」
 日和は壮太郎の横顔を見上げて口を開きかけたが、躊躇ためらって閉じる。

「”何があったか聞きたいけれど、聞いて良いのかわからない。触れない方がいいのかな?”って顔をしているね」
 図星だった日和が驚いて目を見開くと、壮太郎は苦笑した。

「ピヨ子ちゃんって、本当にわかりやすいよね。馬鹿正直なのに、人との関係に臆病だ。言葉を呑み込んで、自分の気持ちに嘘を吐く癖があるでしょ?」

 日和は苦笑いして、視線を足元へ下ろす。

「……私は今まで、たくさん間違えてきましたから」

 人を傷つけて、人に傷つけられて。
 どう振る舞うのが正解なのかわからない。仲間外れにされたくなくて、嫌な人間だと思われたくなくて。一体、どれだけの言葉を呑み込んできただろう。

 話しても聞いてもらえないと、伝えても伝わらないと。何度も諦めてきた。

 もっと器用に生きる事が出来たのなら、起きなかった悲しい出来事もたくさんある。
 たくさん、たくさん間違えて、空回りして生きてきた。
 『あの時、ああしていれば』という言葉を、どれだけ繰り返したのか。『もしも』という言葉に、どれだけ縋りつきたくなったか。 

「ピヨ子ちゃんが言う『間違い』は、自分自身の『間違い』ではなく、誰かにとっての『間違い』でしょ?」

「え?」
 壮太郎の言葉の意味が分からず、日和は戸惑う。壮太郎はニコリと笑った。

「この世界は、誰かの決めた不確かなルールを『正解』にしているだけ。例外もたくさんあって、曖昧で分かりづらい。その上、一部の人間に自己犠牲や理不尽をいるような、馬鹿な考えを『正解』にしている事もある。そんなルールの中で、『正解』ばかりを目指していたら、自分自身を殺してしまうよ」
 
 『常識でしょ』『何で分からないの?』『何で出来ないの?』『それが普通でしょ?』『みんなで決めた事だから、お前がやれよ』
 人と関わる中で言われる言葉に、日和は苦しんだ。

 『知らないよ』『分からないよ』『出来ないよ』『普通って何?』『それは、多数決で私に押し付けているだけじゃない』
 言いたい事を呑み込んで周りに合わせようとする度、苦しくなった。誰かの顔色を伺って失敗しないように生きようとする程、生きづらくて、心は段々と死んでいった。自分の心がわからなくなっていった。
 
「ピヨ子ちゃんは、自分にとっての『正解』をちゃんと生きてきたんじゃない? その時の自分に出来る『最善』をやってきたんでしょ? それなら、自分を責めたり、畏縮する必要はない。どうにもならない過去を責めたり、苦しむのは本当に無意味だよ。過去を嘆く時間があるのなら、今を笑えるように生きる方がいい。人生に、正解や価値や綺麗さを求めなくていい。もっと気楽に楽しく生きていいんだよ」

 壮太郎は日和の頭を優しく撫でる。

「聞かれるのが嫌な事は、ちゃんと嫌って言うから。僕が嫌っていうのは、『それが嫌』なだけで、『ピヨ子ちゃん自身が嫌』ってわけじゃないから。ピヨ子ちゃんも嫌な事はちゃんと伝えてね。拒否される事も拒否する事も、そんなに怖がらないでいいよ」
「……はい」
 日和は壮太郎を見上げて微笑む。壮太郎も微笑みを返した。

 壮太郎と並んで縁側に座り、話をした。

 五年前に起きた『鬼降魔家当主襲撃事件』。
 鬼降魔きごうま雪光ゆきみつという、当時十八歳の少年が、当主を守ろうとした術者の人達を殺害した事。殺害された人の中に、咲良子と親しい人がいた事。
 幸恵が呪罰牢じゅばつろうから逃げたのも、碧真が攫われたのも、雪光が関係している事。

「雪光さんと幸恵さんは、親しい関係なんですか?」
「丈君の話では違うらしい。二人に今まで接点は無いし、牢で会ったのが初対面だと思うよ」
「え?」
 
(見知らぬ人の為に危険をおかして牢から逃すって、どういう事なの? 一体、何の為に……)

「あの子は、『家族』に執着している。失った家族の代わりになる人間を求めているんだ。自分の母親と同じ『呪罰行き』という点から、鬼降魔幸恵を母親代わりにしようとしたんだろうね」

「母親代わり?」

 壮太郎は庭の方へ視線を向ける。焼け焦げたように黒く変色した地面を冷たい目で見つめていた。

「あの子の母親は、自分の子供を守る為に禁呪を使用して『呪罰行き』になった。あの子は『呪罰行きの子』なんだ」

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